| 倍賞千恵子 ばいしょう ちえこ / Chieko Baisho | |
|---|---|
![]() 東京国際映画祭2019での倍賞千恵子(出典:Wikimedia Commons) | |
| 本名 | 倍賞千恵子 |
| 誕生日 | 1941年6月29日 |
| 年齢 | 85歳 |
| 出身地 | 東京都(北区滝野川育ち) |
| 国籍 | 日本 |
| 学歴 | 北区立紅葉中学校、松竹音楽舞踊学校(1960年首席卒業) |
| ジャンル | 映画、テレビドラマ、声優、歌手 |
| 活動期間 | 1954年(童謡歌手として) - 、1961年(映画) - |
| デビューアルバム | 映画『斑女』(1961年)/シングル「下町の太陽」(1962年) |
| 家族 | 夫・小六禮次郎(作曲家、1993年結婚)、妹・倍賞美津子(女優) |
| 血液型 | B型 |
| 代表作 | 『男はつらいよ』シリーズ(諏訪さくら役、全50作)、『下町の太陽』、『家族』、『幸福の黄色いハンカチ』、『遙かなる山の呼び声』、『駅 STATION』、『ハウルの動く城』(ソフィーの声)、『PLAN 75』、『TOKYOタクシー』 |
| 関連活動 | 松竹歌劇団(SKD)13期生、歌手(「下町の太陽」「さよならはダンスの後に」「世界の約束」ほか)、北海道別海町観光大使 |
| あだ名 | チコちゃん |
| その他 | 日本レコード大賞新人賞(1962年)、日本アカデミー賞最優秀主演女優賞(1981年・2026年)、紫綬褒章(2005年)、旭日小綬章(2013年)、葛飾区名誉区民(2022年) |
| リンク | http://www.baisho-chieko.com/ |
概要[編集]
倍賞千恵子(ばいしょう ちえこ、1941年6月29日 - )とは、東京都出身の女優・歌手である。松竹歌劇団(SKD)から松竹の映画女優に転身し、『男はつらいよ』シリーズ全50作で寅さんの妹・さくらを演じた「日本でいちばん有名な妹」。歌手としても「下町の太陽」でヒットを飛ばし、『ハウルの動く城』ではソフィーの声を担当した。84歳で主演した『TOKYOタクシー』で、45年ぶりに日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞している。
詳細[編集]
のど自慢荒らしの下町娘[編集]
1941年、東京生まれ。北区滝野川で育ち、戦時中は茨城県に疎開した。5人きょうだいの次女で、姉に倍賞節子、妹に女優の倍賞美津子、弟に元日産自動車野球部監督の倍賞明と、新日本プロレスで知られる倍賞鉄夫がいる。芸能一家というより「下町の大家族」で、そのまま後の役どころにつながっていくような生い立ちである。
子どものころから歌がうまく、「のど自慢荒らし」として知られていた。1954年には童謡歌手として、ポリドールからSPレコード「ひばりの赤ちゃん」を出しており、実は映画デビューより前に歌の世界に足を踏み入れている。その後、みすず児童合唱団を経て、1957年に松竹音楽舞踊学校へ入学した。
SKDの首席、初代バトンガール[編集]
1960年、松竹音楽舞踊学校を首席で卒業し、松竹歌劇団(SKD)に13期生として入団した。同期には榊ひろみ、加藤みどりがいる。SKDは浅草国際劇場を本拠とした少女歌劇団で、西の宝塚歌劇団と並ぶ存在だった。初舞台はグランドレビュー「東京踊り」。首席入団生が大階段を降りる役を務めるしきたりがあり、倍賞はその初代バトンガールを務めた。
ところが、歌劇団での時間は長くは続かない。1961年、松竹の映画部門にスカウトされてSKDを退団し、中村登監督の『斑女』で映画デビューを果たした。踊れて歌えて、しかも親しみやすい。この「庶民派」の空気が、松竹という撮影所のカラーと見事にかみ合っていく。
「下町の太陽」でブレイク[編集]
