| 株式会社ホリプロ HoriPro Inc. | |
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ホリプロ所属の俳優・藤原竜也(2016年)(出典:ウィキメディア・コモンズ) | |
| 略称 | ホリプロ |
| 国家 | 日本 |
| 種類 | 株式会社 |
| 市場情報 | 非上場(2012年5月上場廃止。旧東証1部 9667) |
| 業種 | サービス業(芸能プロダクション・興行・映像制作) |
| 本社所在地 | 東京都品川区北品川五丁目1番18号 住友不動産大崎ツインビル東館12階(目黒区下目黒の本社建替えに伴う仮移転、2024年4月〜) |
| 設立日 | 1963年1月16日 |
| 年齢 | 63周年 |
| 設立者 | 堀威夫 |
| 代表者 | 菅井敦(代表取締役社長) |
| 資本金 | 1億円 |
| 従業員数 | 261名(2024年会社案内時点) |
| 主要株主 | ホリプロ・グループ・ホールディングス(親会社) |
| 主要部門 | マネージメント、映像、公演(舞台・ミュージカル)、スポーツ文化、音楽 |
| 主要子会社 | ホリプロコム、ホリプロ・ブッキング・エージェンシー、ホリプロインターナショナル、ホリプロデジタルエンターテインメント、ステラキャスティング、HT Entertainment ほか(いずれもグループ会社) |
| 関係する人物 | 堀威夫、堀義貴、和田アキ子、山口百恵、榊原郁恵、綾瀬はるか、石原さとみ、深田恭子、藤原竜也 |
| 代表作品 | ミュージカル『ピーター・パン』、『デスノート THE MUSICAL』、舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』(共同主催) |
| 別名 | 堀プロダクション、ホリプロダクション(旧称) |
| リンク | https://www.horipro.co.jp/ |
概要[編集]
ホリプロとは、東京都に本社を置く日本の大手芸能事務所である。1960年に元バンドマンの堀威夫が創業し、和田アキ子や山口百恵を世に送り出したのち、「ホリプロタレントスカウトキャラバン」から綾瀬はるか・石原さとみ・深田恭子の“ホリプロ三人娘”を輩出した。タレントのマネジメントだけでなく、ミュージカルや舞台の制作も得意としている。
詳細[編集]
どんな会社?[編集]
ホリプロは、俳優・歌手・タレント・お笑い芸人・声優・スポーツ選手・文化人まで抱える総合芸能プロダクションである。2026年現在、株式会社ホリプロは持株会社「ホリプロ・グループ・ホールディングス」の傘下にあり、グループ全体で15社前後の会社を束ねている。本体の事業は大きく5つに分かれていて、タレント発掘・育成を担うマネージメント事業本部、CMやドラマ・映画を作る映像事業本部、舞台・ミュージカルを作る公演事業本部、アスリートや文化人を担当するスポーツ文化事業本部、音楽制作や著作権管理を行う音楽事業本部がある。
“芸能プロを一企業に”という思想[編集]
創業者の堀威夫は「芸能プロを一企業として社会に認知させたい」と考え、どんぶり勘定が当たり前だった業界で経営の健全化を進めた。その結果、1989年に芸能プロとしては業界初の株式公開を実現し、1997年には東証2部、2002年9月には東証1部に上場している。また「会社の売上を1人のタレントに25%以上偏らせない」というルールを自らに課していたことでも知られ、特定のスターに依存しない多角経営を進めてきた。
固定給と寮生活[編集]
ホリプロは業界では珍しい定額報酬制(固定給)を採用していることで有名である。元所属の小島瑠璃子がテレビで「普通のOLと同じぐらいの給料」と話したこともあり、ネットではたびたび話題になる。一方で給料が安定しているぶん長く在籍するタレントが多いとされ、タレントのアルバイト禁止や、若手時代の入寮制度など、昔ながらの“育てる事務所”らしい文化も残っている。
社名の由来[編集]
