哭声/コクソン
곡성(哭聲)/The Wailing

監督のナ・ホンジン(2009年、ドーヴィル・アジア映画祭にて。撮影:ENoz、出典:ウィキメディア・コモンズ、CC BY-SA 3.0)
監督 ナ・ホンジン
製作 ソ・ドンヒョン
キム・ホソン
脚本 ナ・ホンジン
出演 クァク・ドウォン
ファン・ジョンミン
國村隼
チョン・ウヒ
キム・ファニ
撮影 ホン・ギョンピョ
音楽 チャン・ヨンギュ
タルパラン
ジャンル ホラー、ミステリー、スリラー
撮影期間 2014年8月31日 - 2015年2月28日(全121回次)
制作会社 サイドミラー
フォックス・インターナショナル・プロダクションズ
配給 韓国:20世紀フォックスコリア
日本:クロックワークス
劇場公開 韓国:2016年5月12日
カンヌ国際映画祭:2016年5月18日
北米:2016年5月27日
日本:2017年3月11日
配信 ディズニープラス(韓国)ほか(時期により変動)
上映時間 156分
製作費 約800万米ドル
興行収入 約5,130万米ドル(全世界)
韓国観客動員:約687万人
言語 韓国語、日本語
レイティング 韓国:15歳以上観覧可
日本:G(劇場公開時)



概要[編集]

哭声/コクソン(こくせい/コクソン、原題:곡성〈哭聲〉、英題:The Wailing)とは、ナ・ホンジン監督・脚本による2016年公開の韓国映画のホラー・ミステリーである。韓国の田舎町を舞台に、謎のよそ者と連続怪死事件をめぐって村が狂気に呑まれていく様子を描き、韓国で約687万人を動員した。

詳細[編集]

『チェイサー』の監督、6年ぶりの第3作[編集]

監督のナ・ホンジンは、長編デビュー作『チェイサー』(2008年)で一躍韓国映画界のトップランナーに躍り出た人物。続く『哀しき獣』(2010年、原題『黄海』)は興行的に苦戦し、そこから6年かけて送り出したのが長編第3作となる本作である。前2作はスピード感と生々しい暴力で押し切るタイプの犯罪映画だったが、本作ではシャーマニズムとキリスト教のモチーフを大胆に取り込み、じわじわと観客の精神を追い詰めるスタイルに大きく舵を切った。監督自身は日本向けのインタビューで、前2作は加害者ばかりに目が向いていて被害者を描けていなかったと振り返り、今作では「被害者はなぜその事件に巻き込まれたのか」を軸にしたと語っている。

「哭声」と「谷城」――タイトルの仕掛け[編集]

韓国語の原題「곡성(コクソン)」には、二つの漢字が重ねられている。ひとつは本作の正式な漢字表記である「哭聲」、つまり泣き叫ぶ声。もうひとつは物語の舞台となる全羅南道の実在の郡「谷城(コクソン)」である。発音がまったく同じなので、韓国の観客にとっては「谷城で起きる、泣き叫ぶ声の物語」という二重の意味を持つタイトルになっている。日本公開では漢字の「哭声」にカタカナの「コクソン」を添えた『哭声/コクソン』という邦題が採用され、英語圏では「The Wailing(号泣、慟哭)」というタイトルで公開された。

カンヌ招待と、韓国での社会現象[編集]

本作は2016年5月12日に韓国で公開され、直後の5月18日には第69回カンヌ国際映画祭の非コンペティション部門で上映された。韓国では公開10日目で累計観客400万人を突破し、これは『国際市場で逢いましょう』や『7番房の奇跡』といった1000万人級のメガヒット作よりも2日早いペースだったと報じられた。最終的な観客動員は約687万人。製作費約800万米ドルに対し、全世界の興行収入は約5,130万米ドルに達している。韓国の脚本家パク・ミヨンは、当時の熱狂を社会現象になったお菓子「ハニーバターチップ」になぞらえ、映画館での衝撃体験が口コミで広がり、まだ観ていない人の好奇心を刺激していると分析した。

あらすじ[編集]

※以下、物語の核心に触れる部分がある。

韓国南部の山あいにある平和な村・谷城。ある日、村人が自分の家族を惨殺するという事件が起きる。犯人の体には謎の発疹が浮かび、まるで正気を失ったような状態だった。警察は野生のキノコによる中毒を疑うが、似たような事件が立て続けに起き、村は不穏な空気に包まれていく。