1962年、シングル「下町の太陽」で本格的に歌手デビュー。この曲で第4回日本レコード大賞新人賞を受賞し、翌1963年から4年連続でNHK紅白歌合戦に出場した。同じ1963年には、曲をもとにした映画『下町の太陽』が公開される。監督はまだ若手だった山田洋次で、ここから半世紀以上におよぶコンビが始まった。
山田監督はのちに「倍賞さんが下町で育ったことは有名だった」と語っており、下町の商店街の人々が「チコ友の会」を作って応援していたという話も残っている。愛称の「チコちゃん」はここから広く知られるようになった。歌って演じる「下町の娘」というイメージは、この時期にほぼ完成している。
『男はつらいよ』の諏訪さくら[編集]
全50作に出続けた「妹」[編集]
倍賞千恵子の代名詞といえば、何といっても『男はつらいよ』の諏訪さくら(旧姓・車)である。1969年の第1作から、2019年の第50作『男はつらいよ お帰り 寅さん』まで、50年にわたって全作に出演した。渥美清演じるフーテンの寅こと車寅次郎の腹違いの妹で、葛飾柴又の団子屋「とらや」(のち「くるまや」)を支えながら、何度失恋しても帰ってくる兄を受け止め続ける役どころだ。
さくらは印刷工場で働く博(前田吟)と結婚し、息子の満男(吉岡秀隆)を育てる。シリーズ後半では満男の恋愛が物語の軸になり、さくらは「母」の顔を見せる場面も増えていった。ちなみに別荘に遊びに来た吉岡秀隆にマッサージを頼んだ、という微笑ましいエピソードもあり、画面の外でも母子のような関係だったことがうかがえる。
マドンナたちと寅さん[編集]
シリーズの華は毎回登場する「マドンナ」だが、その中でも浅丘ルリ子演じるリリーは特別な存在で、さくらとの掛け合いもファンの間で語り草になっている。1975年の『男はつらいよ 寅次郎相合い傘』で倍賞はブルーリボン賞助演女優賞を受賞。1971年にはキネマ旬報賞女優賞を『家族』『男はつらいよ 望郷篇』で受けており、主演作とさくら役の両方で評価された。
1996年に渥美清が亡くなった際には「さくらのバラード」を献歌している。また、おばちゃん役で長く共演した三崎千恵子の葬儀では弔辞を読み、「忘れな草をあなたに」を歌った。シリーズを支えた「家族」を送る役目を、本当の家族のように引き受けてきた人である。
柴又とのつながり[編集]
2019年の『お帰り 寅さん』では、すでにこの世にいない寅さんを想いながら暮らすさくらを演じ、第44回日本アカデミー賞(2021年)の優秀主演女優賞に選ばれた。2022年12月15日には、柴又のある葛飾区から名誉区民の称号を贈られている。
さらに2025年の『TOKYOタクシー』では、彼女が演じる高野すみれの自宅がなんと柴又という設定。撮影初日は柴又帝釈天の前で行われ、倍賞は「さくらを背負っているような感覚があった」と振り返っている。
山田洋次作品と高倉健[編集]
60本を超える名コンビ[編集]
山田洋次監督とは60本以上の作品で主演・準主演としてタッグを組んできた。『男はつらいよ』以外の代表作には、『下町の太陽』(1963年)、高度成長期の一家の大移動を描いた『家族』(1970年)、『故郷』(1972年)、松竹撮影所を舞台にした『キネマの天地』(1986年)、昭和初期の家族を描いた『小さいおうち』(2014年)などがある。これだけ長く組んでも私生活での噂がまったく出なかったことも、ある意味で伝説扱いされている。
1969年には映画部門で芸術選奨文部大臣賞を受賞しており、これは女性としては4人目とされる。まだ20代の若さで、映画界のど真ん中の評価を得ていたことになる。
『幸福の黄色いハンカチ』と北海道三部作[編集]
1977年の『幸福の黄色いハンカチ』では、高倉健演じる元服役囚・勇作の帰りを北海道夕張で待つ妻・光枝を演じた。ラストに無数の黄色いハンカチがはためく場面は、日本映画史に残る名シーンとして今も語られている。同作は第1回日本アカデミー賞の最優秀作品賞に輝いた。
