| 殺人の追憶 살인의 추억 Memories of Murder | |
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https://thumb.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/f/fb/Bong_Joon-ho_2017.jpg/500px-Bong_Joon-ho_2017.jpg?utm_source=commons.wikimedia.org&utm_campaign=imageinfo&utm_content=thumbnail 監督のポン・ジュノ(2017年)(出典:ウィキメディア・コモンズ、CC BY 2.0) | |
| 監督 | ポン・ジュノ |
| 製作 | チャ・スンジェ、ノ・ジョンユン |
| 脚本 | ポン・ジュノ、シム・ソンボ |
| 原作 | キム・グァンリム『날 보러 와요(私に会いに来て)』(戯曲) |
| 出演 |
ソン・ガンホ キム・サンギョン キム・レハ ソン・ジェホ ピョン・ヒボン パク・ヘイル パク・ノシク チョン・ミソン |
| 撮影 | キム・ヒョング |
| 音楽 | 岩代太郎 |
| ジャンル | 犯罪、サスペンス、ブラックコメディ |
| 撮影期間 | 2002年9月 - 2003年2月 |
| 制作会社 | サイダス(Sidus) |
| 配給 |
CJエンタテインメント(韓国) シネカノン(日本) |
| 劇場公開 |
2003年4月25日(韓国) 2004年3月27日(日本) |
| 上映時間 | 132分(日本公開版は130分) |
| 製作費 | 約41億ウォン |
| 興行収入 | 韓国観客動員 約525万人 |
| 言語 | 韓国語 |
| レイティング | 日本:PG-12 |
概要[編集]
殺人の追憶とは、2003年に公開された韓国の犯罪映画である。監督はポン・ジュノ、主演はソン・ガンホとキム・サンギョン。1980年代後半に京畿道で実際に起きた華城連続殺人事件を題材に、犯人を追う刑事たちの焦りと迷走を、笑いと恐怖を同居させながら描いた。韓国で2003年の観客動員1位を記録し、ポン・ジュノの名を一気に世界へ押し上げた出世作である。
詳細[編集]
ポン・ジュノの長編2作目にして出世作[編集]
本作は、デビュー作『ほえる犬は噛まない』(2000年)が興行的に振るわなかったポン・ジュノが、満を持して撮った長編第2作。原題「살인의 추억」は直訳するとそのまま「殺人の追憶」で、日本語題もそれを踏襲している。韓国では約525万人を動員し、その年の韓国映画で最多の観客を集めた。この大ヒットは、経営難に陥っていた制作会社サイダスを救ったとも言われる。のちに『グエムル-漢江の怪物-』『母なる証明』『パラサイト 半地下の家族』と続くポン作品の原点として、今も真っ先に名前が挙がる一本だ。
「未解決事件」を映画にした異色作[編集]
題材となった華城連続殺人事件は、1986年から1991年にかけて京畿道華城郡(現在の華城市)周辺で女性が相次いで殺害された事件で、韓国初の連続殺人事件ともいわれる。映画が公開された2003年の時点では犯人は捕まっておらず、作品自体が「答えのないミステリー」として作られた。犯人を当てる爽快感ではなく、捕まえられなかった者たちの敗北を描くという構成が、かえって強烈な余韻を生んだ。
ジャンルを横断する語り口[編集]
田舎刑事の暴走ぶりや取り調べの理不尽さはときにコメディのように笑えるが、その笑いがそのまま当時の警察と社会の歪みを映し出す。軍事政権下の1980年代、灯火管制の訓練や民主化デモの鎮圧に警察力が割かれ、事件の捜査が後回しになる様子も描き込まれている。刑事ドラマ・ブラックコメディ・社会派ドラマが一本の中で混ざり合うスタイルは、のちの韓国映画、さらには韓国ドラマの犯罪ものにも大きな影響を与えた。