事件を担当するのは、どこか頼りなく小心者の警察官ジョング(クァク・ドウォン)。村ではいつしか、山奥にひとりで暮らす正体不明の日本人(國村隼)が事件に関わっているのではないかという噂が広まっていた。白い服を着た謎の女ムミョン(チョン・ウヒ)も、ジョングの前に現れては意味深な言葉を残していく。

半信半疑のまま日本人の周辺を調べ始めたジョングだったが、やがて最愛の娘ヒョジン(キム・ファニ)の体にも、事件の犯人たちと同じ発疹が現れる。娘は日に日に別人のように変貌していき、追い詰められたジョングの家族は、祈祷師のイルグァン(ファン・ジョンミン)を呼び寄せる。イルグァンは「よそ者」が悪霊だと断じ、大がかりな祈祷の儀式を行うが……。

誰が悪で、誰が娘を救おうとしているのか。日本人なのか、ムミョンなのか、イルグァンなのか。ジョングは最後まで「何を信じるか」を迫られ続けることになる。

登場人物とキャスト[編集]

谷城の警察官。事件の捜査にあたるが、肝の据わらない普通の父親。娘を救うため次第に常軌を逸した行動に出る。クァク・ドウォンにとっては本作が映画初主演作で、配給の20世紀フォックス側は当時まだ無名に近かった彼の起用に懸念を示したが、監督が押し切ったとされる。
ジョングの家族に呼ばれた祈祷師。派手な装束で大がかりな「クッ(韓国の巫俗儀式)」を行う。
  • 山の中の男(よそ者)(演:國村隼)
山奥にひとりで住み着いた正体不明の日本人。村人からは事件の元凶だと噂される。
白い服を着て村をさまよう謎の女。ジョングに警告とも助言ともつかない言葉をかける。「ムミョン(무명)」は韓国語で「無名」と同じ音である。
  • ヒョジン(演:キム・ファニ)
ジョングのひとり娘。父親思いの素直な少女だったが、発疹が現れてから人格が一変していく。
  • ソンボク(演:ソン・カングク)
ジョングの同僚の警察官。
  • イサム(演:キム・ドユン)
カトリック教会の助祭。日本語ができるため、ジョングたちの通訳役として日本人のもとへ同行する。

キャスティング秘話[編集]

クァク・ドウォン――「精度の高い銃」[編集]

ナ・ホンジン監督がクァク・ドウォンに目をつけたのは、前作『哀しき獣』の撮影時だったという。監督は彼の最初のテイクを見て「ものすごく気に入った」と語り、本作の企画を立ち上げた際に直接出演を口説いた。監督はその演技を、銃に例えるなら「とんでもなく射撃精度の高い銃」だと評している。一方のクァク本人は、初主演に「自信がなかった」と明かしており、監督から「私が知っているあなたならできる」と背中を押されて引き受けたという。撮影は予定より1か月半も延びる長丁場となり、クァクは「体力が尽きて、精神力だけで耐えた」と振り返っている。

ファン・ジョンミン――テレビで偶然見た『新しき世界』[編集]

祈祷師イルグァン役は、当初は別の俳優を想定していたとされる。ところが、江原道へ移動していた監督は、道中でイノシシに遭遇したり、倉庫が飛んできたりと散々な目に遭った。宿に着いて何気なくテレビをつけると、ファン・ジョンミンが出演する『新しき世界』が放送されていた。それを見た監督は彼を起用したいと考え、映画『ベテラン』の監督リュ・スンワンに仲介を頼んだという。監督は、ファン・ジョンミンに舞踊の経験があることも祈祷シーンに生きると考えていた。

ファン・ジョンミンは役作りのため、実際の儀式をビデオカメラで撮影して研究し、現場では本職の巫俗関係者から指導を受けた。15分以上におよぶ祈祷シーンはワンテイクで撮り切ったと報じられている。あまりに迫真の演技だったため、現場にいた巫俗の専門家たちは「本当に神がかりになってしまうのでは」と、彼の目や様子をずっと見守っていたというエピソードも伝わっている。

國村隼――「変瞼のような」演技[編集]

國村隼(2019年7月、Netflixシリーズ『全裸監督』ワールドプレミアにて。撮影:マイナビニュース、ウィキメディア・コモンズ、CC BY 3.0)

