| 滝田洋二郎 Yojiro Takita | |
|---|---|
![]() 2009年4月6日撮影(Wikimedia Commons・CC BY 4.0) | |
| 誕生日 | 1955年12月4日 |
| 年齢 | 70歳 |
| 出身地 | 富山県西礪波郡福岡町(現・高岡市) |
| 国籍 | 日本 |
| 職業 | 映画監督 |
| 肩書 | 株式会社エーライツ取締役本部長 |
| 活動期間 | 1981年 - |
| 代表的な実績 | 『おくりびと』『陰陽師』『壬生義士伝』 |
| 受賞 | 日本アカデミー賞最優秀監督賞、米アカデミー賞外国語映画賞(おくりびと)、紫綬褒章(2014年) |
概要[編集]
滝田洋二郎(たきた ようじろう、1955年12月4日 - )は、富山県出身の日本の映画監督。第81回米アカデミー賞で外国語映画賞を受賞した『おくりびと』(2008年)の監督として知られる。日本映画が同賞を競争部門で受賞したのはこれが初めてだった。
キャリアの出発点はピンク映画の量産現場で、1981年に『痴漢女教師』で監督デビューし、1980年代前半には「邦ピン・ニューエンタテイメントの旗手」と呼ばれた。1985年の『コミック雑誌なんかいらない!』で一般映画に進出してからは、コメディから時代劇、ファンタジー、人間ドラマまで幅広く手がけ、『陰陽師』(2001年)、『壬生義士伝』(2003年)、『おくりびと』(2008年)、『天地明察』(2012年)、『北の桜守』(2018年)などを監督した。2014年に紫綬褒章を受章している。
ピンク映画出身の監督が国民的大作の名匠へ――日本映画界でもっとも鮮やかな転身を果たした監督のひとりである。
詳細[編集]
生い立ちと映画界入り[編集]
1955年、富山県西礪波郡福岡町(現在の高岡市)に生まれる。富山県立高岡商業高等学校を卒業。俳優の山田辰夫は高校の同級生である。本人は若いころから映画好きだったわけではなく、高倉健主演のヤクザ映画を観ていた程度だったと伝えられる。
高校卒業後、知人の国会議員秘書から就職先として東急不動産と東映を紹介され、「派手そうだから」と東映を選んだ。ところが実際に配属されたのは、東映の下請けで成人映画を製作していた向井プロ(のちの獅子プロ)だった。1974年に事務職として入社したものの、撮影現場のおもしろさに惹かれて助監督へ転じ、ピンク映画の世界に飛び込んでいく。
助監督時代(1970年代後半)[編集]
向井寛、山本晋也、稲尾実、梅沢薫といった監督のもとで、低予算の成人映画の助監督を務めた。撮影日数は数日、予算は日活ロマンポルノの数分の一という過酷な条件の現場で、段取り・撮影・編集の基礎を徹底的に叩き込まれた。1979年には一般映画『下落合焼とりムービー』(山本晋也監督)でも助監督を務めている。
監督デビューと「邦ピンの旗手」[編集]
1981年、『痴漢女教師』で監督デビュー。以後のペースはすさまじく、1982年に2本、1983年に4本、1984年には8本と、年を追うごとに本数が倍増した。脚本家・高木功とのコンビで話題作を連発し、「邦ピン・ニューエンタテイメントの旗手」と称されるようになる。
代表的なのが、山本晋也が1975年に始めた「痴漢電車」シリーズの滝田版(1982〜1985年)で、主演の多くを螢雪次朗が務めた。成人映画の枠内でありながら、パロディや大胆な演出を盛り込んだ娯楽作として評判を呼んだ。たとえば1984年の一本では、当時無名だった竹中直人(当時の表記は竹中ナオト)が松本清張と松田優作の物真似だけで全編を演じきり、1985年の一本ではクライマックスの約5分間をセリフなしでラヴェルの「ボレロ」に乗せて見せるなど、遊び心のある演出が語り草になっている。
