金田一耕助
Kosuke Kindaichi
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岡山県倉敷市真備町の真備ふるさと歴史館前に立つ金田一耕助像。『本陣殺人事件』初登場時のイメージで作られている(出典:ウィキメディア・コモンズ、CC BY-SA 4.0)
本名 金田一耕助(きんだいち こうすけ)
出身地 東北地方(作中設定)
国籍 日本
居住地 東京・大森の割烹旅館「松月」の離れ → 世田谷区緑ヶ丘の「緑ヶ丘荘」(作中設定)
身長 約163cm(5尺4寸)
体重 約52kg(14貫を割る)
学歴 東京の私立大学中退、渡米後に米国のカレッジで学ぶ(作中設定)
職業 私立探偵
肩書 名探偵
活動期間 1937年『本陣殺人事件』 - 1973年『病院坂の首縊りの家』(作中年代)
代表的な実績 『本陣殺人事件』『獄門島』『八つ墓村』『犬神家の一族』『悪魔の手毬唄』ほか
関連活動 主な演者:片岡千恵蔵、石坂浩二、古谷一行、渥美清、豊川悦司、稲垣吾郎、長谷川博己、吉岡秀隆、池松壮亮 ほか
別名 金田一さん、耕ちゃん(Y先生からの呼び名)
その他 生みの親:横溝正史。初登場:『本陣殺人事件』(雑誌『宝石』1946年連載)。生年は作中描写から1912年〜1913年ごろと読める


概要[編集]

金田一耕助(きんだいち こうすけ)とは、推理作家・横溝正史が生み出した架空の私立探偵である。1946年発表の『本陣殺人事件』で初登場し、『獄門島』『八つ墓村』『犬神家の一族』などおよそ80の事件で活躍した。よれよれの着物と袴、もじゃもじゃ頭をかきむしるとフケが飛ぶ、という風采の上がらない姿と鋭い推理のギャップで、明智小五郎と並ぶ「日本二大名探偵」の一人に数えられる。

詳細[編集]

生みの親・横溝正史と誕生の経緯[編集]

横溝正史(1902年 - 1981年)は戦前、探偵小説誌『新青年』の編集長を務め、江戸川乱歩とも深い親交があった作家である。戦時中は探偵小説の執筆が難しくなり、1945年から岡山県吉備郡岡田村(現在の倉敷市真備町)に疎開した。この疎開先で、英米の本格推理小説を読み込みながら構想を練ったのが、日本家屋の密室殺人を描く『本陣殺人事件』だった。

同作は1946年、雑誌『宝石』の4月号から12月号まで連載され、ここで金田一耕助が初めて読者の前に姿を現す。作中で事件が解決されたのは1937年11月とされ、金田一は当時まだ20代半ばの青年探偵だった。横溝は後年、明智小五郎がだんだんダンディになっていったので、正反対の探偵を書きたくなった、という趣旨の発言をしている。

名前とモデル[編集]

外見のモデルは劇作家の菊田一夫とされる。横溝はラジオ番組を通じて菊田のファンになっており、新聞に載った「着物に袴」の菊田の姿がイメージに重なったという。当初は「菊田一○○」という名前も考えたが、疎開前の吉祥寺時代に隣組だった金田一安三という人物の表札から「金田一」の姓を取り、言語学者・金田一京助の名をもじって「耕助」とした。のちに京助の子である国語学者・金田一春彦から感謝の言葉をもらったと横溝は書き残している。

飄々とした雰囲気は作家の城昌幸を参考にしたとされ、興奮すると頭をかきむしる癖は横溝自身の癖を誇張したものだという。さらに、英国の作家A・A・ミルンの推理小説『赤い館の秘密』に登場する素人探偵アントニー・ギリンガムを日本人化した存在でもあり、『本陣殺人事件』の作中でもギリンガムに似た青年として紹介されている。

作中の年代と「最後の事件」[編集]

