| チェイサー 추격자/The Chaser | |
|---|---|
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主演のキム・ユンソク(2008年5月、第61回カンヌ国際映画祭にて『チェイサー』チームとして参加。撮影:Étienne ANDRÉ、出典:ウィキメディア・コモンズ、CC BY 3.0) | |
| 監督 | ナ・ホンジン |
| 製作 |
キム・スジン ユン・インボム |
| 脚本 |
ナ・ホンジン イ・シンホ ホン・ウォンチャン |
| 出演 |
キム・ユンソク ハ・ジョンウ ソ・ヨンヒ キム・ユジョン |
| 撮影 | イ・ソンジェ |
| 音楽 |
キム・ジュンソク チェ・ヨンナク |
| ジャンル | 犯罪スリラー |
| 制作会社 | ビッグハウス/ファインカット |
| 配給 |
韓国:ショウボックス 日本:クロックワークス、アスミック・エース |
| 劇場公開 |
韓国:2008年2月14日 日本:2009年5月1日 |
| 上映時間 | 125分(日本公開時) |
| 興行収入 |
約3,580万米ドル(全世界) 韓国観客動員:約512万人 |
| 言語 | 韓国語 |
| レイティング |
韓国:青少年観覧不可(18歳以上) 日本:R15+ |
| 次作 | 哀しき獣(2010年、ナ・ホンジン監督作) |
概要[編集]
チェイサー(原題:추격자〈追撃者〉、英題:The Chaser)とは、ナ・ホンジン監督の長編デビュー作となる2008年公開の韓国映画の犯罪スリラーである。キム・ユンソクとハ・ジョンウが主演し、2004年に韓国で発覚した連続殺人事件をモチーフに、元刑事の男が一晩で殺人犯を追い詰めていく姿を描いた。
詳細[編集]
新人監督のデビュー作が500万人ヒット[編集]
本作は、短編映画で注目されていたナ・ホンジンが初めて手がけた長編映画である。監督は映画学校の正規コースで学んだわけではなく、タランティーノ、フリードキン、ペキンパー、セルジオ・レオーネといった巨匠の作品を何度も見返してシナリオや撮影を独学したと日本向けのインタビューで語っている。製作当時は資金難に苦しみ、映画雑誌に取り上げられることもなかったというが、2008年2月14日に韓国で公開されると口コミで評判が広がり、最終的な観客動員は約512万人に到達。同年の韓国映画として興行ランキング3位に入る大ヒットとなった。
5年がかり、30回書き直した脚本[編集]
韓国紙の報道によれば、監督は本作の脚本に5年を費やし、約30回の改稿を重ねた。執筆の動機について監督は「腹が立って書き始めたシナリオ」だと語っており、凶悪事件が繰り返されるたびに「警察はなぜ未然に防げないのか」という疑問を抱いていたという。こうして練り上げられた密度の高い脚本は、主演のキム・ユンソクが監督に「一文字も直すな」と頼んだほどの完成度だったと伝えられている。
実在の事件をモチーフにしたフィクション[編集]
物語のモチーフとなったのは、2003年から2004年にかけてソウル周辺で起きた連続殺人事件である。ただし本作は事件をそのまま再現した再現ドラマではなく、人物も展開も脚色されたフィクションだ。監督自身も舞台となった地域について「映画はあくまでフィクション」と強調している。犯人の動機をほとんど説明しない作劇は、当時の制作陣が「明確な動機がないと観客は納得しないのでは」と心配したポイントでもあったが、監督はあえてそれを貫いた。
あらすじ[編集]
※物語の中盤までの紹介。結末には触れない。
元刑事のオム・ジュンホ(キム・ユンソク)は、警察を辞めたのちソウルで出張型の風俗店を経営している。ところが最近、店の女性が立て続けに姿を消していた。前借りした金を持ち逃げされたか、どこかに売り飛ばされたのだろうと考えたジュンホは、消えた女性たちが最後に会った客の電話番号が同じであることに気づく。
ちょうどその頃、体調を崩していた従業員のキム・ミジン(ソ・ヨンヒ)が、その番号の客のもとへ向かってしまっていた。ジュンホはミジンに連絡を取ろうとするが、電話はつながらない。夜のソウルの坂道を走り回った末、ジュンホは偶然の接触事故をきっかけに、問題の男チ・ヨンミン(ハ・ジョンウ)と鉢合わせする。
