生きる
Ikiru
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1952年公開時のポスター(出典:ウィキメディア・コモンズ、パブリックドメイン)
監督 黒澤明
製作 本木荘二郎
脚本 黒澤明、橋本忍、小国英雄
出演 志村喬、小田切みき、金子信雄、日守新一、田中春男、千秋実、左卜全、藤原釜足、中村伸郎、伊藤雄之助、宮口精二、加東大介、菅井きん ほか
撮影 中井朝一
音楽 早坂文雄
ジャンル ヒューマンドラマ
撮影期間 1952年3月 - 1952年9月
制作会社 東宝
配給 東宝
フォーマット モノクロ、スタンダードサイズ
劇場公開 1952年10月9日(日本)
配信 U-NEXT ほか(配信状況は時期により変動)
上映時間 143分
言語 日本語



概要[編集]

生きる(いきる)とは、1952年に公開された東宝製作・黒澤明監督の映画である。30年間無欠勤で判子を押すだけの日々を送ってきた市役所の市民課長・渡辺勘治が、胃癌で余命わずかと知り、住民が求めていた小さな公園づくりに残りの命を注ぐ。主演は志村喬。雪の夜、完成した公園のブランコで「ゴンドラの唄」を口ずさむ場面は日本映画屈指の名シーンとして知られる。

詳細[編集]

「お役所仕事」と「死」を真正面から描いた一本[編集]

本作は東宝創立20周年記念作品として作られた。黒澤明が『羅生門』で世界的な名声を得た直後、そして『七人の侍』の2年前にあたる時期の作品で、時代劇ではなく同時代の東京の市役所を舞台にした現代劇である。

テーマは二つある。一つは「死を宣告された人間は、残された時間をどう生きるか」。もう一つは、書類を部署から部署へ回すだけで何も決めない役所の体質への風刺だ。重い題材だが、冒頭のナレーションからして皮肉が効いており、役所の場面はほとんどブラックコメディのノリで進む。泣ける名作であると同時に、かなり笑える映画でもある。

主人公が映画の途中で死ぬ[編集]

本作最大の特徴は、構成の大胆さにある。冒頭、画面にいきなり胃のレントゲン写真が映り、ナレーターが「これはこの物語の主人公の胃袋である」「胃癌の兆候が見えるが、本人はまだそれを知らない」といった調子で観客にネタバレしてくる。

そして上映時間の半分あたりで、主人公の渡辺はあっさり死んでしまう。後半はほぼ丸ごと渡辺の通夜の席で、役所の同僚たちが酒を飲みながら「課長はなぜあんなに変わったのか」を語り合い、その合間に渡辺の最後の5か月が回想で挿入される。主人公の内面を本人に語らせず、周りの人間の推理と証言で浮かび上がらせるやり方は、証言の食い違いを描いた『羅生門』とも通じる手法といわれる。

志村喬の一世一代の名演[編集]

渡辺勘治を演じた志村喬は、黒澤作品の常連で、のちに『七人の侍』でリーダーの勘兵衛を演じる俳優である。本作では背中を丸め、目を見開き、ぼそぼそと話す冴えない初老の男を徹底して演じた。役作りのためにサウナで減量したという話も伝わっている。

とくに有名なのが「ゴンドラの唄」を歌う二つの場面だ。一度目は夜の酒場でピアノに合わせて歌い、周りの酔客を黙らせてしまう場面。二度目は、雪の降る夜に完成した公園のブランコに揺られながら歌うラストシーンである。黒澤の指示で、志村は早坂文雄のピアノで歌のレッスンを重ねたとされる。

「ゴンドラの唄」とは[編集]

劇中歌の「ゴンドラの唄」は、1915年(大正4年)に吉井勇作詞・中山晋平作曲で作られた歌で、芸術座の舞台で松井須磨子が歌って流行した。「いのち短し 恋せよ乙女」という歌い出しで知られる。

公開時点ですでに30年以上前の古い流行歌だったが、本作で使われたことで再び広く知られるようになった。「命は短いのだから、熱い血潮が冷めないうちに」という歌詞が、余命を知った男の心情とぴったり重なる。のちの英国リメイク版でこの歌が別の曲に差し替えられた理由は後述する。

あらすじ[編集]

※結末まで記載する。

判子を押すだけの男[編集]

とある市役所の市民課長・渡辺勘治は、30年間一日も休まずに勤めてきた。といっても、その仕事は山積みの書類に判子を押すだけ。課の机では部下たちが暇を持て余し、職員の小田切とよは渡辺に「ミイラ」というあだ名をつけている。

ある日、下町の主婦たちが「汚水がたまって蚊がわく空き地を埋め立てて、子どもの遊び場にしてほしい」と陳情に来る。しかし市民課は「土木課へ」と回し、土木課は公園課へ、公園課は保健所へ……と、主婦たちは庁内をたらい回しにされた末に、結局元の市民課へ戻ってくる。

