| 大竹しのぶ おおたけ しのぶ / Shinobu Otake | |
|---|---|
| 誕生日 | 1957年7月17日 |
| 年齢 | 69歳 |
| 出身地 | 東京都品川区 |
| 国籍 | 日本 |
| 学歴 | 東京都立小岩高等学校卒業、桐朋学園大学短期大学部演劇専攻科中退 |
| ジャンル | 映画、テレビドラマ、舞台、ミュージカル、歌手、声優 |
| 活動期間 | 1973年 - |
| デビューアルバム | 1973年 テレビドラマ『ボクは女学生』、1975年 映画『青春の門』(東宝) |
| 家族 | 長男(最初の夫・服部晴治との子)、長女・IMALU(明石家さんまとの子) |
| 身長 / 体重 | 158 cm / ― kg |
| 血液型 | A型 |
| 代表作 | 『青春の門』、『事件』、『鬼畜』、『男女7人夏物語』、『鉄道員』、『黒い家』、『ふくろう』、『後妻業の女』、舞台『ピアフ』、『太鼓たたいて笛ふいて』、『GYPSY』 |
| 関連活動 | 歌手(第67回NHK紅白歌合戦出場)、ラジオパーソナリティ、アニメ映画の声優 |
| その他 | 日本アカデミー賞最優秀主演女優賞(第2回・第23回)、ブルーリボン賞(新人賞・助演女優賞・主演女優賞の3冠)、モスクワ国際映画祭最優秀女優賞(2003年)、第10回読売演劇大賞最優秀女優賞、紫綬褒章(2011年) |
概要[編集]
大竹しのぶ(おおたけ しのぶ、1957年7月17日 - )とは、東京都品川区出身の女優・歌手である。1975年、17歳で映画『青春の門』のヒロインに抜擢されて以来、映画・ドラマ・舞台の主演を50年以上張り続けている。蜷川幸雄・野田秀樹作品やエディット・ピアフを演じる舞台女優としての評価が特に高く、明石家さんまの元妻、タレント・IMALUの母としても知られる。
詳細[編集]
16歳の公募合格から『青春の門』へ[編集]
芸能界入りのきっかけは、高校1年生だった1973年。フォーリーブスの北公次が主演するテレビドラマ『ボクは女学生』の相手役公募に応募して合格した。まだ「普通の女子高生」だった少女が、いきなり主演級の役を射止めたことになる。
本格的なブレイクは1975年。五木寛之のベストセラーを浦山桐郎監督が映画化した東宝『青春の門』で、主人公・伊吹信介の幼なじみ・牧織江役に選ばれ、これが映画デビューとなった。主人公の義母タエ役は吉永小百合で、大竹は当時17歳。同年にはNHK連続テレビ小説『水色の時』のヒロインにも起用され、映画とテレビの両方で一気に「国民的な新人」になった。『青春の門』でブルーリボン賞新人賞を受賞し、デビュー時に父からかけられた「自分をしっかりもって一生懸命にやってください」という言葉を、のちの授賞式でも紹介している。
清純派から「憑依型女優」へ[編集]
デビュー当初のイメージは素朴で清純な少女だった。19歳で出演したTBSドラマ『ほんとうに』での田舎娘役などがその典型である。ところが『青春の門』(17歳)や、松竹の映画『事件』(1978年、20歳)では、恋人同士の愛の場面や裸身のシーンにも挑み、早い段階から「清純派」の枠を自分で壊していった。
1978年は『事件』と『鬼畜』が同年に公開され、第2回日本アカデミー賞で最優秀主演女優賞(『事件』)と最優秀助演女優賞(『聖職の碑』)を同時受賞。20代前半で日本映画界の頂点に立った。撮影ではいつでも涙を流せたと言われ、役が乗り移ったように演じることから「憑依型女優」と呼ばれる。もっとも本人は「演技派」と呼ばれるのを好まないとされ、2017年のブルーリボン賞授賞式では「(当時も今も)監督に褒められたくて一生懸命やっている」と語っている。
舞台女優としての大竹しのぶ[編集]
