| Noriyuki Higashiyama ひがしやま のりゆき | |
|---|---|
![]() ジャニーズ事務所の新社長として会見に臨んだ東山紀之(2023年9月。出典:デイリースポーツ) | |
| 本名 | 東山紀之 |
| 誕生日 | 1966年9月30日 |
| 年齢 | 60歳 |
| 出身地 | 神奈川県川崎市 |
| 国籍 | 日本 |
| 家族 | 妻:木村佳乃(女優) |
| 血液型 | A型 |
| 学歴 | 明治大学付属中野高等学校 定時制 中退 |
| 職業 | 実業家、元俳優・歌手・タレント |
| 肩書 | 元少年隊メンバー、株式会社SMILE-UP.前代表取締役社長 |
| 活動期間 | 1979年 - 2023年(芸能活動) |
| 代表的な実績 | 少年隊「仮面舞踏会」(1985年)、『必殺仕事人』シリーズ(2007年 - 2023年)、『刑事7人』(2015年 - 2023年)、『大岡越前』シリーズ(2013年 - 2023年)、『サンデーLIVE!!』メインキャスター |
| 受賞 | 日本レコード大賞 最優秀新人賞(1986年、少年隊として)、新語・流行語大賞 大衆賞(1988年「しょうゆ顔」) |
| 事務所 | ジャニーズ事務所(1979年 - 2023年) |
| 関連活動 | 少年隊、The SHIGOTONIN |
| あだ名 | ヒガシ |
| その他 | 2023年9月 - 2026年9月、旧ジャニーズ事務所(SMILE-UP.)社長 |
| リンク | SMILE-UP.公式サイト |
概要[編集]
東山紀之(ひがしやま のりゆき、1966年9月30日 - )とは、神奈川県川崎市出身の元俳優・元歌手で、実業家である。1985年に少年隊のメンバーとしてデビューし、俳優としては『必殺仕事人』『刑事7人』などで主演級を務めた。2023年にジャニーズ事務所の社長に就任して芸能界を引退し、社名変更後のSMILE-UP.で被害者補償を指揮したのち、2026年9月末に任期満了で社長を退任した。
詳細[編集]
「ヒガシ」と少年隊[編集]
愛称は「ヒガシ」。小学校卒業前の1979年、渋谷で当時ジャニーズ事務所社長だったジャニー喜多川にスカウトされて入所した。最初は錦織一清・植草克秀・松原康行と4人で活動していたが、高校受験のため一時離脱し、1982年4月に松原と入れ替わる形で復帰。この3人組が「ジャニーズ少年隊」、のちの少年隊になった。
デビュー前から近藤真彦や田原俊彦のバックダンサーを務め、1983年のNHK紅白歌合戦にもマッチのバックとして出演している。レコードデビュー前の1984年にはすでに単独コンサートを行うという異例の「下積み」を経て、1985年12月12日に「仮面舞踏会」でデビュー。キャッチフレーズは「日本発、世界行」だった。
「しょうゆ顔」の代表[編集]
1980年代後半、すっきりした和風の顔立ちを指す「しょうゆ顔」という言葉が流行し、東山はその代表格として扱われた。1988年には新語・流行語大賞の大衆賞を受賞している。少年隊は1987年にブロマイドの年間売上1位を記録しており、ジャニーズの中でも「正統派の二枚目」というポジションは早い時期に固まっていた。
その一方、本人は二枚目の看板に寄りかかるタイプではなく、体づくりへのこだわりは芸能界屈指。体脂肪率9%を維持し、腹筋は1日1000回を20年以上続けていると語っていた。トライアスロン、スキューバダイビング、ボクシングにも取り組み、50代になっても舞台でキレのあるダンスを見せていた。
時代劇の主役[編集]
俳優・東山を語るうえで外せないのが時代劇である。テレビ朝日の『必殺仕事人』シリーズでは2007年から2023年まで主演の渡辺小五郎を演じ、『大岡越前』シリーズ(NHK BSプレミアムほか)でも2013年から主演した。1993年の大河ドラマ『琉球の風』ではジャニーズ所属タレントとして初の大河主演を果たしている。
