Hirohide Yakumaru
やくまる ひろひで
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「シニアしごとEXPO 2026」のトークショーに出席した薬丸裕英(2026年10月、都内。出典:デイリースポーツ)
誕生日 1966年2月19日
年齢 60歳
出身地 東京都
国籍 日本
居住地 日本とハワイの2拠点生活
家族 妻・石川秀美(元歌手、1990年結婚)、3男2女(長男・薬丸翔は俳優、長女・薬丸玲美はタレント)
血液型 B型
学歴 武蔵村山市立第四中学校 卒業、明治大学付属中野高等学校定時制 中退
職業 タレント、司会者、俳優、歌手
活動期間 1981年 -
代表的な実績 シブがき隊「NAI・NAI 16」(1982年)、第24回日本レコード大賞最優秀新人賞、『はなまるマーケット』総合司会(1996年~2014年、通算4471回)、『なないろ日和!』司会(2014年~)
受賞 日本レコード大賞 最優秀新人賞(1982年、シブがき隊として)
事務所 オールラウンド
関連活動 シブがき隊
別名 ヤックン
あだ名 ヤックン、やっくん
その他 公式ブログ「Rainbow Family」(アメーバブログ)
リンク 公式ブログ「Rainbow Family」


概要[編集]

薬丸裕英(やくまる ひろひで)とは、東京都出身の日本のタレント・司会者・俳優である。1966年2月19日生まれ。1982年に3人組アイドル「シブがき隊」の「ヤックン」としてデビューし、解隊後はTBSの朝の情報番組『はなまるマーケット』で17年半にわたり総合司会を務めた。

詳細[編集]

「付き添い」から始まった芸能人生[編集]

両親はともに鹿児島県出身。東京都内で生まれ、幼少期から高校時代にかけては港区、武蔵村山市、東大和市など都内各地を転々としながら育った。武蔵村山市時代には新聞配達のアルバイトをしており、当時の販売店の支店長が配達を手伝ってくれたというエピソードが、のちに『出没!アド街ック天国』の武蔵村山市特集で紹介されている。

芸能界入りのきっかけは、よくある「友達の付き添い」パターン。中学2年の時、ジャニーズ事務所の面接を受ける友人に付き添って行ったところ、ジャニー喜多川社長からレッスンを勧められ、そのまま事務所に入ったと報じられている。

仙八先生からシブがき隊へ[編集]

1981年4月から1年間放送されたTBSの学園ドラマ『2年B組仙八先生』に生徒役で出演し、俳優としてデビュー。同じ作品には本木雅弘、布川敏和、三田寛子らもいた。ドラマのヒットで3人は「仙八トリオ」などと呼ばれるようになり、雑誌『セブンティーン』の公募で「シブがきトリオ」に名前が決まった後、事務所の判断で「トリオ」が「隊」に変わって「シブがき隊」が誕生した。

1982年5月5日、井上大輔が作曲を手がけた「NAI・NAI 16」で歌手デビュー。ヒットとなり、同年の日本レコード大賞で最優秀新人賞を受賞した。デビュー時のセンターは薬丸だったが、途中から本木がセンターに戻ったとされる。

「生活感のある元アイドル」という唯一無二のポジション[編集]

1988年のシブがき隊解隊、翌年のジャニーズ事務所退所を経て、薬丸はバラエティやドラマで活動を続けた。転機になったのは、テレビで話していた「節約トーク」。本人によれば、アイドル時代の収入は給料に歩合を足した形で決して多くなく、メモを付けて特売日やポイント還元を調べるような生活をしていたという。これが『はなまるマーケット』のプロデューサーの目に留まり、「アイドル上がりのくせに生活感あるな」という趣旨で起用につながったと、2025年の『ぽかぽか』で語っている。

こうして「元トップアイドルなのに主婦目線で話せるパパ」というキャラクターが確立し、以後30年近く、平日昼間の情報番組の顔であり続けている。

経歴[編集]

シブがき隊時代(1981年~1988年)[編集]