映画・ドラマの印象が強い一方、1990年代以降の大竹の主戦場はむしろ舞台である。野田秀樹とは『真夏の夜の夢』(1992年)、『贋作・罪と罰』(1995年)、『売り言葉』(2002年)、『ザ・ダイバー』(2009年)などで組み、蜷川幸雄とは『パンドラの鐘』(1999年)から『マクベス』『メディア』『身毒丸』『火のようにさみしい姉がいて』(2014年)まで10作以上で主演を務めた。2016年5月に蜷川が亡くなった際は、告別式で弔辞を読んだ4人のうちの1人だった。
2002年に初演された井上ひさし作・栗山民也演出の『太鼓たたいて笛ふいて』では作家・林芙美子を演じ、第10回読売演劇大賞の最優秀女優賞を受賞(作品も最優秀作品賞)。そして2011年からはエディット・ピアフの生涯を描く『ピアフ』が代表作となり、2026年には上演200回に到達した。ストレートプレイからミュージカル、一人芝居まで、60代後半になっても年に複数本の主演舞台をこなしている。
二度の結婚と「微妙な関係」[編集]
私生活では二度結婚している。1982年にTBSのドラマディレクター・服部晴治と結婚し、1985年に長男が誕生。しかし服部は1987年にがんで亡くなった。服部の生前、大竹はTBSドラマ『男女7人夏物語』(1986年)で明石家さんまと共演しており、1988年にさんまと再婚。1989年に長女IMALUが生まれたが、1992年に離婚した。2人の子の親権は大竹が持った。
離婚後も家族ぐるみの付き合いが続いていることはよく知られており、さんまは大竹の長男にとって「父親のような存在」と報じられている。大竹自身は2021年、さんまがプロデュースしたアニメ映画の授賞式で「夢をかなえたのは褒めてあげようかな。微妙な関係なので、すみません(笑)」と語っており、この「元夫婦なのに仲がいい」距離感自体が、さんまのトークの定番ネタにもなっている。
経歴[編集]
生い立ち(1957年 - 1972年)[編集]
1957年7月17日、東京都品川区に一男四女の三女として生まれる。父は旧制仙台高等工業学校の出身で、東京電力に勤めたのち高校の数学教師になった人物。小学1年生の頃、父の療養のため一家で埼玉県毛呂山町に移り住み、中学2年で東京に戻って江戸川区で育った。中学時代は体操部、高校時代はバレーボール部に所属した。家系をさかのぼると、従曽祖伯父に明治・大正期の政治家・大竹貫一がいる。
デビューとブレイク(1973年 - 1979年)[編集]
1973年、東京都立小岩高校在学中に『ボクは女学生』の相手役公募に合格してデビュー。1975年に映画『青春の門』と朝ドラ『水色の時』で一躍注目を集めた。1977年にはNHK大河ドラマ『花神』に出演し、同年の映画『男はつらいよ 寅次郎頑張れ!』では、とらやに下宿する青年が恋をする食堂の娘・福村幸子を演じ、国民的シリーズにも名を連ねた。
1978年には野村芳太郎監督の『事件』『鬼畜』という松竹の社会派作品に相次いで出演し、翌1979年の第2回日本アカデミー賞で主演・助演の両部門を受賞。同年には山本薩夫監督『あゝ野麦峠』で主演し、製糸工場で働く少女・政井みねを演じた。この時期に桐朋学園大学短期大学部の演劇専攻科に在籍したが、仕事が忙しく中退している。
結婚と『男女7人』の時代(1980年代)[編集]
1980年代はテレビドラマでの活躍が目立つ。大河ドラマ『獅子の時代』(1980年)、『徳川家康』(1983年)などに出演し、1982年に服部晴治と結婚。1985年に長男を出産した。1986年のTBSドラマ『男女7人夏物語』では明石家さんまと共演し、軽妙なかけあいが話題を呼んだ。翌1987年、夫・服部ががんで死去する。
同じ1987年、フジテレビの子ども番組『ひらけ!ポンキッキ』の挿入歌「かまっておんど」が幼児層を超えてヒットし、歌手としての意外な一面も見せた。映画では『永遠の1/2』(1987年)で報知映画賞主演女優賞を受賞。1988年、さんまと再婚し、1989年に長女IMALUが誕生した。
離婚と舞台への傾斜(1990年代)[編集]
1992年にさんまと離婚。離婚後、劇作家・演出家の野田秀樹とパートナー関係にあったことが知られており、野田作品の舞台に立つ機会も増えた。同年には映画界での長年の功績から田中絹代賞を受賞している。