金田一の活躍は戦前の1937年から、戦後の高度成長期を経て1973年まで、40年近い作中時間にわたる。シリーズの最終事件とされるのは『病院坂の首縊りの家』で、20年越しの事件をついに解決した金田一は、そのままアメリカ(ロサンゼルス)へ渡り、以後消息不明となる。横溝は1979年の随筆で続編の構想にも触れていたが、1981年の作者の死去によって書かれることはなかった。

角川文庫の「金田一耕助ファイル」などで網羅された金田一ものは、少年向けのジュヴナイル作品を除いて77作とされ、長編・中編・短編がそろう。「岡山もの」と呼ばれる岡山県を舞台にした作品群と、東京を舞台にした都会ものの二つの系統があり、前者には岡山県警の磯川警部、後者には警視庁の等々力警部が相棒として登場する。

人物像[編集]

風貌とトレードマーク[編集]

中背でやせ型、身長はおよそ5尺4寸(約163cm)、体重は14貫(約52kg)を割るほど。どの事件でもだいたい35、6歳に見えるとされる。服装はしわだらけの絣の着物に羽織と袴、形の崩れたお釜帽、汚れた白足袋に下駄というのが定番で、寒い季節には「とんび」と呼ばれる二重回しを羽織る。

ぼさぼさの雀の巣のような頭をかきむしると、フケがあたりに飛び散るのが最大のトレードマーク。興奮するとどもり、重大な手がかりに気づくと口笛を吹く。貧乏ゆすりやハンカチをもむしぐさもある。ヘビースモーカーで、戦前は「チェリー」、戦後は「ピース」や「ホープ」を吸った。酒は自分から飲まないが下戸ではなく、映画・絵画・歌舞伎を好み、運動は苦手だがスキーだけは得意という意外な一面もある。

探偵道具は虫眼鏡、折りたたみナイフ、薄手の手袋、小型の懐中電灯など。映画でおなじみの「トランク」は実は石坂浩二主演の映画版のオリジナルで、原作の金田一はボストンバッグなどを持って旅に出る。

経歴(作中設定)[編集]

東北地方の出身で、地元の中学を19歳で卒業したあと、同窓の風間俊六とともに上京。東京の私立大学に籍を置いたものの1年もたたずに渡米し、皿洗いなどをしながら放浪する。このアメリカ時代に一時は麻薬に溺れたという設定があり、これはシャーロック・ホームズのコカイン癖にならったものとされる。

サンフランシスコの日本人社会で起きた殺人事件を鮮やかに解決したことから、岡山の果樹園主・久保銀造の援助を受けてカレッジを卒業。帰国後、久保から5000円の援助を受けて東京に探偵事務所を開いた。日中戦争が激化すると召集され、ニューギニアのウェワクで終戦を迎えた。戦地で数多くの死体を見た経験は、死後硬直の知識などとして探偵業に生かされている。

復員後は銀座裏の事務所を経て、風間俊六の愛人が営む大森の割烹旅館「松月」の離れに居候。1957年からは世田谷区緑ヶ丘のアパート「緑ヶ丘荘」に移り、ここが定住の地となった。

性格と探偵としてのスタイル[編集]

人懐っこく誰にでも丁寧で、威張ることがない。容疑者や遺族の気持ちに寄り添う優しさがある一方、事件の背後にある家の因習や人間の業を冷静に見抜く。金銭には無頓着で、成功報酬をほとんど受け取らないことも多く、興味を持てない事件は高額でも断る。

弱点としてよく指摘されるのが「事件が起きてから解決するまでに死者が増える」という点で、ファンの間では「金田一が来ると連続殺人が止まらない」とネタにされることもある。実際には、犯人の計画がすでに動き出したあとに呼ばれるケースが多く、金田一は全体像をつかむまで決して推理を口にしない慎重派として描かれている。

恋愛には奥手で、『獄門島』の鬼頭早苗などに想いを寄せたことはあるが、いずれも実らなかった。生涯独身を通している。

主な相棒・関係者[編集]