あらすじ[編集]
1986年10月、京畿道の農村。用水路の脇で女性の遺体が見つかり、地元の刑事パク・トゥマンが捜査にあたる。勘と「顔を見れば犯人がわかる」という自信だけが頼りのトゥマンは、相棒チョ・ヨングとともに容疑者を見つけては力ずくで自白を引き出そうとする。最初に疑われたのは、知的障害のある青年ペク・グァンホだった。
そこへソウル市警から志願してやってきたのが、若い刑事ソ・テユン。「書類は嘘をつかない」を信条とする彼は、資料を読み込んで手口の共通点を探り、グァンホには犯行が不可能だと見抜く。正反対のやり方をする二人は激しく衝突しながらも、事件が雨の夜に起こること、被害者が赤い服を着ていたことなどの共通点に気づいていく。
やがて捜査線上に浮かんだのは、事件の夜に決まってラジオ番組へ同じ曲(ユ・ジェハの「憂鬱な手紙」)をリクエストしていた若い男、パク・ヒョンギュだった。しかし決定的な証拠はなく、刑事たちは追い詰められていく。
ネタバレ注意[編集]
ヒョンギュの犯行を立証するため、残された証拠がアメリカへDNA鑑定に送られる。一方で目撃者になりえたグァンホは列車事故で命を落とす。冷静だったはずのテユンは理性を失い、雨のトンネルの前でヒョンギュに銃を向けるが、届いた鑑定結果は「一致せず」。ヒョンギュは暗いトンネルの奥へと去り、事件は解決しないまま幕を下ろす。
時は流れて2003年。刑事を辞めてセールスマンとなり家庭を持ったトゥマンは、たまたま最初の現場の用水路を通りかかる。中をのぞき込んでいると、通りがかった少女が「少し前にも、おじさんが同じようにのぞいていた。昔ここで自分がしたことを思い出しに来たと言っていた」と話す。どんな顔だったかと尋ねると、少女は「普通の顔」と答える。トゥマンはスクリーンのこちら側をまっすぐに見つめ、物語は終わる。
登場人物とキャスト[編集]
| 役名 | 俳優 | 人物 |
|---|---|---|
| パク・トゥマン | ソン・ガンホ | 地元警察の刑事。直感頼みで強引な捜査を繰り返す |
| ソ・テユン | キム・サンギョン | ソウルから志願して来た刑事。論理と書類を重んじる |
| チョ・ヨング | キム・レハ | トゥマンの相棒。取り調べで暴力をふるいがち |
| シン・ドンチョル | ソン・ジェホ | 捜査班の班長(途中から着任) |
| ク・ヒボン | ピョン・ヒボン | 捜査班の班長 |
| クォン・グィオク | コ・ソヒ | 女性巡査。捜査の重要な手がかりに気づく |
| チョ・ビョンスン | リュ・テホ | 容疑者の一人 |
| ペク・グァンホ | パク・ノシク | 最初に疑われる知的障害のある青年 |
| パク・ヒョンギュ | パク・ヘイル | 最後に浮上する容疑者 |
| クァク・ソリョン | チョン・ミソン | トゥマンの恋人(のちの妻) |
- ソン・ガンホとポン・ジュノの縁は、ポン・ジュノが助監督として関わった映画『モーテル・カクタス』のオーディションにさかのぼる。ソン・ガンホはこのオーディションに落ちたものの、ポン・ジュノが演技を強く印象に残しており、のちの作品の声がけにつながったという。
- パク・ヘイルは本作で強烈な存在感を示し、のちに『グエムル-漢江の怪物-』でもポン作品に出演している。
- 「飯は食ってるのか?(밥은 먹고 다니냐?)」というトゥマンの台詞は、韓国で広く知られる名台詞・流行語になった。
制作[編集]
原作戯曲『날 보러 와요(私に会いに来て)』[編集]
原作は劇作家・演出家キム・グァンリムの戯曲『날 보러 와요』(私に会いに来て)。1996年2月、キム・グァンリムが創立メンバーでもある劇団ヨヌムデ(演友舞台)によって初演された。華城署の刑事たちが連続殺人犯を追いながら、容疑者を見つけては証拠不十分で釈放するしかない――という筋立てで、一人の俳優が複数の容疑者を演じ分ける演出が話題を呼んだ。この容疑者役を演じたリュ・テホは、映画版でも容疑者の一人チョ・ビョンスンを演じている。
