| KCIA 南山の部長たち 남산의 부장들 / The Man Standing Next | |
|---|---|
![]() 主演のイ・ビョンホン(2019年11月、映画『白頭山』製作報告会にて。撮影:PARKJAEHWAN、出典:Wikimedia Commons、CC BY-SA 4.0) | |
| 監督 | ウ・ミンホ |
| 製作 | キム・ウォングク |
| 脚本 | ウ・ミンホ、イ・ジミン |
| 原作 | 金忠植『実録KCIA―南山と呼ばれた男たち』(原題『남산의 부장들』) |
| 出演 |
イ・ビョンホン イ・ソンミン クァク・ドウォン イ・ヒジュン キム・ソジン |
| 撮影 | コ・ナクソン |
| 音楽 | チョ・ヨンウク |
| ジャンル | 歴史・政治サスペンス/ノワール |
| 撮影期間 | 2018年10月 - 2019年2月 |
| 制作会社 | ハイブメディアコープ |
| 配給 |
ショーボックス(韓国) クロックワークス(日本) |
| 劇場公開 |
2020年1月22日(韓国) 2021年1月22日(日本) |
| 上映時間 | 114分 |
| 製作費 | 約208億ウォン |
| 興行収入 | 韓国観客動員 約475万人/全世界 約3,470万ドル |
| 言語 | 韓国語ほか |
| レイティング | 15歳以上観覧可(韓国)/PG12(日本) |
概要[編集]
KCIA 南山の部長たち(ケーシーアイエー ナムサンのぶちょうたち、原題:남산의 부장들、英題:The Man Standing Next)とは、1979年の朴正煕大統領暗殺事件(10・26事件)に至る40日間を描いた、ウ・ミンホ監督・イ・ビョンホン主演の2020年の韓国映画である。
詳細[編集]
どんな映画?[編集]
ざっくり言うと「韓国現代史最大のミステリーを、ガチのノワール映画として撮った作品」。1979年10月26日、韓国のパク・チョンヒ(朴正煕)大統領が、側近中の側近だったKCIA(韓国中央情報部)部長キム・ジェギュ(金載圭)に宴席で射殺された。なぜナンバー2が自分のボスを撃ったのか? 映画はその答えを断定せず、事件前の40日間に積み重なった嫉妬、焦り、裏切り、忠誠心のひび割れを、ひとつずつ積み上げていく。
登場人物は実名ではなく、キム・ギュピョン(金載圭がモデル)、パク大統領(朴正煕)、パク・ヨンガク(元KCIA部長の金炯旭)、クァク・サンチョン(大統領警護室長の車智澈)といった具合に名前を少しずらしている。史実をベースにした「ファクション(ファクト+フィクション)」であることをはっきり打ち出した作りだ。
原作はベストセラーのノンフィクション[編集]
原作は、ジャーナリストのキム・チュンシク(金忠植)が1990年から東亜日報で連載したルポルタージュ『南山の部長たち』。朴正煕政権下で歴代KCIA部長を務めた男たちの実像を追った作品で、日本では1994年に講談社から『実録KCIA―南山と呼ばれた男たち』として刊行されている。原作には10人の部長が登場するが、映画はそのうち金載圭、金炯旭、そして警護室長の車智澈の3人に焦点を絞った。
「南山(ナムサン)」とはソウル中心部の山の名前で、KCIAの庁舎がここにあったことから、KCIAそのものの代名詞になった。「南山に連れていかれる」と聞くだけで人々が震え上がったと言われるほど、恐怖の象徴だった場所である。
監督はウ・ミンホ[編集]
監督のウ・ミンホは、政財界とマスコミの癒着を描いた『インサイダーズ/内部者たち』(2015年)、1970年代の麻薬密売を描いた『麻薬王』(2018年)で知られる、権力の裏側を描かせたら右に出る者がいない系の監督。本作の後には、伊藤博文暗殺事件を描いた『ハルビン』(2024年)を撮っている(主演はヒョンビン)。