ピンク映画の映画祭であるズームアップ映画祭では、1984年(第5回)に『連続暴姦』で、1985年(第6回)に『真昼の切り裂き魔』で、それぞれ作品賞・監督賞を受賞した。のちにロマンポルノ系の作品も撮っている。
一般映画への進出(1980年代後半〜1990年代)[編集]
転機は1985年。ロック歌手の内田裕也から指名を受け、内田の主演・脚本による『コミック雑誌なんかいらない!』(1986年公開)を監督した。芸能レポーターの目を通して当時の世相を切り取った同作は高く評価され、報知映画賞作品賞を受賞。ニューヨークやロサンゼルスの一部映画館でも公開された。
その後はコメディを中心に一般映画を次々と発表する。1988年の『木村家の人びと』(鹿賀丈史・桃井かおり主演)は「お金を貯めることに命をかける一家」を描いた風刺喜劇で、毎日映画コンクール日本映画優秀賞を受賞。1990年の『病院へ行こう』、1992年の『病は気から 病院へ行こう2』では医療現場を舞台にした喜劇を撮った。
1993年の『僕らはみんな生きている』は、東南アジアの架空の国でクーデターに巻き込まれた日本人サラリーマンたちを描いた社会派コメディで、毎日映画コンクール日本映画優秀賞、ブルーリボン賞監督賞、日本アカデミー賞優秀監督賞を受賞した。同年には大沢在昌原作のハードボイルド『眠らない街 新宿鮫』も監督し、新宿を舞台にしたアクションにも挑んでいる。
1997年には人気バンド・シャ乱Qが主演した『シャ乱Qの演歌の花道』、1999年には矢沢永吉主演の『お受験』、同年に東野圭吾原作の『秘密』(広末涼子・小林薫主演)を監督。娘の体に妻の魂が宿るという設定の『秘密』は、のちの人間ドラマ路線を予感させる作品となった。
大作の時代(2000年代前半)[編集]
2001年の『陰陽師』(夢枕獏原作・野村萬斎主演)は、平安の都(現在の京都)を舞台に陰陽師・安倍晴明の活躍を描いたファンタジー時代劇で、東宝配給の実写邦画としてトップクラスのヒットを記録した。スイスのヌーシャテル国際ファンタスティック映画祭でも賞を受け、海外でも公開された。2003年には続編『陰陽師II』を共同脚本も兼ねて監督している。
2003年の『壬生義士伝』(浅田次郎原作・中井貴一主演)は、新選組の隊士・吉村貫一郎の生涯を家族への思いとともに描いた時代劇で、第27回日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞した(滝田は優秀監督賞)。
2005年には劇団☆新感線の舞台を映画化した『阿修羅城の瞳』(市川染五郎〈現・松本幸四郎〉主演)、2007年にはあさのあつこの児童文学を原作にした野球映画『バッテリー』(林遣都主演)を監督し、題材の幅をさらに広げた。
『おくりびと』と米アカデミー賞(2008〜2009年)[編集]

2008年公開の『おくりびと』は、本木雅弘が企画段階から関わり主演した作品で、脚本は放送作家の小山薫堂、音楽は久石譲。所属オーケストラの解散でチェロ奏者の職を失った主人公が、故郷の山形県庄内地方に戻り、遺体を棺に納める「納棺師」の仕事に就く物語である。
公開当初の上映規模は約220スクリーンと大作ではなかったが、口コミでロングランとなった。同年のモントリオール世界映画祭でグランプリを受賞したのを皮切りに国内外の映画賞を次々と獲得し、2009年には第82回キネマ旬報ベスト・テン日本映画第1位・監督賞、第63回毎日映画コンクール日本映画大賞、第32回日本アカデミー賞最優秀作品賞・最優秀監督賞を受賞。そして2009年2月の第81回アカデミー賞で外国語映画賞を受賞し、日本映画として歴史的な快挙を成し遂げた。配給は松竹。