続く『遙かなる山の呼び声』(1980年)でも高倉健と共演し、北海道の牧場で息子と暮らす女性・民子を演じた。この作品と『男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花』で、第4回日本アカデミー賞の最優秀主演女優賞を受賞。さらに降旗康男監督の『駅 STATION』(1981年)でキネマ旬報賞主演女優賞を受けている。高倉健との3本はいずれも北海道が舞台で、のちの北海道との縁を考えると、なかなか運命的な組み合わせである。
声優としての倍賞千恵子[編集]
『ハウルの動く城』のソフィー[編集]
2004年公開のスタジオジブリ作品『ハウルの動く城』で、主人公ソフィーの声を担当した。呪いで90歳の老婆に変えられてしまう18歳の少女という難役で、若い姿と老いた姿の両方を一人で演じ分けた。ハウル役の木村拓哉とはこのとき声で初共演している。
起用の理由について、プロデューサーの鈴木敏夫は宮崎駿監督が倍賞の大ファンだったことを挙げている。主題歌「世界の約束」(作詞・谷川俊太郎、作曲・木村弓)も倍賞自身が歌っており、女優と歌手の両方の顔を持つ彼女ならではの起用だった。
その他のアニメ作品[編集]
1997年の劇場版『ジャングル大帝』ではライヤの声を担当。2019年には新海誠監督の『天気の子』で立花冨美を演じた。若い世代にとっては、実写のさくらより先に「ソフィーの声の人」として出会った、というケースも少なくない。
歌手としての倍賞千恵子[編集]
主なシングル[編集]
「下町の太陽」以降も、歌手活動は女優業と並行して続いている。主なシングルは次のとおり。
| 発売年 | 曲名 | 備考 |
|---|---|---|
| 1962年 | 下町の太陽 | 日本レコード大賞新人賞、同名映画の原案 |
| 1962年 | 瀬戸の恋唄 | |
| 1965年 | さよならはダンスの後に | |
| 1967年 | 月と星のバラード | |
| 1971年 | 忘れな草をあなたに | |
| 1976年 | オホーツクの舟唄 | |
| 1992年 | あした | |
| 2004年 | 世界の約束 | 『ハウルの動く城』主題歌 |
| 2006年 | いらっしゃい | |
| 2014年 | お月様と影ぼうし |
夫とのコンサート[編集]
1993年に作曲家の小六禮次郎と結婚(再婚)。以降は夫がピアノや編曲で支えるスタイルのコンサートを全国で開いており、抒情歌を集めたアルバムも発表している。2020年代には「深呼吸したら思い出した・・・ありがとうあなた、ありがとうふるさと」と題した公演で各地を回った。
晩年の代表作『PLAN 75』[編集]
2022年6月公開の『PLAN 75』は、早川千絵監督の長編デビュー作。75歳以上が自ら生死を選べる制度「プラン75」が施行された近未来の日本で、制度に翻弄される高齢女性・角谷ミチを主演した。第75回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に出品され、カメラドール特別表彰を受けている。フランス、イタリア、ベルギー、オランダ、中国、台湾、フィリピンなど海外でも上映が決まった。
倍賞は脚本を読んだ当初「ひどい話」と感じたが、ミチが生きることを大切にしているラストシーンに惹かれて出演を決めたという。公開記念舞台挨拶は81歳の誕生日の直前で、「頂いた命は粗末にしてはいけない」というミチの意志に共感したと語った。
この演技でTAMA映画賞最優秀女優賞、2023年のブルーリボン賞主演女優賞、日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞。同じ2023年にはイタリアのウディネ・ファーイースト映画祭で生涯功労賞にあたるゴールデン・マルベリー賞も贈られた。80代に入ってから主演作で賞レースの中心に戻ってくる、というキャリアの「第二のピーク」の始まりである。
北海道別海町との縁[編集]
