真田広之
さなだ ひろゆき / Hiroyuki Sanada
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2024年2月20日、『SHOGUN 将軍』大ヒット祈願イベント(東京・増上寺)にて(出典:ウィキメディア・コモンズ)
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2013年撮影(出典:ウィキメディア・コモンズ)
本名 下澤廣之(しもざわ ひろゆき)
誕生日 1960年10月12日
年齢 66歳
出身地 東京都品川区
国籍 日本
居住地 アメリカ・ロサンゼルスを拠点とする
学歴 堀越高等学校卒業、日本大学藝術学部映画学科
ジャンル 映画、テレビドラマ、舞台、歌
ポジション 俳優、プロデューサー、アクション俳優
活動期間 1966年 -
デビューアルバム 1966年 映画『浪曲子守唄』(子役デビュー)
家族 元妻:手塚理美(1990年結婚、1997年離婚)、次男:手塚日南人(俳優)
血液型 A型
事務所 ザ・リブラインターナショナル
代表作 『柳生一族の陰謀』『忍者武芸帖 百地三太夫』『里見八犬伝』『麻雀放浪記』『快盗ルビイ』『リング』『たそがれ清兵衛』『ラスト サムライ』『ウルヴァリン:SAMURAI』『ブレット・トレイン』『ジョン・ウィック:コンセクエンス』『SHOGUN 将軍』
関連活動 歌手(1980年代にシングル多数)、舞台俳優、プロデューサー
あだ名 ヒロさん、Hiro
その他 第76回エミー賞 ドラマシリーズ部門主演男優賞(日本人初)、第82回ゴールデングローブ賞 テレビドラマ部門主演男優賞、第26回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞、紫綬褒章(2018年)、大英帝国勲章名誉MBE(2002年)
リンク https://www.imdb.com/name/nm0760796/


概要[編集]

真田広之(さなだ ひろゆき/Hiroyuki Sanada、1960年10月12日 - )とは、東京都品川区出身の俳優・プロデューサーである。千葉真一率いるジャパンアクションクラブ(JAC)出身のアクションスターとして1980年代の日本映画を背負い、2000年代以降はハリウッドに拠点を移して日本描写の「番人」役を務めた。2024年、主演兼プロデューサーを務めた『SHOGUN 将軍』で日本人初のエミー賞主演男優賞を受賞した。

詳細[編集]

子役から「千葉真一の秘蔵っ子」へ[編集]

5歳で劇団ひまわりに入団し、1966年、千葉真一主演の『浪曲子守唄』で千葉演じる主人公の息子役として映画デビューした。子役として東映作品などに出演したのち、千葉から「まずは学業を」と助言されていったん芸能活動から離れる。中学進学後の1973年に千葉主宰のJACへ入門し、少林寺拳法や極真空手(黒帯)、器械体操、乗馬、殺陣、日本舞踊、歌、ダンスまで、文字どおり「全部やる」修業時代を過ごした。日本舞踊は玉川流の名取で、のちに時代劇の所作が評価される下地になったといわれる。

芸名「真田広之」の誕生[編集]

1978年、17歳で深作欣二監督・千葉出演の『柳生一族の陰謀』のオーディションに合格し、本格的に再デビュー。このとき本名の下沢広之から「真田広之」に改名した。命名したのは千葉で、千葉自身の芸名と本名からそれぞれ一字をとったとされる。同年には深作監督のSF大作『宇宙からのメッセージ』で主役級に抜擢され、海外の俳優と共演したことが「いつか海外の一流と対等に仕事をしたい」という原点になったと本人は振り返っている。

スタントなしのアクションスター[編集]

1980年の『忍者武芸帖 百地三太夫』で映画初主演。東映側は当初、体操のオリンピック選手の起用を考えていたが、千葉が「演技経験のない人間は使えない」と反対し、撮影までの3か月で真田を鍛え直すと約束して起用が決まった。千葉は真田をサーカスに預け、真田はわずか1か月で空中ブランコを人前で披露できるまでになったという。劇中では高所からの空中ダイビングを吹き替えなしでこなし、『吼えろ鉄拳』(1981年)では東尋坊の岩場やヘリコプターからの海への飛び込みも自ら演じた。こうした「本人がやる」スタイルは、師匠の千葉が日本に持ち込んだJACイズムそのものだった。