よそ者を日本人にした理由について、監督は新約聖書の影響を挙げている。「見た目は似ているけれど、まったく違う異邦人」を置くことで、作品全体のテーマである「混同」を表現したかったのだという。加えて、日本の俳優と仕事をしてみたいという個人的な願望もあったと語っている。

國村隼の起用にあたって、監督は観られる限りの出演作をすべてチェックし、瞬間ごとに表情がくるくる変わる演技に惹かれたという。撮影では「生まれて初めて見るような演技」を目撃したと語り、中国の伝統芸「変瞼(へんれん)」のように、ワンカットごとに素晴らしい演技を見せてくれたと絶賛している。國村は本作で、裸で滝に打たれたり、悪鬼のような風貌になったりと体を張った演技を披露。本人は「たぶんいままでやった映画のなかでいちばん体力を使った映画」と振り返っている。監督も「あそこまでプロフェッショナルな演技をされる方は初めて見ました」と最大級の敬意を表した。

撮影[編集]

撮影は2014年8月31日にクランクインし、2015年2月28日まで全121回次にわたって行われた。日本の宣伝では「約180日間に及ぶロケ撮影」とも紹介されている。全撮影のうち約8割にあたる97回次がロケーション撮影で、制作チームは咸陽、鉄原、谷城、求礼、順天、長城、海南、和順、高敞、長水、鎮安など、韓国各地を巡って撮影を敢行した。

ジョングの家は、全国のほとんどの韓屋(伝統家屋)を探し回ったうえで、最も映画の空気に合う「韓国的な家」を選んだという。よそ者の家は、標高400メートルの深い山奥にあった廃屋を改装したもの。さらに、標高336メートルの仙雲山の山頂にある断崖でも撮影が行われた。

現場は1日に数カットしか撮れず、1つのシーンに数日かかることも珍しくないほど過酷だったとされる。監督はツルハシを使うシーンについて、共演者が「100回くらい撮った」と明かしており、さすがに皆へとへとになっていたという。クァク・ドウォンによれば、監督自身も病院に通いながら撮影に臨むほどの執念を見せていた。また、編集には約1年をかけたと報じられている。

舞台となった谷城について、監督は「韓国の神を扱う映画であり、神に出会う場所として谷城が理想的な空間だった」と語っている。

テーマと解釈[編集]

聖書の一節で始まる映画[編集]

本作は冒頭、新約聖書『ルカによる福音書』24章の一節を掲げて幕を開ける。復活したイエスが弟子たちの前に現れ、亡霊だと怯える彼らに「わたしの手や足を見なさい」と語りかける場面である。ナ・ホンジン監督は、理屈では説明しきれない凄惨な事件に接したとき「もしかして別の理由があるのではないか」という疑問を持ったことが出発点だったと語り、「神は存在するのか。もし存在するなら、神は常に善なのか」という問いへと突き進んでいったという。

シャーマニズム×キリスト教×日本[編集]

作品の中では、韓国の巫俗(ムーダンによるクッ)、カトリックの教会と助祭、そして日本から来たよそ者の儀式が入り乱れる。誰が悪霊で、誰が救い手なのか、作中の証言や映像はことごとく食い違い、観客は主人公ジョングと同じように「何を信じるか」を延々と迫られる。英語圏の批評でも、韓国のシャーマニズム、キリスト教的象徴、東洋の悪魔祓いの伝統を混ぜ合わせ、不確かさと疑心暗鬼そのものを恐怖に変えた作品として評価された。

監督が語らなかったラスト[編集]

結末について、監督は韓国の英字紙のインタビューで「あえて口にできないものだった」と語り、さまざまな宗教の指導者たちへの取材を重ねた末にたどり着いた結果だと説明している。そのうえで「どう解釈するかは観客次第。好きなように解釈していい」と、明確な答えを示すことを避けた。一方で日本向けのインタビューでは、ラストに込めたのは「慰め」だとも語っており、ジョングに対して「あなたは立派な父親でありベストを尽くしました」と感じてもらえる作品にしたかったという。

韓国では公開当初から「傑作」と「不親切で混乱する」という評価が真っ二つに割れ、明確な結論を避けた構成そのものが議論を呼んだ。この「答えを出さない」作風は、ナ・ホンジン作品の代名詞として語られるようになっていく。

評価と受賞[編集]

批評家の評価[編集]