「堀」という個人名を冠しているのには理由がある。堀威夫は1960年に「東洋企画」を設立して専務となったが、内紛で同社を追われ、同じ年に自分の会社として「堀プロダクション」を立ち上げた。分裂劇のあとだったため、自らの会社であることをはっきり示すために名字を社名に入れたとされている。
歴史[編集]
創業期:バンドマン社長の誕生[編集]
堀威夫は1932年、横浜市生まれ。学生時代からバンド活動に打ち込み、明治大学在学中には小坂一也らの「ワゴン・マスターズ」でギタリストを務めた。1957年にはバンド「スウィング・ウエスト」を結成してリーダーとなり、この頃は渡辺プロダクションに所属していた。1960年5月、有限会社堀プロダクションを設立。1963年1月に株式会社へ改組すると同時に「ホリプロダクション」へ社名を変え、略称の「ホリプロ」が1990年10月に正式社名になった。
第1号タレントと和田アキ子[編集]
ホリプロの第1号タレントは歌手の守屋浩で、守屋はのちに引退して裏方に回り、スカウトキャラバンの運営にも関わった。1960年代には舟木一夫、ザ・スパイダース、ザ・ヴィレッジ・シンガーズなどを抱える。そして事務所の看板となったのが和田アキ子である。堀は大阪のジャズ喫茶で歌っていた15歳の和田を見出し、「あなたと一緒に世界で勝負したい」と口説き落とした。和田は1968年10月に「星空の孤独」でレコードデビューし、以来ずっとホリプロ一筋。在籍期間は女性タレント・全体を通じて最長とされる。
山口百恵の時代[編集]
1972年12月、日本テレビのオーディション番組『スター誕生!』で準優勝した山口百恵には20社から指名が殺到し、最終的にホリプロダクションとCBS・ソニーに所属が決まった。1973年5月にデビューすると、同じくホリプロの森昌子、そして桜田淳子とともに「花の中三トリオ」と呼ばれ、国民的アイドルに成長する。百恵の大ブレイクは会社の成長に直結し、目黒に建てた自社ビルが業界で「百恵ビル」と呼ばれたほどだった。
百恵引退と20周年[編集]
1979年10月、百恵は大阪のリサイタルで三浦友和との交際を公表し、翌1980年3月に婚約と芸能界引退を発表した。10月5日の日本武道館でのファイナルコンサート、そして10月15日のホリプロ創立20周年記念式典での会見をもって芸能界を去っている。自叙伝『蒼い時』では堀社長との衝突も振り返られており、トップアイドルと事務所の関係を考えるうえで今も語られるエピソードとなっている。
上場からMBOへ[編集]
上場企業として成長したホリプロだったが、2011年12月、創業家の資産管理会社「青春社」によるマネジメント・バイアウト(MBO)を発表した。買付価格は1株1,050円で、発表前日の終値627円に対し約67.5%のプレミアム。買付総額は約75億円で、公開買付期間は2011年12月19日〜2012年2月6日だった。青春社は当時すでに発行済株式の約45%を保有していた。会社側は広告費の削減やテレビ視聴の変化を背景に、上場を続けるメリットが小さいと説明し、タレントマネジメントの見直しやアジア展開など抜本的な改革を進めるためとした。当時の報道では、暴力団排除条例をめぐる業界事情や上場維持コストの増加も背景として指摘されている。2012年5月、子会社化に伴い上場廃止となった。
持株会社体制と世代交代[編集]
2020年6月、堀威夫はファウンダー最高顧問から勇退した。翌2021年には文化功労者に選ばれている。2022年6月には息子の堀義貴がホリプロ社長を退任し、ホリプロ・グループ・ホールディングスの代表取締役社長CEOに就任。ホリプロ本体の社長には菅井敦が就き、持株会社がグループ全体を統括する体制に移った。
ホリプロタレントスカウトキャラバン[編集]
誕生と初代グランプリ[編集]
「ホリプロタレントスカウトキャラバン」(TSC)は1976年に始まった新人発掘オーディションで、“全国にスターの卵を探しに行く”というコンセプトのもと、堀威夫が企画した。第1回グランプリは榊原郁恵。榊原の活躍によって、芸能事務所が自社主催のオーディションで新人を探すスタイルが業界に定着したとされている。名前に「歌手」でも「アイドル」でもなく「タレント」とつけたのは、テレビ主導の時代になり、ジャンルを固定しない“マルチユース”な人材が求められるようになったからだと堀は語っている。