「アクション俳優」から「演技派」へ[編集]

1980年代前半は角川映画の看板スターとして『伊賀忍法帖』『里見八犬伝』などで人気を確立し、アイドル的な歌手活動も並行した。一方で和田誠監督の『麻雀放浪記』(1984年)、『快盗ルビイ』(1988年)など、アクション抜きの役でも評価を得ていく。1989年、母親の急死をきっかけにJACから独立し、個人事務所ザ・リブラインターナショナルを設立。1990年代は大河ドラマ『太平記』(1991年)で主人公・足利尊氏を演じ、TBSの『高校教師』(1993年)で社会現象級のヒットに主演するなど、テレビでも存在感を示した。

経歴[編集]

1960〜70年代:子役とJAC入門[編集]

1960年、東京・品川区大井に生まれる。同じマンションに住んでいた俳優の子どもと遊んでいたところをスカウトされ、子ども雑誌のモデルを経て劇団ひまわりへ。1966年の『浪曲子守唄』は続編も作られ、千葉との「親子共演」は以後の師弟関係の始まりとなった。1973年に品川区立伊藤中学校へ進むとJACに入り、1976年に堀越高等学校の芸能活動コースへ進学。1978年の再デビュー後は『柳生一族の陰謀』『宇宙からのメッセージ』『真田幸村の謀略』、1979年の『戦国自衛隊』と東映・角川系の大作に立て続けに出演し、同年日本大学藝術学部映画学科に入学した。

1980年代:角川映画の顔、そして歌手[編集]

1980年の初主演作以降、『吼えろ鉄拳』『魔界転生』(1981年)、香港映画『龍の忍者』(1982年)と、アクション路線を突っ走る。1982年には角川映画の新人女優オーディションで選ばれた渡辺典子のデビュー作『伊賀忍法帖』に主演し、1983年末には薬師丸ひろ子とのW主演で深作監督の『里見八犬伝』が公開、配給収入23億円超で翌年の邦画トップとなった。ちなみに「角川三人娘」の一人原田知世は、オーディションに応募した動機を「真田広之に会いたかった」と後年語っており、当時の真田の人気ぶりがうかがえる。歌手としては1980年の「風の伝説」から1990年代前半まで多数のシングルを発売し、1988年には小泉今日子とのデュエット「たとえばフォーエバー」も出した。

1990年代:テレビ・舞台・ロンドン[編集]

1990年には主演と音楽監督を兼ねた『リメインズ 美しき勇者たち』に挑戦。1993年は滝田洋二郎監督の『僕らはみんな生きている』『眠らない街〜新宿鮫〜』に主演し、ブルーリボン賞やキネマ旬報ベスト・テンの主演男優賞を受けた。1995年の『写楽』、1998年の『リング』(高山竜司役)、続編の『らせん』でも主要キャストを務めている。舞台では1986年の『ロミオとジュリエット』、1995年・1998年の『ハムレット』で主演。そして1999〜2000年、イギリスのロイヤル・シェイクスピア・カンパニー公演『リア王』に道化役で出演した。同カンパニー史上初の日本人キャストで、英語の台詞だけでシェイクスピアに挑んだ経験を本人は「人生最大の挑戦」と語っている。2002年、日英文化交流への貢献により大英帝国勲章の名誉MBEを受けた。

2000年代前半:『たそがれ清兵衛』と渡米[編集]

2002年、山田洋次監督の『たそがれ清兵衛』で主人公の下級武士・井口清兵衛を演じ、第26回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞。同作は米アカデミー賞外国語映画賞にもノミネートされた。翌2003年、トム・クルーズ主演の『ラスト サムライ』で侍・氏尾を演じ、渡辺謙らとともにハリウッドで注目される。この作品を機にロサンゼルスに拠点を移し、以後は英語圏の作品を中心に活動するようになった。

2000年代後半〜2010年代:ハリウッドの「日本担当」[編集]

