渡辺淳之介
Junnosuke Watanabe
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2024年、ロンドン渡航について語った際の渡辺淳之介(出典:Real Sound)
本名 渡辺淳之介
誕生日 1984年10月23日
年齢 41歳
出身地 東京都八王子市
国籍 日本
学歴 桐朋中学校卒業、桐朋高等学校中退、大学入学資格検定合格、早稲田大学政治経済学部経済学科卒業、ロンドン大学ゴールドスミス・カレッジ大学院(Creative & Cultural Entrepreneurship)修了
職業 音楽プロデューサー、実業家、作詞家、ファッションデザイナー
肩書 株式会社WACK 代表取締役(2014年〜2024年、2026年〜)
活動期間 2009年頃 -
代表的な実績 BiS、BiSHのプロデュース、WACK設立、WACK合同オーディション(合宿オーディション)
事務所 WACK
関連活動 BiS、BiSH、GANG PARADE、EMPiRE、ExWHYZ、ASP、BiTE A SHOCK、KiSS KiSS、NEGLECT ADULT PATiENTS
別名 JxSxK(作詞クレジット)
あだ名 ジュンジュン
その他 著書(自伝)『渡辺淳之介 アイドルをクリエイトする』(2016年、河出書房新社)
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概要[編集]

渡辺淳之介(わたなべ じゅんのすけ)とは、日本の音楽プロデューサー・実業家で、BiSHやBiSを世に送り出した芸能事務所「WACK」の創業者・代表取締役である。全裸PVや合宿オーディションなど、アイドル業界の常識を外した企画で知られる「仕掛け人」。2024年にいったん全役職を退いて英国に留学し、2026年に代表へ復帰した。

詳細[編集]

どんな人?[編集]

1984年生まれ、東京都出身。作詞クレジットでは「JxSxK」名義を使い、松隈ケンタとの共作で数多くの楽曲の歌詞を書いてきた。肩書は音楽プロデューサーだが、本人は自らを音楽の「なんでも屋」と称し、プロデュースからマネジメント、宣伝、物販、経理まで一人で抱えていた時期が長い。

もともとはフジロックに通い詰めるロック少年で、アイドルにはほぼ興味がなかったと語っている。レコード会社でバンドを発掘したいと考えていたが大手には入れず、予算の乏しいインディーズで「当時の地下アイドルブーム」に目を付けたのがアイドル仕事の始まりだった。

芸風:パンクの手法をアイドルに[編集]

渡辺のプロデュースの根っこにあるのは、セックス・ピストルズやバンクシーのように「スキャンダルや話題性を武器にする」海外ロック的なやり方である。全裸PV、車中泊ツアー、「IDOL」とだけ印刷したTシャツ、CDを店頭に勝手に置いていく「万置き」など、予算がない時代から「人の目を引いて話題にしたくなる」企画を連発してきた。

一方で本人は、プロモーションの多くは海外の手法の組み替えであり、狙い通りにいかないことも多いと認めている。かつてTwitterには「常に新しいことをしたいと思いながら人のモノマネばかりしている」と書いたことがあるとされ、自虐を交えた語り口も持ち味である。

「ありのまま」のプロデュース[編集]

「プロデュース型」と言われがちだが、メンバーの髪型やメイクは基本的に自由にさせているという。SNSに上げる写真も加工アプリは使わないよう指示しており、理由は「実物に会ってがっかりされるより、会ったときに『かわいい』と思われた方がいい」から。

メンバー選びで最も重視するのは性格の良さで、グループ加入後は年齢非公開を前提に敬語や先輩後輩の関係をなくすよう伝えていた。メンバーには「僕たちは友達じゃなくてビジネスパートナーだから」とも語っていたという。

名付け親としての顔[編集]

「アイナ・ジ・エンド」「アユニ・D」「セントチヒロ・チッチ」など、WACK所属メンバーの独特な芸名の多くは渡辺の命名である。2021年にAKB48の柏木由紀がWACKの企画に参加した際には、名字の「柏」から柏レイソルを連想して「ユキ・レイソレ」と名付け、話題になった。

経歴[編集]

生い立ち・学生時代[編集]

1984年10月23日、東京都八王子市に生まれる。私立の桐朋中学校に進学したが、中学2年頃から不登校になり、桐朋高校を2年で中退した。その後、大学入学資格検定(大検)に合格し、早稲田大学政治経済学部に入学、経済学科を卒業した。

