Masahiro Motoki
もとき まさひろ
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第79回カンヌ国際映画祭で『黒牢城』の公式上映に出席した本木雅弘(2026年5月。出典:デイリースポーツ)
本名 内田雅弘(旧姓:本木)
誕生日 1965年12月21日
年齢 60歳
出身地 埼玉県桶川市
国籍 日本
家族 妻・内田也哉子(エッセイスト、1995年結婚)、義母・樹木希林(女優、故人)、義父・内田裕也(ロック歌手、故人)、長男・UTA(モデル・俳優)、長女・内田伽羅(モデル・女優)ほか
身長 174cm
血液型 A型
学歴 明治大学付属中野高等学校 定時制 中退
職業 俳優
肩書 元シブがき隊メンバー
活動期間 1981年 -
代表的な実績 『シコふんじゃった。』(1992年)、『おくりびと』(2008年、第81回アカデミー賞外国語映画賞)、大河ドラマ『徳川慶喜』(1998年、主演)、『麒麟がくる』(2020年、斎藤道三役)、『黒牢城』(2026年、主演)
受賞 第16回日本アカデミー賞 最優秀主演男優賞(『シコふんじゃった。』)、第32回日本アカデミー賞 最優秀主演男優賞(『おくりびと』)、第39回日本アカデミー賞 最優秀助演男優賞(『日本のいちばん長い日』)ほか
事務所 フロム・ファーストプロダクション
関連活動 シブがき隊(1982年 - 1988年)
あだ名 モックン
その他 シブがき隊でのイメージカラーは赤


概要[編集]

本木雅弘(もとき まさひろ、1965年12月21日 - )とは、埼玉県桶川市出身の日本の俳優である。愛称は「モックン」。1982年に男性アイドルグループ「シブがき隊」の一員としてデビューし、1988年の解隊後は俳優に転身。自ら企画を温めた主演映画『おくりびと』が第81回アカデミー賞外国語映画賞を受賞し、2026年には主演作『黒牢城』でカンヌ国際映画祭のレッドカーペットを歩いた。

詳細[編集]

アイドルから「映画の顔」へ[編集]

本木雅弘のキャリアは、ほぼきれいに二つに分かれる。前半はジャニーズ事務所所属のシブがき隊「モックン」として、「NAI・NAI 16」「ZOKKON 命」「スシ食いねェ!」を歌った1980年代のアイドル時代。後半は1989年の映画『ファンシイダンス』以降の俳優時代である。

ここで面白いのは、本人が意識的に「アイドルの本木」を脱ぎ捨てにいったことだ。映画初主演作で頭を丸め、次の作品ではまわし一丁で土俵に立ち、20代のうちに篠山紀信撮影の写真集『white room』(1991年)を出してしまう。いわゆる「元アイドル俳優」の安全なルートではなく、毎回イメージをひっくり返すような仕事を選んできた結果、日本の映画界で主演を張り続ける数少ない元アイドルとなった。

自分で企画した『おくりびと』[編集]

代表作『おくりびと』(2008年)は、オファーを受けて出た作品ではない。20代後半にインドを旅して死生観について考えるようになった本木が、その後に青木新門の『納棺夫日記』を読み、遺体を清めて棺に納める「納棺師」という仕事に衝撃を受けたことが出発点になっている。本人はインタビューで、見知らぬ男が見知らぬ遺体をふき清める光景を「ミステリアスでエロチック」で「映画的」だと感じたと語っている。

この企画は十数年がかりで形になり、2009年2月、第81回アカデミー賞で外国語映画賞を受賞。名誉賞ではなく正式な競争部門としての受賞は、日本映画では初めてだった。本木は撮影に向けて実際の納棺師から所作のトレーニングを受け、その動きを「茶の作法にも通ずる」と表現している。葬儀を「一回きりで、本番勝負」と語り、役者の仕事との共通点を見出していたことも報じられた。

寡作で、こだわりが強い[編集]

本木は出演本数の多い俳優ではない。数年に1本ペースの主演映画と、ここぞという大河ドラマやドラマに絞って出るスタイルで、出演作が発表されるたびに「久々の本木雅弘」と話題になる。

一方で、作品ごとの準備は極端に細かいことで知られる。共演者や監督から「神経質」「こだわりが強い」と評されることも多く、元シブがき隊の布川敏和からも2026年のテレビ番組で「ちょっと神経質」と言われている。是枝裕和は「普段の本木さんはとても面白い人」と語っており、ストイックさとユーモアが同居した人物像がうかがえる。