脚本はウ・ミンホと脚本家イ・ジミンの共同。イ・ジミンは大学院時代に東亜日報の連載を読んで着想を得ていたといい、監督が「ノワール映画を撮りたがっていた」ことから、権力者たちの「感情の溝を追う物語」として組み立てたと語っている。ウ・ミンホ監督本人も製作報告会で、原作の「冷徹で鋭い文体」に惹かれたと話し、政治色を避けて人物の心理描写を通じて事件を客観的に描こうとしたと説明した。
あらすじ[編集]
1979年10月26日、韓国の大統領が中央情報部(KCIA)部長キム・ギュピョンに射殺される。物語はその40日前にさかのぼる。
アメリカに亡命した元KCIA部長パク・ヨンガクが、米議会の聴聞会で韓国大統領の腐敗と不正を告発。政権を揺るがすこの事態の収拾を命じられたキム部長は渡米し、かつての盟友でもあったパク・ヨンガクと接触する。パクは大統領の秘密資金を管理する人物「イアーゴ」の存在をほのめかし、暴露本の出版をちらつかせる。
一方ソウルでは、大統領の寵愛を受ける警護室長クァク・サンチョンが強硬路線で存在感を増し、キム部長との権力争いが激しくなっていく。アメリカ側の盗聴をめぐる疑惑、パリでのパク・ヨンガクの「始末」、そして釜山・馬山で燃え上がる民主化デモ。強硬なデモ鎮圧を主張するクァクと、それに傾いていく大統領を前に、追い詰められたキム部長はついにある決断を下す。
登場人物とキャスト[編集]
キム・ギュピョン(演:イ・ビョンホン)[編集]
KCIA部長。モデルは第8代KCIA部長の金載圭(キム・ジェギュ)。大統領とは軍時代からの古い付き合いで、権力のナンバー2として君臨するが、警護室長クァクの台頭によって居場所を失っていく。演じたイ・ビョンホンは製作報告会で、実在人物を演じることは「架空のキャラクターよりはるかに難しい」と語り、歴史の歪曲にならないよう「感情を拡大も縮小もしないよう注意した」と明かしている。クローズアップの多い映画だったことについても「負担だったが、感情を完全に保てば観客に伝わると信じた」と述べた。
パク大統領(演:イ・ソンミン)[編集]
モデルは朴正煕(パク・チョンヒ)。1961年のクーデターから18年にわたって権力の座にある独裁者として描かれる。演じたイ・ソンミンは、衣装のために当時の大統領の服を実際に仕立てた人物を探し出したというこだわりぶり。韓国のレビューでは、本人と見まがうほどの再現度が話題になった。部下を手のひらで転がす台詞「임자 옆에는 내가 있잖아. 임자 하고 싶은 대로 해(おまえのそばには俺がいるじゃないか。おまえのやりたいようにやれ)」は、本作を代表する名台詞として知られる。
パク・ヨンガク(演:クァク・ドウォン)[編集]
元KCIA部長。モデルは1960年代に長くKCIA部長を務めた金炯旭(キム・ヒョンウク)。アメリカに亡命し、古巣の政権の内幕を議会で暴露する。クァク・ドウォンは、実在かつ謎の多い人物だったため「表現が難しく、共演者に頼った」と振り返り、フランスでのロケ撮影では「時間の制約が最大の課題だった」と語っている。
クァク・サンチョン(演:イ・ヒジュン)[編集]
大統領警護室長。モデルは車智澈(チャ・ジチョル)。大統領の威光をバックに強硬論をぶち上げる、作中屈指のヘイトを集める役どころだ。イ・ヒジュンはこの役のために体重を25kg増やし、約100kgに。監督からは「太る必要はない」と言われていたが、脚本を読んで体を大きくしたほうがいいと判断したという。「あんなに罪悪感なく食べたのは初めて」と笑わせつつ、食事の合間にピーナッツバターを塗ったトーストを食べて増量したと明かしている。実在人物を演じる重圧から、アドリブは一切入れないと決めていたそうだ。
その他の主要人物[編集]
- デボラ・シム(演:キム・ソジン):ワシントンで活動するロビイスト。
- チョン・ドゥヒョク(演:ソ・ヒョヌ):国軍保安司令官。モデルは全斗煥(チョン・ドゥファン)で、事件後の権力の行方を暗示する存在として登場する。
制作[編集]
撮影[編集]
撮影は2018年10月から2019年2月にかけて行われた。物語の舞台はソウルにとどまらず、ワシントンやパリにも広がり、海外ロケも敢行している。総製作費は約208億ウォンで、損益分岐点は観客500万人とされた。