倍賞は夏の時期を北海道の別海町(中標津町の隣)で過ごしていることで知られ、野付郡別海町に別荘を持っている。『遙かなる山の呼び声』のロケでは、スタッフやキャストが中標津の養老牛温泉に泊まっていたとされ、道東とのつながりは映画の現場から始まっている。
2013年1月15日には別海町観光大使に就任。夫の小六禮次郎とともに夫婦で観光大使を務めており、野付半島のラムサール条約湿地登録10周年の記念行事では夫婦でトークショーに出演し、自然環境の保全について語り合った。「さくら」の顔の裏で、牛と湿地の町の応援団長をやっているわけである。
2025年 - 2026年の動き[編集]
『TOKYOタクシー』で木村拓哉と実写初共演[編集]
2025年1月、山田洋次監督の91本目の監督作『TOKYOタクシー』に主演することが発表された。原作は日本でもヒットした2022年のフランス映画『パリタクシー』。タクシー運転手の宇佐美浩二(木村拓哉)が、85歳の高野すみれ(倍賞)を東京・柴又から神奈川県葉山の高齢者施設まで送り届ける一日を描く。木村とは『ハウルの動く城』以来の共演で、実写映画では初共演。明石家さんまが電話の声だけで出演していることも話題になった。
2025年11月21日に松竹配給で公開され、全国371館で初登場1位。最初の3日間で動員21万4000人、興収2億9300万円を記録し、山田監督の前作『こんにちは、母さん』(2023年)のオープニングを大きく上回った。最終的に動員120万人、興収16億円を超えるヒットとなっている。公開記念イベントでは、木村が運転するタクシーに乗って登場し、「運転がお上手」と褒める場面もあった。
撮影について倍賞は、柴又で撮影しながら「終わり」と「始まり」を強く意識したと語り、自分の人生を旅しているような感覚で、最期の時間をどう過ごしたいかを考えさせられたとも振り返っている。
45年ぶりの最優秀主演女優賞[編集]
2026年3月13日の第49回日本アカデミー賞授賞式で、『TOKYOタクシー』により最優秀主演女優賞を受賞した。1981年の『遙かなる山の呼び声』以来、実に45年ぶりの戴冠である。作品自体も優秀作品賞を含む10部門で受賞した。
スピーチでは声を震わせながらスタッフに感謝し、第1回日本アカデミー賞の最優秀作品賞が自身の出演した『幸福の黄色いハンカチ』だったことに触れて長いキャリアを振り返った。タクシー内のシーンが多かったため「バックミラーに映る木村さんの目に力をもらった」と明かし、渥美清の思い出も交えながら、会場にいない木村へ感謝を送っている。
85歳、続々と新作・配信[編集]
2026年6月29日に85歳の誕生日を迎え、演じたすみれと同い年になった。8月7日には福原遥主演の映画『あの星が降る丘で、君とまた出会いたい。』(新城毅彦監督)が公開。ヒットした『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』の続編にして完結編で、倍賞はホスピスで穏やかな余生を送る老女・千代として、過去と現代をつなぐ鍵を握る役を演じた。前作キャストの出口夏希らが再集結し、主題歌は前作に続き福山雅治が担当。福原は倍賞との共演を「一生の宝物」と語っている。
8月5日には、原爆の子の像のモデルとなった佐々木禎子の物語を描いた1989年の映画『千羽づる』(神山征二郎監督、倍賞は母・重子役)がテレビ初放送された。さらに8月10日からは『TOKYOタクシー』がAmazon Prime Videoで見放題独占配信されている。
コンサート活動も健在で、日本アカデミー賞の最優秀主演女優賞受賞を記念した「倍賞千恵子コンサート2026 with小六禮次郎」が、2026年11月21日に京都の京都劇場で予定されている。
主な出演作[編集]
映画[編集]
- 斑女(1961年) - 映画デビュー作
- 下町の太陽(1963年)
- 霧の旗
- 男はつらいよ シリーズ(1969年 - 2019年) - 諏訪さくら役
- 家族(1970年)