源義経、光源氏、浅野内匠頭、沖田総司、松平容保と、時代劇で演じた役は「品のある美男子」が多い。映画では藤沢周平原作の『山桜』(2008年)、『小川の辺』(2011年)で主演し、端正な所作が評価された。現代劇では『刑事7人』の天樹悠、『新・棟居刑事』シリーズなど刑事役でも長く主役を張った。
社長就任と「芸能界引退」[編集]
2023年、ジャニー喜多川による性加害問題が国内外で大きく報じられ、ジャニーズ事務所は再発防止特別チームの調査報告を受けて対応を迫られた。9月5日、藤島ジュリー景子の辞任に伴い東山が代表取締役社長に就任。9月7日の記者会見で、社長就任とともに年内で芸能活動から引退することを表明した。
10月2日の2度目の会見では、社名を「SMILE-UP.」に変更し、同社は被害者への補償業務のみを行うこと、タレントのマネジメントは新設するエージェント会社が担うことを発表した。キャスターや司会のレギュラーは9月で降板し、同年12月の『必殺仕事人』スペシャルが俳優として最後の大きな仕事になった。
経歴[編集]
生い立ち[編集]
1966年、神奈川県川崎市で生まれた。生後は岡山県や名古屋市でも暮らしている。3歳のときに両親が離婚し、以後は母親に育てられた。妹が一人いる。川崎市立の小学校・中学校を経て、中学時代はバスケットボール部で3年時にキャプテンを務めた。高校は明治大学付属中野高校の定時制に進んだが、のちに中退している。この定時制には同世代のシブがき隊(本木雅弘・薬丸裕英・布川敏和)も在籍していたことで知られる。
幼少期の暮らしは決して豊かではなく、その頃の川崎の街での日々は、2010年に出版した自伝的エッセイ『カワサキ・キッド』に詳しく綴られている。
1979年 - 1980年代:少年隊として[編集]
1979年5月にジャニーズ事務所へ入所。少年隊は1982年6月にレコード発売前ながら『夜のヒットスタジオ』に出演し、同年11月のハワイ音楽祭で金賞を受賞するなど、デビュー前から「歌って踊れる」グループとして実績を積んだ。
1985年12月の「仮面舞踏会」でのデビュー後、翌1986年の新人賞レースでは日本レコード大賞最優秀新人賞をはじめ、FNS歌謡祭・日本テレビ音楽祭などの最優秀新人賞を総なめにした。1986年の第37回NHK紅白歌合戦に初出場し、以後8年連続出場。同じ1986年には夏のミュージカル公演「PLAYZONE」が始まり、これがグループのライフワークになる。楽曲面では山下達郎が「FUNKY FLUSHIN'」「湾岸スキーヤー」などを提供している。
1987年 - 2000年代:俳優として[編集]
1987年に映画『19 ナインティーン』で主演し、同年のドラマ『新選組』では沖田総司を演じた。1988年から1992年には『名奉行 遠山の金さん』シリーズに水木新吾役で出演し、時代劇の経験を積む。1990年に『源義経』、1991年に『源氏物語』で光源氏を演じ、1993年には大河ドラマ『琉球の風』で主演した。
1990年代は『ザ・シェフ』(1995年)、『Dear ウーマン』(1996年)などで連続ドラマの主演を重ね、2000年には『平成夫婦茶碗』で主演。舞台でも『雨に唄えば』(1996年)、『ロミオとジュリエット』(2004年)など主演作が続いた。2003年の「PLAYZONE」では公演中に足の甲を骨折したが、千秋楽まで出演し続けたというエピソードもある。
バラエティ・情報番組では、日本テレビ『世界まる見え!テレビ特捜部』の準レギュラー(1998年 - 2012年)を長く務めたほか、TBS系のドキュメンタリー『バース・デイ』では2005年から2023年まで番組の顔を担った。
2007年 - 2010年代:「仕事人」の時代[編集]