1999年は大竹にとって大きな年で、東映映画『鉄道員(ぽっぽや)』で主人公の妻・静枝を、『黒い家』では保険金をめぐるサイコホラーの怪演を見せ、さらに新藤兼人監督の『生きたい』にも出演。第23回日本アカデミー賞で2度目の最優秀主演女優賞を受賞した。舞台では蜷川幸雄演出の『パンドラの鐘』に主演し、ここから蜷川作品との長い付き合いが始まる。新藤兼人にとっては、妻で看板女優だった乙羽信子の死後、大竹が主演女優の座を受け継ぐ形になり、2011年の『一枚のハガキ』まで4本で組んだ。
世界的評価と舞台の時代(2000年代)[編集]
2000年代は蜷川・野田との仕事が軸となる。蜷川演出では『マクベス』(2001年・2002年)、『欲望という名の電車』(2002年)、『エレクトラ』(2003年)、『メディア』(2005年)と、古典悲劇のヒロインを立て続けに演じた。2002年の『太鼓たたいて笛ふいて』では読売演劇大賞最優秀女優賞を受賞。
映画では、新藤兼人監督『ふくろう』(2003年)で、第25回モスクワ国際映画祭の最優秀女優賞を受賞し、海外でも評価された。野田秀樹とは2009年の『ザ・ダイバー』などで共演を重ねている。
『ピアフ』と紅白、円熟期(2010年代)[編集]
2011年に紫綬褒章を受章。同年、パム・ジェムス作、栗山民也演出の『ピアフ』が初演され、以降2013年・2016年・2018年・2022年と再演を重ねる代表作になった。ピアフとの出会いは、20歳の頃に親友だった十八代目中村勘三郎から評伝を勧められたことだと本人が語っている。2012年にはNTTドコモ「らくらくスマートフォン」のCMキャラクターも務めた。
2016年には映画『後妻業の女』で資産家の高齢男性を次々と狙う「後妻業」の女を演じ、第59回ブルーリボン賞主演女優賞を受賞。1975年度の新人賞、1986年度の助演女優賞に続く「3冠」で、前回受賞から約31年ぶりだった。同年末、第67回NHK紅白歌合戦に59歳で初出場し、ピアフの「愛の讃歌」を歌唱した。2017年には60歳を記念して、ブルーノート東京で「大竹しのぶと60人の男たち」と題したバースデーパーティーを開催している。
2020年代[編集]
2021年の東京オリンピック閉会式では、宮沢賢治の「星めぐりの歌」を杉並児童合唱団とともに歌った。同年、さんまが企画・プロデュースしたアニメ映画『漁港の肉子ちゃん』で主人公・肉子ちゃんの声を担当。大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(2022年)にも出演した。2023年には宮崎駿監督・スタジオジブリの『君たちはどう生きるか』に声の出演をし、ミュージカル『GYPSY』で娘たちをスターにしようとする母ローズ役に挑んだ。
2024年はフジテレビの月9ドラマ『海のはじまり』(目黒蓮主演)で南雲朱音役を演じたほか、井上ひさしの『太鼓たたいて笛ふいて』を10年ぶり5度目に上演。2025年3月にはシス・カンパニー公演『やなぎにツバメは』(作:横山拓也)、同年夏には有吉佐和子原作の『華岡青洲の妻』(新橋演舞場ほか)で加恵役に主演した。
2025〜2026年の最新活動[編集]
『ピアフ』上演15周年と200回[編集]
2026年1月10日、シアタークリエで上演15周年記念公演『ピアフ』が開幕した。2022年以来4年ぶり6度目の上演で、東京公演の後は愛知・御園座、大阪・森ノ宮ピロティホールを巡演。1月11日の昼公演で通算上演200回に達し、大竹は「お客様が求めてくださったからこその200回という数字だと思います」とコメントした。カーテンコールには中村勘三郎の孫・二代目中村長三郎が花束を持って登場し、長年の友人である岩崎宏美も駆けつけた。開幕日にはフジテレビ『MUSIC FAIR』で、吉原光夫と初のデュエットでピアフメドレーを披露している。
