| 松隈ケンタ Kenta Matsukuma | |
|---|---|
![]() 2021年12月撮影の松隈ケンタ(出典:QJWeb クイック・ジャパン ウェブ) | |
| 基本情報 | |
| 出身地 | 福岡県久留米市(出生地は栃木県とされる) |
| 国籍 | 日本 |
| 居住地 | 福岡県福岡市 |
| ジャンル | ロック、J-POP、パンク・ロック、アイドル楽曲 |
| ポジション | ギター(Buzz72+) |
| 活動期間 | 2000年 - |
| 身長 / 体重 | ― cm / ― kg |
| レーベル | avex trax(Buzz72+時代)、スクランブルレコーズ、scramble edge、BADKNee |
| 事務所 | 株式会社SCRAMBLES(代表取締役) |
| 所属グループ | Buzz72+ |
| ファンクラブ | スクランブルミュージックサロン!!(オンラインサロン) |
| 関連活動 | SCRAMBLES、BiS、BiSH、GANG PARADE、EMPiRE、豆柴の大群、PEDRO、Girls be bad |
| その他 | 日本経済大学経営学部芸創プロデュース学科教授、久留米ふるさと大使 |
概要[編集]
松隈ケンタ(まつくま けんた、1979年9月26日 - )とは、福岡県出身の音楽プロデューサー・作曲家・編曲家で、BiSやBiSHをはじめとするWACK所属グループのサウンドを長年手がけた人物である。ロックバンドBuzz72+のギタリストとしてメジャーデビューし、挫折を経てクリエイター集団SCRAMBLESを率い、「アイドルが本気のロックを歌う」潮流を作った立役者の一人とされる。
詳細[編集]
人物像[編集]
1979年生まれ。公式プロフィール上の出身地は福岡県久留米市で、幼少期は引っ越しが多く、出生地は栃木県とされる。佐賀県基山町とも縁があると語られており、本人は自らを「九州の男」として打ち出している。2026年10月時点では福岡市を拠点に活動している。
肩書きは多く、株式会社SCRAMBLES代表取締役、日本経済大学経営学部芸創プロデュース学科教授(福岡キャンパス、芸能ビジネス論・音楽制作・ポップカルチャー論などを担当)、福岡音楽都市協議会委員、久留米ふるさと大使などを務める。「裏方」とされがちな作曲家でありながら、ラジオのMCやYouTube番組、著書、オンラインサロンなど表に出る発信を積極的に行うのが特徴である。
音楽的ルーツ[編集]
ギターを始めたのは高校1年相当の年齢のときで、入学祝いに親が通販の初心者セットを買ってくれたのがきっかけとされる。初期の憧れはZIGGYと布袋寅泰で、その後レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、ボン・ジョヴィ、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン、エリック・クラプトンなどにも傾倒した。
すぐにバンドを組み、文化祭でボン・ジョヴィやMR. BIGをコピーしたが反応は芳しくなかった。転機はJUDY AND MARYのコピーをしていたガールズバンドに参加したことで、ベーシストが難しいフレーズに苦戦していたため、松隈が簡単なオリジナル曲を書いたところ好評を得た。これが「作曲家」を意識した最初の体験だったと語っている。早弾き志向をやめてJ-POPへ舵を切ったのもこの頃とされる。当初は音楽家ではなくレコーディングエンジニアを志望し、楽器店(修理やPAも扱う店)に就職した時期もあった。
好きなギタリストとしてザ・フーのピート・タウンゼントを挙げている。またTHE YELLOW MONKEY、GLAYなども聴いて育ち、「一貫してJ-POPをやりたかった」と振り返っている。
仕事のスタイル[編集]
