| Yoji Yamada やまだ ようじ | |
|---|---|
![]() 山田洋次(2019年、第32回東京国際映画祭オープニングにて。出典:Wikimedia Commons) | |
| 本名 | 山田洋次 |
| 誕生日 | 1931年9月13日 |
| 年齢 | 95歳 |
| 出身地 | 大阪府豊中市 |
| 国籍 | 日本 |
| 学歴 | 旧制山口高等学校、東京大学法学部 卒業 |
| 職業 | 映画監督、脚本家、演出家 |
| 肩書 | 日本芸術院 院長(2026年10月 - ) |
| 活動期間 | 1954年 - |
| 代表的な実績 | 『男はつらいよ』シリーズ(1969年 - 2019年、全50作)、『幸福の黄色いハンカチ』(1977年)、『学校』(1993年)、『たそがれ清兵衛』(2002年)、『家族はつらいよ』(2016年)、『こんにちは、母さん』(2023年)、『TOKYOタクシー』(2025年) |
| 受賞 | 紫綬褒章(1996年)、文化功労者(2004年)、文化勲章(2012年)、ベルリナーレ・カメラ(2010年)、東京国際映画祭 特別功労賞(2025年) |
| 関連活動 | 『釣りバカ日誌』シリーズ脚本、歌舞伎・劇団新派の脚本・演出 |
| その他 | 監督作は91本(『TOKYOタクシー』まで) |
| リンク | 山田洋次 公式サイト |
概要[編集]
山田洋次(やまだ ようじ、1931年9月13日 - )とは、大阪府豊中市出身の映画監督・脚本家である。松竹一筋で60年以上撮り続け、『男はつらいよ』全50作、『幸福の黄色いハンカチ』、『たそがれ清兵衛』などを生んだ「日本映画の国民的監督」。94歳で91本目の『TOKYOタクシー』を公開し、2026年10月には映画監督として初めて日本芸術院の院長に就いた。
詳細[編集]
満州育ちの東大生、松竹へ[編集]
1931年、大阪府豊中市に生まれる。2歳で一家とともに満州へ渡り、少年期を大陸で過ごした。旧制大連第一中学校に通い、敗戦後の1947年に一家で日本へ引き揚げて山口県宇部市で暮らす。故郷を失い、生活の基盤をゼロから作り直したこの体験が、のちの「流れ者」や社会からはみ出した人々を温かく描く作風につながったとよく語られる。
小学校低学年のころに落語に熱中したというエピソードもあり、テンポのよい会話と人情の機微という山田作品の土台はこのころからあったのかもしれない。旧制山口高等学校を経て東京大学法学部に進み、1954年に卒業。同年、松竹に助監督として入社した。補欠での入社だったとされる。
野村芳太郎の下で修業、1961年に監督デビュー[編集]
入社後は野村芳太郎監督のもとで脚本や助監督を務め、映画づくりを叩き込まれる。1961年、『二階の他人』で監督デビュー。同じころ松竹では大島渚らが「松竹ヌーヴェルヴァーグ」として脚光を浴びていたが、山田はそれとは距離を置き、松竹大船撮影所の伝統である庶民派の喜劇・人情劇の路線を担っていった。
1960年代には『下町の太陽』(1963年)で倍賞千恵子と初めて組み、ハナ肇主演の「馬鹿」シリーズ(『馬鹿まるだし』など)や『運が良けりゃ』『吹けば飛ぶよな男だが』といった喜劇を次々に手がける。この時期に磨かれた「笑いの中にほろ苦さがある」スタイルが、のちの寅さんへと直結する。
寅さんの誕生と半世紀[編集]
1968年、フジテレビのテレビドラマ『男はつらいよ』の原案・脚本を担当。最終回で主人公・車寅次郎がハブに噛まれて死ぬ結末にしたところ、視聴者から抗議が殺到したという有名な逸話がある。これを受けて翌1969年に映画化されたのが、映画版『男はつらいよ』第1作だ。
渥美清演じる「フーテンの寅」と、妹さくら役の倍賞千恵子を軸にしたシリーズは、お盆と正月の風物詩として国民的人気を獲得。山田は第3作・第4作を除くほぼすべての作品で監督・脚本を担った。渥美の体調が悪化してからは年1作に減らし、甥・満男(吉岡秀隆)の青春ドラマの比重を増やして作品を支えたが、1996年に渥美が亡くなり、シリーズはいったん幕を下ろした。詳しくは寅さんの項目も参照。