人物 立場 金田一との関係
等々力警部 警視庁 「警視庁の古狸」。東京の事件での大親友
磯川常次郎警部 岡山県警 「岡山県警の古狸」。『本陣殺人事件』以来の旧知の仲
久保銀造 岡山の果樹園主 渡米時代からのパトロン
風間俊六 建設会社の社長 中学の同窓生でパトロン。住まいも世話する
多門修 元愚連隊 都会ものでの助手的存在
Y先生 作家(横溝正史の分身) 金田一の事件を記録する語り手

登場作品一覧[編集]

主な長編[編集]

作品 発表 舞台 備考
本陣殺人事件 1946年 岡山 初登場作。密室殺人の古典で、第1回探偵作家クラブ賞を受賞
獄門島 1947年 - 1948年 岡山(瀬戸内の島) 俳句の見立て殺人。国内ミステリーのオールタイムベスト常連
八つ墓村 1949年 - 1951年 岡山 「祟りじゃ」の流行語を生んだ作品
犬神家の一族 1950年 - 1951年 信州 斧・琴・菊の見立て。映像化の代表作
女王蜂 1951年 - 1952年 伊豆の島 映画版は石坂浩二主演の第4作
悪魔が来りて笛を吹く 1951年 - 1953年 東京 没落華族の一家を襲う事件
悪魔の手毬唄 1957年 - 1959年 岡山(鬼首村) 手毬唄の見立て殺人。2026年にNHKで新作
仮面舞踏会 1962年 - 1974年 軽井沢 中断を経て10年以上かけて完成
悪霊島 1979年 - 1980年 岡山(瀬戸内の島) 角川映画のキャッチコピー「鵺の鳴く夜は恐ろしい」も話題に
病院坂の首縊りの家 1975年 - 1977年 東京 金田一最後の事件

短編・ジュヴナイル[編集]

中短編も数多く、『黒蘭姫』『殺人鬼』『百日紅の下にて』『貸しボート十三号』『華やかな野獣』などは後にNHKの短編ドラマ化でも取り上げられた。また1951年以降は、少年向け雑誌に『大迷宮』『黄金の指紋』『仮面城』『迷宮の扉』といったジュヴナイル作品も書かれており、子ども向けの金田一は少年たちと冒険を繰り広げる、やや明るい雰囲気になっている。

刊行と翻訳[編集]

現在もっとも手に取りやすいのは、KADOKAWAの角川文庫「金田一耕助ファイル」シリーズで、杉本一文による不気味な表紙絵は昭和のミステリーファンの記憶に焼き付いている。2019年以降は英国の出版社Pushkin Vertigoから『The Honjin Murders』(本陣殺人事件)などの英訳が相次いで刊行され、海外でも「日本の古典ミステリー」として再評価が進んでいる。

歴代演者と映像化史[編集]

片岡千恵蔵の「洋装の金田一」時代[編集]

金田一が最初にスクリーンに登場したのは1947年の映画『三本指の男』(原作は『本陣殺人事件』)で、演じたのは時代劇スターの片岡千恵蔵だった。千恵蔵版は1956年までに『獄門島』『八ツ墓村』などで計6作が作られたが、金田一は背広にソフト帽、変装も得意な二枚目探偵として描かれ、原作の風采の上がらない青年とは別物だった。

1956年には池部良が『吸血蛾』で、1961年には高倉健が東映の『悪魔の手毬唄』で金田一を演じている。高倉版はオープンカーにサングラスで颯爽と登場する都会派の探偵で、物語も原作から大きく改変されていた。1975年のATG映画『本陣殺人事件』では中尾彬がジーンズ姿の現代風の金田一を演じ、原作の時代設定にこだわらない映像化がしばらく続いた。

石坂浩二と市川崑が作った「決定版」[編集]

流れを一変させたのが、1976年の角川映画第1作『犬神家の一族』である。監督の市川崑は金田一役に石坂浩二を起用し、原作どおりのよれよれの着物と袴、お釜帽、もじゃもじゃ頭の金田一を初めて本格的に映像化した。製作側には「二枚目すぎる」との声もあったが、市川が押し切ったとされる。