経歴[編集]

生い立ちとデビュー(1965年〜1981年)[編集]

1965年12月21日、埼玉県桶川市に生まれる。地元の中学校を卒業後、浦和学院高校に進学したが、1年在学中に明治大学付属中野高校の定時制へ編入し、2年の途中で中退している。子どもの頃から芝居に関心があったとされる。

1981年、TBSの学園ドラマ『2年B組仙八先生』の生徒役で俳優デビュー。同じクラスの生徒役だった薬丸裕英、布川敏和とともに「仙八トリオ」と呼ばれるようになった。

シブがき隊時代(1982年〜1988年)[編集]

1982年5月5日、シングル「NAI・NAI 16」でシブがき隊としてレコードデビュー。キャッチコピーの「YMF」は薬丸(Y)・本木(M)・布川(F)の頭文字で、本木のイメージカラーは赤だった。デビュー年に日本レコード大賞最優秀新人賞を獲得し、NHK紅白歌合戦には1982年から5年連続で出場している。

グループの解隊について本木は、2016年のTBS『サワコの朝』で「(グループを)終えさせたのは私」と語った。芝居をやりたい、パリなど海外にも行ってみたいという思いから2人に切り出したという。1988年11月2日の解隊コンサートでシブがき隊の活動は終了した。2026年6月にも、当時を振り返って「賞味期限切れ始めてるかな」と感じていたと語ったと報じられている。

俳優転身と1990年代[編集]

解隊後まもなくジャニーズ事務所を離れ、1989年に周防正行監督の映画『ファンシイダンス』で映画初主演。寺に修行に入るロックバンドのボーカル・陽平役で、役のために実際に頭を剃った。この作品で第13回日本アカデミー賞の新人俳優賞を受賞している。

1992年には再び周防監督と組んだ『シコふんじゃった。』に主演。廃部寸前の大学相撲部に放り込まれる大学生を演じ、まわし姿で土俵に上がった。同作は第16回日本アカデミー賞で最優秀作品賞を獲得し、本木自身も最優秀主演男優賞を受賞。「元アイドル」から「映画俳優」への転換を決定づけた。

同じ1992年の紅白歌合戦には、ソロ歌手として出場。井上陽水のカバー「東へ西へ」を歌ったが、その演出が大きな物議を醸した(後述)。1994年の『ラストソング』、1999年の『双生児』でも日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞している。1998年にはNHKの大河ドラマ『徳川慶喜』で主演を務めた。

2000年代:『おくりびと』まで[編集]

2000年代に入ると、テレビドラマ『ブラック・ジャック』シリーズ(2000年 - 2001年)で手塚治虫の天才外科医を演じ、2005年には『夏目家の食卓』に出演。2009年から2011年にかけて放送されたNHKのスペシャルドラマ『坂の上の雲』では、主要人物の一人である秋山真之を演じた。

そして2008年9月公開の『おくりびと』(監督:滝田洋二郎)に主演。オーケストラの解散で職を失ったチェロ奏者が、故郷・山形で納棺師の道に入るという物語で、本木はチェロの演奏シーンにも挑んだ。モントリオール世界映画祭グランプリを皮切りに国内外の映画賞を次々と受賞し、2009年の第32回日本アカデミー賞で本木は2度目の最優秀主演男優賞を獲得。直後のアカデミー賞外国語映画賞受賞で、作品も本人も社会現象級の注目を浴びた。

2010年代[編集]

2015年は当たり年で、原田眞人監督の『日本のいちばん長い日』で昭和天皇を演じ、第39回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞。同年の『天空の蜂』でも優秀助演男優賞に選ばれた。2016年には西川美和監督の『永い言い訳』に主演し、妻を突然の事故で亡くしても泣けない人気作家という、ひねくれた役どころを演じた。

2020年〜2023年[編集]

2020年の大河ドラマ『麒麟がくる』では、美濃の戦国大名・斎藤道三を演じた。『徳川慶喜』以来約22年ぶりの大河出演で、本人にとっては初の悪役であり、主演以外のポジションで大河に出るのも初めてだった。2021年には志賀直哉原作のNHKドラマ『流行感冒』に主演している。

2024年〜2026年[編集]