余命宣告と夜の街[編集]

胃の不調で病院を訪れた渡辺は、医師の口ぶりと、待合室で居合わせた患者の話から、自分が胃癌で余命いくばくもないと悟る。妻を早くに亡くし、男手ひとつで育ててきた息子の光男に打ち明けようとするが、光男と妻の一枝は渡辺の退職金や貯金をあてにして家を建てる相談をしており、話を切り出せない。

渡辺は役所を無断欠勤し、貯金をおろして夜の街へ出る。飲み屋で知り合った小説家に「金の使い方を教えてほしい」と頼み、パチンコ、ダンスホール、ストリップ、バーとはしごするが、どれも虚しいだけだった。ピアノのある酒場で渡辺がリクエストしたのが「ゴンドラの唄」で、涙を浮かべながら絞り出すように歌う姿に、店の空気は凍りつく。

とよとの時間[編集]

翌日、退職届に判子をもらいに来たとよと偶然会った渡辺は、彼女の屈託のない明るさに惹かれ、何日も一緒に食事や映画に連れ歩く。光男はそれを「年甲斐もない女遊び」と誤解し、父と険悪になる。

役所を辞めて玩具工場で働き始めたとよは、ウサギのおもちゃを作る仕事が楽しいと話し、「課長さんも何か作ってみたら」と言う。渡辺はその言葉に打たれ、「まだできることがある」と気づく。喫茶店の階段を駆け下りる渡辺の背後では、別の客の誕生日を祝う「ハッピーバースデー」の合唱が響く。まるで渡辺が生まれ直したかのような、有名な演出である。

公園づくりと通夜[編集]

翌日から役所に復帰した渡辺は、あの空き地の陳情書を引っ張り出し、自ら現場に足を運んで各課に頭を下げて回る。助役ら幹部に嫌な顔をされても、暴力団に脅されても引き下がらない。

ここで物語は一気に5か月後へ飛び、渡辺の通夜の場面になる。公園は完成し、渡辺はその公園で死んでいた。通夜の席で助役ら幹部は「公園は役所全体の手柄」と渡辺の功績を小さく扱うが、公園を求めていた主婦たちが涙ながらに焼香に訪れると、場の空気が変わる。酒が回るにつれて同僚たちは回想を語り合い、渡辺は自分の死期を知っていたのだと気づいていく。そこへ警官が渡辺の帽子を届けに来て、雪の夜、公園のブランコで楽しそうに歌っている渡辺を見かけたと語る。

結末[編集]

同僚たちは「渡辺さんに続こう」「役所を変えよう」と気炎を上げる。しかし翌日、市民課の新しい課長の下で、職員たちはまた元どおりの「お役所仕事」に戻っていた。新たな陳情に席を立ちかけた木村だけが、結局何も言えずに書類の山に沈んでいく。

帰り道、木村は橋の上から渡辺が作った公園を眺める。そこには、子どもたちの遊ぶ声があふれていた。

登場人物とキャスト[編集]

役名 俳優 役どころ
渡辺勘治 志村喬 市役所の市民課長。30年無欠勤。胃癌で余命わずかと知る
小田切とよ 小田切みき 市民課の若い女性職員。のちに役所を辞め玩具工場で働く
渡辺光男 金子信雄 勘治の一人息子
渡辺一枝 関京子 光男の妻
渡辺喜一 小堀誠 勘治の兄
木村 日守新一 市民課の職員。ラストで公園を見つめる
坂井 田中春男 市民課の職員
野口 千秋実 市民課の職員
小原 左卜全 市民課の職員
大野 藤原釜足 市民課の係長
斎藤 山田巳之助 市民課の職員
助役 中村伸郎 市の幹部。公園の手柄を横取りしようとする
医師 清水将夫 渡辺を診察する医師
医師の助手 木村功
小説家 伊藤雄之助 渡辺を夜の街へ案内する
暴力団の親分 宮口精二 公園建設を妨害する
暴力団の子分 加東大介

ほかに浦辺粂子、南美江、丹阿弥谷津子、三好栄子、菅井きんらが出演している。『七人の侍』でもおなじみの千秋実・左卜全・宮口精二・加東大介・木村功らが顔をそろえており、黒澤組の常連が総出演している。

製作の舞台裏[編集]

トルストイがヒント[編集]

黒澤は「死を宣告された人間がどう生きるか」を描くにあたり、ロシアの文豪トルストイの中編小説『イワン・イリッチの死』を参考にしたとされる。死を前にした役人が自分の人生の空しさに気づくという筋立ては共通しているが、『生きる』はそこから「では何をするか」という行動の物語へ踏み込んでいる。

