| イ・チャンドン 이창동/李滄東/Lee Chang-dong | |
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https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/2/23/Lee_Chang-dong_with_the_Silver_Lion_Grand_Jury_Prize_for_%E2%80%98Possible_Love%E2%80%99_during_the_closing_ceremony_of_the_Venice_International_Film_Festival_83.jpg?utm_source=commons.wikimedia.org&utm_campaign=imageinfo&utm_content=original 『もしもの愛(Possible Love)』で第83回ヴェネツィア国際映画祭・審査員大賞(銀獅子賞)を受賞したイ・チャンドン(2026年9月、出典:ウィキメディア・コモンズ、撮影:Ondine Goat、CC BY-SA 4.0) | |
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https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/d/df/Cannes_2018_23_%28cropped%29.jpg?utm_source=commons.wikimedia.org&utm_campaign=imageinfo&utm_content=original 『バーニング 劇場版』で参加した2018年カンヌ国際映画祭にて(出典:ウィキメディア・コモンズ、撮影:Georges Biard、CC BY-SA 4.0) | |
| 誕生日 | 1954年4月1日 |
| 年齢 | 72歳 |
| 出身地 | 韓国・慶尚北道大邱市(現・大邱広域市) |
| 国籍 | 大韓民国 |
| 家族 | 兄弟のイ・ジュンドン(映画プロデューサー) |
| 学歴 | 慶北大学校 師範大学 国語教育科 卒業 |
| 職業 | 映画監督、脚本家、映画プロデューサー、小説家 |
| 肩書 | 元・韓国文化観光部長官(2003年〜2004年)、元・韓国芸術総合学校 映像院 教授 |
| 活動期間 | 1983年〜(小説家)、1993年〜(映画) |
| 代表的な実績 | 『ペパーミント・キャンディー』『オアシス』『シークレット・サンシャイン』『ポエトリー アグネスの詩』『バーニング 劇場版』『もしもの愛』 |
| 受賞 | ヴェネツィア国際映画祭 銀獅子賞(監督賞、『オアシス』)、カンヌ国際映画祭 脚本賞(『ポエトリー アグネスの詩』)、同 国際映画批評家連盟賞(『バーニング 劇場版』)、ヴェネツィア国際映画祭 審査員大賞(『もしもの愛』)、トロント国際映画祭 エバート監督賞(2026年)ほか |
| 関連活動 | 東亜日報新春文芸当選(1983年)、韓国日報文学賞(1992年) |
| 別名 | 李滄東 |
| その他 | フランス・レジオンドヌール勲章受章 |
概要[編集]
イ・チャンドン(이창동、李滄東、Lee Chang-dong、1954年4月1日 - )とは、韓国・大邱出身の映画監督・脚本家・小説家であり、2003〜2004年に文化観光部長官を務めた人物である。『オアシス』『シークレット・サンシャイン』『バーニング 劇場版』などで知られ、2026年には8年ぶりの新作『もしもの愛』でヴェネツィア国際映画祭の審査員大賞を受けた、韓国映画を代表する巨匠の一人である。
詳細[編集]
国語教師から小説家へ[編集]
1954年、大邱生まれ。4人兄弟の3番目で、子どもの頃は画家になりたかったものの、画材を買う余裕がなかったという。慶北大学校の師範大学で国語教育を学び、在学中は演劇サークルで戯曲を書いたり演出したりしていた。卒業後は高校の国語教師として教壇に立ちつつ小説を書き、1983年に中編『戦利』が東亜日報の新春文芸に当選して文壇デビュー。1987年に作品集『焼紙』、1992年に中編『鹿川には糞が多い』を発表し、後者で韓国日報文学賞を受けた。つまり映画監督になる前に、すでに「賞を取った小説家」だったのである。