本人は不登校で「音楽だけが好きだった」自身の経験について、WACKの過激な企画の背景には「『こんなやつがいてもいいんだ』と思ってほしい」という思いがあると語っている。大学時代には、のちにBiSHのサウンドプロデューサーとなる松隈ケンタと一緒に働いており、「松隈さんの音楽を広めたい」という思いもアイドル仕事の原動力になった。

つばさレコーズ時代とBiS[編集]

大学卒業後、デートピアを経て、インディーズレーベルのつばさプラス(現・つばさレコーズ)に入社。A&Rとして、ソロ歌手として活動していたプー・ルイを担当した。2010年、プー・ルイがソロ活動を休止してアイドルグループを結成することになり、渡辺はそのマネージャーとなる。これが「新生アイドル研究会」ことBiSである。

BiSは2011年3月にアルバム『Brand-new idol Society』でCDデビュー。同年7月に公開した1stシングル「My Ixxx」のPVでは、メンバーが森の中で服を脱ぎ全裸(に見える姿)で歌い、公開3日で9万回以上再生されるなど大きな話題と賛否を呼んだ。2012年にはavex traxからシングル「PPCC」でメジャーデビューし、過激なプロモーションと激しいメンバー変遷で「アイドル戦国時代」の異端児として注目を集めた。

2014年7月8日、BiSは横浜アリーナでの解散ライブをもって活動を終了。渡辺はこれを機につばさレコーズを退社した。並行してバンド「this is not a business」のA&Rも務めていた。

WACK設立[編集]

BiS解散直後の2014年8月3日、株式会社WACKを設立し代表取締役に就任。初期の所属はBiS元メンバーのカミヤサキによる「プラニメ」(のちのGANG PARADE)や、this is not a businessだった。NIGOとの共同プロデュースによる「BILLIE IDLE」も手がけ、2015年7月には自らthis is not a businessのボーカルを務めたこともある(同バンドは2015年末に解散)。

2015年には「BiSをもう一度始める」というコンセプトでBiSH(Brand-new idol SHiT)を結成。2016年9月にはBiS自体も新メンバーで再始動させた。2016年4月には、音楽ライターの宗像明将が長時間取材と関係者インタビューで渡辺の半生をまとめた自伝『渡辺淳之介 アイドルをクリエイトする』が河出書房新社から刊行されている。

WACK帝国の拡大[編集]

2017年にはエイベックスとの共同プロジェクト「Project aW」としてEMPiREを始動。2018年にはアパレルブランド「NEGLECT ADULT PATiENTS」を立ち上げ、同年2月24日に渋谷・道玄坂に実店舗「MULTiPLE MANiACS」をオープンした。

以降もWAgg、CARRY LOOSE、豆柴の大群(安田大サーカスのクロちゃんがプロデュース)、GO TO THE BEDS、PARADISES、ASPなどのグループを次々と送り出す。BiSHはアメトーーク!での特集をきっかけに一気にブレイクし、ホールツアーは全公演ソールドアウト。最終的に東京ドーム公演にまで到達し、WACKは「楽器を持たないパンクバンド」を看板に掲げる一大勢力となった。

2021年には柏木由紀がWACK全7グループの新曲に参加する企画を実施し、同年末の総選挙企画「VOTE!! WACK SELECT 7」の上位7人と柏木による8人組「SPY」も結成された。また同年、大森靖子と互いのグループをプロデュースし合う「プロデューサー交換」を行い、渡辺がZOCを、大森がBiSを担当した。

2022年10月21日には、株式会社ジャパンミュージックシステム(JMS)と合同マネジメント会社「JACK」を設立。同年にはWACK初の男性グループ「BOYSGROUP」を立ち上げ、男女の活動拠点を分けるため大阪支社を作る「WEST構想」も打ち出した。

BiSH解散と「最も苦しい1年」[編集]

2023年6月29日、BiSHが東京ドーム公演「Bye-Bye Show for Never」で解散。後継グループを探すオーディション番組『BiSH THE NEXT』(日本テレビ)では渡辺が総合プロデューサーを務め、日本語が話せれば国籍不問という条件に3,000人以上が応募。ここからBiTE A SHOCKが誕生した。

ただしBiSHは会社の売上の半分以上を占めていたとされ、解散後は複数のメンバーやスタッフがWACKを離れた。渡辺は後に、BiSH解散後の1年間を「会社を立ち上げてから最も苦しい時期だった」と振り返っている。

代表退任とロンドン留学[編集]