『GYPSY』再演とLIVE×ACT[編集]
2026年5月6日からは、2023年に続いてミュージカル『GYPSY』のローズ役を再演(東京・日本青年館ホールほか、演出はクリストファー・ラスコム)。娘ルイーズ役の田村芽実は、大竹との共演が長年の夢だったと語っている。7月にはライブツアーを行い、8月20日〜31日には東京・スパイラルホールで、劇作家・演出家の小沢道成と初めて組んだ一人舞台『NA・NI・MO・NO』を上演した。美輪明宏や中島みゆき、藤井風らの楽曲を歌いつないで「何者か」の人生を浮かび上がらせる構成で、大竹は「歌は俳優にとって信頼できる相手役のような存在」と語っている。
映画『ぼけ日和』と復興支援[編集]
2026年7月には、矢部太郎の漫画『マンガ ぼけ日和』の実写映画化が発表され、三浦友和とW主演で認知症の妻・鳥飼千春を演じることが明らかになった。監督は内田英治、配給は東映で、2027年公開予定。三浦は大竹との本格共演は初めてだとしている。大竹は「哀しく、辛い方向からではなく『どこまでも愛』の視点から描いているところを観ていただければ嬉しいです」とコメントした。
また同年3月7日には、宮城県名取市で開かれた東日本大震災の『復興コンサート2026』にゲスト出演し、「愛の讃歌」を歌っている。NHKラジオ第1では冠番組『大竹しのぶの“スピーカーズコーナー”』を担当している。
主な出演作[編集]
映画[編集]
| 公開年 | 作品名 | 役名・備考 |
|---|---|---|
| 1975年 | 青春の門 | 牧織江(映画デビュー、ブルーリボン賞新人賞) |
| 1977年 | 男はつらいよ 寅次郎頑張れ! | 福村幸子 |
| 1978年 | 事件 | 坂井ヨシ子(日本アカデミー賞最優秀主演女優賞) |
| 1978年 | 鬼畜 | 婦人警官 |
| 1979年 | あゝ野麦峠 | 政井みね(主演) |
| 1987年 | 永遠の1/2 | 主演(報知映画賞主演女優賞) |
| 1999年 | 鉄道員(ぽっぽや) | 佐藤静枝(日本アカデミー賞最優秀主演女優賞) |
| 1999年 | 黒い家 | 菰田幸子 |
| 1999年 | 生きたい | 新藤兼人監督 |
| 2003年 | ふくろう | 主演(モスクワ国際映画祭最優秀女優賞) |
| 2011年 | 一枚のハガキ | ヒロイン、新藤兼人監督の遺作 |
| 2013年 | 風立ちぬ | 声の出演 |
| 2016年 | 後妻業の女 | 武内小夜子(ブルーリボン賞主演女優賞) |
| 2021年 | 漁港の肉子ちゃん | 肉子ちゃん(声)、明石家さんま企画・プロデュース |
| 2023年 | 君たちはどう生きるか | 声の出演 |
| 2024年 | インサイド・ヘッド2 | カナシミ(日本語吹替) |
| 2027年(予定) | ぼけ日和 | 鳥飼千春(三浦友和とW主演) |
テレビドラマ[編集]
- 『ボクは女学生』(1973年、デビュー作)
- 『水色の時』(1975年、NHK連続テレビ小説・ヒロイン)
- 『花神』(1977年、NHK大河ドラマ)
- 『獅子の時代』(1980年、NHK大河ドラマ)
- 『徳川家康』(1983年、NHK大河ドラマ)
- 『男女7人夏物語』(1986年、TBS)
- 『元禄繚乱』(1999年、NHK大河ドラマ)
- 『江〜姫たちの戦国〜』(2011年、NHK大河ドラマ)
- 『いだてん〜東京オリムピック噺〜』(2019年、NHK大河ドラマ)
- 『鎌倉殿の13人』(2022年、NHK大河ドラマ)
- 『PICU 小児集中治療室』(2022年、フジテレビ)
- 『犬神家の一族』(2023年、NHK)
- 『海のはじまり』(2024年、フジテレビ、南雲朱音役)
主な舞台[編集]
- 『奇跡の人』(1986年初演、以後複数回上演)
- 『真夏の夜の夢』(1992年、野田秀樹演出)
- 『贋作・罪と罰』(1995年、野田秀樹作・演出)