40歳目前で映画界へ[編集]
映画との本格的な縁は1990年代前半。パク・クァンス監督の『あの島へ行きたい』(1993年)で脚本を担当し、助監督として現場にも入った。撮影初日にはいきなりチーフ助監督に格上げされたという逸話がある。続くパク・クァンス監督作『美しき青年 全泰壱』(1995年)の脚本では、青龍映画賞の作品賞を受賞。そして1997年、43歳で『グリーンフィッシュ』を撮って監督デビューを果たす。小説家・教師から40代で監督へ転身するという、かなり遅咲きのスタートだった。
寡作の巨匠[編集]
イ・チャンドンの長編監督作は、1997年のデビューから2026年までの約30年でわずか7本。『グリーンフィッシュ』『ペパーミント・キャンディー』『オアシス』『シークレット・サンシャイン』『ポエトリー アグネスの詩』『バーニング 劇場版』、そして『もしもの愛』である。にもかかわらず、カンヌ・ヴェネツィアの両方で主要賞を取り、出演俳優に女優賞をもたらし、作品ごとに評論家から「21世紀の傑作」級の評価を受けてきた。1本出すたびに「次は何年後?」と言われるのがお約束の監督である。
長官も務めた異色の経歴[編集]
2003年、韓国の盧武鉉政権で文化観光部長官に任命され、2004年まで務めた。現役の映画監督が文化行政のトップに就くのは異例のことで、在任中は韓国映画を守る上映義務制度「スクリーンクォータ」の維持を訴えたことで知られる。本人はのちに、この役職について「自分に似合う服だとは思わなかったが、人生で飲み干さなければならない苦い杯の一つとして受け入れた」という趣旨の言葉を残している。
監督作品[編集]
グリーンフィッシュ(1997年)[編集]
除隊して故郷に戻った青年が、ヤクザの世界に巻き込まれていく物語。開発で姿を変えていく郊外と、居場所をなくしていく家族を通して、急成長する韓国社会への批評を込めた一作である。デビュー作ながら青龍映画賞の作品賞を受賞し、バンクーバー国際映画祭の「龍虎賞」も獲得。いきなり国内外で「只者ではない新人」として認知された。
ペパーミント・キャンディー(1999年)[編集]
鉄橋の上で迫り来る列車に向かって「帰りたい!」と叫ぶ中年男キム・ヨンホ。そこから時間を20年さかのぼり、彼がどうしてそこまで追い詰められたのかを7つの章で逆再生していく構成の作品。主演はソル・ギョング、初恋の相手スニム役にムン・ソリ。物語は経済危機、警察での拷問、そして光州事件の軍隊時代へと遡り、一人の男の転落と韓国現代史を重ね合わせる。1999年の第4回釜山国際映画祭で開幕作として上映され、カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭の審査員特別賞や大鐘賞の作品賞などを受賞した。逆再生の構成と、ラストで描かれる「始まりの瞬間」のやるせなさから、今も韓国映画のオールタイムベスト常連となっている。
オアシス(2002年)[編集]
ひき逃げ事件の服役を終えて出所したばかりの男ジョンドゥ(ソル・ギョング)と、重い脳性まひのある女性コンジュ(ムン・ソリ)の恋を描く。家族からも社会からも疎まれる二人の関係を、甘くも美化もせずに描き切った問題作で、第59回ヴェネツィア国際映画祭で監督賞にあたる銀獅子賞を受賞。ムン・ソリも新人俳優賞にあたるマルチェロ・マストロヤンニ賞を受けた。『ペパーミント・キャンディー』と同じ主演コンビの再登板で、2人の振り切った演技は今も語り草である。アメリカの評論家ロジャー・イーバートは本作を「勇敢な映画」と評した。
シークレット・サンシャイン(2007年)[編集]