シブがき隊は「100%…SOかもね!」「ZOKKON 命」「スシ食いねェ!」などのヒットを連発し、1982年から1986年まで5年連続でNHK紅白歌合戦に出場した。当時の資料では、薬丸は「ちゃめっ気たっぷりの顔にドスのきいたシブーイ声」と紹介され、3人の中でもっともツッパったキャラクターとされていた。オートバイの話が好きな明るい性格とも書かれている。映画デビュー作は森田芳光監督の『シブがき隊 ボーイズ&ガールズ』。

グループに正式なリーダーはいなかったが、責任感が強い薬丸は仲間内で「リーダー」と呼ばれていたという。1985年3月には特番『これがトリックだ! III』のロケで、クレーンのゴンドラ間を移動するスタントに挑戦中に地上へ落下し、右手首を骨折して入院するアクシデントもあった。

解隊とジャニーズ退所[編集]

1980年代半ばになると、少年隊や光GENJIの台頭もあってグループを取り巻く状況は変化していく。解隊をめぐっては、薬丸は「活動休止」を望んだが、本木が解隊を提案し布川が賛同したため2対1になった、とされる。1988年8月7日に解隊を宣言し、同年11月2日の代々木第一体育館でのコンサートをもってグループは解隊した。

本人はのちにアイドル時代を振り返り、「黙ってると怒ってるように見られる」タイプだったと語っている。解隊後には「パパドル」と呼ばれる仕事に拒否反応があったことも明かしているが、「断ったら仕事が来なくなる」と思って受け続けたという。

結婚と「パパタレ」路線[編集]

1990年6月4日、赤坂プリンスホテルで元歌手の石川秀美との婚約会見を開き、6月8日に入籍した。2人は1982年デビューの同期アイドル。会見で薬丸が「いろんなオメデタがありまして、もうすぐ6カ月です」と妊娠も報告し、会場が沸いた。スタッフにも直前まで知らされていなかったという。

報道によれば、2人が恋愛感情を持ったのは結婚の約5年前。1年後に交際が写真誌に報じられ、人目を避ける時期が続いたが関係は続いた。後年の証言では、アイドル同士の結婚がタブーだった時代のため双方の事務所や両親にも隠し通し、隠しきれなくなった時点で、同じ日の同じ時間にそれぞれの担当マネージャーに打ち明けたとされる。石川は結婚を機に芸能界を引退し、夫婦は3男2女に恵まれた。

はなまるマーケット(1996年~2014年)[編集]

1996年9月30日、TBSで『はなまるマーケット』がスタート。岡江久美子とともに総合司会を務め、2014年3月28日の最終回まで一度も交代することなく17年半、通算4471回を走り切った。詳しくは次節で。

テレ東の昼の顔へ[編集]

「はなまる」終了直後の2014年3月31日から、テレビ東京の『生活情報マーケット なないろ日和!』の司会に就任。2017年からは同局の夕方の情報番組『よじごじDays』でもMCを担当している。フジテレビの『バイキング』には2014年4月から2022年3月まで木曜レギュラーとして出演し、テレビ東京の『出没!アド街ック天国』には1995年の放送開始当初からレギュラー出演を続ける。

2024年4月からはBS-TBSで『薬丸マネー塾〜人生後半お金に好かれる生き方〜』のMCも務めた。節約キャラでブレイクした人が、還暦を前にお金の番組を持つというのは、なかなかきれいな伏線回収である。

はなまるマーケット[編集]

番組の中身[編集]

『はなまるマーケット』は平日朝8時30分から放送された主婦向けの生活情報番組。当初は110分、2005年3月からは85分枠だった。名物コーナーは、ゲストがカフェ風セットでトークする「はなまるカフェ」。ゲストが持参するお気に入りの食べ物「おめざ」と、自ら撮った写真「はなまるアルバム」を紹介する形式で、「おめざ」は百貨店で「おめざフェア」が開かれるほどの社会現象になった。第1回のゲストは山田邦子だった。

料理企画が多い「とくまる」では、薬丸の「これ、美味しい!」というリアクションが他番組で取り上げられるほどの定番になっていた。オープニングの「はなまるマーケット、オープン!」のコールは岡江が考案したもので、最終回まで続いた。