美術と音楽[編集]
1970年代末のソウルの空気を再現するため、衣装やセットにも徹底的にこだわった。第56回百想芸術大賞では、メイク・ヘアを担当したキム・ソヒが技術賞を受賞している。音楽はチョ・ヨンウク、撮影はコ・ナクソン、編集はチョン・ジウンが担当した。
史実との距離感[編集]
本作はあくまで「事実をもとにしたフィクション」というスタンス。韓国の映画評では、登場人物の名前が改変されていることや、多くのフィクション要素が含まれることが指摘されつつ、歴史に詳しくなくてもスパイ映画として楽しめる作りだと評された。エンドロール前には事件をめぐる立場の異なる声が提示され、判断は観客に委ねられる構成になっている。
イ・ビョンホンはインタビューで「作家や監督の思想が規定されるような映画なら参加しなかっただろう」と語り、歴史ミステリーとして描かれることが重要だったと強調した。原作者の金忠植も、映画を「ドキュメンタリーや事実調査を超え、想像を通じて真相に迫ろうとする試み」と評価している。
史実:10・26事件とは[編集]
KCIAという組織[編集]
韓国中央情報部(KCIA)は、1961年の5・16軍事クーデターの後に創設された大統領直属の情報機関。国内外の諜報活動に加えて、反政府運動の取り締まりも担い、拷問を伴う取り調べで恐れられた。歴代部長は大統領の側近として絶大な権力を握り、「南山の部長」は事実上のナンバー2を意味した。
事件当日[編集]
1979年10月26日夜、ソウル・宮井洞(クンジョンドン)にあったKCIAの安家(隠れ家的な宴会場)で開かれた夕食会の席で、金載圭部長が朴正煕大統領と車智澈警護室長を拳銃で撃ち、2人は死亡した。事件の直前には、釜山と馬山で大規模な反政府デモ(釜馬民主抗争)が起きており、その鎮圧方針をめぐって政権内の対立が深まっていた。
事件後、金載圭は南山のKCIA本部ではなく陸軍本部に向かい、そこで拘束される。映画もこの「南山か、陸本か」の分岐をラストの重要な場面として描いている。金載圭は軍法会議を経て1980年に死刑が執行された。
映画と史実の違い[編集]
史実を検証している日本のブログなどでは、映画と事実の細かな違いも指摘されている。たとえば、銃撃の際に部長が叫ぶ有名な台詞について、宴席に同席していた2人の女性は一貫してそうした発言を否定しているとされる。また劇中では宴席で歌が披露される場面があるが、実際の事件当日とは歌われた曲が異なるとも指摘されている。
公開と興行[編集]
韓国[編集]
2020年1月22日、旧正月(ソルラル)連休に合わせて1,659スクリーンで公開。同時期にはクォン・サンウ主演の『ヒットマン』、イ・ソンミン主演の動物コメディ『ミスター・ズー:消えたVIP』も公開され、マスコミ評価が最も高い作品として本作が抜け出した。連休中に263万人を動員し、公開11日目で400万人を突破。これは723万人を動員した『1987、ある闘いの真実』や497万人の『工作 黒金星と呼ばれた男』(いずれも12日目)より速いペースだった。ボックスオフィスでは14日連続で首位をキープしている。
ところが2月以降、新型コロナウイルスの感染拡大で映画館の客足が激減。最終的な観客動員は約475万人、損益分岐点の500万人にあと一歩届かなかった。それでも興行収入は2020年の韓国映画で年間1位となり、全世界興収は約3,470万ドルに達した。
日本[編集]
日本では『KCIA 南山の部長たち』の邦題で、クロックワークスの配給により2021年1月22日にシネマート新宿ほかで公開された(PG12)。ポスターのキャッチコピーは「男はその日なぜ 大統領を暗殺したのか。」。全国30館程度の公開規模ながら、ミニシアターランキングで初登場1位、Filmarksの初日満足度ランキングでも1位を記録した。
アメリカ・国際展開[編集]