松隈の仕事は「個人の作家」ではなく「チーム」が単位である。各パートのトラックを先に作り、そのうえで歌メロを乗せる手法をとり、作曲・編曲・演奏・エンジニアリングをSCRAMBLESのメンバーで分業する。本人も「俺がいっぱい曲を作ってるっていうより、SCRAMBLESのみんなでいっぱい作ってるっていう意識が強い」と語っている(Mikiki、2017年)。
スタジオ作りにもこだわりがあり、歌い手の表情を確認できるよう大型モニターを置き、雑多な機材はカーテンで隠して演奏者の気が散らないようにしているという。高価な大型ミキサーやヴィンテージギターよりも、演奏者が居心地よく録音できる環境に投資するのが方針で、「若いアーティストが慣れている宅録の延長のような空気」を目指したとされる。
経歴[編集]
Buzz72+時代(2000年 - 2007年)[編集]
2000年、松隈とドラムの轟タカシがバンドの原型を始動し、ベースの北島ノリヒロ、ボーカルの井上マサハルが加わってBuzz72+(バズセブンティツープラス)が福岡で結成された。松隈の担当はギターで、ボーカルではない。松隈は「曲を表現して歌えるボーカル」を求めており、よく対バンしていた井上を「当時の福岡で最強」と見込んで誘ったという。
九州のインディーズシーンで実績を積み、編曲家CHOKKAKUに見出されて上京。2005年、25歳のときにavex traxからメジャーデビューし、CHOKKAKUのプロデュースで計4枚のCDを発表した。しかしメジャーでは周囲からの意見が多くメンバーが受け身になり、各自が悩みを抱えるようになった。2007年末に井上が脱退し、バンドは無期限の活動休止(事実上の解散状態)に入る。松隈は後に「もっと早く率直に意見を言い合えていれば解決できた」と振り返っている。
なお、代表曲「フライングヒューマノイド」はメジャー契約が切れた時期に書かれた曲で、のちに中川翔子がカバーした。
作家への転身とSCRAMBLES結成(2008年 - 2011年)[編集]
バンド休止後、松隈はスタジオと夜勤のアルバイトを掛け持ちしながら作家活動を開始する。作家コンペに出したデモが採用された柴咲コウ「ラバソー 〜lover soul〜」(2009年)はオリコンシングルチャート3位のヒットとなり、職業作家としての足掛かりになった(アレンジは不採用だったという)。
この頃、都内のスタジオでアルバイトしていた松隈のもとに出入りしていたのが、当時つばさレコーズ系の社員だった渡辺淳之介である。渡辺は「絶対に松隈さんと仕事がしたい」と考えており、2009年1月2日、用賀のバーで飲みながら「今年は本格的に組んで仕事をしよう」と話し合ったとされる。2010年には渡辺が手がけたソロ歌手プー・ルイのアルバム『みんなのプー・ルイ』に関わった。
2011年3月、松隈を中心にサウンドクリエイターチーム「スクランブルズ(SCRAMBLES)」が発足。作曲家としての立場を越えて、好きな演奏者・好きなテイクを自分で選びたいという思いから、信頼するミュージシャンを集めたのが原型である。
BiSとともに(2010年 - 2014年)[編集]
2010年末、プー・ルイが「歌手を引退してアイドルグループを作る」と宣言して結成されたのがBiS(新生アイドル研究会)である。マネージャー・仕掛け人が渡辺淳之介、サウンドプロデューサーが松隈ケンタという分業体制で、BiSのファーストアルバムは松隈の自宅の一室で録音された。松隈はBiSの立ち上げ時期に川崎にプライベートスタジオを作ったが、渡辺は資金面を心配して反対したという。松隈は借金をせず、貯金と楽曲提供の印税で賄ったと語っている。
BiSは過激なプロモーションと実験的かつポップなサウンドで注目を集め、2011年の「nerve」「primal.」などを経て、2012年にavex traxと契約して「PPCC」をリリース。2013年の「DiE」はオリコン6位と初のトップ10入りを果たした。2014年7月8日、横浜アリーナで48曲を披露する解散ライブを行い、第1期BiSは幕を閉じた。