原題は『密陽(ミリャン)』。夫を交通事故で亡くした女性シネが、幼い息子を連れて亡き夫の故郷・密陽に移り住むが、そこで息子が誘拐され命を奪われてしまう。絶望の中で教会に救いを求め、犯人を「赦す」ことを決意した彼女が直面する、あまりにも残酷な現実を描いた作品である。原作はイ・チョンジュンの短編小説『虫の話』。シネ役のチョン・ドヨンは第60回カンヌ国際映画祭で女優賞を受賞し、韓国の俳優として初めてカンヌの演技賞を手にした。彼女に片想いし、ひたすら世話を焼き続ける地元の自動車整備工ジョンチャンを演じたのはソン・ガンホ。重すぎる物語の中で、ソン・ガンホの「空気を読まない優しさ」が唯一の救いとして効いてくる。韓国では約171万人を動員し、アジア・フィルム・アワードとアジア太平洋映画賞で作品賞を獲得。日本の是枝裕和監督が2019年に「21世紀最高の映画」として本作を挙げたことでも知られる。
ポエトリー アグネスの詩(2010年)[編集]
地方都市で中学生の孫と二人暮らしをする60代の女性ミジャが、ふとしたきっかけで詩の教室に通い始める。しかし彼女はアルツハイマー病の初期症状を告げられ、さらに孫が関わった重大な事件の存在を知ってしまう。言葉を失っていく女性が、それでも一編の詩を書こうとする姿を描く。主演は1960〜70年代の韓国映画を代表するスター、ユン・ジョンヒで、1994年以来16年ぶりの映画出演だった。実際に起きた事件に着想を得ており、監督は日本滞在中のホテルでテレビの自然ドキュメンタリーを観ていたとき、その事件と「詩」という言葉、60代の女性のイメージが突然結びついたと語っている。第63回カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞し、ユン・ジョンヒはロサンゼルス映画批評家協会賞の主演女優賞に輝いた。ユン・ジョンヒにとって本作が最後の長編映画出演となり、彼女は2023年に亡くなっている。
バーニング 劇場版(2018年)[編集]
原作は村上春樹の短編『納屋を焼く』。舞台を現代の韓国に移し、物語を大胆に組み替えている。小説家志望のアルバイト青年ジョンス(ユ・アイン)、幼なじみのヘミ(チョン・ジョンソ)、そして彼女が旅先から連れて帰ってきた謎の金持ちベン(スティーヴン・ユァン)の三角関係が、ベンの「ビニールハウスを焼くのが趣味だ」という告白をきっかけに不穏な方向へ転がっていく。共同脚本はオ・ジョンミ。第71回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門で上映されて国際映画批評家連盟賞を受賞し、業界誌スクリーン・インターナショナルの星取表では史上最高点を記録した。さらに第91回アカデミー賞の外国語映画賞で、韓国映画として初めて最終候補9本に残った。アメリカのバラク・オバマ元大統領が2018年のお気に入り映画に選んだことも話題になった。
日本との縁も深く、NHKが製作に関わり、2018年12月には95分の短縮版が「特集ドラマ バーニング」としてNHKで放送された。その後、148分の完全版が「劇場版」として2019年2月1日に日本で劇場公開されている。日本でのタイトルに「劇場版」が付いているのはこのためで、テレビ版と劇場版で印象がかなり違うという声も多い。
もしもの愛(2026年)[編集]
『バーニング』から8年ぶりとなる長編第7作。原題は『가능한 사랑』(可能な愛)、英題は『Possible Love』。会社を解雇された男ホソク(ソル・ギョング)と妻ミオク(チョン・ドヨン)の夫婦のもとに、ドキュメンタリー監督のイェジ(チョ・ヨジョン)と夫サンウ(チョ・インソン)が訪れ、撮影を通じて二組の夫婦の人生と欲望が静かに重なり合っていく物語である。共同脚本は『バーニング』に続きオ・ジョンミ、撮影はキム・ジヨン、音楽はチョン・ジェイル。上映時間は164分。
2025年5月にNetflixでの配給が発表され、2026年9月6日に第83回ヴェネツィア国際映画祭のコンペティション部門でワールドプレミア。審査員大賞(銀獅子賞)、国際映画批評家連盟賞などを受賞した。続く第51回トロント国際映画祭ではスペシャル・プレゼンテーション部門で上映され、イ・チャンドン本人がトリビュート・アワードのエバート監督賞を受賞。ニューヨーク映画祭でも上映され、第99回アカデミー賞国際長編映画賞の韓国代表作品にも選ばれた。日本では邦題『もしもの愛』として2026年10月23日から一部劇場で先行公開され、11月6日からNetflixで世界独占配信される。