渡米後は『上海の伯爵夫人』(2005年)、ダニー・ボイル監督の『サンシャイン2057』(2007年)、『ラッシュアワー3』(2007年)、『スピード・レーサー』(2008年)とジャンルを問わず出演。並行してチャン・ドンゴンと共演したアジア大作『PROMISE』(2005年)、日本映画『亡国のイージス』(2005年)にも主演した。テレビではドラマ『LOST』(2010年)の謎の人物ドーゲン役で米国の視聴者にも顔が売れる。2013年は『ウルヴァリン:SAMURAI』の矢志田信玄、『レイルウェイ 運命の旅路』の永瀬隆、『47RONIN』の大石内蔵助と大作が続いた。その後も『Mr.ホームズ 名探偵最後の事件』(2015年)、宇宙SF『ライフ』(2017年)、ドラマ『ウエストワールド』(2018年〜)のムサシ役、そして『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019年)では東京のヤクザのボス・アキヒコ役で出演した。2018年には日本政府から紫綬褒章を受章している。

2020年代:アクション回帰と『SHOGUN 将軍』[編集]

2021年は『モータルコンバット』のスコーピオン(ハサシ・ハンゾウ)役、ザック・スナイダー監督の『アーミー・オブ・ザ・デッド』、ジョニー・デップ主演の『MINAMATA-ミナマタ-』と話題作が重なった。2022年の『ブレット・トレイン』では謎の老剣士「エルダー」、2023年の『ジョン・ウィック:コンセクエンス』では大阪コンチネンタルホテル支配人シマヅを演じ、キアヌ・リーブスとの殺陣が大きな話題になった。そして2024年、主演兼プロデューサーを務めた『SHOGUN 将軍』が世界的ヒットとなり、キャリアの頂点を迎える。

『SHOGUN 将軍』[編集]

作品と役柄[編集]

『SHOGUN 将軍』は、ジェームズ・クラベルの小説『将軍』(1975年)を米FXがドラマ化した全10話の作品で、日本では2024年2月からDisney+(スター)で、米国ではHuluなどで配信された。舞台は1600年前後、天下分け目の戦いを目前にした日本。真田が演じた吉井虎永は徳川家康をモデルにした戦国大名で、漂着したイギリス人航海士ジョン・ブラックソーン(按針)、通訳を務める戸田鞠子との関係を軸に、権謀術数の駆け引きが描かれる。共演はコズモ・ジャーヴィス、アンナ・サワイ、浅野忠信ら。1980年にも同じ原作がドラマ化されており、そのときに虎長を演じたのが三船敏郎だったことから、「三船の役を真田が継いだ」ことも日本で大きく報じられた。

プロデューサーとしてのこだわり[編集]

真田は出演を引き受ける条件として「日本人の役は日本の俳優が演じること」「時代劇の専門スタッフを日本から呼ぶこと」を求めた。企画が一度暗礁に乗り上げたあと、ショーランナーのジャスティン・マークスから「作品の真正性のために」と製作への参加を依頼され、プロデューサーとして加わったという。撮影は2021年9月から2022年7月にかけてカナダ・バンクーバーで行われ、真田は美術・衣装・所作・台詞の細部まで監修し、初の海外撮影となる日本人キャストのために現場の通訳や仲介役まで担った。本人は「日本人が観て納得できるものにする」「ステレオタイプを避け、西洋化・現代化しない」ことを最優先にしたと語っている。ハリウッドで長年「文化アドバイザー」的な役割を自ら買って出てきた真田にとって、その総決算といえる仕事だった。

受賞ラッシュ[編集]

2024年9月15日(現地時間)の第76回エミー賞で、『SHOGUN 将軍』はドラマシリーズ作品賞を含む18部門を受賞し、クリエイティブ・アーツ部門とあわせて単一シーズンのテレビ番組として史上最多の受賞記録を打ち立てた。真田は日本人として初めてドラマシリーズ部門の主演男優賞を獲得し、プロデューサーとして作品賞も受賞。アンナ・サワイも主演女優賞に輝いた。2025年1月5日の第82回ゴールデングローブ賞ではテレビドラマ部門の主演男優賞を受賞し、作品賞、主演女優賞、浅野忠信の助演男優賞とあわせて4冠。さらにクリティクス・チョイス・アワード、全米映画俳優組合賞(SAG賞)のドラマシリーズ男優賞、英国アカデミー賞テレビ部門の国際番組賞(プロデューサーとして)なども受賞し、2025年には米TIME誌の「世界で最も影響力のある100人」にも選ばれた。

シーズン2[編集]