SCRAMBLES法人化とBiSH・WACK全盛期(2014年 - 2022年)[編集]
2013年4月にインディーレーベル「スクランブルレコーズ」を発足させ、2014年4月に株式会社SCRAMBLESを設立して代表取締役に就任。BiS解散と同じ2014年に渡辺はWACKを設立した。周囲は2人が共同で会社を作ると思っていたが、松隈は「役割を分けた分業がBiSではうまくいっていた」として別会社を選択。渡辺は少し残念だったと明かしつつ、松隈は「実態は兄弟会社」と表現している。WACK最初の楽曲はプラニメ「Plastic 2 Mercy」で、これもSCRAMBLESが手がけた。
2015年3月、「楽器を持たないパンクバンド」を掲げるBiSHが始動し、5月27日に1stアルバム『Brand-new idol SHiT』をリリース。全曲を事前にSoundCloudなどで公開するという手法をとりながらオリコン週間20位を記録した。渡辺は当初、ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョンやスマッシング・パンプキンズのような音像を求めたが、松隈はそれに沿った曲を出さなかったというエピソードがある。
以後、BiSHは2018年「PAiNT it BLACK」でオリコンシングル1位、2020年『LETTERS』でアルバム1位、2021年「プロミスザスター」でNHK紅白歌合戦初出場と快進撃を続け、松隈はほぼ全楽曲の作曲・編曲・ギターを担当した。同時期にBiS(2016年7月8日に第2期として再始動を発表)、GANG PARADE、EMPiRE、豆柴の大群、PEDROなどWACK系の楽曲も量産。2017年12月6日にはオムニバス『WACK & SCRAMBLES WORKS』が発売され、2022年にはBillboard Japanの作曲家ランキング(CD Sales)で1位を獲得した。
福岡への帰郷(2018年 - )[編集]
「成功したらいつか地元に帰りたい」という思いを持ち続けていた松隈は、BiSHがブレイクしたタイミングで拠点を東京から福岡へ移す。2018年10月にスクランブル福岡スタジオを設立し、同年からFM FUKUOKAで冠番組「スクランブル ロックシティ」を担当。2019年1月には九州・沖縄在住アーティスト限定のレーベル「scramble edge」を発足させ、11月には福岡・天神にオフィスを構えた。
松隈は、ゲームや映像の企業が福岡に移ってきたように音楽も福岡で成立すると主張。東京と同等の品質で録音できるオンラインレコーディングの仕組みを整え、WACKのメンバーも違いを感じないほどだったと語っている。2020年3月には福岡帰郷後の約2年間を追ったFNS九州・沖縄8局のドキュメンタリー「ドキュメント九州 ロックに生きる ふるさとを活きる ~音楽プロデューサー松隈ケンタ」が放送され、ナレーションはBiSHのセントチヒロ・チッチが担当した。
Buzz72+再始動とコロナ禍(2020年 - 2022年)[編集]
2018年頃、映画『ボヘミアン・ラプソディ』を観たことでバンド再結成を考え始めた松隈は、13年間ほぼ連絡を取っていなかった井上にFacebookで直接フレンド申請を送り、和解に至った。2020年2月にBuzz72+の再始動を発表し、4月にミニアルバム『13』をリリース。4月19日に福岡で予定していた「サウンドスクランブル天神2020」(BiSH、PEDRO、豆柴の大群らと共演予定)は新型コロナの影響で中止となり、無観客での再結成ライブが行われた。のちに福岡・東京で有観客ライブも実現している。
コロナ禍では2020年4月にオンラインサロン「スクランブルミュージックサロン!!」を開設。オンラインレッスンのほか、草野球・ゴルフ・フットサル・サバイバルゲームなどの部活動もあり、福岡PayPayドームで野球大会を開いたこともある。同年には福岡の音楽産業支援キャンペーンのチャリティソングや、アビスパ福岡25周年記念ソング「つわものたちの唄」も手がけた。