2007年、テレビ朝日の『必殺仕事人2007』で渡辺小五郎役として主演し、以後『必殺仕事人』シリーズの中心を2023年まで務めた。2009年には共演の松岡昌宏、大倉忠義(SUPER EIGHT)と期間限定ユニット「The SHIGOTONIN」を結成し、歌番組にも出演している。
少年隊の「PLAYZONE」は2008年の「PLAYZONE 2008 Change 1986-2008」をもって23年間の歴史に幕を下ろし、通算上演回数は900回を超えた。これ以降、東山の活動は俳優業が中心になる。2010年にはブロードウェイミュージカル『CURTAINS』で主演し、2012年には舞台『英国王のスピーチ』、2013年には『フランケンシュタイン』で主演した。
テレビでは『新・棟居刑事』シリーズ(2005年 - 2019年)、『大岡越前』シリーズ(2013年 - 2023年)、テレビ朝日の『刑事7人』(2015年 - 2023年)と、長期シリーズを複数抱える「シリーズの主役」として活躍した。2017年からはテレビ朝日の日曜朝の報道番組『サンデーLIVE!!』でメインキャスターを務め、報道の現場にも立った。
2010年:結婚[編集]
2010年10月23日、女優の木村佳乃と結婚した。2008年の舞台『さらば、わが愛 覇王別姫』での共演がきっかけで、俳優の遠藤憲一が2人のキューピッド役だったとされる。
2020年 - 2023年:少年隊の活動休止と社長就任[編集]
2020年9月、錦織一清と植草克秀が同年末でジャニーズ事務所を退所すると発表され、少年隊はグループ名を残したまま事実上の活動休止状態に入った。東山は事務所に残り、俳優・キャスターとしての活動を続けた。2020年と2023年には舞台『チョコレートドーナツ』で主演している。
2023年9月5日、ジャニーズ事務所の代表取締役社長に就任。9月7日の会見で、年内での芸能活動引退を表明した。同月、『バース・デイ』『サンデーLIVE!!』を降板。12月26日のディナーショーと、12月29日放送のスペシャルドラマ『必殺仕事人』が芸能人としての最後の仕事となり、12月31日に有料会員制ブログで改めて引退を報告した。メッセージには「いつか僕がこういう人生をチョイスしたことを理解してもらえたらありがたいと思います」と綴られていた。
2023年 - 2024年:SMILE-UP.社長として[編集]
2023年10月17日、ジャニーズ事務所は「SMILE-UP.」に社名を変更した。この社名は、もともと3年ほど前に社会貢献プロジェクト用として取得していた商標だと東山は説明している。タレントのマネジメントは新会社に移り、同年12月に社名がSTARTO ENTERTAINMENTと発表され、2024年4月から本格的に業務を始めた。SMILE-UP.は補償業務に専念し、それが終われば廃業する方針を示した。
2024年3月30日、英BBCが性加害問題の続編ドキュメンタリー「捕食者の影 ジャニーズ解体のその後」を放送し、同年2月に収録された東山への単独インタビューが含まれていた。被害者への誹謗中傷について問われた際の受け答えが議論を呼んだが、SMILE-UP.は「誹謗中傷はなくしていきたい」という続きの発言が省かれ、趣旨が変わって伝わったと主張。4月25日にBBCへ抗議文を送付したと発表した(BBC側はこれに応じなかったと報じられた)。同年4月には『週刊新潮』のインタビューにも応じている。
補償の進み具合は公式サイトで定期的に公表され、2024年11月15日時点では補償内容に合意した541人のうち525人(約97%)に支払いを済ませたと発表された。
2025年 - 2026年:社長退任[編集]
芸能活動からは離れたまま、SMILE-UP.の社長として補償業務を続けた。2025年11月には、妻の木村佳乃とともにさだまさしのコンサートを訪れていたと報じられている。