寅さん以外の顔[編集]
「寅さんの人」というイメージが強いが、並行して撮った作品群も重厚だ。高度成長期の家族の移動を追った『家族』(1970年)、瀬戸内の島を舞台にした『故郷』(1972年)、北海道を舞台にした『遙かなる山の呼び声』(1980年)など、いわゆる「民子三部作」で倍賞千恵子とともに日本の暮らしの変化を記録した。
1990年代には三國連太郎主演の『息子』(1991年)、夜間中学を舞台にした『学校』(1993年)とその続編シリーズを発表し、社会の片隅で生きる人々への視線をさらに深めていく。脚本家としても『釣りバカ日誌』シリーズ(1988年 - 2009年)全22作の脚本に関わり、松竹の看板シリーズを二本同時に支えた時期もある。
主な作品[編集]
幸福の黄色いハンカチ(1977年)[編集]
刑期を終えた男・島勇作(高倉健)が、北海道を旅する若い男女(武田鉄矢、桃井かおり)と出会い、かつての妻(倍賞千恵子)が待っているかどうかを確かめに夕張へ向かうロードムービー。原作はアメリカのコラムニスト、ピート・ハミルのコラム「Going Home」。
「もし待っていてくれるなら、黄色いハンカチを掲げてほしい」というクライマックスは日本映画史屈指の名場面として知られ、この年の国内映画賞を総なめにした。第1回日本アカデミー賞の最優秀作品賞にも輝いている。のちに2010年にはアメリカで『イエロー・ハンカチーフ』としてリメイクされ、2011年には日本でもテレビドラマ化された。
時代劇三部作(2002年 - 2006年)[編集]
70歳を過ぎてから、山田は初めて本格的な時代劇に挑む。藤沢周平の小説を原作に、幕末の東北の小藩(海坂藩)を舞台とした三作は「時代劇三部作」「藤沢周平三部作」と呼ばれる。
- 『たそがれ清兵衛』(2002年):真田広之主演。病妻を亡くし、幼い娘と老母を抱える下級武士の物語。第26回日本アカデミー賞では『Shall we ダンス?』以来史上2本目となる全部門優秀賞を受賞し、助演女優賞以外の全部門で最優秀賞を獲得。さらに第76回米アカデミー賞外国語映画賞にもノミネートされ、海外での評価を決定づけた。
- 『隠し剣 鬼の爪』(2004年):永瀬正敏主演、松たか子共演。身分違いの恋と、藩命による友との対決を描く。
- 『武士の一分』(2006年):木村拓哉主演。毒見役で失明した武士が、妻(檀れい)の名誉のために果たし合いに挑む。興行収入は40億円を超え、当時の松竹配給作品の歴代最高記録を打ち立てた。
チャンバラの爽快さより、武士を「藩という組織に勤めるサラリーマン」として描くリアルさが特徴で、時代劇ファン以外にも広く受け入れられた。
東京家族と家族はつらいよ(2013年 - 2018年)[編集]
小津安二郎『東京物語』へのオマージュとして企画された『東京家族』(2013年)は、2011年の東日本大震災を受けて撮影が延期され、脚本を書き直してから完成した。続く『小さいおうち』(2014年)では、女中役の黒木華が第64回ベルリン国際映画祭で銀熊賞(最優秀女優賞)を受賞している。
2016年の『家族はつらいよ』は、『東京家族』のキャスト(橋爪功、吉行和子、西村まさ彦、夏川結衣、中嶋朋子、林家正蔵、妻夫木聡、蒼井優)を再集結させたコメディで、山田にとって21年ぶりの喜劇だった。熟年離婚騒動を描いた第1作に続き、高齢ドライバーの免許返納問題を扱った『家族はつらいよ2』(2017年)、主婦の家出を描いた『妻よ薔薇のように 家族はつらいよIII』(2018年)と三部作になった。第3作の題名は成瀬巳喜男の『妻よ薔薇のやうに』へのオマージュ。中国でもリメイク版『麻煩家族』(2017年)が作られ、劇団新派による舞台化もされている。