終了の舞台裏[編集]

2013年11月6日の放送オープニングで、岡江と薬丸がそろって番組終了を発表した。末期の視聴率は2~3%台に低迷していたとされ、2010年に同じ時間帯に始まったNHK『あさイチ』(V6の井ノ原快彦らが司会)に押されていたと報じられた。ジャニーズの後輩が先輩の番組に「引導」を渡した、と書き立てたメディアもあった。

薬丸は週刊誌の取材で終了を知らされた際「50歳までやりたかった」と語ったという。一方で、岡江が母親の介護のために降板を希望した際、薬丸は「2人でやってきた番組」であり、岡江が辞めるなら続ける意味はないとスタッフに伝えた、という話も伝えられている。

2014年3月28日の最終回は名場面を振り返る特別版で、エンディングでは共演者とスタッフが見守る中、2人がレッドカーペットを歩いてゴールテープを切った。後番組は国分太一が総合司会の『いっぷく!』。

岡江久美子との関係[編集]

長年コンビを組んだ岡江とは、週刊誌などで不仲説が報じられたこともあったが、2人とも否定している。2020年4月23日、岡江は新型コロナウイルスによる肺炎で亡くなった。同年5月1日にはTBS『ぴったんこカン・カン』で、2人の「はなまる」な笑顔を振り返る特別篇が放送された。

シブがき隊のメンバーとの関係[編集]

本木雅弘[編集]

解隊後、3人が公の場で揃うことはほとんどない。それでも本木は『はなまるマーケット』にゲスト出演しており、本木が主演した『おくりびと』がアカデミー賞外国語映画賞を受賞した際には、薬丸が生中継でインタビューを担当した。

布川敏和[編集]

布川敏和(フックン)とは長く「犬猿の仲」と報じられてきたが、2008年に日本テレビ『オジサンズ11』で数年ぶりに共演した際、布川はブログで「ネタだった」と説明。収録前のトイレで約20年ぶりに並んで用を足した、と報告して話題になった。このとき布川は、5人目の子どもを授かった薬丸に「子供 5人目おめでとう〜」と祝福の言葉を贈っている。

2026年2月の関西ローカル番組では、布川が「仲が悪いわけではなく性格が合わない」と説明し、今の交流は誕生日にLINEでお祝いを送り合う程度だと明かした。「はなまる」以降に薬丸の印象が変わったことについて「ずるいな~」と冗談めかしつつ、本来は「オラオラ系」だったとも語っている。

デビュー記念日の発信[編集]

デビュー記念日の5月5日には、メンバーがそれぞれ発信することがある。2020年5月5日には、薬丸がブログに「39 Thank you.」と題してデビューから39年目を振り返り、コロナ禍の中で助け合って困難を乗り越えたいとつづった。同じ日、布川も「NAI・NAI 16」のジャケット写真とともにファンへの感謝を投稿している。

28年ぶりの生歌[編集]

2016年6月には、各局の「朝の顔」として国分太一・井ノ原快彦とコラボし、シブがき隊解隊後28年ぶりに生歌を披露して話題になった。同年8月にSMAPの年内解散が発表された際には、ジャニーズの先輩として「功績を称えたい」とコメントしている。

ハワイと二拠点生活[編集]

家族会議で決めたライフスタイル[編集]

2013年頃から、妻の石川秀美と末娘がハワイで暮らし、薬丸は日本で仕事を続けるというスタイルに切り替えた。2019年のハワイ情報サイトのインタビューでは、家族会議で話し合って決めた生活であり、当時で6年目になると語っている。当時、3人の息子はドイツ、ロサンゼルス、日本にそれぞれ分かれて暮らしていた。

家族はオンラインで頻繁にやりとりしており、時差のおかげで「誰かしらが常につながっている」状態だという。年に一度、ハワイに家族全員が集まるのが楽しみとも話している。

月2回のハワイ通い[編集]

当時のペースは月2回、週末に2泊でハワイへ。木曜の生放送を終えると成田空港でシャワーを浴びて気持ちを切り替え、行きの機内では寝て、帰りの機内では寝ずに夜まで起きて時差を解消する、という旅慣れたルーティンを明かしている。ハワイ滞在中は基本的に仕事をせず、妻とゴルフや外食、バーベキューを楽しむという。

