ペパーミント・キャンディー

3日前に更新👥 3人が編集ナオモイで話す
この記事はだれでも書き足せます。ログイン不要・1行でもOKはじめ方 ›
ペパーミント・キャンディー
박하사탕
Peppermint Candy
Bakha-satang_2.jpg
タイトルの由来になった韓国の薄荷飴「パッカサタン」(出典:ウィキメディア・コモンズ、作者:国立国語院、CC BY-SA 2.0 KR)
Lee_Chang-dong_2010.jpg
監督のイ・チャンドン。本作が審査員特別賞を受けたカルロヴィ・ヴァリ国際映画祭にて(2010年、出典:ウィキメディア・コモンズ、撮影:Petr Novák、CC BY-SA 3.0)
監督 イ・チャンドン
製作 ミョン・ゲナム
脚本 イ・チャンドン
原作 なし(オリジナル脚本)
出演 ソル・ギョング
ムン・ソリ
キム・ヨジン
ソ・ジョン
撮影 キム・ヒョング
音楽 イ・ジェジン
ジャンル ドラマ
制作会社 イースト・フィルム(East Film)
NHK(共同制作)
配給 アップリンク(日本)
劇場公開 1999年10月14日(釜山国際映画祭)
2000年1月1日(韓国)
2000年10月21日(日本)
上映時間 130分
興行収入 ソウル観客動員 約29万〜31万人
言語 韓国語
レイティング 韓国:青少年観覧不可



概要[編集]

ペパーミント・キャンディーとは、1999年に発表された韓国映画である。監督・脚本はイ・チャンドン、主演はソル・ギョング。鉄橋の上で「帰りたい!」と叫んで列車に向かっていく中年男の人生を、7つの章で20年前まで逆再生していく構成で、一人の男の転落と韓国現代史を重ねて描いた。原題は『박하사탕(パッカサタン)』。

詳細[編集]

「主人公の死」から始まる映画[編集]

本作の最大の特徴は、物語が主人公の自殺から始まり、そこから時間をさかのぼっていく「逆時系列」の構成である。1999年春、40歳のキム・ヨンホ(ソル・ギョング)は、20年前に仲間たちとピクニックをした川辺に場違いな姿で現れ、鉄橋に登って迫ってくる列車に向かい「나 다시 돌아갈래!(帰りたい!)」と叫ぶ。観客は最初に「結末」を見せられ、残りの約2時間で「なぜこの男はここまで壊れたのか」を逆向きにたどることになる。

7つの章でさかのぼる20年[編集]

映画は「ピクニック(1999年春)」「カメラ(数日前)」「人生は美しい(1994年夏)」「告白(1987年春)」「祈り(1984年秋)」「面会(1980年5月)」「ピクニック(1979年秋)」の7章で構成される。章が進むほどヨンホは若く、まっすぐになっていく。普通の映画なら「純粋な青年が汚れていく話」だが、それを逆から見せることで、最後に残るのは希望ではなく「この青年がああなってしまうのか」という痛烈なやるせなさである。

個人史と現代史の重ね合わせ[編集]

各章の年代は、韓国現代史の節目とぴったり重なっている。1980年5月は光州事件、1984年は軍事政権下の警察による弾圧、1987年は民主化運動の年、そして1999年はIMF通貨危機の直後である。ヨンホは歴史の「被害者」であると同時に、兵士として、刑事として「加害者」にもなっていく。一人の平凡な男の人生を通して、韓国社会が20年で失ったものを描く作品として、今も語り継がれている。

日韓初の共同制作[編集]

本作は韓国のイースト・フィルムと日本のNHKによる共同制作で、1998年に韓国で日本の大衆文化開放が始まった後、日韓両国が組んだ初めての共同制作映画とされる。製作はミョン・ゲナム、撮影はキム・ヒョング、音楽はイ・ジェジンが担当した。

あらすじ[編集]

第1章「ピクニック」(1999年春)[編集]

かつての工場仲間たちが20年ぶりに集まった川辺のピクニックに、くたびれたスーツ姿のヨンホがふらりと現れる。周囲を困惑させる奇行の末、彼は鉄橋によじ登り、向かってくる列車の前で「帰りたい!」と絶叫する。

第2章「カメラ」(数日前)[編集]

IMF危機のあおりで事業も家族も失ったヨンホは、拳銃を手に入れて自殺を考えている。そこへ見知らぬ男が訪ねてくる。初恋の人ユン・スニム(ムン・ソリ)の夫で、死期の迫ったスニムがヨンホに会いたがっているという。病床のスニムと再会したヨンホは、彼女が大切に持っていたカメラを受け取る。

第3章「人生は美しい」(1994年夏)[編集]