タイトルの由来についてキム・グァンリムは、「いつか犯人がこの芝居を見に来るかもしれない」という思いから付けたと語っている。この発想は、のちに映画版のラストへと受け継がれていくことになる。戯曲は再演を重ね、2016年には明洞芸術劇場でも上演された。日本でも2019年9月に東京・大阪で舞台化されている。
取材と脚本[編集]
脚本はポン・ジュノとシム・ソンボの共同。ポン・ジュノは戯曲をベースにしつつ、実際の事件の捜査記録や報道、当時捜査にあたった刑事への取材を重ねて脚本を練り上げた。戯曲からはFMラジオへのリクエスト曲を手がかりにする捜査や、刑事たちを中心に据えた構成などを受け継いでいる。一方で映画の展開や人物の背景は実際の事件とは異なる部分が多く、あくまで事件に着想を得たフィクションとして作られている。
撮影[編集]
撮影は2002年9月に始まり、2003年2月に終了した。ポン・ジュノは被害者遺族への配慮から、実際の事件現場である華城では撮影を行わず、全羅南道の長城郡や海南郡、慶尚南道の晋州市などでロケを行った。印象的なトンネルの場面は晋州で撮影されている。黄金色の稲穂が揺れる美しい田園と、そこで起きる陰惨な事件との対比は、本作の映像面での大きな特徴になっている。製作費は約41億ウォンとされる。
音楽[編集]
音楽は日本の作曲家岩代太郎が担当した。ポン・ジュノは「映画を圧倒しない」作曲家を求めていたとされ、岩代は物語の空白や欠けた情報を表すように、「つながりそうでつながらない」リズムを意識して作曲したという。日本人作曲家が韓国映画の代表作のスコアを手がけたという点は、日本の映画ファンの間でもよく話題になる。
華城連続殺人事件との関係[編集]
実際の事件[編集]
華城連続殺人事件は、1986年9月から1991年4月にかけて、京畿道華城郡周辺で10件の女性殺害事件が起きたもの。警察は膨大な人員を投入したが、犯人を特定できなかった。当時の韓国にはDNA鑑定の体制が整っておらず、証拠は日本に送られて鑑定されたが、容疑者とは一致しなかった(映画ではアメリカに送られる設定)。映画の公開時点では未解決で、最後の事件の公訴時効も2006年に成立した。
2019年、真犯人の特定[編集]
映画公開から16年後の2019年9月18日、韓国警察は保管されていた証拠物から検出されたDNAが、別の殺人事件ですでに無期懲役で服役中だったイ・チュンジェのものと一致したと発表した。イ・チュンジェは当初関与を否定していたが、同年10月には、華城の一連の事件を含む計14件の殺人を自白したと報じられた。時効が成立しているため、これらの事件で起訴されることはない。その後、警察は事件の呼び名を犯人の名を冠したものに改めている。
ポン・ジュノは犯人特定の報を受け、映画を作っていたころは犯人についてずっと考え、どんな顔をしているのか気になっていたと語り、犯人の写真を見ることができたと述べた。そのうえで、長年捜査を続けた警察への敬意を示している。
「犯人は映画を見たのか」[編集]
本作と事件が改めて大きく注目されたのが、イ・チュンジェが映画を見たかどうかという点だった。2020年11月2日、イ・チュンジェは後述の再審公判に証人として出廷し、公の場に初めて姿を見せた。その中で、服役中に『殺人の追憶』を見たかと問われると、「特別な感情はなかった」「ただ映画として見ただけ」という趣旨の答えをしたと報じられている。「いつか犯人が見に来るかもしれない」という願いを込めて作られた作品だっただけに、この発言は韓国内外で大きく報じられた。
冤罪で服役した男性の再審無罪[編集]