2024年11月、倉本聰が原作・脚本を手がけた映画『海の沈黙』に主演。続く2025年1月には、アイスランドのバルタザール・コルマウクル監督による国際共同製作映画『TOUCH/タッチ』が日本公開され、ロンドンで日本料理店を営む高橋役で出演した。同じく2025年1月には、是枝裕和監督が向田邦子の名作をリメイクしたNetflixシリーズ『阿修羅のごとく』で、次女・巻子(尾野真千子)の夫・鷹男を演じている。

2025年12月に60歳、還暦を迎えた。2026年は主演映画『黒牢城』の年となり、5月にカンヌ国際映画祭、6月に日本公開、同月に還暦記念フォトブックの発売と大きな話題が続いた。2026年10月28日から11月4日には、新国立劇場小劇場で初の朗読劇『たとへば君 四十年の恋歌』に主演する(共演は森口瑤子)。

人物[編集]

  • 身長174cm、血液型A型。
  • 公式SNSは開設していない。2026年の還暦記念フォトブックの発売に際しては、「SNSを利用しない」自分なりのファンとの「交信」として届けたいという趣旨のコメントを出している。
  • 家庭では料理・掃除・子育てに「全面的に」協力するタイプだと、妻の内田也哉子が2019年に明かしている。
  • 細部へのこだわりが強く、役作りの徹底ぶりは共演者の間で語り草になっている。一方で是枝裕和は「とても面白い人」と評し、『阿修羅のごとく』では「圧をかけられて戸惑う芝居」の上手さを生かすために鷹男役を依頼したと語っている。
  • 斎藤道三役では、戦国の「マムシ」を「有能なビジネスマン」と解釈し、合理性も道三の才能だと捉えて役に臨んだ。
  • 20代で訪れたインドは、本人の死生観に影響を与えた場所としてたびたび語られる。2026年のフォトブックにも、20代の頃にインドで撮られた写真が収録されている。

主な出演作[編集]

映画[編集]

公開年 作品 備考
1989年 『ファンシイダンス』 映画初主演。監督:周防正行
1992年 『シコふんじゃった。』 主演。日本アカデミー賞最優秀主演男優賞
1994年 『ラストソング』 主演。日本アカデミー賞優秀主演男優賞
1999年 『双生児』 主演。日本アカデミー賞優秀主演男優賞
2008年 『おくりびと』 主演。アカデミー賞外国語映画賞
2015年 『日本のいちばん長い日』 昭和天皇役。日本アカデミー賞最優秀助演男優賞
2015年 『天空の蜂』 日本アカデミー賞優秀助演男優賞
2016年 『永い言い訳』 主演。監督:西川美和
2024年 『海の沈黙』 主演。原作・脚本:倉本聰
2025年 『TOUCH/タッチ』 高橋役。アイスランド発の国際共同製作
2026年 『黒牢城』 主演・荒木村重役。監督:黒沢清

テレビドラマ・配信[編集]

  • 『2年B組仙八先生』(TBS、1981年)- 俳優デビュー作
  • 大河ドラマ『徳川慶喜』(NHK、1998年)- 主演・徳川慶喜役
  • 『ブラック・ジャック』シリーズ(2000年 - 2001年)- ブラック・ジャック役
  • 『夏目家の食卓』(2005年)
  • スペシャルドラマ『坂の上の雲』(NHK、2009年 - 2011年)- 秋山真之役
  • 大河ドラマ『麒麟がくる』(NHK、2020年)- 斎藤道三役
  • 『流行感冒』(NHK、2021年)- 主演
  • 『阿修羅のごとく』(Netflix、2025年)- 里見鷹男役

舞台[編集]

  • 朗読劇『たとへば君 四十年の恋歌』(新国立劇場小劇場、2026年10月28日 - 11月4日)- 主演。本人初の朗読劇

主なCM[編集]

  • マンダム「GATSBY」(1996年 - 2006年)
  • サントリー「伊右衛門」(2004年 - 2024年)- 約20年にわたる長寿シリーズ
  • ロンジン(2021年 - 2022年)- 長男UTAとともにアンバサダーを務めた

大河ドラマと本木雅弘[編集]

『徳川慶喜』(1998年)[編集]

1998年の第37作『徳川慶喜』は、司馬遼太郎の小説を原作に、江戸幕府最後の将軍・徳川慶喜の生涯を描いた作品で、本木は30代前半で主演に抜てきされた。週刊誌の取材でも、この主演が本木の知名度を世代を越えて広げた仕事として挙げられている。共演者には堺正章らがいた。

『麒麟がくる』(2020年)[編集]