映画は大ヒットし、横溝作品の文庫が爆発的に売れる「横溝ブーム」が巻き起こった。石坂と市川のコンビは東宝で『悪魔の手毬唄』(1977年)、『獄門島』(1977年)、『女王蜂』(1978年)、『病院坂の首縊りの家』(1979年)と立て続けに撮り、2006年には『犬神家の一族』をセルフリメイクしている。署長や警部役で全作に出演した加藤武の「よし、わかった!」は、早とちり警部のお約束として今も語り草だ。

映画で金田一を演じた俳優たち[編集]

公開 作品 金田一役 製作・配給
1947年 - 1956年 『三本指の男』ほか計6作 片岡千恵蔵 大映・東映
1956年 吸血蛾 池部良 東宝
1961年 悪魔の手毬唄 高倉健 東映
1975年 本陣殺人事件 中尾彬 ATG
1976年 - 1979年 犬神家の一族 ほか計5作 石坂浩二 角川・東宝
1977年 八つ墓村 渥美清 松竹
1979年 悪魔が来りて笛を吹く 西田敏行 東映
1979年 金田一耕助の冒険 古谷一行 角川・東映
1981年 悪霊島 鹿賀丈史 角川・東映
1996年 八つ墓村 豊川悦司 東宝(監督・市川崑)
2006年 犬神家の一族 石坂浩二 東宝(セルフリメイク)

『男はつらいよ』の寅さんでおなじみの渥美清が演じた1977年版『八つ墓村』は、金田一の出番を抑えて村の祟りを前面に出したオカルト色の強い作りで、「祟りじゃ〜」のテレビCMとともに大ヒットした。1996年の豊川悦司版は市川崑が久しぶりに手がけた金田一映画で、長身の豊川が演じるスマートな金田一は従来のイメージとはひと味違うものだった。

テレビの顔・古谷一行[編集]

テレビで金田一の代名詞になったのが古谷一行である。1977年、毎日放送制作・TBS系の連続ドラマ「横溝正史シリーズ」で初めて金田一を演じ、初回の『犬神家の一族』は高視聴率を記録したとされる。1978年にいったん終了したあと、1983年からは2時間ドラマの枠で「名探偵・金田一耕助シリーズ」として復活し、2005年までほぼ毎年1〜2作が放送された。

初演時34歳だった古谷は、およそ30年にわたって役とともに年齢を重ね、映画の石坂浩二と並ぶ「もう一人の定番金田一」として親しまれた。古谷は2022年8月に78歳で死去し、訃報では代表作として真っ先に金田一耕助の名が挙げられた。現在もBS・CS局で旧作の再放送が続いている。

平成以降のテレビ版[編集]

平成に入ると各局が独自の金田一を立てた。1990年にはテレビ朝日で中井貴一、役所広司がそれぞれ金田一を演じ、フジテレビでは1990年から1998年まで片岡鶴太郎が9作に主演。2002年から2003年にはテレビ東京で上川隆也版が作られ、2005年にはテレビ朝日の異色作『明智小五郎VS金田一耕助』で長瀬智也が金田一を演じた。

2004年からはフジテレビで稲垣吾郎版がスタートし、『犬神家の一族』『八つ墓村』『女王蜂』『悪魔が来りて笛を吹く』『悪魔の手毬唄』の計5作を2009年まで放送。演出の星護は市川版を意識した様式美で、スタイリッシュな金田一像を作り上げた。2018年と2019年にはNEWSの加藤シゲアキがフジテレビのスペシャルドラマ『犬神家の一族』『悪魔の手毬唄〜金田一耕助、ふたたび〜』で主演している。

NHKの新解釈シリーズ[編集]

2016年11月、NHK BSプレミアムで長谷川博己主演の『獄門島』が放送された。長谷川の金田一は戦争のトラウマを抱えた暗く重たい変わり者として描かれ、従来の飄々とした金田一とは大きく異なる解釈が話題を呼んだ。同じ年には、池松壮亮が金田一を演じる約30分の短編ドラマ「シリーズ横溝正史短編集」もスタート。原作の文章をほぼそのまま台詞にする実験的な作りで、2020年の第2弾では『犬神家の一族』をわずか30分でドラマ化し、池松自身も「30分で犬神家をやるなんて」と驚いたと語っている。第3弾は2022年に放送された。