納棺師という地味な題材を、静かで普遍的な人間ドラマに昇華させた手腕は、ピンク映画時代に培った「限られた条件で観客を楽しませる現場力」の賜物だと評されている。2009年3月18日には、富山県初の県民栄誉賞と高岡市初の市民栄誉賞を同時に受けた。
2009年以降の作品[編集]
『おくりびと』の直後、2009年には矢口高雄の漫画を実写化した『釣りキチ三平』(須賀健太主演)を監督。2011年には米国の映画芸術科学アカデミー(アカデミー賞の主催団体)の会員に選ばれた。
2012年の『天地明察』(冲方丁原作・岡田准一主演)では、江戸時代に日本独自の暦を作った安井算哲(渋川春海)の挑戦を描き、共同脚本も担当した。2014年には紫綬褒章を受章している。
2017年には嵐の二宮和也が主演した『ラストレシピ 〜麒麟の舌の記憶〜』を監督。2018年の『北の桜守』は吉永小百合の120本目の出演作として話題になり、終戦前後の北海道(樺太からの引き揚げ)を舞台に母と息子の歳月を描いた。同作で2019年の第42回日本アカデミー賞優秀作品賞・優秀監督賞を受賞している(この年の最優秀作品賞は是枝裕和監督『万引き家族』)。
『泥流地帯』映画化への協力(2023年〜)[編集]
2023年6月19日、北海道上富良野町と映像製作会社エー・フィルムズ、知的財産マネジメント会社MiPSの3者が、三浦綾子の小説『泥流地帯』の映画化に向けた企画協定に調印し、エー・フィルムズ系列のエー・チームに所属する滝田が企画に協力することが報じられた。同作は1926年の十勝岳噴火による泥流で田畑や家族を失った若者たちの再起を描く物語で、噴火から100年にあたる2026年の公開を目指すとされた。ただし、協定は企画段階のものであり、滝田が監督を務めるかどうかはこの時点では未定とされている。
作風[編集]
- 娯楽性と職人技:ピンク映画で鍛えた手際のよさと、観客を飽きさせないテンポが持ち味。題材を選ばず、喜劇・時代劇・ファンタジー・スポーツ・人間ドラマのいずれでも一定以上の水準に仕上げる「職人監督」と評される。
- ユーモアと温かさ:初期のコメディから『おくりびと』まで、死や貧しさといった重い題材にも笑いを差し込み、登場人物を突き放さない温かい視線がある。読売新聞はその作品を「温かなやさしさ」があると評している。
- 原作ものの映像化:『陰陽師』『壬生義士伝』『秘密』『バッテリー』『天地明察』など、ベストセラー小説や漫画の映像化を数多く手がけている。
主な監督作品(一般映画)[編集]
| 公開年 | 作品名 | 主な出演者・原作など |
|---|---|---|
| 1986 | コミック雑誌なんかいらない! | 内田裕也(主演・脚本) |
| 1987 | 愛しのハーフ・ムーン | |
| 1988 | 木村家の人びと | 鹿賀丈史、桃井かおり |
| 1990 | 病院へ行こう | 真田広之、薬師丸ひろ子 |
| 1992 | 病は気から 病院へ行こう2 | |
| 1993 | 僕らはみんな生きている | 真田広之 |
| 1993 | 眠らない街 新宿鮫 | 原作:大沢在昌、主演:真田広之 |
| 1994 | 熱帯楽園倶楽部 | |
| 1997 | シャ乱Qの演歌の花道 | シャ乱Q |
| 1999 | お受験 | 矢沢永吉 |
| 1999 | 秘密 | 原作:東野圭吾、主演:広末涼子、小林薫 |
| 2001 | 陰陽師 | 原作:夢枕獏、主演:野村萬斎 |
| 2003 | 壬生義士伝 | 原作:浅田次郎、主演:中井貴一 |
| 2003 | 陰陽師II | 野村萬斎(滝田は共同脚本も担当) |