警察署に連行されたヨンミンは、驚くほどあっさりと罪を口にする。しかし肝心の証拠は見つからず、ミジンの居場所も分からない。しかも警察は別の不祥事への対応に追われ、捜査は思うように進まない。証拠がなければ容疑者を長く拘束しておけないというタイムリミットが迫るなか、ジュンホはミジンの幼い娘ウンジ(キム・ユジョン)を連れながら、たった一人で男の足取りを追い始める。
登場人物とキャスト[編集]
- オム・ジュンホ(演:キム・ユンソク)
- 不正に手を染めて警察を辞めた元刑事。現在は風俗店の経営者で、当初は従業員を「商品」としか見ていないような人物として登場する。キム・ユンソクは役柄を「こいつは絶対に自分が捕まえる、という動物的な執念」を持った男だと説明している。
- チ・ヨンミン(演:ハ・ジョンウ)
- 穏やかな顔つきの若い男。素性も動機もほとんど語られず、その「分からなさ」が観客の恐怖をあおる。
- キム・ミジン(演:ソ・ヨンヒ)
- ジュンホの店で働くシングルマザー。体調不良のまま仕事に出たことで、事件に巻き込まれていく。
- ウンジ(演:キム・ユジョン)
- ミジンの幼い娘。母を探すジュンホと行動をともにする。
- オ刑事(演:パク・ヒョジュ)、イ・ギルウ刑事(演:チョン・インギ)
- 事件に関わる警察官たち。
キャスティングと役作り[編集]
キム・ユンソク――40歳でつかんだ初主演[編集]
キム・ユンソクは1967年1月21日生まれ(1968年生まれとする資料もある)。1988年に舞台『欲望という名の電車』でデビューし、1990年代は演劇の世界で俳優・演出家として長く活動してきた。映画では2006年の『タチャ イカサマ師』で演じた冷酷な賭博師アグィ役が強烈な印象を残し、本作で事実上の初主演を果たした。韓国紙のインタビューでは、出演の決め手として脚本の完成度とハ・ジョンウとの共演を挙げ、「生きていて緊張感を緩めずにいられる仕事はこれしかない」と演技への思いを語っている。本作で大鐘賞主演男優賞をはじめ数々の賞を獲得し、その後は『哀しき獣』(2010年)、『10人の泥棒たち』(2012年)、『1987、ある闘いの真実』(2017年)、『モガディシュ 脱出までの14日間』(2021年)などで韓国映画を代表する俳優となった。2019年には『未成年』で監督デビューも果たしている。
ハ・ジョンウ――「悪役」として演じない悪役[編集]

殺人犯ヨンミンを演じたハ・ジョンウは、本作の公開直前までテレビドラマ『H.I.T』で正義感あふれる検事役を演じており、真逆の役柄への挑戦となった。公開前の韓国紙インタビューでは、関連書籍を数多く読んで人物の背景を分析し、単なる「悪役」ではなくリアルな人物像として表現しようとしたと説明。「悪役を演じようと意識したら、不必要な力が入っていたと思う」と、あえてシンプルに考えながら演じたことを明かしている。
撮影はおよそ5か月にわたり、毎晩午後8時から始まる夜間ロケの連続だった。ハ・ジョンウは睡眠障害に悩まされ、長時間の特殊メイクで肌が荒れるほどだったという。共演したキム・ユンソクについては「エネルギーにあふれながら、相手役への気配りも忘れない先輩だった」と語っている。本作でブレイクしたハ・ジョンウは、その後『哀しき獣』で再びナ・ホンジン監督、キム・ユンソクと組み、韓国映画界のトップ俳優へと駆け上がっていった。
名脇役たちとのちのスター[編集]
ミジン役のソ・ヨンヒは、本作で多くの観客に名前を知られることになった。また、ミジンの娘ウンジを演じたのは、当時子役だったキム・ユジョン。のちにドラマで主演を務める人気俳優へと成長した彼女の、初期の出演作のひとつとして本作が挙げられることも多い。
撮影とロケ地[編集]
「望遠洞」という舞台設定[編集]