2023年秋、渡辺はイギリス・ロンドンへ移住(現地にフラットを購入したのは同年10月、引っ越しは11月と語っている)。語学学校で1日8時間英語を学んだという。12月に大学院進学を決意し、2024年3月にロンドン大学ゴールドスミス・カレッジの「Creative & Cultural Entrepreneurship」(クリエイティブとカルチャーの観点から起業家精神を研究する学科)に合格した。

英国の学生ビザは経営者には発給されないため、2024年7月末をもってWACK、JACKなど取締役を務めていた4社の全役職を退任(WACKの公式な退任日は8月1日)。大学院の推薦状は、通常は教授が書くところをavexの社長に依頼したというエピソードも明かしている。退任後もWACKのオーナーとして所属グループには関わり続けた。

代表復帰と「第1章」の終わり[編集]

2026年1月に大学院を修了。同年2月14日、宮城県女川町で行われたイベント「ONAGAWACKよ永遠に。」で流れた音声メッセージで、「WACK代表取締役にしれっと戻りました。渡辺淳之介です」と代表への復帰を明かした。

手がけた主なグループ・アーティスト[編集]

グループ名 活動期間 概要
BiS 2010–2014、2016–2025 渡辺の原点。全裸PVなど過激な企画で名を馳せた。2025年1月12日に日比谷野音で解散
BiSH 2015–2023 「楽器を持たないパンクバンド」。東京ドームで解散
GANG PARADE 2014–2026 前身はプラニメ。「みんなの遊び場」がコンセプト。2026年10月29日のZepp Haneda公演が解散前ラストワンマン
EMPiRE → ExWHYZ 2017–2026 avexとの共同プロジェクト。2022年に改名し、2026年8月31日に解散
ASP 2021–2026 合宿オーディション最終日に覆面で登場。デビューアルバム名で物議
BiTE A SHOCK 2023–2026 『BiSH THE NEXT』から誕生。2026年3月8日に解散
KiSS KiSS 2023–2026 GANG PARADEのメンバーによる派生グループ
豆柴の大群 2019– クロちゃんプロデュース。タワーレコードとの共同プロジェクト。2026年以降も継続
その他 – this is not a business、BILLIE IDLE、WAgg、CARRY LOOSE、GO TO THE BEDS、PARADISES、PEDRO、BOYSGROUP、CENT、都内某所、SPY、柏木由紀(ソロ)など

このほか、プロデューサー交換企画でZOCを手がけたほか、monogatariなどへの楽曲提供も行っている。

合宿オーディション[編集]

WACKの名物企画[編集]

WACKの代名詞といえるのが、候補生を数日間合宿させて審査する「WACK合同オーディション」である。2016年のBiS再始動時の2泊3日から始まり、2017年は5泊6日、2018年以降は長崎県の壱岐島を舞台に7泊8日へと拡大した。ニコニコ生放送で全編中継され、早朝のマラソンや無茶振り課題、脱落者の発表がリアルタイムで流れるサバイバル番組として、アイドルファン以外にも見られる名物企画となった。

所属グループの現役メンバーも「再審査」として参加させられることがあり、合宿で脱落した現役メンバーがそのまま脱退する例もあった。渡辺による突発的な課題や脱落宣告はファンの間で「ジュンジュン時限爆弾」などと呼ばれている。2022年には男性向けの合宿も実施され、BOYSGROUP結成につながった。

最後の合宿(2026年)と合格者ゼロ[編集]

2026年3月22日から28日まで、6泊7日で行われた「WACK合同オーディション2026」は、渡辺自ら「WACKとして最後の合宿になる可能性が高い」と位置づけたもの。書類と2次審査を通過した21人に加え、ASPのナ前ナ以ら現役メンバーも参加した。2日目には一夜で9人が脱落するなど過酷な展開となった。

最終日の3月28日、渡辺は「残念ながら合格者はいませんでした」と発表。候補生に「具体的な目標を考えてほしい。自分たちが頑張れる理由を考えてほしい」と講評し、自身も合宿の最初の3日間は具体的な目標を持てていなかったと反省を語った。配信の最後には「僕の第1章WACKの合宿人生はこれにて終了とさせていただきたいと思います」「もうお前ら戻ってくるなよ。バイバイ」と締めくくった。ただし今後この形の合宿をやるかについては「やらないとも言わない」と含みを残している。

カンパニー松尾との仕事[編集]

BiSキャノンボール2014[編集]