脚本は黒澤明・橋本忍・小国英雄の3人による共同執筆で、この3人は次作『七人の侍』でも同じ顔ぶれで脚本を書いている。当初の題名は『渡辺勘治の生涯』だったが、黒澤の提案で『生きる』に改められた。脚本は1952年2月5日に完成し、3月14日にクランクイン、9月中旬に撮影を終えている。

夜の街はセットで再現[編集]

渡辺が小説家と遊び歩く歓楽街の場面は、ロケではなく東宝のスタジオに組まれたセットで撮影された。キャバレーの場面には本物のホステス約250人が出演したといわれ、戦後の東京の猥雑な夜のエネルギーが画面にあふれている。撮影は黒澤作品を数多く手がけた中井朝一、音楽は黒澤の盟友・早坂文雄が担当した。

スタッフと「黒澤組」[編集]

製作の本木荘二郎は『羅生門』『七人の侍』なども手がけたプロデューサーで、編集の岩下広一も含め、1950年代前半の黒澤映画を支えた布陣がそのまま本作に参加している。いわゆる「黒澤組」が最も脂の乗っていた時期の仕事であり、本作から『七人の侍』へと続く流れは、黒澤のキャリアの中でも頂点の一つとされる。

評価[編集]

国内での評価[編集]

本作は公開年の第26回キネマ旬報ベスト・テンで1位に選ばれたほか、毎日映画コンクールでも日本映画大賞を受賞した。国内ではヒット作になったとされる。同時代の日本映画には小津安二郎の『東京物語』(1953年)、溝口健二・成瀬巳喜男・木下惠介らの名作がひしめいていたが、その中でも本作は黒澤の現代劇の代表作として別格の扱いを受けている。

ベルリン国際映画祭と海外での評価[編集]

1954年の第4回ベルリン国際映画祭では、ベルリン市政府特別賞(ベルリン市参事会賞とも訳される)を受賞した。アメリカでは1956年に『Doomed』という題で短期間上映されたのち、1960年に正式公開されている。このとき宣伝ポスターに使われたのは主演の志村喬ではなく、劇中に出演したストリッパーだったという、いかにも時代を感じさせる逸話がある。

海外での評価は年々高まり、米『タイム』誌が2005年に選んだ「史上最高の映画100本」に入ったほか、映画評論家ロジャー・イーバートは本作を最高評価の4つ星とし、自身の「偉大な映画」シリーズにも取り上げた。映画批評集積サイトのRotten Tomatoesでは批評家支持率100%を記録している。

何がそんなに刺さるのか[編集]

本作の評価が国も時代も超えて高いのは、「役所」「定年間近の勤め人」「余命宣告」という、誰の身にも起こりうる設定を使っているからだといわれる。ヒーローが世界を救うわけではなく、冴えない中年男が水たまりだらけの空き地を公園に変えるだけ。しかも周囲の人間は最後まで本質的には変わらない。その苦さが、かえって「自分ならどうするか」を観客に突きつける構造になっている。

リメイク・舞台化[編集]

2007年 テレビ朝日版ドラマ[編集]

2007年9月9日、テレビ朝日で黒澤作品をドラマ化する企画の一本として、スペシャルドラマ『生きる』が放送された。主人公の渡辺勘治を演じたのは歌舞伎俳優の9代目松本幸四郎(現・2代目松本白鸚)。前日には同じ企画で『天国と地獄』のドラマ版が放送されており、2夜連続の黒澤ドラマとして話題になったとされる。

歌舞伎のみならずミュージカル『ラ・マンチャの男』の主演でも知られる松本が、志村喬の当たり役に挑んだ。

2018年 ミュージカル版[編集]

2018年10月、ホリプロ制作によるミュージカル『生きる』が東京・TBS赤坂ACTシアターで初演された。黒澤明の没後20年記念作品で、黒澤映画の世界初のミュージカル化と銘打たれた。

  • 作曲:ジェイソン・ハウランド(ブロードウェイ・ミュージカル『若草物語』の作曲家)
  • 脚本・歌詞:高橋知伽江(『アナと雪の女王』の日本語翻訳・訳詞などで知られる)
  • 演出:宮本亞門
  • 渡辺勘治役:市村正親・鹿賀丈史のダブルキャスト

日本ミュージカル界の大ベテラン二人が交互に主人公を演じるという豪華な布陣で、2020年に再演、2023年9月には東京・新国立劇場中劇場で3度目の上演が行われ、大阪公演も組まれた。2023年版では息子・光男役を初演から続投の村井良大が演じ、とよ役に高野菜々、助役役に鶴見辰吾らが加わった。市村と鹿賀は初演からずっと渡辺役を演じ続けている。