- 『パンドラの鐘』(1999年、蜷川幸雄演出)
- 『マクベス』(2001年・2002年、蜷川幸雄演出)
- 『欲望という名の電車』(2002年、蜷川幸雄演出)
- 『売り言葉』(2002年、野田秀樹作・演出の一人芝居)
- 『太鼓たたいて笛ふいて』(2002年初演、2004年・2008年・2014年・2024年再演)
- 『エレクトラ』(2003年)、『メディア』(2005年)(いずれも蜷川幸雄演出)
- 『ザ・ダイバー』(2009年、野田秀樹作・演出)
- 『ヘンリー六世』(2010年)、『身毒丸』(2011年)、『シンベリン』(2012年)、『日の浦姫物語』(2012年)、『火のようにさみしい姉がいて』(2014年)(いずれも蜷川幸雄演出)
- 『ピアフ』(2011年初演、2013年・2016年・2018年・2022年・2026年再演)
- 『GYPSY』(2023年・2026年、ローズ役)
- 『スウィーニー・トッド』(2024年)
- 『やなぎにツバメは』(2025年)
- 『華岡青洲の妻』(2025年、加恵役)
- 『NA・NI・MO・NO』(2026年、LIVE×ACT)
受賞歴[編集]
| 年 | 賞 | 対象 |
|---|---|---|
| 1976年 | ブルーリボン賞 新人賞(1975年度) | 『青春の門』 |
| 1979年 | 第2回日本アカデミー賞 最優秀主演女優賞 | 『事件』 |
| 1979年 | 第2回日本アカデミー賞 最優秀助演女優賞 | 『聖職の碑』 |
| 1987年 | ブルーリボン賞 助演女優賞(1986年度) | |
| 1987年 | 第12回報知映画賞 主演女優賞 | 『永遠の1/2』 |
| 1992年 | 田中絹代賞 | |
| 2000年 | 第23回日本アカデミー賞 最優秀主演女優賞 | 『鉄道員』 |
| 2003年 | 第10回読売演劇大賞 最優秀女優賞 | 『太鼓たたいて笛ふいて』 |
| 2003年 | 第25回モスクワ国際映画祭 最優秀女優賞 | 『ふくろう』 |
| 2011年 | 紫綬褒章 | |
| 2017年 | 第59回ブルーリボン賞 主演女優賞 | 『後妻業の女』 |
日本アカデミー賞では優秀賞を含めノミネートが10回以上にのぼる。
人物[編集]
歌手・大竹しのぶ[編集]
女優業と並行して歌手活動も長い。1987年の「かまっておんど」のヒットに始まり、『ピアフ』の成功以降はピアフ・ナンバーを軸にしたコンサートも定期的に開催。2019年には『SHINOBU avec PIAF』と題したコンサートも行った。2024年・2025年にはブルーノート東京とビルボードライブ大阪でライブツアーを実施している。
紅白歌合戦の音合わせでは、普段のふんわりとした話し方とはまるで違う低く貫禄ある歌声で記者を驚かせ、リハーサル中に涙ぐむ場面もあった。理由を問われると「ピアフの気持ちを素直に歌わなくちゃと思って」と答え、「芝居として歌うのか、自分として歌うのか分からなくなることがある」とも語っている。
中村勘三郎との友情[編集]
十八代目中村勘三郎とは20代からの親友で、家族ぐるみの付き合いだった。2024年のフジテレビ『ボクらの時代』では、20歳と22歳で初めて音楽劇で共演した際、「共演した男女は恋に落ちる」という言い伝えを信じた勘三郎にデートに誘われたが実らなかった、という秘話を明かしている。2012年に勘三郎が亡くなった際は葬儀で弔辞を読んだ。現在も中村勘九郎一家との交流が続き、勘三郎の孫たちが大竹の舞台やイベントに登場することも多い。
物言う大女優[編集]
発言はかなりストレート。2024年9月、『太鼓たたいて笛ふいて』の会見では、連日続く兵庫県知事をめぐる報道について「毎日報道する意味があるのだろうか」と疑問を呈した。同じ月には自身のラジオ番組で、『海のはじまり』の撮影現場が険悪だったとする週刊誌報道を「本当にうそばっかり」と否定し、「時間かかりすぎじゃない」と自分が言ったという部分だけは事実だと笑って認めている。