チョン・ドヨンとソル・ギョングは本作で4度目の共演となり、チョン・ドヨンは『シークレット・サンシャイン』以来19年ぶり、ソル・ギョングは『オアシス』以来24年ぶりにイ・チャンドン作品へ戻ってきた。Netflix公式メディア「Tudum」のインタビューで監督は、約10年前に大企業で起きた大量解雇を見て「これは映画にしなければ」と思ったのが出発点だったと明かしている。共同脚本のオ・ジョンミが「ドキュメンタリー監督」という登場人物のアイデアを出したことで、ようやく「自分の物語」として書けるようになったという。また、この現場は自身にとって「いちばん居心地のいい撮影」だったとも語っている。
作風[編集]
「痛み」から目をそらさない[編集]
イ・チャンドン作品の主人公は、社会の周縁に置かれた人々であることが多い。元受刑者、障害のある女性、子どもを失った母親、記憶を失いつつある老女、仕事のない青年、解雇された労働者。トラウマ、喪失、孤立、記憶といったテーマを、派手な演出に頼らず、リアリズムに徹した画面でじっくり見せるのが持ち味である。そのため「観終わったあと立ち直るのに時間がかかる映画」の代表格として語られることも多い。本人も、創作の過程そのものを「完全な絶望」の連続だと表現したことがある。
文学的な映画[編集]
もともと小説家であるため、作品の構成はどこか長編小説的だ。説明を削ぎ落とし、観客に解釈をゆだねる余白が大きい。特に『バーニング』では、何が起きたのかを最後まで明言しないまま、謎そのものを作品の中心に据えた。同じ「作家主義」の監督としてポン・ジュノやパク・チャヌクとよく並べられるが、ジャンル映画の快楽を武器にするポン・ジュノやパク・チャヌクに対し、イ・チャンドンは最も「純文学寄り」の監督と見なされることが多い。
「演技をするな」という演出[編集]
俳優への演出も独特で、「演技をしないでほしい、役の中に自分自身を見つけてほしい」という方針を語っている。具体的な動きや感情を細かく指示するより、場面とは直接関係のない話を俳優に聞かせて、自然に感情が湧き上がるのを待つタイプだという。その結果、ムン・ソリ、チョン・ドヨン、ユン・ジョンヒと、彼の作品の主演女優は次々に国際映画祭で演技賞を手にしている。
文化観光部長官時代とその後[編集]
2003年、盧武鉉政権の発足とともに文化観光部長官に就任。映画監督が閣僚になったことは大きな話題になった。在任中は、韓国の映画館に一定日数の韓国映画上映を義務づける「スクリーンクォータ制度」の維持に力を注ぎ、独立映画向けのクォータも提案した(こちらは業界の反対もあった)。こうした文化多様性を守る姿勢が評価され、フランス政府からレジオンドヌール勲章を授与されている。
2004年に長官を退任して映画の現場に戻り、2007年に『シークレット・サンシャイン』で復帰を果たした。韓国芸術総合学校の映像院で教授を務めるなど、後進の育成にも関わってきた。2009年にはカンヌ国際映画祭のコンペティション部門の審査員も務めた。
一方、李明博・朴槿恵の保守政権下では、政府に批判的とされた文化人をリスト化して支援から外したいわゆる「文化界ブラックリスト」の対象になっていたことが、のちに明らかになっている。『ポエトリー』から『バーニング』までの8年の空白について、本人は「自分がどんな映画を作りたいのか、ずいぶん自問した」と振り返っている。
プロデューサー・後進育成[編集]
監督作は少ないが、プロデューサーとしては多くの作品を支えてきた。代表的なのは、ペ・ドゥナ主演のチョン・ジュリ監督作『私の少女』(2014年)、ユン・ガウン監督の『わたしたち』(2016年)、セウォル号事故の遺族を描いた『君の誕生日』(2019年)など。新人監督の長編デビューを支えることが多く、「イ・チャンドンが製作に名を連ねている=信頼できる新人作品」という目印にもなっている。『もしもの愛』の製作にはパインハウス・フィルムやNOWFILMなどが名を連ねており、兄弟のイ・ジュンドンもプロデューサーとして彼の作品に関わっている。