アイドル黄金期[編集]
1980年代はアイドル歌手の登竜門として機能し、1981年に堀ちえみ、1984年に井森美幸がグランプリを獲得。同じ1984年には鈴木保奈美が審査員特別賞を受けている。1985年には山瀬まみがグランプリに輝いた。1988年まではアイドル発掘が中心だったが、1989年からは毎年テーマや対象年齢を変える方式になる。
「奇跡の7年間」とホリプロ三人娘[編集]
1990年代に入ると女優発掘路線に舵を切り、1990年には戸田菜穂がグランプリに。そして1996年から2002年の7年間は、のちに「奇跡の7年間」と呼ばれる時期になる。1996年に深田恭子がグランプリ、2000年に綾瀬はるかが審査員特別賞、2002年に石原さとみがグランプリを受賞し、3人はやがて“ホリプロ三人娘”として事務所の顔になった。深田は歌手活動を活かしたアイドル路線、綾瀬はバラエティでの親しみやすさ、石原は俳優養成所での段階的な育成と、売り出し方がそれぞれ違っていたのが面白いところ。社内の女性スタッフが「ホリプロって、お嫁さんにしたいような人を選んでいるんじゃないですかね」と話したエピソードも残っている。
2000年代以降のキャラバン[編集]
その後も2009年の小島瑠璃子、2011年の声優アーティスト・田所あずさ、2016年に最年少グランプリとなった吉柳咲良など、多彩な人材が生まれている。2017年度には20年ぶりに男女同時募集を行い、2018年には5人組ユニット「821」をグランプリに選ぶなど、変化球の回もある。コロナ禍では2019年度・2021年度が休催となり、2020年度はWeb審査を取り入れて開催された。2023年度は「ナチュラルガール」がテーマだった。
第47回は史上初の男性ボーカル[編集]
第47回はエイベックスと組んだ「Horipro Vocal Scout Caravan」として開催され、キャラバン史上初めて男性ボーカルに絞ったオーディションとなった。書類選考・地方予選・ビデオ審査・3回の合宿審査を経て、2025年12月22日に川崎のSUPERNOVA KAWASAKIで5人組ボーカルユニット「unløck(アンロック)」の誕生が発表され、2026年4月1日にデビューした。オーディションの様子はX (SNS)のオリジナル番組としてドキュメンタリー配信もされている。
主な所属タレント[編集]
女優[編集]
2026年時点で、綾瀬はるか・石原さとみ・深田恭子の三人娘はいずれもホリプロ所属のまま活動している。綾瀬は2025年の大河ドラマ『べらぼう』で語りを担当し、2026年10月2日には主演映画『ファーストボイス』(監督:前田哲)が公開予定。石原さとみは2025年3月に第2子の妊娠を発表して産休に入り、それ以前には映画『ミッシング』『ラストマイル』やドラマ『Destiny』に出演した。深田恭子は2021年に体調不良で一時休業したが同年秋に復帰し、2024年の映画『はたらく細胞』などに出演、2026年版カレンダーも発売されている。ほかに優香らも所属している。
俳優[編集]
男性陣では藤原竜也、妻夫木聡、鈴木亮平、松山ケンイチ、竹内涼真らが所属する。妻夫木は1997年、ナムコ・アミューズ・ホリプロ・ニッポン放送が組んだオーディションでグランプリを獲得したことがきっかけでホリプロ入りした。竹内涼真は2026年のFIFAワールドカップでスペシャルナビゲーターを務めている。藤原竜也は2026年に村上春樹原作の舞台『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』で主演し、シンガポールなどを回るワールドツアーにも出た。
大河ドラマとホリプロ[編集]