2026年6月14日、さだまさしが自身のInstagramに東山とのツーショット写真を投稿し、引退後としては珍しく「近影」が公開されて話題になった。同年2月には、植草克秀が自身のライブで「いつか3人でもっと大きなステージで」と語ったとも報じられ、少年隊の再始動や俳優復帰を期待する声がたびたびメディアをにぎわせている。
2026年9月28日、SMILE-UP.は経営体制の変更を発表し、東山と専務取締役が取締役の任期満了に伴い退任すると明らかにした。10月1日付で、2023年からチーフ・コンプライアンス・オフィサーを務めてきた弁護士の山田将之が代表取締役社長に就任し、藤島ジュリー景子は代表取締役に留任した。会社は、今後の補償業務は法的手続きや専門的な判断が中心になるためと説明し、「性加害問題への対応を終わりにするものではない」として、係属中の訴訟への対応や心のケア相談窓口を続けるとしている。東山は、最後の一人まで必要な補償を全うする姿勢を示した。退任後の東山の具体的な活動については、本記事作成時点で公式の発表はない。
人物[編集]
- 憧れの人物として王貞治、ブルース・リー、マイケル・ジャクソンの名を挙げている。
- 料理が得意で、雑誌『Duet』で料理連載を持っていたほか、『VERY』でエクササイズ連載、『Grazia』で「エデンのヒガシ」を連載していた。
- 1999年にスキューバダイビングを始めてアドバンスライセンスを取得。2005年にはホノルルトライアスロンに初挑戦し、3時間3分11秒で完走した。2009年からはボクシングも始めている。
- 交友関係は世代を超えて広く、森光子、松方弘樹、山下達郎・竹内まりや夫妻、真田広之、さだまさしらと親しいことで知られた。
- 若手時代の後輩の面倒見もよく、TOKIOのメンバーが一時期東山の家に居候していたという話は有名。
- 阪神タイガースのファンで、2011年に初めて公表した。
- 事務所内では少年隊時代から「長男」的な立場で語られることが多く、2021年には近藤真彦の退所の仕方について「すごく薄っぺらく感じる」と苦言を呈したことが報じられた。
主な出演[編集]
テレビドラマ[編集]
| 年 | タイトル | 役・備考 |
|---|---|---|
| 1987年 | 新選組 | 沖田総司 |
| 1988年 - 1992年 | 名奉行 遠山の金さん | 水木新吾 |
| 1990年 | 源義経 | 主演 |
| 1991年 | 源氏物語 | 光源氏 |
| 1993年 | 琉球の風 | 主演(NHK大河ドラマ) |
| 1994年 | 大忠臣蔵 | 浅野内匠頭 |
| 1995年 | ザ・シェフ | 主演 |
| 1996年 | Dear ウーマン | 主演 |
| 2000年 | 平成夫婦茶碗 | 主演 |
| 2005年 - 2019年 | 新・棟居刑事シリーズ | 主演 |
| 2007年 | 白虎隊 | 松平容保 |
| 2007年 - 2023年 | 必殺仕事人シリーズ | 渡辺小五郎(主演) |
| 2010年 | GM〜踊れドクター | 主演 |
| 2012年 | 一休さん | 足利義満 |
| 2013年 | 七つの会議 | 主演 |
| 2013年 - 2023年 | 大岡越前シリーズ | 大岡忠相(主演) |
| 2015年 - 2023年 | 刑事7人 | 天樹悠(主演) |
映画[編集]
- 『19 ナインティーン』(1987年)- 主演
- 『本気!』(1991年)- 主演
- 『MAKOTO』(2005年)- 主演
- 『山桜』(2008年)- 主演
- 『小川の辺』(2011年)- 主演
- 『源氏物語 千年の謎』(2011年)- 藤原道長
- 『トリック劇場版 ラストステージ』(2014年)
- 『曇天に笑う』(2018年)- 岩倉具視
- 『おとなの事情 スマホをのぞいたら』(2021年)- 主演
舞台[編集]