事件のうち8件目にあたる1988年の事件では、当時20代だった男性ユン・ソンヨが犯人として逮捕され、有罪判決を受けて約20年服役し、2009年に仮釈放されていた。ユン・ソンヨは捜査段階で自白を強要されたと訴え続けていたが、イ・チュンジェがこの事件も自分の犯行だと自白したことを受けて再審を請求。2020年1月に再審開始が決まり、イ・チュンジェも証人として「自分の犯した事件のせいで濡れ衣を着せられた」と謝罪した。
2020年12月17日、水原地方裁判所はユン・ソンヨに無罪を言い渡し、裁判長は司法が大きな苦痛を与えたことを謝罪した。映画で描かれた強引な自白の強要が、現実でも冤罪を生んでいたことになり、作品が描いた「警察の暴走」が改めて重く受け止められるきっかけにもなった。
評価・受賞[編集]
興行と批評[編集]
韓国では約525万人(集計により約510万人)を動員し、2003年の韓国映画で観客数1位を記録した。批評面でも絶賛され、米国の映画批評サイトRotten Tomatoesでは95%の高評価、Metacriticでも82点を獲得している。クエンティン・タランティーノは1992年以降のお気に入り映画20本の一つに本作を挙げ、2025年には『ニューヨーク・タイムズ』の「21世紀の映画ベスト100」で99位に選ばれた。韓国映画史上の最高傑作の一本として名前が挙がることも多い。
主な受賞[編集]
| 賞 | 部門 |
|---|---|
| 第40回大鐘賞 | 最優秀作品賞、監督賞(ポン・ジュノ)、主演男優賞(ソン・ガンホ)、照明賞 ほか |
| 大韓民国映画大賞 | 作品賞、監督賞、主演男優賞、脚本・脚色賞、撮影賞、編集賞 |
| 第24回青龍映画賞 | 最多観客賞 |
| 韓国映画評論家協会賞 | 作品賞、監督賞、主演男優賞 |
| サン・セバスティアン国際映画祭 | 銀の貝殻賞(最優秀監督賞) |
| 第16回東京国際映画祭 | アジア映画賞 |
日本公開と配信[編集]
日本では2003年秋の第16回東京国際映画祭で『メモリー・オブ・マーダー/殺人の追憶』のタイトルで上映され、アジア映画賞を受賞。劇場公開は2004年3月27日で、配給はシネカノン、映倫区分はPG-12だった。
『パラサイト 半地下の家族』が2020年にアカデミー賞を受賞したことで、ポン・ジュノの過去作として本作も再び注目を集めた。韓国では2023年11月、ポン・ジュノ監督作品の特集に合わせてリマスター版が再公開されている。海外ではクライテリオン・コレクションから2021年にBlu-rayが発売された。
配信については、韓国ではNetflix、クーパンプレイ、Watcha、TVINGなどで扱われていたことが確認できる。日本での見放題・レンタルの状況は時期によって入れ替わるため、各配信サービスの作品ページで確認するのが確実である。
余談[編集]
- 原作戯曲のタイトル「私に会いに来て」には「犯人がいつか見に来るかもしれない」という思いが込められており、映画のラストでソン・ガンホが観客を見つめる演出と同じ発想に立っている。
- 実際の事件現場の華城では一切撮影していない。美しい田園風景は全羅南道や慶尚南道で撮られたもの。
- 映画でDNA鑑定の証拠が送られる先はアメリカだが、実際の事件では日本に送られていた。
- 本作の影響を受けた作品は多く、tvNのドラマ『シグナル』(2016年)は華城事件をモチーフにしたエピソードを含み、ドラマ『カプトン』(2014年)も事件に着想を得ている。
- 実在の連続殺人事件を題材にした韓国スリラーとして、2008年のナ・ホンジン監督作『チェイサー』も公開当時から本作とよく比較された。ナ・ホンジン監督自身は、ポン・ジュノとの比較について「あの方に迷惑をかけること」と恐縮していた。
- ポン・ジュノ作品に繰り返し登場する「穴」や「暗い空間」(本作のトンネル、『母なる証明』の路地、『パラサイト』の地下室)は、批評家の間でしばしば共通モチーフとして論じられている。
- ソン・ガンホとポン・ジュノのコンビは本作以降も『グエムル』『スノーピアサー』『パラサイト』と続き、韓国映画界屈指の名タッグとなった。