劇中の主な舞台は、ソウル市麻浦区の望遠洞(マンウォンドン)とされている。監督は韓国の映画誌『シネ21』のインタビューで、「望遠という名前を聞いて、忘れられた空間のような感じがした」ことがこの地名を選んだ理由だと説明した。もっとも、実際に望遠洞で撮影したのは望遠洞郵便局前の一場面だけで、坂道や路地の大半は城北洞、北阿峴洞、薬水洞、平倉洞などで撮られている。地下鉄駅のシーンは光明駅で撮影された。
公開後、監督は韓国メディアに対し「この映画のせいで望遠洞の住民の方々が不便を感じているなら、本当に申し訳ない」とコメント。地名のイメージへの影響を気にかけていた。
夜ごとのクレーンと住民の苦情[編集]
路地の追跡劇が撮影された北阿峴洞(秋渓芸術大学の入口から梨大駅方面にかけての一帯)は、当時「タルトンネ」と呼ばれる古い住宅密集地だった。夜ごとにクレーンを上げて撮影したため住民の反発は強く、警察が出動する騒ぎもあったという。さらに、撮影用の仮設照明に苦情を受けた結果、韓国電力が既存の街灯まで撤去してしまうという珍事も起きたと監督は振り返っている。
バラバラの撮影順[編集]
ロケ地となった地域の再開発スケジュールの都合で、映画の後半にあたる場面を先に撮らなければならず、撮影順は「めちゃくちゃ」だったという。そのため、ミジンの衣装の連続性を保つのにも苦労があったと監督は明かしている。
モチーフとなった事件[編集]
本作の下敷きとなったのは、2003年9月から2004年7月にかけて起きた連続殺人事件である。犯人の男は、裕福な高齢者や、マッサージ店・出張風俗で働く女性などを狙い、20件の殺人で有罪となった。逮捕のきっかけは、2004年7月にマッサージ業者側の関係者が男の身柄を押さえて通報したことだった。男は2004年12月に一審で死刑判決を受け、2005年6月に大法院で確定。韓国は死刑の執行が長年行われていない国であり、男は現在も収監されている。
この事件では、物的証拠の乏しさや初動捜査をめぐって警察が厳しい批判を浴びた。「警察はなぜ止められなかったのか」という問いは、本作の脚本を書き始めた監督の怒りとも重なっている。映画の主人公が、警察ではなく風俗店の経営者という「はみ出し者」である点にも、そうした問題意識がにじむ。
なお、同じ事件は2021年にNetflixのドキュメンタリーシリーズ『レインコート・キラー』(原題:The Raincoat Killer: Chasing a Predator in Korea)としても取り上げられている。映画はあくまで脚色されたフィクションであり、被害者や遺族が実在する事件であることを踏まえて鑑賞したい作品でもある。
テーマと演出[編集]
「動機」を語らない犯人[編集]
本作の最大の特徴は、殺人犯の内面や過去をほとんど説明しない点にある。監督は『シネ21』で、ジュンホが追跡に走る理由についても「はっきりした一つの動機」を与えることを拒み、「汗を流して追いかけられるだけの事情を、できるだけ多く物語に詰め込もうとした」と語っている。ラストでジュンホが追っているものは何かと問われると、「金かもしれないし、あいつの痕跡かもしれないし、ミジンかもしれないし、自分自身かもしれない。社会やシステムかもしれないし、母親かもしれない」と、多層的な解釈を許した。
十字架の下で起きる事件[編集]
劇中には、釘を打たれたキリスト像が印象的に登場する。監督はこれについて、教会は神に仕える場所であると同時に人々をつなぐ唯一の環でもあるとし、「すべての事件はいつも十字架の下で起きる」と表現した。この宗教的モチーフは、のちの『哭声/コクソン』でさらに大きく展開されていくことになる。
「手刺繍」のような映画[編集]
日本向けのインタビューで監督は、自身の映画づくりを「手刺繍のような感覚」とたとえ、機械的な完成度よりも「人間の痕跡が残っている」ことを大事にしていると語った。暴力描写については、商業的なリスクを背負ってでもカットしなかった、物語に不可欠な要素だと強調している。一方で、のちに韓国メディアには、当初構想していたエンディングは完成版よりもはるかに暴力的だったとも明かしている。
『殺人の追憶』との比較[編集]