2022年 英国リメイク『生きる LIVING』[編集]

2022年には、イギリスで『生きる LIVING』(原題:Living)としてリメイクされた。脚本はノーベル文学賞作家のカズオ・イシグロ、監督は南アフリカ出身のオリヴァー・ハーマナス、主演はビル・ナイ。舞台を1953年のロンドンに移し、主人公は「ミスター・ゾンビ」とあだ名される市役所の課長ウィリアムズになっている。上映時間は103分と、オリジナルより40分も短い。

役名 俳優 オリジナル版で相当する人物
ウィリアムズ ビル・ナイ 渡辺勘治
マーガレット エイミー・ルー・ウッド 小田切とよ
ピーター アレックス・シャープ 新人職員(リメイク版で追加された視点人物)
サザーランド トム・バーク 小説家

2022年1月のサンダンス映画祭でプレミア上映され、第95回アカデミー賞ではビル・ナイが主演男優賞に、イシグロが脚色賞にノミネートされた。第80回ゴールデングローブ賞でもビル・ナイが主演男優賞(ドラマ部門)にノミネートされている。オスカーは惜しくも受賞を逃したが、長崎生まれの英国作家が黒澤映画を脚色してアカデミー賞候補になったことは日本でも大きく報じられた。日本では2023年3月31日に東宝配給で公開された。

リメイク版最大の変更点が劇中歌である。オリジナルの「ゴンドラの唄」は、スコットランド民謡「ナナカマドの木(The Rowan Tree)」に差し替えられた。イシグロはインタビューで、「ゴンドラの唄」は歌詞が映画のテーマを直接言いすぎていると感じたこと、脚本で主人公の亡き妻をスコットランド人という設定にしたため、妻と結びついたスコットランドの歌が必要だったことを理由に挙げている。イシグロ自身は、スコットランド人の妻が歌うのを聞いてこの曲を知ったという。ハーマナス監督は当初この曲を変えたがったが、プロデューサーのスティーヴン・ウーリーに「変えたらイシグロが激怒する」と言われて残したという裏話もある。

幻のハリウッド版[編集]

これ以前にも、ハリウッドでのリメイク計画があった。ドリームワークスが映画化権を得て、ジム・シェリダン監督、トム・ハンクス主演で進めていると報じられたことがあるが、その後続報はなく、実現していない。

上映・配信状況[編集]

ソフト化と4K修復[編集]

本作は国内外で繰り返しソフト化されている。アメリカのクライテリオン・コレクションからは4Kデジタル修復版のBlu-rayが2015年に発売されており(日本語字幕なし)、黒澤作品の修復版の中でも代表的な一本になっている。国内でも東宝からBlu-ray・DVDが発売されている。

配信[編集]

2026年10月時点で確認できる範囲では、U-NEXTなどの動画配信サービスで視聴できる。Amazon Prime Videoなどのサービスでは、配信の有無や見放題・レンタルの別はサービスや時期によって変わるため、視聴前に各サービスで確認するのが確実である。

劇場での特集上映[編集]

黒澤作品は名画座や映画祭の特集上映の定番で、本作も周年企画などでたびたびスクリーンにかかっている。2026年には黒澤のデビュー作『姿三四郎』の4Kデジタルリマスター版がカンヌ国際映画祭のクラシック部門に選ばれるなど、黒澤作品の修復・再上映の動きは続いている。

余談[編集]

  • 主人公の渡辺勘治と、2年後の『七人の侍』で志村喬が演じた島田勘兵衛は、どちらも名前に「勘」の字が入っている。冴えない役人と歴戦の侍という真逆の役を、同じ俳優が続けて演じたことになる。
  • 小田切とよを演じた小田切みきは、役名と芸名の名字が同じである。
  • 喫茶店で渡辺が「生まれ変わる」場面に流れる「ハッピーバースデー」の合唱は、本来は別の客の誕生日を祝うもの。偶然を装った演出だが、映画史に残る名場面として語り継がれている。
  • 医師の助手を演じた木村功、暴力団の親分を演じた宮口精二と子分の加東大介は、のちに『七人の侍』で侍役として共演している。本作は「七人の侍の前夜祭」と言いたくなるほど、黒澤組の顔ぶれがそろっている。
  • アメリカ初公開時の題名『Doomed』は「運命が尽きた」「破滅を宣告された」といった意味で、原題の「生きる」とは正反対の響きになっている。
  • 英国リメイク版の脚本を書いたカズオ・イシグロは、子どものころからオリジナル版を見て影響を受けてきたと語っている。
  • 黒澤映画を題材にしたホリプロのミュージカル版は「黒澤映画の世界初のミュージカル化」をうたっており、日本発のオリジナルミュージカルとしても注目された。

外部リンク[編集]

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