WACK作品からの離脱(2022年 - 2023年)[編集]
2023年までに、松隈はWACK作品のサウンドプロデュースから離れた。WACKの公式サイトから名前が消えたことがファンの間で話題となったが、本人・WACK双方から詳細な理由の公式説明は出ていない(2026年10月時点)。BiSHが2023年6月29日に東京ドーム公演で解散するにあたり、ラストシングル「Bye-Bye Show」は吉井和哉がプロデュースしており、これはBiSH楽曲で松隈が関わらなかった数少ない例とされる。
2020年代の活動とBADKNee(2023年 - )[編集]
WACK離脱後も活動の幅はむしろ広がっている。2023年には福岡ソフトバンクホークスの球団創設85周年・ドーム開業30周年記念ソング「KIDS ARE ALRIGHT」、2024年には新しい学校のリーダーズ「BORN TO BE FREE!!!!」(PlayStation 5のCMソング)の作詞作曲を担当。映画音楽でも『映画大好きポンポさん』(2021年)、『仮面ライダーBLACK SUN』(2022年)、白石和彌監督の『十一人の賊軍』(2024年)を手がけた。2025年にはCANDY TUNEの1stアルバム『倍倍FIGHT!』のラストを飾る「LASTING TUNE」も提供している。
2024年夏には「福岡からもう一度BiSHを作る」を掲げた4人組ガールズグループ「Girls be bad(GBB)」を総合プロデュースで始動させた。福岡・今泉を拠点とするカルチャーユニット兼プロジェクトレーベル「BADKNee(バッドニー)」を主宰し、「ワルカワイイ」をコンセプトに、ロック色の強い"松隈サウンド"でアイドルとバンドの境界をまたぐシーン作りを進めている。
2025年にはGBB「ダイヤモンドクロニクルズ」が福岡ソフトバンクホークスの公式中継ソングとなり、9月20日には1周年ワンマンを開催。2026年2月15日には川崎CLUB CITTA'で「BADKNee FES Vol.1」を主催し、GBBを経験の浅さを承知であえて大トリに据えた。2026年にはGBBのバンド形態「GiRLS BE BAND」が始動し、5月17日に下北沢SHELTERで初のバンドワンマン、8月16日に1stデジタルシングル「青春の終わり」をリリース。さらに大分の野外ライブ「UNDER THE SCREAM!!」の主催、全国ツアー「バッドニーツアー」(Episode.2は2026年12月〜2027年3月)など、2026年10月時点でも精力的に動いている。
作風[編集]
"松隈サウンド"とは[編集]
一般に"松隈サウンド"と呼ばれるのは、ディストーションギターが鳴り続けるラウド/パンク寄りのバンドサウンドに、日本の歌謡曲・J-POP的な泣きのメロディを乗せたスタイルである。日本経済大学のプロフィールでも「J-POPに本格的なロックを取り入れる作風」と紹介され、BiS以降のアイドル楽曲にロック色の強い曲を多数持ち込んだ点が評価されている。
本人は「生っぽさ」を最重視しており、BiSHのストリングスは打ち込みではなく生録音にこだわってきた。「打ち込みでは出せない生の匂いや空気感を大切にしている」と語っている(ピエール中野によるインタビュー、2022年)。
また2020年のReal Soundのインタビューでは、曲作りで大事なのは「"間合い"、会話やお笑いの感覚」だと表現した。ラテン風のアプローチについても「僕らはラテンっぽいものを『なんちゃって』でやるから、良い意味でへんてこりんなものに聴こえる」と語るなど、ジャンルを本格志向で模倣するより"それっぽさ"をポップに混ぜるのを持ち味としている。
ユニゾンを避ける歌割り[編集]
大人数グループでも歌唱パートの大半をソロで構成し、ユニゾンを少なくするのが松隈流である。本人の言葉では「ひとりひとりの唄を聴かせたいだけ」。BiSHではまず全員に1曲を頭から最後まで歌わせ、それから歌割りを決めることが多く、「『センター』という概念もない」と述べている。