2025年にシーズン2の制作が正式に動き出し、物語は前作から10年後、原作小説の「その先」を描く完全オリジナル展開となる。真田は引き続き虎長を演じ、エグゼクティブ・プロデューサーも務める。新キャストとして目黒蓮(Snow Man、和忠役)、水川あさみ(綾役)、窪田正孝(日向役)、金田昇、榎木孝明、國村隼らの出演が発表された。撮影は2026年1月末からカナダ・バンクーバーで約7か月半にわたって行われ、同年9月にクランクアップ。キャストが撮影終了を祝う特別映像も公開された。真田は「シーズン1で数か月かかったチームワーク作りの反省を生かし、起こりうる問題点を事前に徹底的に解決している」と語っている。2026年11月4日時点で配信日は正式発表されておらず、海外報道では2027年配信の見込みとされている。

作風・人物像[編集]

「アクションは言葉が尽きたときに生まれる」[編集]

真田のアクション観は一貫している。2022年のインタビューでは、アクションを「言葉で解決しなくなったときに生まれるもの」と表現し、背景や感情がそろわなければ「ただの見世物」になると語った。ハリウッド進出直後は事故防止のため、転ぶだけの場面でも「はい、スタントマンで」と言われる時期があったという。しかしデヴィッド・リーチ、チャド・スタエルスキといったスタント出身の監督が台頭し、訓練を積んだ俳優なら安全にアクションができることが認められるようになって「再び時代がやって来た」と感じているそうだ。60代でなお本格的な殺陣をこなす体は、JAC時代からの鍛錬のたまものである。

海外進出は「夢」ではなく「使命」[編集]

真田は20歳ごろから毎年のようにニューヨークやロンドンに出かけ、舞台や音楽、映画の第一線を見て回ったという。1993年のインタビューでは、海外進出を「夢ではなく使命」と表現し、作品の質やマーケットの広がりで日本映画が韓国や香港に遅れをとりつつあることへの危機感も口にしていた。ハリウッドでは「誤った日本描写」を正す役回りを自ら引き受け、出演作ごとに衣装や所作、台詞の不自然さを指摘してきたとされる。「理解されにくい文化に敬意を勝ち取るのが自分の仕事」という姿勢は、『SHOGUN 将軍』で結実した。

師・千葉真一との関係[編集]

真田にとって千葉は、芸名の名付け親であり、学業優先を説いた「父親代わり」であり、世界市場を目指すよう背中を押した人物でもある。千葉が2021年8月に新型コロナウイルスによる肺炎で亡くなった際、同じく千葉と縁の深い東山紀之は、真田とメールで「その教えを次の世代に伝えていく」ことを確認し合ったと明かした。ハリウッドでアクションと日本文化の両方を背負う真田の姿は、日本のアクションを世界に持ち込もうとした千葉の夢の延長線上にあるとも評される。

主な出演作[編集]

映画(日本・アジア)[編集]

  • 『浪曲子守唄』(1966年)- デビュー作
  • 『柳生一族の陰謀』(1978年、深作欣二監督)
  • 『宇宙からのメッセージ』(1978年)
  • 『戦国自衛隊』(1979年)
  • 『忍者武芸帖 百地三太夫』(1980年)- 映画初主演
  • 『吼えろ鉄拳』『魔界転生』(1981年)
  • 『伊賀忍法帖』(1982年)
  • 『里見八犬伝』(1983年)
  • 『麻雀放浪記』(1984年、和田誠監督)
  • 『快盗ルビイ』(1988年)
  • 『僕らはみんな生きている』『眠らない街〜新宿鮫〜』(1993年)
  • 『写楽』(1995年)
  • 『リング』『らせん』(1998年)
  • 『たそがれ清兵衛』(2002年、山田洋次監督)
  • 『亡国のイージス』(2005年)
  • 『PROMISE』(2005年)
  • 『天地明察』(2012年)

映画(ハリウッド・海外)[編集]

  • 『ラスト サムライ』(2003年)- 氏尾
  • 『上海の伯爵夫人』(2005年)
  • 『サンシャイン2057』(2007年)
  • 『ラッシュアワー3』(2007年)
  • 『スピード・レーサー』(2008年)
  • 『ウルヴァリン:SAMURAI』(2013年)- 矢志田信玄
  • 『レイルウェイ 運命の旅路』(2013年)- 永瀬隆
  • 『47RONIN』(2013年)- 大石内蔵助
  • 『Mr.ホームズ 名探偵最後の事件』(2015年)
  • 『ミニオンズ』(2015年)- 声の出演
  • 『ライフ』(2017年)
  • 『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019年)- アキヒコ
  • 『MINAMATA-ミナマタ-』(2020年)
  • 『モータルコンバット』(2021年)- スコーピオン
  • 『アーミー・オブ・ザ・デッド』(2021年)
  • 『ブレット・トレイン』(2022年)- エルダー
  • 『ジョン・ウィック:コンセクエンス』(2023年)- シマヅ
  • 『モータルコンバット/ネクストラウンド』(2026年)- スコーピオン