35歳のヨンホは家具店の社長として羽振りがいい。しかし妻ホンジャ(キム・ヨジン)は浮気をしており、ヨンホ自身も店の従業員ミス・イ(ソ・ジョン)と関係を持っている。表向きは成功者そのものだが、章題の「人生は美しい」が皮肉に響くほど、その暮らしの中身は空っぽである。

第4章「告白」(1987年春)[編集]

刑事になったヨンホは、民主化運動の学生を取り調べる側にいる。仕事に疲れ、妻を愛していないことを自覚しながら、出張先の群山で過ごした一夜に初恋の記憶がにじむ。

第5章「祈り」(1984年秋)[編集]

新人刑事のヨンホは、先輩たちの暴力的な取り調べに染まっていく。スニムが訪ねてきても冷たく突き放し、その後ホンジャを選ぶ。ここでヨンホは「純粋さ」を自分から手放してしまう。

第6章「面会」(1980年5月)[編集]

兵役中のヨンホのもとには、スニムから薄荷飴が届いていた。そのさなか部隊は光州へ緊急出動し、薄荷飴は出動の騒ぎの中で踏みつぶされる。混乱の中、ヨンホは逃げる女子高生をスニムと見間違えたまま誤って撃ってしまう。

第7章「ピクニック」(1979年秋)[編集]

20歳のヨンホは、仲間とのピクニックで川辺に来ている。薄荷飴の工場で働くスニムと、野の花や飴をそっと交わす。二人とも、まだ何も失っていない。物語は、第1章と同じ場所でのこの「始まりの瞬間」で幕を閉じる。

登場人物とキャスト[編集]

  • キム・ヨンホ(演:ソル・ギョング) - 主人公。20歳の純朴な青年から40歳の破滅した男までを、一人で演じ分けた。
  • ユン・スニム(演:ムン・ソリ) - ヨンホの初恋の女性。薄荷飴の工場で働く。ムン・ソリにとってはこれが映画デビュー作。
  • ホンジャ(演:キム・ヨジン) - ヨンホの妻。キム・ヨジンは本作で大鐘賞助演女優賞を受けた。
  • ミス・イ(演:ソ・ジョン) - ヨンホの家具店の従業員。

このほか、キム・ヒウォン、キム・グァンギュらが脇を固めている。

演出と構成[編集]

逆走する列車[編集]

各章の切れ目には、線路を走る列車からの風景が挿入される。この映像は逆回しで撮られており、散った花びらが枝へ戻り、鳥が後ろ向きに飛び、人々が後ずさりしていく。観客は列車に乗って過去へ連れ戻される感覚を味わうことになり、「時間をさかのぼる映画」であることを視覚的に刻み込む仕掛けになっている。

薄荷飴というモチーフ[編集]

タイトルの薄荷飴(パッカサタン)は、韓国では昔ながらの白い素朴な飴である。劇中ではスニムがヨンホに手渡すもので、失われていく純粋さの象徴として使われる。1980年の章で飴が踏みつけられて散らばる場面は、ヨンホの人生が決定的に壊れる瞬間を示すものとして解釈されることが多い。

「結末」から見る悲劇[編集]

逆時系列の構成は、同じく2000年公開のクリストファー・ノーラン監督『メメント』と並べて語られることがある。ただし『メメント』が謎解きのための仕掛けであるのに対し、本作では「どうなるか」ではなく「なぜこうなったか」を考えさせるために使われている。ラストに置かれた20歳のヨンホの表情は、本作の中でもっとも幸福な瞬間であり、同時にもっとも残酷な場面でもある。

撮影とロケ地[編集]

冒頭と結末の川辺と鉄橋の場面は、韓国・忠清北道の忠北線、三灘(サムタン)駅付近の鉄橋周辺で撮影された。韓国のファンの間では、本作のロケ地として知られている。ほかにも忠清北道の堤川市や忠州市で撮影が行われた。

1980年の光州事件当時、イ・チャンドン自身は大邱で大学生だったとされる。2022年のドキュメンタリー『イ・チャンドン アイロニーの芸術』では、監督が本作のロケ地を再訪し、ソル・ギョングやムン・ソリが撮影当時のエピソードを語っている。

ソル・ギョングと本作[編集]

無名俳優の大抜擢[編集]

ソル・ギョングは当時、ほぼ無名の俳優だった。1998年の『処女たちの晩餐』に出演した彼の映像を見たイ・チャンドンが、本作の主演に抜擢したとされる。20歳から40歳までを一人で演じるという難役だったが、この1本でソル・ギョングは韓国映画界の看板俳優への道を歩み始めた。

「いちばん苦しく、いちばん幸せだった」[編集]