GANG PARADE分裂後のGO TO THE BEDS(2020年)では、ユイ・ガ・ドクソンを核の声に置き、残り4人を「飛び道具」として配する「ドクソン対各メンバー」という構図を採用。ドクソンの声を「白いご飯みたいな」と例えている。
ボーカルディレクション[編集]
楽譜は「ライブで歌うための教科書」と位置づけ、休符や音の長さ、クレッシェンドの位置まで忠実に歌うことを求める。「プロミスザスター」のサビは、細かい休符を正確に歌えるまで何度も録り直したという。一方で歌詞の多くはメンバーに委ねられ、母音の選び方など作曲者から見ると「変」な部分も、その違和感こそがBiSHらしさになっていると肯定している。
メンバーの声についての評も具体的である。
| メンバー | 松隈による評(要旨) |
|---|---|
| セントチヒロ・チッチ | 結成当初にインスピレーションを得た透明感のある「天性の声」 |
| アイナ・ジ・エンド | R&B寄りの歌い方がロックに合うか当初は懸念したが、柔軟性の高さから中核に。初の当て書き曲が「My landscape」(2017年) |
| ハシヤスメ・アツコ | ソプラノ担当。「NON TiE-UP」のソロは最初から彼女を想定 |
| リンリン | 柔らかい歌声とシャウトの凶暴さという二面性 |
| アユニ・D | 楽器に乗るグルーヴ感がロックのリズムに最も合う |
| モモコグミカンパニー | 言葉を大切にする歌唱で、上手さとは別の魅力 |
コンペ必勝法[編集]
作家コンペの経験から「イントロはエゴを抑え、とにかく短くするのが大事」という持論を語っている(Real Sound、2015年)。また、最前列のファンの反応ばかり気にすると方向性がぶれるため、身近なスタッフが楽しめるサウンドを優先すべきだという考えも示している。
主なプロデュース・提供作品[編集]
以下は作曲・編曲などで関わった代表例(網羅ではない)。楽曲データベース上では作曲クレジットだけで450曲を超える。
| アーティスト | 主な楽曲 | 備考 |
|---|---|---|
| BiSH | 「BiSH -星が瞬く夜に-」「オーケストラ」「プロミスザスター」「PAiNT it BLACK」「My landscape」「NON TiE-UP」「KiND PEOPLE」「STACKiNG」「ZENSHiN ZENREi」「LETTERS」「CALL ME AGAiN」 | ほぼ全曲の作曲・編曲・ギター。ラストシングル「Bye-Bye Show」は除く |
| BiS | 「nerve」「primal.」「PPCC」「DiE」「Are you ready?」「I can't say NO!!!!!!!」「thousand crickets」 | 第1期・第2期のサウンドプロデュース |
| プラニメ / GANG PARADE | 「Plastic 2 Mercy」「Barely Last」「エキゾチックアニマル」 | 「Plastic 2 Mercy」はWACK第1弾楽曲 |
| GO TO THE BEDS / PARADISES | 「TWINKLE TWINKLE」ほか | 2020年のGANG PARADE分割時に別個に楽曲制作 |
| EMPiRE | 「RiGHT NOW」「ピアス」 | エイベックスとのProject aWで2017年始動 |
| PEDRO | 「GALILEO」「ironic baby」「生活革命」 | アユニ・Dのソロバンドプロジェクト |
| 豆柴の大群 | 「大丈夫サンライズ」「トラスト」「FLASH」 | |
| 柴咲コウ | 「ラバソー 〜lover soul〜」 | 2009年、オリコン3位 |
| 中川翔子 | 「フライングヒューマノイド」ほか | Buzz72+曲のカバー、編曲提供 |