渡辺の企画で特に伝説化しているのが、カンパニー松尾率いるハマジムと組んだ『BiSキャノンボール2014』である。テレクラキャノンボールの流れをくむ作品で、2014年7月8日のBiS横浜アリーナ解散ライブ前後のメンバーを、カンパニー松尾をはじめとする6人のAV監督が密着取材した。

メンバーには「普通のドキュメンタリー」と偽って撮影を進め、宿泊先のホテルにまで監督が潜入するという手法が話題に。2014年9月2日にスペースシャワーTVで60分版が放送されて大きな反響を呼び、2015年2月7日からは劇場版がテアトル新宿で2週間限定上映された。

その後のドキュメンタリー路線[編集]

2016年にはBiSHを題材にした『BiSHキャノンボール』も公開。2017年2月には、再始動したBiSのオーディションと、その落選者で結成された“公式ライバル”SiSを追った『劇場版 BiS誕生の詩』『WHO KiLLED IDOL? SiS消滅の詩』(監督:エリザベス宮地)が公開された。SiSはお披露目直後に結成責任者側の「重大な背信行為」があったとして活動休止となり、その経緯自体が作品の題材になっている。

炎上とバズ[編集]

過激なプロモーション[編集]

BiSの全裸PV「My Ixxx」(2011年)は、ぼかし入りながら全裸に見える映像で、「思わず笑った」「裸を美とする表現」と評価する声がある一方、「変態」「脱ぐ必要があるのか」との批判もあり、賛否が分かれた。ASPのデビューアルバム(2021年)のタイトル『ANAL SEX PENiS』も、そのストレートさが話題になった。渡辺自身は全裸PVについて、話題にはなったものの狙い通りではなかったと振り返っている。

「先に謝罪キャンペーン」[編集]

2018年に渋谷で行った広告企画では、世間が不倫などに過剰に反応する風潮を逆手に取り、メンバーが「もし謝ることになるとしたら」をテーマに書いた謝罪文を先に掲出・配布した。渡辺は「僕たちも人間なので、間違うことあるよと」と動機を説明し、この企画は広告賞も受けた。翌年には渋谷駅ハチ公口で「〇〇〇と言える世の中を。」を掲げた「愛と勇気と100万円キャンペーン」を展開している。

不倫報道(2021年)[編集]

2021年10月28日、文春オンラインがZOCのメンバー・巫まろとの不倫を報道。同日、渡辺と巫まろはそれぞれSNSで事実を認めて謝罪した。渡辺は、ファンやWACKを支援する関係者の思いを裏切ったと詫び、妻とは以前から別居して離婚協議中だったと説明したうえで、「到底許されない」ことだと認めた。

「敗北宣言」(2025年)[編集]

2025年11月30日、音楽ナタリーで渡辺が自ら執筆した文章「渡辺淳之介の敗北宣言」が公開された。「俺は、今のWACKのままでは世界へ連れていけなかった」「これは俺の現時点での敗北宣言だ」と綴り、WACKの「第1章」を2026年内で閉じると宣言。続くインタビューで、豆柴の大群を除くGANG PARADE、KiSS KiSS、ASP、BiTE A SHOCKの2026年内解散を明らかにし、「全部僕の戦略負け、僕の怠慢です」と語った。人気グループを一斉に終わらせるこの決断は、ファンに大きな衝撃を与えた。

2020年代の動向[編集]

海外展開「WACK in the U.K.」[編集]

2023年からはロンドンでライブイベント「WACK in the U.K.」を定期開催。2024年3月のVol.2はファンクラブツアーなしで全編英語で宣伝し、現地客を多く集めた。2025年3月26日にはカムデンのThe UnderworldでVol.5(GANG PARADE、ASP、KiSS KiSS出演)を開催し、同年6月には初の2DAYS公演も行われた。渡辺は「My dream is to introduce our music to the UK!!」と英語で発信している。

2025年1月6日には、日本の地下アイドルシーンを英語で紹介するWebメディア「DiG YOUR OWN IDOLS」を開設し、名誉編集長に就任。自動翻訳や辞書を使わずに書いたという英語コラムも掲載した。

「世界一」を目指すオーディション[編集]

2025年3月、自身のXで、WACKと共同の新アイドルグループプロジェクトのオーディションを発表。目標は「日本一や武道館・東京ドームではなく、世界一」とし、英語の習得や世界に通用するパフォーマンスを求め、準備期間は1年以上を想定するとした。