- 少年隊ミュージカル「PLAYZONE」(1986年 - 2008年)
- 『沖田総司』(1988年)- 主演
- 『スパニッシュ・ミュージカル バルセロナ物語』(1991年)- 主演
- 『雨に唄えば』(1996年)- 主演
- 『クリスマス・ボックス』(2001年)- 主演
- 『ロミオとジュリエット』(2004年)- 主演
- 『さらば、わが愛 覇王別姫』(2008年)- 主演
- 『CURTAINS』(2010年)- 主演
- 『英国王のスピーチ』(2012年)- 主演
- 『フランケンシュタイン』(2013年)- 主演
- 『ジャンヌ・ダルク』(2014年)- シャルル7世
- 『チョコレートドーナツ』(2020年・2023年)- 主演
司会・キャスター[編集]
- 『世界まる見え!テレビ特捜部』(日本テレビ、1998年 - 2012年)- 準レギュラー
- 『zone』(2000年 - 2004年)- ナビゲーター
- 『@サプリッ!』(2004年 - 2005年)- 司会
- 『バース・デイ』(TBS、2005年 - 2023年)- セレブレーター
- 『エデュカチオ!』(2013年 - 2015年)- 司会
- 『サンデーLIVE!!』(テレビ朝日、2017年 - 2023年)- メインキャスター
- 『思い出のメロディー』(2019年)- 司会
著書[編集]
- 『HIGASHIYAMA-STYLE 東山紀之写真集』(1990年)
- 『東山紀之』(1998年)- フォトエッセイ
- 『NORIYUKI HIGASHIYAMA talking about MAKOTO』(2005年)
- 『カワサキ・キッド』(2010年)- 半生をつづったエッセイ。2015年に朝日文庫化
少年隊とPLAYZONE[編集]
少年隊は、光GENJIやSMAP以前の時代に「歌って踊れる本格派グループ」の型を作った存在として語られることが多い。デビュー前からのダンスの完成度は高く、1982年のハワイ音楽祭では金賞と振付賞を同時に受賞した。デビュー翌年の1986年には新人賞を10近く獲得し、新人賞レースの主役になった。
グループの代名詞が、1986年から2008年まで毎夏続いたミュージカル「PLAYZONE」である。23年間・23作品、通算上演は900回超。東山・錦織・植草の3人が芝居と歌とダンスを一体で見せる舞台は、後輩たちのミュージカル志向の原点ともいわれ、2009年以降は後輩が主演を引き継いだ。
2020年末に錦織と植草が退所してからはグループとしての活動はなく、東山の芸能界引退でメンバーが揃う機会もなくなった。2024年10月、植草はテレビ番組でグループは解散していないと語っている。オリコンのプロフィールでは、2024年時点で錦織・植草が正式メンバー、東山が元メンバーの扱いになっていると報じられた。
旧ジャニーズ事務所問題と東山紀之[編集]
社長就任の経緯[編集]
2023年、ジャニー喜多川による性加害問題をめぐり、外部専門家による再発防止特別チームが調査結果を公表し、事務所は性加害の事実を認めた。9月7日の会見には、藤島ジュリー景子、東山、井ノ原快彦らが出席した。東山は、ジャニー喜多川と同時代に事務所に在籍した最年長クラスのタレントとして矢面に立つことになり、芸能活動を辞めて補償に専念するという選択をした。
社名変更と会社の分割[編集]
10月2日の会見で東山は、「喜多川氏と完全に決別する決意を示す社名」としてSMILE-UP.への改称を発表した。このとき被害者救済委員会には9月30日までに478人から申し出があり、そのうち325人が補償を求めていると明かされた。この会見では、運営を委託された会社が指名しない記者のリストを持っていたとされる「NGリスト」問題が後に報じられ、事務所は作成への関与や記者の指名制限を否定する声明を出した。
補償の進捗[編集]