| 新しい学校のリーダーズ | 「青春を切り裂く波動」「BORN TO BE FREE!!!!」 | 後者はPS5 CMソング(2024年) |
| 東京スカパラダイスオーケストラ | 「崖っぷちルビー (VS. アイナ・ジ・エンド)」 | 制作に参加 |
| その他 | 私立恵比寿中学、TEAM SHACHI「アサガオ」、i☆Ris「夢へのヒトカケラ」、ときめき♡宣伝部「SWEET SWEET DAYS」、DISH//、ばってん少女隊、CANDY TUNE「LASTING TUNE」、POPPiNG EMO「アンチテーゼ」、THE PINK MINDS(大森靖子と共作)、Kis-My-Ft2 | DISH//は2018年の日本武道館公演でステージプロデュースも担当 |
| Girls be bad(GBB) | 「ダイヤモンドクロニクルズ」「結局人間は」「それじゃあ またね」 | 2024年始動、総合プロデュース |
劇伴・タイアップ[編集]
| 年 | 作品 | 担当 |
|---|---|---|
| 2020年 | アビスパ福岡25周年記念ソング「つわものたちの唄」 | 作詞・作曲 |
| 2021年 | 映画『映画大好きポンポさん』(監督:平尾隆之) | 音楽・OP曲 |
| 2022年 | 『仮面ライダーBLACK SUN』 | 音楽 |
| 2023年 | ホークス85周年・ドーム30周年記念ソング「KIDS ARE ALRIGHT」 | 作詞・作曲 |
| 2024年 | 映画『十一人の賊軍』(監督:白石和彌) | 劇伴 |
『十一人の賊軍』では、山田孝之ら出演者11名がアーティストデビューする企画にも関わった。
SCRAMBLES[編集]
SCRAMBLES(スクランブルズ)は松隈が代表取締役を務める音楽制作プロダクション(サウンドクリエイターチーム)。2011年3月にチームとして発足し、2014年4月に法人化した。複数ジャンルを混ぜ合わせるサウンドとチーム制作が特徴で、2018年には編曲家年間ランキングで27位にランクイン(松隈個人は同年のプロデューサーランキングで23位)。
所属クリエイター[編集]
| 名前 | 備考 |
|---|---|
| 松隈ケンタ | 代表、Buzz72+ |
| JxSxK | 渡辺淳之介の作詞名義 |
| 井口イチロウ | T.S.I。松隈に弟子入りを志願してチーム入り |
| 佐藤カズキ | T.S.I |
| 豊住サトシ | T.S.I |
| 楠瀬拓哉 | 元Hysteric Blue |
| 吉岡紘希 | 元plenty |
| 轟タカシ | Buzz72+のドラム |
| 田仲圭太、若山トシユキ、平野眞二郎(平シンジ)、some、oni |
クリエイターユニットとして、豊住・佐藤・井口の3人による「T.S.I」と「TOPICS.LAB」がある。
拠点・レーベル・スクール[編集]
- PINBALL.LAB スタジオ(2012年2月)- 月1回の自主企画「ラボフェス」を開催
- スクランブルスタジオ(東京・大岡山、2015年6月)
- スクランブル福岡スタジオ(2018年10月)
- スクランブル代沢スタジオ(東京・下北沢、2019年12月)
- スクランブルズミュージックカレッジ(SMC)- 2015年開校の音楽スクール。2016年5月に下北沢校
- スクランブルレコーズ(2013年4月)、scramble edge(2019年1月、九州・沖縄限定)
- 自主企画「サウンドスクランブル」「親不孝スクランブル」、WACKとの共同企画「SCRAMBLES & WACK FES」
メディア出演・著書[編集]
ラジオ・配信[編集]
- 「スクランブル ロックシティ」(FM FUKUOKA、2018年 - 2021年)- メインMC
- 「六本松サテライト」(NHK福岡FM、2020年 - 2023年)- 栗田善太郎と共同MC
- 「GO!GO!GO!」「BAD KNee RADIO!!」(CROSS FM)