- 故郷(1972年)
- 幸福の黄色いハンカチ(1977年) - 光枝役
- 遙かなる山の呼び声(1980年) - 民子役
- 駅 STATION(1981年)
- キネマの天地(1986年)
- 千羽づる(1989年) - 佐々木重子役
- ジャングル大帝(1997年) - ライヤ役(声)
- ハウルの動く城(2004年) - ソフィー役(声)
- 小さいおうち(2014年)
- 天気の子(2019年) - 立花冨美役(声)
- PLAN 75(2022年) - 角谷ミチ役
- TOKYOタクシー(2025年) - 高野すみれ役
- あの星が降る丘で、君とまた出会いたい。(2026年) - 千代役
テレビドラマ[編集]
- 東芝日曜劇場「片想い~姉妹の恋より~」(1966年、TBS)
- 木下恵介アワー「幸福相談」「あにいもうと」「お姉ちゃん」(1972年 - 1974年)
- あにき(1977年、特別出演)
- 松本清張おんなシリーズ「馬を売る女」(1978年)
- 銀河テレビ小説「姉さんの子守唄」「姉さんは腕まくり」(1979年 - 1980年、NHK)
- あまく危険な香り(1982年)
- 友だち(1987年)
- 夏の約束(2002年)
- 幸福の黄色いハンカチ(2011年、日本テレビ)
出演映画は延べ175本にのぼるとされる。
受賞・栄典[編集]
- 1962年 - 第4回日本レコード大賞 新人賞(「下町の太陽」)
- 1969年 - 芸術選奨文部大臣賞(映画部門)
- 1971年 - キネマ旬報賞 女優賞(『家族』『男はつらいよ 望郷篇』)
- 1976年 - ブルーリボン賞 助演女優賞(『男はつらいよ 寅次郎相合い傘』)
- 1981年 - 第4回日本アカデミー賞 最優秀主演女優賞(『遙かなる山の呼び声』『男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花』)
- 1982年 - キネマ旬報賞 主演女優賞(『駅 STATION』)
- 2005年 - 紫綬褒章
- 2013年 - 旭日小綬章、別海町観光大使就任
- 2021年 - 第44回日本アカデミー賞 優秀主演女優賞(『男はつらいよ お帰り 寅さん』)
- 2022年 - TAMA映画賞 最優秀女優賞(『PLAN 75』)、葛飾区名誉区民
- 2023年 - ブルーリボン賞 主演女優賞、日本アカデミー賞 優秀主演女優賞(『PLAN 75』)、ウディネ・ファーイースト映画祭 ゴールデン・マルベリー賞
- 2026年 - 第49回日本アカデミー賞 最優秀主演女優賞(『TOKYOタクシー』)
人物[編集]
- 愛称は「チコちゃん」。
- 妹の倍賞美津子も女優で、姉妹そろって日本映画を代表する存在。
- 2001年に乳がんが見つかったことを公表しており、のちにピンクリボン活動など啓発活動に参加している。
- 志村けんのコント番組で『男はつらいよ』のパロディを演じたこともあり、自分の代名詞をネタにできるおおらかさも持ち合わせている。
- 歌手デビューは1954年の童謡レコードまでさかのぼり、芸歴は70年を超える。
余談[編集]
- 映画『下町の太陽』は、倍賞の同名ヒット曲から生まれた作品。歌が先、映画が後という珍しい順番で、山田洋次との長いコンビもこの「歌の映画化」から始まった。
- SKDでは初代バトンガールを務めた。首席入団生が大階段を降りるという、なかなかの晴れ舞台である。
- 『TOKYOタクシー』のすみれは85歳という設定で、倍賞自身も2026年6月に85歳を迎えて役と同い年になった。
- 日本アカデミー賞の第1回最優秀作品賞は『幸福の黄色いハンカチ』で、倍賞は第1回から第49回までの「日本アカデミー賞の歴史」をまるごと現役で駆け抜けたことになる。
- 『ハウルの動く城』と『TOKYOタクシー』、どちらも木村拓哉との共演。20年越しに声の共演から実写の共演へとつながった。