ソル・ギョングは2013年のインタビューで、本作を振り返って「あの頃は本当につらい思いをして映画を撮った」と語っている。新人でカメラの位置もわからず、感情の消耗も大きかったという。それでも『ペパーミント・キャンディー』や『オアシス』の初期の頃を、心理的な負担は大きかったが「一番幸せだった時期」だとも振り返った。

「死ぬときに一緒に持っていく」[編集]

2024年10月の第29回釜山国際映画祭のトークイベント「アクターズ・ハウス」に登壇したソル・ギョングは、代表作を聞かれると今も『ペパーミント・キャンディー』と答えると明かした。撮影が終わった直後は距離を置きたかったが作品が自分から離れていかないと語り、「もう二度と観ないと思う。死ぬときに一緒に持っていく」と冗談めかして会場を沸かせた。

公開と興行[編集]

本作は1999年10月14日、第4回釜山国際映画祭の開幕作として初上映された。韓国では2000年1月1日に一般公開され、ソウルで約29万〜31万人を動員。2000年の韓国映画の興行ランキングでは9位とされる。韓国での等級は青少年観覧不可(18歳以上)。

2000年には第53回カンヌ国際映画祭の監督週間に招待され、イ・チャンドンの名が国際的に知られるきっかけになった。

日本では2000年10月21日、アップリンクの配給でテアトル池袋ほかで公開された。その後も特集上映で繰り返しかけられており、2019年3月15日からのイ・チャンドン監督特集(アップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺ほか)では4Kレストアデジタルリマスター版が上映された。さらに2023年8月25日からは、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかで「イ・チャンドン レトロスペクティヴ4K」が開催され、監督の長編6作品の一本として4Kレストア版が上映された。

評価・受賞[編集]

主な受賞[編集]

  • 第37回大鐘賞(2000年):作品賞、監督賞、脚本賞、助演女優賞(キム・ヨジン)、新人男優賞(ソル・ギョング)の5部門
  • 第21回青龍映画賞(2000年):主演男優賞(ソル・ギョング)
  • 第36回百想芸術大賞(2000年):映画部門 新人演技賞(ソル・ギョング)
  • 第35回カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭(2000年):審査員特別賞、ドン・キホーテ賞、NETPAC特別賞

ソル・ギョングは本作で新人賞と主演男優賞の両方を手にしており、主演デビュー作で新人と主演の賞を総なめにした例として語られる。

批評家の評価[編集]

韓国では『JSA』『殺人の追憶』『オールド・ボーイ』などと並び、2000年前後の韓国映画ルネサンスを代表する一本に数えられる。イギリスの『ガーディアン』紙が2020年に発表した「現代韓国映画の名作」ランキングでは12位に選ばれた。韓国の評論家ホ・ムニョンは、映画は真実を語らなければならないと信じる頑固な人々が作った宝石のような作品だと評している。

イ・チャンドン作品の中での位置づけ[編集]

本作は、1997年の『グリーンフィッシュ』に続くイ・チャンドンの長編第2作である。社会の暗部と個人の痛みを真正面から描く作風はここで確立され、続く『オアシス』(2002年)ではソル・ギョングとムン・ソリが再びコンビを組んだ。その後の『シークレット・サンシャイン』(チョン・ドヨン主演)、『ポエトリー アグネスの詩』、『バーニング 劇場版』へと続くフィルモグラフィーの原点とも言える作品である。

ポン・ジュノの『殺人の追憶』やパク・チャヌクの『オールド・ボーイ』と同じく、韓国の現代史や社会の暗部を正面から扱いながら商業映画としても成立させた作品で、のちのソン・ガンホ主演『パラサイト 半地下の家族』に至る韓国映画の国際的評価の流れの、早い時期の一本でもある。

余談[編集]

  • ソル・ギョングは本作の撮影について、のちに『監視者たち』で地下鉄の線路の場面を撮ったとき、本作のことを思い出したと語っている。
  • ムン・ソリは本作が映画デビュー作。のちに『オアシス』でヴェネツィア国際映画祭の新人俳優賞にあたるマルチェロ・マストロヤンニ賞を受けている。
  • 「帰りたい!」と叫ぶ冒頭の場面は、イ・チャンドン作品を語るときの定番ネタで、韓国ではパロディされるほど有名な名場面である。
  • 2023年のレトロスペクティヴ4Kの公開前イベント(ヒューマントラストシネマ渋谷)には、イ・チャンドンの大ファンを公言する仲野太賀がゲストとして登壇した。
  • 2023年のレトロスペクティヴ4Kの際には、日本のメディアで「配信サイトでは観られない作品」として紹介され、劇場で観る貴重な機会として注目された。

外部リンク[編集]

💬 みんなの声

この記事を読んだ人が、ひとことつぶやく場所です。