- RKBラジオ「空想労働シリーズ サラリーマン」- マツクマ博士役で出演し音楽・音響も担当。「帰りたいサラリーマン」では部長役
- YouTube「松隈ケンタ iichiko ROCK!」(2020年12月 -)- いいちこを飲みながら音楽関係者と語るトーク番組。初回ゲストの渡辺淳之介は、学生時代に作った曲の話題で松隈に「歌ってよ!」と促され、初の弾き語りを披露した。3回目には10-FEETのTAKUMAが出演
- スクランブルズのYouTubeチャンネルで制作ノウハウや組織の歴史を発信
テレビ[編集]
- 「ドキュメント九州 ロックに生きる ふるさとを活きる ~音楽プロデューサー松隈ケンタ」(FNS九州・沖縄8局、2020年3月)
著書[編集]
| 発売 | 書名 | 出版社 | 内容 |
|---|---|---|---|
| 2021年3月 | 『松隈ケンタ流 ロックDTM入門 パソコンとギターで始める「ワンコーラス作曲法」』 | リットーミュージック | 1コーラス分の曲を繰り返し作って腕を上げる「ワンコーラス作曲法」を解説。自作曲「セミのチャーハン」の制作過程分析や、アユニ・Dとの対談を収録 |
| 2023年9月16日 | 『屋上の空 こうして音楽で生きてきた』 | クラウドブックス | 半生記。小中学校・高専時代から上京、挫折、再起、アイドルプロデュース、帰郷までを描く。白石和彌、鎌田俊哉のインタビュー、Buzz72+座談会も収録 |
『屋上の空』の帯にはGLAYのHISASHIが「原体験がほぼ一緒でした。めんたいロッカーが日本のJ-POPを変える!」とコメントを寄せた。本人はSNSで「売れないバンドマンの反省ばかりの半生記です。」と紹介している。2024年にはRKBラジオで同書の朗読も放送された。
インタビューで語ったエピソード[編集]
- BiSH結成時の注文を無視:渡辺からはオルタナ寄りの音像を求められたが、松隈はそれに沿った曲を出さなかった。渡辺は「アルバムっていうのはだんだん育っていくもの」と受け流したという。
- 別会社の理由:松隈は「餅は餅屋」という考えで渡辺の施策には口を出さず、渡辺の決定は前日か2日前に報告される程度だったとされる。
- 和解の飲み会:Buzz72+再結成の数年前、旧知の飲み会で井上と再会したが、その日轟がBiS曲のドラムを録音中で松隈は飲めず、緊張した井上は先に酔っていたため溝は埋まらなかった。最終的な和解は仲介者なしのFacebook申請だった。
- 「めんたいロックをやりたい」:2026年のBillboard JAPANの取材では、「めんたいロックをやりたいわけですよ!」と語り、アイドル仕事を「世を忍ぶ仮の姿」と冗談めかして表現。アイドルシーンの勢いが落ちる一方でギターバンド文化が伸びると予測し、GBBのバンド化に踏み切ったと説明した。
- 無料公開は怖くない:BiSHのアルバム全曲を発売前に無料公開した際、「CDを買わない人は無料でも聴かない」と以前から考えていたと語っている。
余談[編集]
- 半生記のタイトル「屋上の空」は、Buzz72+の楽曲名でもあり、再始動作『13』にも収録されている。
- 渡辺淳之介はSCRAMBLESの所属クリエイター一覧に「JxSxK」名義で名を連ねている。
- オンラインサロンは音楽だけでなく、草野球・ゴルフ・フットサル・サバゲーといった部活動があり、福岡PayPayドームで野球大会まで開いたという、音楽家のサロンとしてはかなり異色の運営である。
- X(旧Twitter)のアカウント名に「前十字靭帯再建中」と添えていた時期があり、ケガの療養中だったとされる。
- BiSHのドキュメンタリー番組ではなく「松隈ケンタのドキュメンタリー」のナレーションをBiSHのチッチが務めるという、立場が逆転したような番組が九州で放送されたことがある。
- Buzz72+再始動のきっかけは映画『ボヘミアン・ラプソディ』で、40歳目前でバンドへの情熱が再燃したとされる。