海外の批評家からの評価は非常に高く、映画批評サイトRotten Tomatoesでは86件のレビューで支持率99%を記録。Metacriticでも81点の「普遍的な称賛」を獲得した。米国の批評では「アメリカ映画の大半がぎこちなく想像力に欠けて見えるレベル」と評されたほか、音で驚かせるのではなくウイルスのようにじわじわ効いてくるホラーだという評も出ている。日本でも公開時、「善と悪」をあえて曖昧に描く手法が称賛され、「一瞬足りとも緊張感が途切れない」と評された。

主な受賞[編集]

  • 第37回青龍映画賞:監督賞(ナ・ホンジン)、助演男優賞(國村隼)、人気スター賞(國村隼)、音楽賞、編集賞
  • 第53回大鐘賞:新人女優賞(キム・ファニ)、撮影賞、照明賞、録音賞 ほか
  • 第53回百想芸術大賞:映画部門作品賞
  • アジア・フィルム・アワード:監督賞
  • 春史映画賞:監督賞

特に話題になったのが、國村隼の青龍映画賞・助演男優賞受賞。日本の報道では、外国人俳優として初めての男優助演賞だと伝えられた。韓国映画界の権威ある賞で日本人俳優が評価されたことは、日韓の映画ファン双方にとって大きなニュースとなった。

炎上とバズ[編集]

谷城世界バラ祭りが大盛況[編集]

郡の「逆発想マーケティング」は数字にも表れた。映画公開直後に開催された第6回谷城世界バラ祭りは、開幕4日間で約10万4,000人が来場し、5月23日時点で累計約17万人に到達。最終的に30万人突破が見込まれるほどの盛況となった。祭りの会場は蟾津江汽車村の「1004バラ公園」で、1,004品種・3万7,000株のバラが咲き誇った。ホラー映画のタイトルとかぶった町が、映画の話題に乗っかってバラで客を呼ぶという、なかなかシュールな展開である。

「不親切すぎる」論争と考察ブーム[編集]

公開当時、韓国のネットでは結末の解釈をめぐって考察合戦が過熱した。誰が悪霊だったのか、ムミョンは何者だったのか、イルグァンはどちら側だったのか――答えが提示されないぶん、観客は自分なりの「正解」を探し続けた。チョン・ウヒはカンヌでのインタビューで、自分の実の兄ですら映画にまんまと「引っかかった」と明かしている。

10年ぶりの新作『HOPE』で再燃[編集]

2026年、ナ・ホンジン監督が『哭声/コクソン』以来10年ぶりとなる新作『HOPE』を発表すると、本作にも再び注目が集まった。『HOPE』は第79回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門でワールドプレミア上映され、6分間のスタンディングオベーションを受けたと報じられた。ファン・ジョンミンが再びナ・ホンジン作品に出演し、マイケル・ファスベンダーやアリシア・ヴィキャンデルら海外キャストも参加したSF大作である。韓国公開後、ラストの解釈をめぐって賛否が真っ二つに割れると、「この監督は昔からそうだった」とばかりに『哭声/コクソン』がディズニープラス(韓国)のランキング上位に「逆走」した。

余談[編集]

  • 日本公開時の宣伝コピーには「平和な田舎の村に、得体の知れないよそ者がやって来る」などがある。英題「The Wailing」は「慟哭」を意味する。
  • ヒョジン役のキム・ファニは2002年生まれ。本作で第53回大鐘賞の新人女優賞を受賞した。その後は漢陽大学演劇映画科を卒業し、2026年にはドラマ『かかし(허수아비)』に出演。同年7月にはSBSのサッカーバラエティ『ゴールを決める彼女たち(골 때리는 그녀들)』のFCアクショニスタに加入し、自身のInstagramでサッカーボールを手にした写真とともに「水曜夜9時からSBSでサッカーをします」と報告した。
  • 2016年の韓国映画界は、本作のほかにもパク・チャヌク監督の『お嬢さん』がカンヌのコンペティション部門に出品されるなど、話題作が相次いだ年だった。
  • 國村隼は本作の撮影について「すべてのことが初めてという経験に近いもの」で「新鮮な経験」だったと語っている。
  • チョン・ウヒは別作品の撮影の合間を縫ってカンヌに駆けつけたため、現地滞在はごく短時間だった。それでも海外のカメラの前に立つのは楽しかったと語っている。
  • 海外で高く評価された韓国のジャンル映画としては、ほかにポン・ジュノ監督の『殺人の追憶』『母なる証明』、パク・チャヌク監督の『オールド・ボーイ』などがあり、のちにポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』がカンヌのパルム・ドールを受賞している。

外部リンク[編集]

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