2022年には、世界保健機関(WHO)の支援を受けて、うつ病に苦しむ母を助けようとする少年を描いた短編『ハートビート(心臓の音)』を発表し、全州国際映画祭で初上映。同映画祭ではフランスのアラン・マザール監督によるドキュメンタリー『イ・チャンドン:アイロニーの芸術』も上映された。このとき監督は「(WHOの企画に)最後に参加したのに、最初に完成させた」とジョークを飛ばしている。
小説家としての再評価[編集]
映画で世界的な名声を得た後、小説家イ・チャンドンも英語圏で再発見されている。2023年には短編『Snowy Day』がアメリカの雑誌『ザ・ニューヨーカー』に掲載され、2024〜2025年には同誌に短編『The Leper』も掲載された。2025年初めにはペンギン・ランダムハウスから初の英語短編集『Snowy Day and Other Stories』が刊行されている。初期の短編は1980年代の軍事政権下の韓国社会を背景にしたものが多く、のちの映画に通じる「痛みを抱えた普通の人々」への眼差しがすでに表れている。
韓国映画界での立ち位置[編集]
1999年の『シュリ』以降、韓国映画は娯楽大作と作家性を両立させて世界に打って出た。その流れの中で、パク・チャヌクが『オールド・ボーイ』で、ポン・ジュノが『殺人の追憶』や『パラサイト 半地下の家族』で世界的な名声を得たのに対し、イ・チャンドンは興行より批評の側から韓国映画の格を引き上げてきた存在といえる。国内での大ヒット作は多くないが、国際映画祭や海外の批評家ランキングでの存在感は圧倒的で、「三大巨匠」の一角として扱われることも多い。
国内の賞でも、『オアシス』と『ポエトリー アグネスの詩』で百想芸術大賞の監督賞を受賞するなど評価は高い。また、韓流ブームの文脈で韓国ドラマや娯楽映画から韓国作品に入った層が、最終的にたどり着く「作家の映画」の代表格でもある。Netflixで新作『もしもの愛』が世界配信されることで、配信世代の観客に初めてその名が届くことになりそうだ。
炎上とバズ[編集]
- 青龍映画賞ボイコット:保守系新聞の朝鮮日報が主催する青龍映画賞を、政治的な対立から2002年以降ボイコットしてきたことで知られる。デビュー作で作品賞を取った賞なのに、という意味でも話題になった。
- 文化界ブラックリスト:李明博・朴槿恵政権下で、政府に批判的な文化人を支援から外すリストに名前が載っていたことが発覚し、大きく報じられた。
- 『ポエトリー』の脚本評価問題:カンヌで脚本賞を取った『ポエトリー』の脚本が、公的な映画支援の審査では極めて低い点数をつけられていたと報じられ、韓国国内で議論を呼んだ。
- オバマ元大統領のお墨付き:『バーニング』がバラク・オバマ元大統領の「2018年のお気に入り映画」に選ばれ、SNSで大きくバズった。
- 是枝裕和の「21世紀最高」発言:是枝裕和監督が『シークレット・サンシャイン』を21世紀最高の映画に挙げたことで、日本の映画ファンの間で再評価が進んだ。
余談[編集]
- 子どもの頃の夢は画家だったが、家が裕福ではなく画材を揃えられなかったという。映画監督になったのは40歳を過ぎてから。
- 『ペパーミント・キャンディー』の主人公の叫び「帰りたい!」(原語では「나 다시 돌아갈래!」)は、韓国映画史に残る名台詞としてパロディされるほど有名。
- 大学の同窓で親友とされる元MBC社長のチェ・スンホが、『バーニング』で主人公ジョンスの父親役として出演している。
- 『バーニング』でヘミを演じたチョン・ジョンソは、本作が長編映画デビュー。いきなりカンヌのレッドカーペットを歩くことになった。
- 新作『もしもの愛』のタイトルについて監督は、多くの恋愛映画は「手に入らない愛」を描くが、この題名は「では、可能な愛とは何か」という逆説的な問いなのだと説明している。
- 生年月日は資料によって表記に揺れがあり、英語圏の資料では7月4日とされることもある。