石川はハワイでジュエリーデザインの仕事を始めており、ブランド「ALOHILANI」を手がける。薬丸は日本で妻の代わりに会議に出ることもあると語っている。

「別居」報道への反論[編集]

こうした生活が「国内外に一家離散状態」と報じられたこともあり、2018年4月19日のフジテレビ『直撃!シンソウ坂上』では別居報道をはっきり否定した。2026年現在もブログでは、ハワイの住まいで妻の手料理を楽しむ様子を頻繁に投稿しており、2026年夏の報道では「日本とハワイで2拠点生活を送る」と紹介されている。

家族[編集]

石川秀美との夫婦生活[編集]

結婚記念日の6月8日にはブログで夫婦ショットを公開するのが恒例。2024年の34回目の記念日には、寄り添う2ショットとともに「いつもありがとう」とつづった。2026年7月には結婚36年を迎えた夫婦で、新幹線で日帰り旅行に出かけて目当てのナポリタンを味わう様子も投稿している。

同年7月、石川が還暦を迎えたことを受けて、ブログで「夫婦で人生の第2章をスタートする」という趣旨の報告をし、三田寛子、松本伊代、早見優ら「花の82年組」の同期メンバーとの写真も公開した。

子どもたち[編集]

子どもは3男2女の5人。長男の薬丸翔は俳優、長女の薬丸玲美はタレントとして活動している。2021年1月には長男に第1子が誕生し、薬丸は54歳で祖父になった。2025年4月には池畑慎之介(ピーター)がブログで薬丸家の誕生日パーティーの様子を紹介し、ハワイ在住のつんく♂も参加していたと報じられた。

2026年5月の『徹子の部屋』(テレビ朝日)では、ハワイやヨーロッパなど世界各地で暮らす5人の子どもたちが2月の誕生日に極秘帰国し、総勢約50人のサプライズパーティーを開いてくれたと明かした。その後、家族全員での初めての旅行にも出かけたという。孫には「甘々のおじいちゃん」で、わが子が使っていたおもちゃを引っ張り出して一緒に遊んでいるとのこと。

最新動向[編集]

還暦イヤーの2026年[編集]

2026年2月19日に60歳の還暦を迎えた。千秋がInstagramで還暦パーティーの様子を公開し、豪華な顔ぶれが集まったことがニュースになっている。『徹子の部屋』では、10代の頃から知る黒柳徹子を前に、還暦を「第2のスタート」と位置づける思いを語った。

2026年10月時点でも『なないろ日和!』(香坂みゆきとMC)、『よじごじDays』の司会、『出没!アド街ック天国』のレギュラーを続けている。9月にはBS-TBSの人生相談番組『素晴らしい明日』に相談者として出演し、禁酒や睡眠、人間関係について相談した。

サウナと健康[編集]

2026年10月6日、都内の「シニアしごとEXPO 2026」でトークショーに登場。還暦について「迎えてしまったら単なる通過点」と語り、周囲には赤いちゃんちゃんこは絶対に着ないと宣言していたと明かした。若さの秘訣は1年365日のサウナで、テレビ局入り前の朝、収録後、空き時間にも入り、多い日は1日3~4回。サウナの前後にコップ1杯ずつ水を飲み、1日に約3リットル、夏場は約4リットル飲むという。

2024年5月からは再生医療クリニックのイメージキャラクターとしてテレビCMに出演し、「あきらめないで!」と呼びかけている。

ブログ・SNS[編集]

発信の中心はアメーバブログの公式ブログ「Rainbow Family」。2026年10月現在もほぼ毎日、多い日は1日に複数回更新しており、食事、妻との外出、ハワイの風景、機内食などの日常がつづられている。Instagramのアカウントも持つ。個人のYouTubeチャンネルについては、公式に開設したという報道は確認できない。

主な出演作[編集]

テレビ番組(司会・レギュラー)[編集]