2025年12月のインタビューでは、現役メンバーから選ばれた6人が既存グループとは別軸でダンス・歌・英語の訓練を受けていること、秘密裏のオーディションを通過した研修生8人がいることを明かしている。

第2章へ[編集]

2026年2月の代表復帰後、3月の「最後の合宿」は合格者ゼロに終わった。同年5月12日には「WACK New Project Audition」を発表し、「一緒に世界をアッと言わせるものつくりませんか?」と呼びかけた(応募締切は6月15日)。BiTE A SHOCKは3月8日、ASPは5月4日に解散し、2026年10月時点ではGANG PARADEが10月29日の解散前ラストワンマン「LAST SAY HELLO!!」をZepp Hanedaで控えている。GANG PARADEの最後のシングル「KIMI☆NO☆OKAGE」(2025年12月)は渡辺が作詞を手がけ、「僕は遊び人がキモくて大好きだったみたいです」とコメントした。

インタビューでの発言[編集]

  • BiSHを作った理由:BiSの数千人規模の内輪ノリについて「それを10万人、100万人規模まで広げたらどうなるんだろうなと考えて作ったのがBiSHなんです」。
  • 「オーケストラ」制作時:普遍的なロックを目指し、「僕のイメージはもう完全に『BUMP OF CHICKENだ!』ってなって」。曲名は松隈ケンタの仮歌の空耳から生まれたという。
  • ライブの鉄則:サビでは必ず手を挙げる、最前列ばかり見ずに後方の客とも目を合わせる――「サビは絶対に手を挙げよう」。
  • 地下アイドルに目を付けた理由:「チェキを撮ったらCD3枚とか買ってくれるし、握手会とかやったらCD積めるんですよ!」(インディーズ時代を振り返って)。
  • 男性グループ参入時(2022年):目指すのは「パンピーの頂点」。「搾り取りすぎるとその次につながっていかないし」とも語った。
  • ロンドン移住後(2024年):「実質的な経営業務に興味がなくなっちゃったんですよね」「視点は世界に向かないといけないなと思いますね」。
  • 留学の動機:ロンドンの学生寮で若者と交流し、「若い子たちの感性がまったくわからない」と危機感を抱いたこと。
  • 第1章終了時(2025年):「WACKはただのジャンプ台なんです」「僕は変化することがWACKだと思っているし、僕の興味はどんどん移行していく」「WACKに残りたいんじゃなくて、WACKを使って自分の夢をつかみたい子だけ来てほしい」。

X等での発信[編集]

X(旧Twitter)のアカウントは「@JxSxK」。重大発表を自らのポストで行うことが多く、2021年の不倫報道の謝罪、2025年3月の「世界一」オーディション告知などはいずれもXが起点となった。2024年の代表退任の際も「多分近々個人的に直接みんなに話したいことがあるんだけど」と予告ポストを出し、それを見た音楽ナタリー編集部が即座に取材を申し込んで独白コラムが実現した。

ロンドン移住後は現地のライブを「スタッフではなくファンとして」観る日々や、憩室炎で現地の病院に入院したことなども発信している。音楽ナタリー(JOYSOUND音楽ニュースと連携)での長文コラムも主要な発信の場で、退任時の独白(2024年)や「敗北宣言」(2025年)はいずれも本人の希望で掲載された。

余談[編集]

  • 出身地は東京都八王子市とされるが、一部の媒体では多摩市出身と紹介されている。
  • 大学時代はフジロックに通うロックファンで、アイドルにはほぼ通ってこなかった。
  • 宇都宮の餃子店に並んでいたとき、小学生に「BiSHのプロデューサーさんですよね」と声をかけられ、「わかった写真撮ろう、内緒だぞ」と記念撮影に応じたという。
  • 夢の企画として「ガチ死んだドッキリ」を挙げたが、実現は難しいだろうと自ら語っている。
  • 英語力について「まったく英語ができない」状態でロンドンに渡ったと明かしており、語学学校については「ほぼ意味がなかった」とも語った。
  • 2021年末の総選挙企画「VOTE!! WACK SELECT 7」(柏木由紀と組む「SPY」のメンバー選抜)では、渡辺が自ら1万票をユイ・ガ・ドクソンに投じ、彼女がまさかの1位になったと報じられた。
  • 2023年のBiSH後継オーディションについて、BiSHメンバーは当初「最高に反対」していたが、渡辺が押し切ったという。
  • JASRACのデータベースには作詞者として150曲以上が登録されているとされる。

外部リンク[編集]

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