SMILE-UP.は補償状況を公式サイトで定期的に公表してきた。2026年9月15日時点の数字では、補償を申し出た人は1,047人。そのうち連絡がとれた821人中818人に対して補償内容または補償できない旨を通知し、578人への支払いを完了したとされる。在籍や被害が確認できず補償しないと通知された人も231人いた。2026年6月からは、心のケア相談窓口で金銭的補償の申告も受け付けている。
社長退任[編集]
2026年9月28日、東山は任期満了で社長を退くことが発表され、10月1日に弁護士の山田将之へ交代した。会社は同日、性加害問題への対応はこれで区切りではないとの姿勢を示した。社長在任はおよそ3年1か月。俳優時代の「シリーズの主役」とはまったく別の形で、約3年間の矢面に立ち続けた。
引退後の「復帰説」[編集]
芸能界引退後も、東山の俳優復帰をめぐる観測記事は繰り返し出ている。2024年12月には『週刊現代』が、補償の支払いが97%に達したタイミングで、一部のテレビ局から非公式な打診があったと報じた。2026年6月の日刊ゲンダイも、さだまさしのInstagramへの登場を受けて、『必殺仕事人』など時代劇の関係者からの期待を伝えている。
ただし、これらはいずれも報道や関係者の話にとどまり、本人やSMILE-UP.から復帰に関する発表は出ていない。2026年9月の退任発表時にも、退任後の東山の進路について会社は具体的に言及していない。
炎上とバズ[編集]
2023年の会見での「過去の言動」質問[編集]
2023年9月7日の会見では、元ジャニーズJr.の男性が著書に記した東山からのハラスメントについて記者から質問が出た。東山は記述を「虚偽だと思う」としつつ、「記憶をたどっても、実際したかもしれないし、してないかもしれないというのが本当の気持ち」と答え、その曖昧さが批判を浴びた。10月2日の会見では、セクハラについて「セクハラをしたことはありません」と否定し、パワハラ報道には「感じた方はいらっしゃるかもしれません」と述べた。
BBCインタビューをめぐる応酬[編集]
2024年3月のBBCのドキュメンタリーで、被害者への誹謗中傷について「何をもって誹謗中傷とするのか」と問い返す場面が放送され、ネット上で批判が集まった。SMILE-UP.は発言の一部が省略されたとしてBBCに抗議したが、BBCは訂正に応じなかったと報じられた。
遺族側の主張とSMILE-UP.の反論[編集]
2024年10月、性加害問題の当事者の会の元メンバーらが会見で、亡くなった元メンバーの遺族からの手紙を読み上げ、東山の対応や発言を批判した。これに対しSMILE-UP.は、2023年10月の訃報を受けた当日に東山らのお悔やみとお詫びの手紙を代理人経由で届けたこと、指摘された発言はBBCでも遺族に対してもしていないことなどを説明し、反論した。
「しょうゆ顔」ブーム[編集]
炎上ではなくバズのほうでは、1988年の「しょうゆ顔」が代表例。流行語大賞の大衆賞まで受賞し、「しょうゆ顔=ヒガシ」のイメージは今も根強い。
余談[編集]
- 少年隊デビュー前の1983年、紅白歌合戦に近藤真彦のバックダンサーとして出演しており、少年隊としての初出場(1986年)より3年早く紅白の舞台を踏んでいる。
- 結婚記念日は10月23日。2010年の結婚から数えて、本記事作成日(2026年10月23日)がちょうど16周年にあたる。
- 2009年の「The SHIGOTONIN」は、松岡昌宏、大倉忠義と組んだ『必殺仕事人』の出演者ユニット。ドラマの役柄の延長で歌番組に出るという、時代劇としては珍しいプロモーションだった。
- 「SMILE-UP.」という社名は、性加害問題とは無関係に、もともと社会貢献プロジェクトのために数年前に取得していた商標だったとされる。
- 自伝的エッセイ『カワサキ・キッド』のタイトル通り、川崎で育った少年時代を自身の原点として繰り返し語っている。