お帰り 寅さん・キネマの神様(2019年 - 2021年)[編集]
2019年12月、シリーズ50周年記念作『男はつらいよ お帰り 寅さん』を公開。小説家になった満男(吉岡秀隆)と、かつての恋人イズミ(後藤久美子)の再会を軸に、過去作の渥美清の映像を織り込んだ作品で、オープニングでは桑田佳祐が主題歌を歌った。これにより『男はつらいよ』は全50作となった。
2021年には松竹映画100周年記念作『キネマの神様』を公開。当初主演予定だった志村けんが2020年に急逝し、沢田研二が代役を務めたことでも大きな話題となった。若き日の主人公を菅田将暉が演じている。
こんにちは、母さん(2023年)[編集]
永井愛の同名戯曲を原作に、東京・向島の足袋屋を営む母・福江(吉永小百合)と、大企業の人事部長として疲れ切った息子・昭夫(大泉洋)の関係を描いた人情劇。91歳での監督90本目の作品で、吉永にとっては123本目の映画出演、大泉とは初共演だった。孫娘役は永野芽郁。
山田は企画発表時、下町にカメラを据えて「生きる喜びや悲しみを、スクリーンにナイフで刻みつけるように」描きたいと語っている。撮影現場はNHKのドキュメンタリーでも密着取材された。公開に合わせて2023年7月には初の公式サイトが開設され、全監督作品が「演出のことば」とともに紹介されている。
作品一覧[編集]
長編監督作品のうち主なものを抜粋した(『男はつらいよ』シリーズは別表)。
| 公開年 | 作品名 | 主な出演者・備考 |
|---|---|---|
| 1961年 | 二階の他人 | 監督デビュー作 |
| 1963年 | 下町の太陽 | 倍賞千恵子と初タッグ |
| 1964年 | 馬鹿まるだし | ハナ肇主演の「馬鹿」シリーズ第1作 |
| 1965年 | 霧の旗 | 松本清張原作のサスペンス |
| 1966年 | 運が良けりゃ | 落語を下敷きにした喜劇 |
| 1968年 | 吹けば飛ぶよな男だが | なべおさみ主演 |
| 1970年 | 家族 | 民子三部作の第1作 |
| 1972年 | 故郷 | 民子三部作の第2作 |
| 1975年 | 同胞 | 岩手の村の青年団を描く |
| 1977年 | 幸福の黄色いハンカチ | 高倉健主演、第1回日本アカデミー賞最優秀作品賞 |
| 1980年 | 遙かなる山の呼び声 | 民子三部作の第3作 |
| 1986年 | キネマの天地 | 松竹大船撮影所50周年記念作 |
| 1988年 | ダウンタウン・ヒーローズ | 旧制高校の青春 |
| 1991年 | 息子 | 三國連太郎、永瀬正敏 |
| 1993年 | 学校 | 西田敏行主演、夜間中学が舞台 |
| 1996年 | 学校II / 虹をつかむ男 | 渥美清亡き後、西田敏行主演で喜劇を継続 |
| 1998年 | 学校III | |
| 2000年 | 十五才 学校IV | |
| 2002年 | たそがれ清兵衛 | 真田広之主演、米アカデミー賞外国語映画賞ノミネート |
| 2004年 | 隠し剣 鬼の爪 | 永瀬正敏、松たか子 |
| 2006年 | 武士の一分 | 木村拓哉主演、興収40億円超 |
| 2008年 | 母べえ | 吉永小百合主演 |
| 2010年 | おとうと | 吉永小百合、笑福亭鶴瓶 |
| 2013年 | 東京家族 | 『東京物語』へのオマージュ |
| 2014年 | 小さいおうち | 黒木華がベルリン銀熊賞 |
| 2015年 | 母と暮せば | 吉永小百合、二宮和也 |
| 2016年 | 家族はつらいよ | 21年ぶりの喜劇 |
| 2017年 | 家族はつらいよ2 | |
| 2018年 | 妻よ薔薇のように 家族はつらいよIII | |
| 2019年 | 男はつらいよ お帰り 寅さん | シリーズ第50作 |