  • 『出没!アド街ック天国』(テレビ東京、1995年~)
  • 『はなまるマーケット』(TBS、1996年~2014年)- 総合司会
  • 『象印クイズ ヒントでピント』(テレビ朝日、1990年~1994年)- レギュラー解答者
  • 『ぴったんこカン・カン』(TBS、2003年~2021年)- 準レギュラー
  • 『オジサンズ11』(日本テレビ)
  • 『生活情報マーケット なないろ日和!』(テレビ東京、2014年~)- 司会
  • 『バイキング』(フジテレビ、2014年~2022年)- 木曜レギュラー
  • 『トコトン掘り下げ隊!生き物にサンキュー!!』(TBS、2014年~2018年)
  • 『よじごじDays』(テレビ東京、2017年~)- MC
  • 『薬丸マネー塾〜人生後半お金に好かれる生き方〜』(BS-TBS、2024年~)- MC

テレビ番組(ゲスト)[編集]

  • 『TOKIOカケル』(フジテレビ、2020年)- 15年ぶりの出演で嵐の二宮和也に「クレーム」をつけて話題に
  • 『ダウンタウンDX』(読売テレビ・日本テレビ系、2023年)- 浜田雅功と「パパ友」で、大物芸能人もいた父兄会の思い出を明かした
  • 『徹子の部屋』(テレビ朝日、2026年)

ドラマ[編集]

  • 『2年B組仙八先生』(TBS、1981年~1982年)
  • 『トップスチュワーデス物語』
  • 『もう誰も愛さない』
  • 『外科医柊又三郎』
  • 『海まで5分』- 主演
  • 火曜サスペンス劇場「弁護士・朝日岳之助」シリーズ

映画[編集]

  • 『シブがき隊 ボーイズ&ガールズ』(監督:森田芳光)
  • 『ヘッドフォン・ララバイ』
  • 『若おかみは小学生!』(2018年、声の出演)

著書[編集]

  • 『パパははなまる主夫』(1998年、集英社)
  • 『(薬)式・幸福家族の処方箋』(2001年、小学館)
  • 『薬丸裕英の完食!!レシピbest 87』(2003年、ソニー・マガジンズ)

炎上とバズ[編集]

「一家離散」報道[編集]

2010年代後半、妻と子どもが海外で暮らし、本人は日本に残る生活スタイルが一部週刊誌で「一家離散」「別居」と報じられた。週末ごとのハワイ通いに対し「庶民感覚から離れた」という論調の記事が出たこともある。本人は2018年4月、フジテレビの番組で別居報道を否定している。

布川敏和との「不仲説」[編集]

シブがき隊解隊以来、元メンバーとの不仲説は繰り返し話題になってきた。2026年2月にも布川が関西ローカルの番組で薬丸について「性格が合わない」と語り、スポーツ紙で記事化された。ただし内容はあくまで笑い話寄りで、険悪というより「付かず離れず」の距離感と言える。

還暦パーティーと「お祝い回数」[編集]

2026年の還暦では、子どもたちの極秘帰国サプライズや芸能人仲間によるパーティーが次々と報じられ、『徹子の部屋』では何度も還暦を祝われたエピソードに黒柳徹子が驚きの声を上げた。人脈の広さがあらためて話題になった。

余談[編集]

  • グループ名「シブがき隊」は、雑誌公募で決まった「シブがきトリオ」の「トリオ」を事務所社長が「隊」に変えたものとされる。
  • 酒は普段家ではあまり飲まず晩酌もしない。外食やホームパーティーではハイボール一筋だが、飲むペースが速いと言われたことがあるそうだ。2026年には禁酒を続けていることも番組で語っている。
  • 『はなまるマーケット』の「おめざ」は番組終了後も「オールTBSおめざ感謝祭」に引き継がれた。
  • 両親の故郷である鹿児島県大崎町のふるさとPR大使を務めているとされる。
  • 布川と約20年ぶりに「連れション」したというエピソードは、2008年当時の芸能ニュースで大真面目に報じられた。
  • つんく♂夫妻とはハワイ在住つながりで交流があり、2023年には夫婦4人で会ったことがつんく♂のブログで紹介された。

外部リンク[編集]

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