アメリカでは韓国公開直後の2020年1月24日に公開。第93回アカデミー賞国際長編映画賞の韓国代表作に選ばれたが、ノミネートには至らなかった。前年にソン・ガンホ主演の『パラサイト 半地下の家族』が同部門を含む4冠を達成した直後だったため、その「次」として注目を集めた作品でもある。
評価と受賞[編集]
批評[編集]
Rotten Tomatoesでは批評家支持率80%前後を記録。アメリカの『ヒューストン・クロニクル』は「韓国映画には『パラサイト』以外にもまだまだあることの証明」と称賛した。一方、英『ガーディアン』は「国内の観客向けという印象が強い」として5点満点中3点と評価している。
日本のシネマトゥデイでは、権力の腐敗を描いた「韓国ノワール」として、『ゴッドファーザー』の影響を感じさせる語り口や、狂っていく独裁者を前に葛藤する主人公を演じたイ・ビョンホンのストイックな存在感が高く評価された。タレントのハリー杉山も、おすすめ韓国映画の一本として本作を挙げ、「見事なテンポ感に心を奪われました」とコメントしている。
主な受賞[編集]
- 第56回百想芸術大賞:映画部門 男性最優秀演技賞(イ・ビョンホン)、技術賞(キム・ソヒ/メイク・ヘア)
- 第41回青龍映画賞:最優秀作品賞(全10部門ノミネート)
- 第25回春史映画祭:主演男優賞(イ・ビョンホン)、助演男優賞(イ・ソンミン)
- 第29回釜日映画賞:主演男優賞(イ・ビョンホン)、助演男優賞(イ・ヒジュン)
- 第40回韓国映画評論家協会賞:最優秀作品賞、主演男優賞(イ・ビョンホン)
- 第14回アジア・フィルム・アワード:主演男優賞(イ・ビョンホン)
- 第7回韓国映画製作家協会賞:監督賞(ウ・ミンホ)
- シネ21映画賞:脚本賞(ウ・ミンホ、イ・ジミン)
韓国社会での反響[編集]
朴正煕という人物は、高度経済成長を実現した指導者として評価する声と、人権を蹂躙した独裁者として批判する声が今も真っ二つに分かれる存在だ。そのため本作の公開時には、若い世代の反応が「想像以上に良い」一方で、朴正煕を支持する保守層の一部からは激しい批判の声も上がったと報じられている。
イ・ビョンホンは政治的なテーマの作品に出演したことについて「政治的野心はない。登場人物の感情線が興味深ければ作品を選ぶだけ」と語り、あくまで人間ドラマとして演じたことを強調した。
なお10・26事件はその後も韓国映画の題材となり続けている。事件直後の粛軍クーデターを描いた『ソウルの春』(2023年、ファン・ジョンミン主演)や、10・26事件の裁判を描いた『大統領暗殺裁判 16日間の真実』(2024年、イ・ソンギュン・チョ・ジョンソク出演)と合わせて観ると、1979年から80年にかけての激動がつながって見えてくる。
余談[編集]
- 韓国公開日には、パク大統領役のイ・ソンミンがまったく毛色の違う主演作『ミスター・ズー:消えたVIP』も同時に公開していた。イ・ソンミン本人は「全く異なるキャラクターを演じることができて、役者として非常に意味のある体験だった」と語っている。
- 公開11日目に400万人を突破した際には、ウ・ミンホ監督とイ・ビョンホン、イ・ソンミン、クァク・ドウォン、イ・ヒジュンの5人が手書きの感謝メッセージを掲げた認証写真が公開された。クァク・ドウォンは「今年も健康で過ごしてください」、イ・ヒジュンは「風邪にお気をつけください」と添えている。
- 公開当時、イ・ビョンホンはアカデミー会員として初めて投票権を行使する予定だと明かし、『パラサイト』について「この作品がアカデミー賞を突破すれば、その後の韓国映画の進出がさらに容易になる」とエールを送っていた。
- イ・ビョンホンは本作の直前に、パニック大作『白頭山(ペクトゥサン)大噴火』(2019年12月公開)にも主演しており、ひと冬で大作2本が立て続けに公開された。その後は『イカゲーム』のフロントマン役で世界的な注目を集めている。
- 興行面での期待について聞かれたイ・ビョンホンは「私の出演作品で損害を受ける人がいないことを願うだけ」と控えめなコメントを残している。