22年ぶりの大河出演となった『麒麟がくる』では、主人公・明智光秀(長谷川博己)の主君にあたる斎藤道三を演じた。本人は道三について「あまりよく知りませんでした」と話し、先入観を持たずに役に入ったという。資料を読むうちに「有能なビジネスマン」の側面を感じ、脚本の池端俊策が描く「人間への興味や愛情があった道三」を軸に、究極の選択では感情で動く人物として演じた。

撮影現場では、22年前の『徳川慶喜』の頃と比べて撮影技術が大きく変わっていたことに驚いたとも語っている。光秀に無理難題を突きつける道三と、成長していく光秀の関係は序盤の見どころとなり、道三が退場する長良川の戦いの回は大きな反響を呼んだ。

家族[編集]

内田也哉子との結婚[編集]

1995年、内田也哉子と結婚した。也哉子は樹木希林と内田裕也の一人娘で、現在はエッセイストとして活動している。2人が初めて会ったのは、本木が映画『魚からダイオキシン!!』(1992年)で共演した内田裕也と食事をした席で、そこに合流した当時15歳の也哉子と、25歳の本木が顔を合わせたのが始まりとされる。

プロポーズの場所は東京・西麻布の割烹で、樹木希林の勧めで店の座敷に2人きりで向き合い、結婚を申し込んだと本木自身が2015年に明かしている。結婚にあたって本木は内田家の婿養子となり、戸籍上の姓は「内田」になった。芸名はそのまま「本木雅弘」を使い続けている。

樹木希林・内田裕也との関係[編集]

義母の樹木希林は2018年9月に、義父の内田裕也は2019年3月に亡くなった。樹木の勧めでプロポーズに臨んだエピソードが示すように、義母とは結婚前から近い関係にあった。2024年2月には、也哉子がTBS『THE TIME,』で安住紳一郎のインタビューに応じ、夫の1992年紅白でのパフォーマンスについて笑いながら語って話題になった。

子どもたち[編集]

本木と也哉子の間には3人の子どもがいる。公に活動しているのは上の2人である。

  • 長男のUTA(1997年生まれ)は、2018年にパリ・コレクションでモデルデビュー。12歳で単身スイスの学校に留学した経歴を持ち、フランス語と英語を話す。2021年には父とともに時計ブランド・ロンジンのアンバサダーに就任した。2026年7月1日には俳優としてテレビ朝日の『徹子の部屋』に出演し、黒柳徹子から「本木くんに似てるね」と言われている。同年8月には本木が、UTAについて「さまざまな役を演じて人間の幅を広げてほしい」という趣旨のコメントをしたと報じられた。
  • 長女の内田伽羅(1999年生まれ)は、子役として映画『奇跡』などに出演した経験があり、モデルとしても活動している。兄妹そろってのモデルショットがSNSで話題になったこともある。

『黒牢城』と2026年[編集]

黒沢清監督と初タッグ[編集]

2026年6月19日公開の『黒牢城』は、直木賞と山田風太郎賞をダブル受賞した米澤穂信の同名小説を、黒沢清監督が映画化した作品。黒沢監督にとって初の時代劇で、上映時間は147分。織田信長に反旗を翻して有岡城に籠城した城主・荒木村重を本木が演じ、地下牢に幽閉された敵方の軍師・黒田官兵衛を菅田将暉が演じる。城内で起こる怪事件の謎に、村重と官兵衛が牢越しに挑む「戦国心理ミステリー」である。

共演は吉高由里子、青木崇高、Snow Manの宮舘涼太、柄本佑、オダギリジョー、ユースケ・サンタマリアら。劇中で村重が官兵衛に「若造! 信長に向けるべき憎しみをわしに向けるな」と怒る場面は、一発OKで撮影されたと紹介されている。

カンヌで1000人のスタンディングオベーション[編集]

『黒牢城』は第79回カンヌ国際映画祭の「カンヌ・プレミア」部門に正式出品され、2026年5月に現地で公式上映された。本木は菅田、青木、宮舘、黒沢監督とともに出席。本木にとっては初のカンヌで、時代劇という異文化を海外の観客にどう受け止めてもらえるか「少し不安」だったと明かしたが、上映後には約1000人の観客がスタンディングオベーションで応え、本木が瞳を潤ませる場面が報じられた。

興収10億円突破[編集]