| 2005 | 阿修羅城の瞳 | 市川染五郎(現・松本幸四郎) |
| 2007 | バッテリー | 原作:あさのあつこ、主演:林遣都 |
| 2008 | おくりびと | 本木雅弘(脚本:小山薫堂、音楽:久石譲) |
| 2009 | 釣りキチ三平 | 原作:矢口高雄、主演:須賀健太 |
| 2012 | 天地明察 | 原作:冲方丁、主演:岡田准一(共同脚本も担当) |
| 2017 | ラストレシピ 〜麒麟の舌の記憶〜 | 二宮和也 |
| 2018 | 北の桜守 | 吉永小百合 |
主な受賞歴[編集]
| 年 | 賞 | 対象 |
|---|---|---|
| 1984 | 第5回ズームアップ映画祭 作品賞・監督賞 | 連続暴姦 |
| 1985 | 第6回ズームアップ映画祭 作品賞・監督賞 | 真昼の切り裂き魔 |
| 1986 | 第11回報知映画賞 作品賞 | コミック雑誌なんかいらない! |
| 1989 | 第43回毎日映画コンクール 日本映画優秀賞 | 木村家の人びと |
| 1994 | 第48回毎日映画コンクール 日本映画優秀賞、第36回ブルーリボン賞 監督賞、第17回日本アカデミー賞 優秀監督賞 | 僕らはみんな生きている |
| 2002 | ヌーシャテル国際ファンタスティック映画祭 国際映画賞 | 陰陽師 |
| 2004 | 第27回日本アカデミー賞 最優秀作品賞・優秀監督賞 | 壬生義士伝 |
| 2008 | 第32回モントリオール世界映画祭 グランプリ | おくりびと |
| 2009 | 第82回キネマ旬報ベスト・テン 日本映画第1位・監督賞 | おくりびと |
| 2009 | 第63回毎日映画コンクール 日本映画大賞 | おくりびと |
| 2009 | 第32回日本アカデミー賞 最優秀作品賞・最優秀監督賞 | おくりびと |
| 2009 | 第81回アカデミー賞 外国語映画賞 | おくりびと |
| 2009 | 第59回芸術選奨文部科学大臣賞、富山県民栄誉賞、高岡市市民栄誉賞 | |
| 2014 | 紫綬褒章 | |
| 2019 | 第42回日本アカデミー賞 優秀作品賞・優秀監督賞 | 北の桜守 |
人物[編集]
- 痴漢電車シリーズなどで主演を務めた俳優・螢雪次朗とはピンク映画時代からの盟友で、その関係は現在も続いているとされる。
- 1988年の『木村家の人びと』を手がけた際、製作側のプロデューサー山田耕大は、滝田からにっかつ(当時の日活)への強い対抗心を感じたと振り返っている。予算も日数もロマンポルノの数分の一だったピンク映画出身者としての意地がうかがえる逸話である。
- 囲碁を趣味とし、2012年時点で三段の段位を持っていた。
余談[編集]
- 師匠筋にあたる山本晋也もまた、ピンク映画の量産王から「カントク」としてお茶の間の人気者になった人物。ピンク出身者が日本映画の中枢に上り詰める系譜を象徴する師弟といえる。同じくピンク映画から一般映画に進んだ監督には若松孝二・高橋伴明らがいる。
- 不羈奔放だったピンク時代と、端正で抑制の効いた近年の作風とのギャップが大きいことでも知られる。
- 就職先を東映に決めた理由は「東急不動産より派手そうだったから」。もし東急不動産を選んでいれば、日本映画初の米アカデミー賞外国語映画賞は生まれていなかったかもしれない。
- 故郷の富山県高岡市は、漫画家の藤子・F・不二雄の出身地でもある(相方の藤子不二雄Ⓐは同県氷見市出身)。富山県は映像・漫画の分野で世界的な作り手を生んでいる。
- 『おくりびと』のロケ地となった山形県酒田市には、劇中で納棺師の事務所として使われた建物が残され、一時期はロケ地として公開されて観光名所になった。