NHKのスペシャルドラマ枠ではその後、吉岡秀隆が金田一を引き継ぎ、『悪魔が来りて笛を吹く』(2018年)、『八つ墓村』(2019年)、『犬神家の一族』(2023年、大竹しのぶ、古川琴音らが出演)と続いた。2023年版『犬神家の一族』は結末が原作と異なり、放送後に大きな反響を呼んだ。シリーズ第5弾となる『悪魔の手毬唄』は、脚本・小林靖子、演出・吉田照幸で2025年末に岡山県で撮影され、2026年11月28日に前編、12月5日に後編がNHK BSで放送される予定になっている。

金田一少年の事件簿との関係[編集]

1992年に週刊少年マガジン(講談社)で連載が始まった漫画『金田一少年の事件簿』の主人公・金田一一(きんだいち はじめ)は、金田一耕助の孫という設定である。耕助は一の母方の祖父にあたり、一の決め台詞「ジッチャンの名にかけて!」の「ジッチャン」とは耕助のことを指す。

この設定にあたって、編集部は連載開始前に横溝正史の夫人・孝子から事前に了承を得ており、その後、複数の著作権継承者が確認されたことを受けて正式に覚書を交わしたとされる。作中で耕助本人の事件が直接描かれることはないが、因習の残る村や旧家、見立て殺人といった舞台装置には『八つ墓村』や『犬神家の一族』を思わせる要素が多く、ある事件では回想シーンに耕助らしき人物が後ろ姿と手だけで登場している。

「金田一」という珍しい姓が、平成生まれの世代にとってはまず「金田一少年」、昭和世代にとっては「耕助」を連想させるという世代差もよく話題になる。両作品が互いの知名度を押し上げ合った関係ともいえる。

評価と影響[編集]

金田一耕助は、江戸川乱歩の明智小五郎と並ぶ日本の二大名探偵としてしばしば比較される。明智がスーツ姿の洗練された都会の探偵であるのに対し、金田一は和装でひょうひょうとした風来坊で、地方の旧家や閉鎖的な村の因習と向き合う。この「土俗的な舞台×論理的な本格推理」という組み合わせは、のちの日本のミステリーや漫画・ゲームに大きな影響を与えた。

角川映画と横溝ブームは、出版と映画を連動させるメディアミックスの先駆けとしても評価されている。また研究者の分析では、金田一を初めて演じる俳優の年齢は時代とともに若くなる傾向があり、原作の年齢設定より若い俳優が起用されるケースが増えていると指摘されている。

一方で、映像化のたびに石坂版のビジュアルをなぞる傾向が強まり、金田一像が画一化しているという批判もある。2016年の長谷川博己版や近年のNHK版は、そうした「お約束」から一歩踏み出そうとする試みとして注目された。

余談[編集]

  • 石坂浩二の映画版でおなじみの「トランク」は原作には出てこない映画オリジナルの小道具。
  • 岡山県倉敷市真備町は横溝正史の疎開先で、横溝正史疎開宅や金田一耕助像があり、周辺には「金田一耕助の小径」という散策コースも整備されている。井原鉄道の川辺宿駅には金田一のシルエットが掲げられている。
  • 1976年版『犬神家の一族』には原作者の横溝正史本人がホテルの主人役で特別出演し、2006年のリメイクでは同じ役を三谷幸喜が演じた。
  • 『名探偵コナン』には横溝重悟・横溝参悟という兄弟刑事が登場し、名前の元ネタは横溝正史とされる。
  • 稲垣吾郎は金田一耕助と明智小五郎の両方を演じたことがある珍しい俳優の一人。
  • 映画で全作に出演した加藤武の「よし、わかった!」は、勘違いで見当違いの人物を犯人扱いするお約束ギャグとして愛された。
  • 草笛光子は1976年版と2006年版の『犬神家の一族』の両方に出演しており、市川崑の金田一映画の常連だった。

外部リンク[編集]

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