日本公開後は、初週末の3日間で約19万6000人を動員し、邦画1位でスタート。客層は20代から60代まで幅広く、女性客が多かったという。公開直後には、物語の舞台となった兵庫県伊丹市の映画館で舞台挨拶を行い、有岡城跡や村重ゆかりの寺も訪問した。本木は「臆病者」と評されがちな村重を「再発掘されるべき新たなヒーロー」と表現している。

2026年7月には興行収入10億円を突破し、黒沢清監督作品として歴代最高の成績となったと報じられた。本木はこれに「村重も驚いている」とコメントしている。人気ゲーム「刀剣乱舞ONLINE」とのコラボレーションも行われた。

還暦記念フォトブック[編集]

2026年6月12日には、還暦記念フォトブック『awai 刹那と永遠のまにまに』(トゥーヴァージンズ)が発売された。写真は友人の中村一弘、文は本木本人。『黒牢城』の撮影の合間に東京・京都・ロンドンで撮られたプライベートな写真を中心に、20代の頃にインドで撮影された写真も収めている。本木は、中村から「また撮らせてもらえないか」と声をかけられたのがきっかけで、写真集を出すことには気恥ずかしさもあるが、自分を振り返るよい機会になったとコメントした。

シブがき隊との距離感[編集]

俳優に転じて以降、本木はシブがき隊時代のイメージを意識的に切り分けてきたとされ、3人そろっての再結成や共演は2026年10月時点で実現していない。それでも2人ずつの交流はあり、薬丸裕英が司会を務めたTBS『はなまるマーケット』に本木がゲスト出演した回は大きな話題になった。2009年に『おくりびと』がアカデミー賞を受賞した際には、薬丸が同番組で本木に生中継でインタビューしている。

還暦が近づいた2024年末から2025年初頭にかけて、布川は「3人で歌でも映画でもドラマでも何かやれたら」と再結成への希望を語り、「決定権はもっくんが握っている」と本木に下駄を預ける形になった。グループの解隊を切り出したのが本木だったことを踏まえると、なんとも絶妙な役回りである。

炎上とバズ[編集]

1992年紅白の「首飾り」[編集]

1992年の第43回紅白歌合戦にソロで初出場した際、井上陽水のカバー「東へ西へ」の歌唱中に、膨らませたコンドームを連ねた首飾りを身につけるなどの過激な演出を行い、物議を醸した。エイズ撲滅のメッセージを込めたものとされる。2024年2月には妻の内田也哉子がTBS『THE TIME,』でこの件に触れ、「NHK出禁に」なったと笑いながら語り、再びネットニュースになった。もっともその後、本木は1998年の大河ドラマで主演を務めており、NHK側が出入り禁止を正式に発表したわけではない。

『white room』[編集]

1991年、篠山紀信撮影の写真集『white room』を発表。元トップアイドルのヌード写真集として当時大きな話題になった。2024年の也哉子のテレビ出演時にも、あわせて紹介されている。

是枝版『阿修羅のごとく』の「小さい男」[編集]

2025年の『阿修羅のごとく』で演じた鷹男は、緒形拳が演じた旧作版の家父長的な人物像から、理想と現実のズレを抱える「小さい男」に作り替えられた。終盤で妻・巻子にかまをかけられてうろたえる場面は是枝版オリジナルの演出で、監督の「本木さんは受けの芝居が好きなのだろう」という評とともに記事化された。

余談[編集]

  • 也哉子との出会いのきっかけになった映画『魚からダイオキシン!!』は、内田裕也が主演した作品。つまり本木は、のちの義父との共演が縁で妻と出会っている。
  • 20年続いたサントリー「伊右衛門」のCMでは、宮沢りえと夫婦役を演じ続けた。お茶のCMの顔として、俳優・本木雅弘を知った世代も多い。
  • 『黒牢城』の伊丹での舞台挨拶では、物語の舞台となった土地の観客に「村重をどう見ているか」と問いかけた。城を捨てて逃げた「臆病者」と評されがちな村重を「再発掘されるべき新たなヒーロー」と呼んだのは、本木なりの名誉回復の試みといえる。
  • 『黒牢城』は「刀剣乱舞ONLINE」ともコラボしており、劇中に関わる刀「安宅切」の描き下ろしイラストが公開された。還暦の俳優とゲームコラボという組み合わせも、この映画ならではである。
  • デビュー当時のキャッチコピー「YMF 正面突破」の「M」が本木。3人の中で最も早くグループに区切りをつけたのも「M」だった。

外部リンク[編集]

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