| 2021年 | キネマの神様 | 沢田研二、菅田将暉 |
| 2023年 | こんにちは、母さん | 吉永小百合、大泉洋、監督90本目 |
| 2025年 | TOKYOタクシー | 倍賞千恵子、木村拓哉、監督91本目 |
男はつらいよシリーズ(山田監督作の主な作品)[編集]
| 公開年 | 作品名 | 備考 |
|---|---|---|
| 1969年 | 男はつらいよ / 続・男はつらいよ | 第1作・第2作 |
| 1972年 | 男はつらいよ 柴又慕情 | 吉永小百合が初めてマドンナに |
| 1973年 | 男はつらいよ 寅次郎忘れな草 | 浅丘ルリ子演じるリリー初登場 |
| 1980年 | 男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花 | リリー再登場、沖縄が舞台 |
| 1981年 | 男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎 | マドンナは松坂慶子 |
| 1987年 | 男はつらいよ 知床慕情 | 三船敏郎が出演 |
| 1995年 | 男はつらいよ 寅次郎紅の花 | 渥美清の生前最後の作品(第48作) |
| 2019年 | 男はつらいよ お帰り 寅さん | 第50作、50周年記念 |
最新動向(2025〜2026年)[編集]
TOKYOタクシーで「90代の大ヒット」[編集]
2025年1月、91本目となる新作『TOKYOタクシー』が発表された。2022年のフランス映画『パリタクシー』を東京に移したリメイクで、休みなく働くタクシー運転手・宇佐美(木村拓哉)が、85歳の高野すみれ(倍賞千恵子)を柴又帝釈天から神奈川県葉山の高齢者施設まで乗せていく「たった1日の旅」を描く。木村とは『武士の一分』以来19年ぶりのタッグで、倍賞と木村はスタジオジブリ『ハウルの動く城』(2004年)で声の共演をして以来の再共演だった。若き日のすみれを蒼井優が演じ、明石家さんまと大竹しのぶが声の出演をしている。
2025年10月の第38回東京国際映画祭ではセンターピース作品として上映。山田自身も同映画祭の特別功労賞を受賞し、黒澤明賞の審査委員長も務めた。11月21日に全国371館で公開されると、初週末の動員ランキングで初登場1位を獲得。実写映画の首位は19週ぶりで、公開4日間で興収4億円を突破し、前作『こんにちは、母さん』比で興収162%というスタートだった。最終的には動員120万人、興収16億円を超えるヒットとなっている。
公開前後には、『国宝』の李相日監督ら後輩監督との交流や、新しい撮影技術を積極的に取り入れる姿勢がインタビューで紹介された。スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーとの特別対談も3回にわたって放送され、木村拓哉の「受け」の芝居について語っている。
日本アカデミー賞と配信[編集]
2026年3月13日の第49回日本アカデミー賞では、『TOKYOタクシー』が優秀作品賞・優秀脚本賞など10部門で優秀賞を受賞。倍賞千恵子が最優秀主演女優賞に輝いた。倍賞は授賞式で、第1回の作品賞が『幸福の黄色いハンカチ』だったことに触れ、渥美清の思い出も交えながら喜びを語っている。
同作は2026年5月20日にBlu-ray・DVDが発売され、8月10日からはAmazon Prime Videoで独占見放題配信が始まった。
芸術院長就任とその他の活動[編集]
2026年9月24日、日本芸術院は任期満了で退任する野村萬院長の後任として、会員投票で山田洋次を選んだと発表した。映画監督が院長になるのは初めてで、10月1日付で任命された。任期は3年。95歳での就任である。