実在の連続殺人事件を題材にした韓国のスリラーということで、公開当時からポン・ジュノ監督の『殺人の追憶』(2003年)と比較されることが多かった。ナ・ホンジン監督はこれについて、撮影中に参考目的で他作品を観ることはあまりないとしつつ、「自分でも気づかない無意識」が影響した可能性は認めている。ポン・ジュノとの比較そのものについては「あの方に迷惑をかけること」と恐縮していた。
評価と受賞[編集]
批評家の評価[編集]
韓国国内では「韓国スリラーの新たな古典」と評され、新人監督のデビュー作としては異例の高評価を得た。英語圏でも、映画批評サイトRotten Tomatoesで支持率80%、Metacriticで64点と、おおむね好意的な評価を獲得している。公開から年月が経っても、オールド・ボーイや殺人の追憶と並ぶ韓国ノワール・スリラーの代表作として紹介されることが多い。
主な受賞[編集]
- 第61回カンヌ国際映画祭:ミッドナイト・スクリーニング部門で上映(日本の資料では特別招待作品として紹介)
- 第45回大鐘賞:最優秀作品賞、監督賞、主演男優賞(キム・ユンソク)など6部門
- 第44回百想芸術大賞:映画部門大賞
- 第7回大韓民国映画大賞:作品賞、監督賞、主演男優賞
- 第16回春史映画芸術賞:主演男優賞(キム・ユンソク、ハ・ジョンウ)、新人監督賞
- 第17回釜日映画賞:監督賞、主演男優賞(キム・ユンソク)
- 第9回釜山映画評論家協会賞:主演男優賞、脚本賞
ハリウッドリメイク[編集]
本作は公開直後から海外の注目を集め、2008年3月にはワーナー・ブラザースが約100万米ドルでリメイク権を獲得したと報じられた。主演候補としてレオナルド・ディカプリオの名前が挙がり、脚本には『ディパーテッド』のウィリアム・モナハンが検討されたとされる。日本向けのインタビューでナ・ホンジン監督は、リメイク版について衝撃のラストは変えられるだろうと予想しつつ、契約段階で自分は口を出さないことに同意したと語っていた。もっとも、その後ハリウッド版が公開されることはなく、企画は長らく実現していない。
一方、2011年のインド映画『Murder 2』は、本作の非公式リメイクだと指摘されている。
炎上とバズ[編集]
望遠洞の住民が困惑[編集]
大ヒットにともない、劇中の舞台とされた望遠洞には「あの映画の町」というイメージがついてしまった。前述の通り、監督は住民への謝罪を口にし、実際の撮影はほとんど別の地域で行ったことを説明している。実在の地名を使う犯罪映画ならではの悩ましい副作用である。
「警察が無能すぎる」論争[編集]
作中では、警察が別の不祥事の後始末に追われ、目の前の事件に十分な人手を割けない姿が描かれる。こうした描写は観客の怒りを大いにかき立て、「警察がもどかしすぎる」という感想が公開当時から現在まで定番の反応となっている。もともと監督が「警察はなぜ防げなかったのか」という怒りから脚本を書き始めたことを考えると、まさに狙い通りの反応ともいえる。
余談[編集]
- 原題の「추격자(チュギョクチャ)」は「追撃者」、つまり追う者を意味する。英題の「The Chaser」もほぼ同じ意味で、邦題はそれをカタカナにしたものである。
- 韓国公開の週末は、ハリウッド映画『ジャンパー』に次ぐ2位スタートだった。そこから口コミで動員を伸ばし、公開から約半月で約290万人に達している。
- ナ・ホンジン監督は1974年ソウル生まれ。長編デビュー前に短編『完璧な鯛料理』(2005年)や『汗』(2007年)で映画祭の賞を受けており、本作で一気に「韓国スリラーのスペシャリスト」として知られるようになった。
- 監督・主演コンビは次作『哀しき獣』でも再集結し、キム・ユンソクとハ・ジョンウは今度は立場を変えて対峙する。
- ハ・ジョンウはデビューから21年目の2024年7月に初めて自身のInstagramアカウントを開設し、自撮り写真とともに「計画より早かった、インスタ始め」と投稿して話題になった。
- 同じく実在事件を下敷きにした韓国映画としては、ポン・ジュノ監督の『殺人の追憶』のほか、韓国ノワールの流れではパク・チャヌク監督の『オールド・ボーイ』、ウォンビン主演の『アジョシ』、マ・ドンソク主演の『犯罪都市』なども比較対象として語られることが多い。