テレビドラマ[編集]

  • 『太平記』(1991年、NHK大河ドラマ)- 足利尊氏
  • 『高校教師』(1993年、TBS)
  • 『古畑任三郎』(ゲスト出演)
  • 『LOST』(2010年)- ドーゲン
  • 『HELIX -黒い遺伝子-』(2014〜2015年)
  • 『ザ・ラストシップ』(2016年)
  • 『ウエストワールド』(2018〜2020年)- ムサシ
  • 『SHOGUN 将軍』(2024年〜)- 吉井虎永(主演・プロデューサー)

2026年の動向[編集]

『モータルコンバット/ネクストラウンド』[編集]

2026年5月8日に全米公開された『モータルコンバット』の続編で、真田は白井流の忍者ハサシ・ハンゾウ/スコーピオンを再演した。全米では初日興収が前作の約2倍となり初登場1位を記録。日本では同年6月5日に公開され、前作に続いて浅野忠信も出演している。宿敵サブ・ゼロを演じたジョー・タスリムは原作ゲームの大ファンで、撮影地オーストラリアの同じ宿舎で真田を「先生」と呼んで慕い、ゲームの歴史やキャラクターの背景を真田に教えたというほほえましい逸話もある。真田は第3弾の構想に触れつつ「スコーピオンとサブ・ゼロのライバル関係を大切にしたい」と話し、共闘については「第4作あたりかも」と笑ってみせた。

『SHOGUN 将軍』シーズン2撮影完了[編集]

2026年は1月から9月まで、ほぼ1年をバンクーバーでの『SHOGUN 将軍』シーズン2撮影に費やした。撮影地はバーナビーのスタジオや、シーズン1で大坂の街が作られたポートムーディの屋外セットで、シーズン2ではさらに江戸の町並みも新設された。8月末にはセットで花火を上げるラップパーティーも開かれたと地元メディアが伝えている。シーズン3の撮影も視野に入っていると報じられており、66歳を迎えた真田の「虎長」はまだまだ続きそうだ。

炎上とバズ[編集]

  • 2024年のエミー賞受賞スピーチでは、FXやディズニー、キャスト・スタッフへの感謝とともに「東と西が出会った夢のプロジェクト」と語り、日本でも大きく報じられた。同じ夜に主演女優賞を受けたアンナ・サワイが「真田さんが私たちのような俳優のために扉を開いてくれた」と述べたことも話題になった。
  • 2025年のゴールデングローブ賞では、世界の若い俳優やクリエイターに向けて「自分らしくあってください」と呼びかけたことが話題になった。
  • 2022年にドラマ『イカゲーム』のイ・ジョンジェがアジア人初のエミー賞ドラマ主演男優賞を受賞しており、その2年後に真田が続いたことで、アジア出身俳優の受賞が相次ぐ形になった。
  • 1997年の離婚前後には女優との交際がワイドショーや週刊誌で大きく報じられた。

余談[編集]

  • 1983年、ある大ヒット曲の提供を打診されたが、当時の事務所の意向で歌わなかったという逸話がある。
  • 尊敬するアル・パチーノの舞台を観るため、海外まで足を運んで「出待ち」をしたことがあるという。
  • 野茂英雄を尊敬しており、単身でアメリカに渡って道を切り開いた姿勢に共感していると語っている。
  • 『魔界転生』では沢田研二とのキスシーンを演じ、当時かなりの話題になった。
  • 2024年にTBSのドラマ『VIVANT』続編への出演を打診されたが辞退した、という報道が週刊誌に出たことがある(TBSは回答せず、真偽は不明)。
  • 日本舞踊・玉川流の名取で、名取名は「玉川大輔」。1978年に名取となっており、時代劇の所作の美しさはここから来ているともいわれる。

外部リンク[編集]

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