ほかにも2025年3月には、TBSテレビで石井ふく子プロデューサーと7年ぶりに組んだドラマ特別企画『わが家は楽し』(小日向文世主演、King & Princeの高橋海人らが出演)の脚本を担当。2025年8月と2026年夏には「男はつらいよ」ファン感謝祭が開かれ、2025年の回には笹野高史とともに登壇した。2026年4月から始まった邦画5社とキネマ旬報の共同企画「名作発掘!昭和100年、いま観たい映画」では、5月1日に池袋・新文芸坐で『男はつらいよ 柴又慕情』上映後のトークショーに出演し、昭和の撮影所の思い出を語っている。6月には米アカデミー賞ノミネート作『シラート』の日本公開に寄せてコメントを出すなど、90代半ばでも映画界の第一線で発言を続けている。
人物[編集]
- 松竹ひとすじ:入社以来ほぼ松竹作品だけを撮ってきた。『武士の一分』は東宝スタジオで撮影されたが、製作・配給は松竹である。
- 倍賞千恵子との名コンビ:『下町の太陽』以来、さくら役を含めて60年以上にわたり起用し続けてきた。2025年の『TOKYOタクシー』で倍賞が最優秀主演女優賞を受賞したことで、コンビの歴史に新たな一ページが加わった。
- 吉永小百合との縁:1972年の『男はつらいよ 柴又慕情』から『こんにちは、母さん』まで、約50年にわたって吉永を起用している。吉永は山田の何気ない一言に傷ついたことがあると明かしており、厳しい演出家としての一面もうかがえる。
- 演出の哲学:倍賞千恵子によると、山田は「観客を面白がらせてやろう」という姿勢ではダメだと説くという。笑いを狙うのではなく、人物が真剣に生きているから可笑しい、というのが山田流である。
- 横綱審議委員:大の相撲好きで、2004年から約10年にわたり横綱審議委員を務めた。東京大学相撲部の名誉顧問でもある。
- 鉄道ファン:蒸気機関車C61 20の復元過程を記録したドキュメンタリーを手がけたこともある。
- 落語作家:五代目柳家小さんのために新作落語を書いたこともあり、落語への愛は筋金入り。
評価・受賞[編集]
1996年に紫綬褒章、2004年に文化功労者、2012年に文化勲章を受けた。2008年には日本芸術院会員となり、映画監督としては小津安二郎に次ぐ2人目だった。日本アカデミー賞では『幸福の黄色いハンカチ』『学校』『たそがれ清兵衛』などで最優秀作品賞・最優秀監督賞を受賞し、キネマ旬報ベスト・テンでも『家族』『幸福の黄色いハンカチ』などが1位に選ばれている。
海外では、1999年の上海国際映画祭で最優秀監督賞、2008年にアジア映画賞の生涯功労賞、2010年にベルリン国際映画祭のベルリナーレ・カメラを受賞。2014年には東京都の名誉都民、2016年には出身地・豊中市の名誉市民となった。
一方で、北野武らが『男はつらいよ』の予定調和的な作風に批判的な見解を示したこともあり、「国民的」であるがゆえの賛否もある。それでも、戦後の日本の家族と庶民の暮らしを半世紀以上にわたって記録し続けた作家として、評価は揺るがない。
余談[編集]
- 『TOKYOタクシー』公開翌朝、自宅のポストに警察の巡回連絡カードが入っており、メモ欄に「新宿で観た、とてもいい映画でした」と書かれていた。山田は近くの派出所にお礼に行き、「お巡りさんは遠い存在だと思っていたけれど急に身近に感じた」と語り、これを「幸福の黄色いカード」と名付けた。
- テレビ版『男はつらいよ』の最終回で寅さんを死なせたら抗議が殺到し、それが映画化のきっかけになった。もし視聴者が黙っていたら、寅さん映画50作は生まれていなかったかもしれない。
- 2025年の「男はつらいよ」ファン感謝祭で、渥美清から「笹野って面白いよ」と言われたことを明かした。当の笹野高史は「生まれ変わったら第1作から出たい」と頭を下げた。
- 2023年に初めての公式サイトを開設したのは、監督生活63年目のこと。90歳を超えてからの「デビュー」だった。
- 『TOKYOタクシー』のすみれの旅は柴又帝釈天から始まる。寅さんの故郷から出発する演出に、長年のファンはニヤリとした。