家族[編集]
- 長男 - 最初の夫・服部晴治との間に1985年に誕生した一般男性。テレビ番組にたびたび登場し、2025年に結婚した。
- 長女・IMALU - 1989年生まれ。明石家さんまとの間の娘で、タレントとして活動している。
- 2018年9月1日には実母が亡くなり、同月7日に公表した。
明石家さんまとの関係[編集]
結婚から離婚まで[編集]
2人の出会いは1986年の『男女7人夏物語』での共演。続編『男女7人秋物語』(1987年)でも共演し、1988年に結婚、1989年に長女IMALUが生まれた。結婚生活は約4年で、1992年に離婚した。
さんまは後年、大竹の最初の夫・服部晴治から、亡くなる前に手紙を受け取っていたことを明かしている。2025年12月放送の日本テレビ『誰も知らない明石家さんま』によれば、服部とはテニス仲間で、手紙には「しのぶをよろしくお願いします」という趣旨のことが書かれていたという。さんまは2025年5月の長男の結婚披露宴のスピーチでこの手紙を「召集令状みたいなもん」と笑いに変えた(受け取った時期は、披露宴では「亡くなる1週間ほど前」、別の番組では「約2カ月前」と語っており、食い違いがある)。
離婚後もネタにし合う「元夫婦」[編集]
離婚後も2人は家族のパーティーや食事を共にしており、互いをネタにし合う関係が続いている。2017年の大竹の60歳記念パーティーでは、さんまがスピーチで結婚生活を大竹の主演映画になぞらえ「黒い家」と表現し、同席した野田秀樹に「なんで結婚せえへんかったんや」と絡むなど、会場が漫才のような空気になったと報じられた。さんまの番組『さんまのまんま』や『踊る!さんま御殿!!』で大竹の話題が出るのは珍しくない。
2021年には、さんまが企画・プロデュースしたアニメ映画『漁港の肉子ちゃん』で大竹が主演声優を務めた。報知映画賞の授賞式で大竹は、30年以上前にさんまが「いつか映画を作りたい」と話していたことを明かし、さんまからは「明日から報知新聞を取る」「とにかく俺を褒めといてくれ」という伝言を預かってきたと紹介した。2023年1月には、新幹線でのエピソードを挙げて、さんまの「普通」の感覚を尊敬していると語っている。
長男の結婚と「ぎいじい」[編集]
大竹の長男はさんまの実子ではないが、さんまを父のように慕っているとされる。2024年12月の『誰も知らない明石家さんま』では長男がVTR出演し、交際相手ができたことを報告。2025年6月11日、大竹は自身のラジオ番組で「めでたく結婚いたしました!」と報告した。さんまは結婚披露宴で「新郎のボス」として紹介され、親族席に座った。大竹の発表までMBSラジオ『ヤングタウン土曜日』などでは事実を伏せざるを得ず、「我慢して我慢して」いたと明かしている。
2026年8月には、関西テレビ・フジテレビ系『さんまのまんま』の特番で、さんまが長男に子どもが生まれたことを報告。呼び名は「義理のじいさん」を縮めた「ぎいじい」に決まったという。
余談[編集]
- 2023年12月のTBS『週刊さんまとマツコ』で、30年以上通う都内の寿司店で、従業員が急に休んだときに代打でアルバイトをしていると明かした。報道では時給1000円とされる。
- 長男の婚活を心配して出会い系サービスを勧めたものの、本人に断られたことを2023年にテレビで明かしている。
- IMALUからは「話を盛る癖がある」と指摘されている。
- 2017年の60歳記念パーティー「大竹しのぶと60人の男たち」には、野田秀樹のほか市村正親、豊川悦司、藤原竜也、笑福亭鶴瓶らが集まった。綾瀬はるからも参加しており、「60人の男たち」とはいえ女性ゲストもいたとされる。
- ディズニー/ピクサー映画『インサイド・ヘッド』シリーズでは、日本語吹替でカナシミの声を担当している。
- デビュー以来、仕事が途絶えた時期がない女優とされる。