| 東映株式会社 TOEI COMPANY, LTD. | |
|---|---|
| 略称 | 東映 |
| 国家 | 日本 |
| 種類 | 株式会社 |
| 市場情報 | 東証プライム 9605 |
| 業種 | 情報・通信業 |
| 本社所在地 | 東京都中央区銀座 |
| 設立日 | 1949年10月1日 |
| 年齢 | 76周年 |
| 上場 | 東京証券取引所プライム市場 |
| 主要部門 | 映像関連事業、興行関連事業、不動産・その他事業 |
| 主要子会社 | 東映アニメーション、東映ビデオ、東映太秦映像 |
| 関係する人物 | 大川博、石ノ森章太郎 |
| 代表作品 | 仮面ライダーシリーズ、スーパー戦隊シリーズ |
| リンク | https://www.toei.co.jp/ |
概要[編集]
東映とは、映画の製作・配給を出発点とし、現在はテレビ番組の製作と版権事業を収益の柱とする日本の映像会社である。仮面ライダーシリーズやスーパー戦隊シリーズなど、特撮ヒーロー番組の主要な作り手として知られる。
詳細[編集]
1949年10月1日に東急資本の東京映画配給として設立され、1951年4月1日に東横映画と太泉映画を吸収合併して東映株式会社となった。この合併を主導したのが東急から送り込まれた大川博で、以後の拡大路線は大川の経営方針と結びつけて語られることが多い。旧東横映画の撮影所が東映京都撮影所、旧太泉映画のスタジオが東映東京撮影所になり、京都で時代劇、東京で現代劇という分担が長く続いた。
本社は東京都中央区銀座。東京証券取引所プライム市場に上場している。
映画会社が茶の間に移った経緯[編集]
1950年代の東映は、2本立て興行に合わせて作品を大量に供給する体制で観客動員を伸ばした。この体制はテレビの普及によって前提から崩れる。映画館の観客が減れば、本数で回す仕組みほど打撃が大きい。
ここで東映が採ったのは、製作規模を縮めて劇場に残る方向ではなく、テレビ向けの映像を自社で作る方向だった。アニメでは1956年に日動映画を買収して東映動画(現・東映アニメーション)とし、実写では連続ドラマとヒーロー番組に本格的に進出する。撮影所という設備と、そこに常駐する技術者を抱えていたことが、テレビの量産に向いた条件として働いた。劇場用映画の会社が、放送局に映像を納める会社へ主戦場を移した形である。
ヒーロー番組と商品の構造[編集]
仮面ライダー(1971年)とスーパー戦隊シリーズ(1975年〜)は、いずれも番組と玩具が同じ計画のうえに乗っている。変身する道具、乗り物、合体する巨大ロボットは、物語の道具であると同時に商品そのものであり、番組の展開が商品の発売時期と対応する。
この形式の利点は、番組が終わっても仕組みが終わらないことにある。主人公も設定も毎年入れ替わるため、作品単体の寿命に縛られない。視聴者の中心である幼児から小学校低学年の層は数年で入れ替わるので、同じ客に長く売り続けるのではなく、毎年新しい客に同じ形式を売る設計になっている。半世紀にわたって枠が維持されてきたのは、個々の作品が長寿だったからではなく、入れ替わりを前提にした形式そのものが持続したためである。
時代劇と撮影所[編集]
東映京都撮影所は日本の時代劇の主要な生産拠点であり続けた。テレビ時代劇の減少によって稼働が落ちた後も、施設の一部は東映太秦映画村として一般公開され、撮影所そのものが観光施設として収益を生む形になっている。撮影用のオープンセットを見世物として開くという発想は、設備を遊ばせないための転用として始まった。
映画事業では、1970年代に実在の事件を題材にした任侠・実録路線が大きな観客を集めた。この路線については、当時の社会の空気を映した作品群として評価する見方と、暴力の描写を売りにした興行だったとする見方が並んでおり、評価は現在も一様ではない。
余談[編集]
- 冒頭に流れる、荒波に岩と三角形のロゴが現れる映像は、1950年代から基本の構図を変えずに使われている。撮影地は千葉県の海岸とされる。
- スーパー戦隊シリーズと仮面ライダーは、日曜朝に連続して放送される編成が長く続いた。番組単体ではなく時間帯ごと商品と結びつけた例である。
- 東映アニメーションは『ドラゴンボール』『ONE PIECE』など長期シリーズを多く手がけており、実写側の長期シリーズ体質とよく似た収益構造を持っている。