NHKの大河ドラマでは、ホリプロ勢の主演・ヒロイン起用が目立つ。2004年『新選組!』の優香、2005年『義経』の石原さとみ、2009年『天地人』主演の妻夫木聡、2012年『平清盛』主演の松山ケンイチとヒロインの深田恭子、2013年『八重の桜』主演の綾瀬はるか、2018年『西郷どん』主演の鈴木亮平と、ほぼ常連と言っていい顔ぶれである。
退所・独立したタレント[編集]
過去の所属者には山口百恵、石川さゆり、森昌子、井上陽水、浜田省吾などそうそうたる名前が並ぶ。小島瑠璃子は2023年に退所したと報じられ、その後もホリプロに戻らない道を選んだと伝えられている。また2025年4月には俳優部門のグループ会社「ホリ・エージェンシー」(1977年設立)がホリプロ・ブッキング・エージェンシーに吸収合併され、47年の歴史に幕を下ろした。この再編にあわせ、波瑠は2024年末で退所、向井理は2025年4月から個人事務所での活動を始めている。
お笑い・声優・スポーツ[編集]
お笑い部門はグループ会社のホリプロコムが担当し、バナナマン、スピードワゴン、ザ・たっちなどが所属する。1990年代初頭からお笑いの勉強会を開いており、遅刻すると罰則、ネタ帳を破かれるなど、吉本並みに厳しい指導で知られたという。声優・アーティストはホリプロインターナショナルが受け持ち、May'nのアニソンでの海外人気をきっかけに声優事業を強化してきた。スポーツ文化部には武田修宏、大林素子などのアスリート出身者がいる。
ミュージカル・舞台制作[編集]
夏の風物詩『ピーター・パン』[編集]
ホリプロの舞台制作を語るうえで欠かせないのが、1981年に日本初演されたブロードウェイミュージカル『ピーター・パン』である。初代ピーター・パンは榊原郁恵で、以降は歴代のピーター役が“ホリプロの若手女優の出世コース”になってきた。2026年は11代目ピーター・山崎玲奈の4年目にして最終年で、7月27日に東京国際フォーラムホールCで開幕した。45年以上続く夏の定番として、親子連れの観客にも親しまれている。
『デスノート THE MUSICAL』とロンドン進出[編集]
2015年には、DEATH NOTEを原作に、作曲にフランク・ワイルドホーンを迎えた完全自社制作のオリジナルミュージカル『デスノート THE MUSICAL』を発表した。日本側が原著作権を持つオリジナル作品で世界に打って出るという狙いで、これまで日本で4回、韓国で5回上演されている。そして2026年8月11日、初の英語版がロンドンのバービカン劇場で開幕(9月12日まで、全51公演)。英国のトラファルガー・シアター・プロダクションズとの共同プロデュースで、プレビュー公演11回が全ステージ完売するなど好スタートを切った。堀義貴会長は「海外で稼ぐ」と意気込みを語っている。
『ハリー・ポッターと呪いの子』[編集]
2022年7月にTBS赤坂ACTシアターで開幕した舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』は、TBS・ホリプロ・ATG Entertainmentの共同主催による大型ロングラン公演である。初代ハリー役の藤原竜也をはじめ、石丸幹二、向井理、藤木直人、稲垣吾郎ら歴代10人のハリーが登場し、累計動員は130万人超、通算公演数は1300回を突破した。日本公演は2026年12月27日の千秋楽で幕を閉じることが発表されており、2026年はラストイヤーとして歴代キャストが再集結している。
その他の主要演目[編集]
2026年のラインナップだけでも『メリー・ポピンズ』(東宝・TBS・梅田芸術劇場との共同主催)、『ジャック・ザ・リッパー』『ラ・カージュ・オ・フォール』『ディア・エヴァン・ハンセン』『ジキル&ハイド』、彩の国シェイクスピア・シリーズ最新作『リア王』など多数。企画開発から制作・上演までを一貫して自社で行う体制が強みで、2027年には『スウィーニー・トッド』も控えている。
グループ会社と事業[編集]
主なグループ会社[編集]
持株会社のホリプロ・グループ・ホールディングスの下には、次のような会社が並ぶ。
- ホリプロ:グループの中核。タレントマネジメント、映像・公演・音楽事業
- ホリプロコム:2003年設立。お笑い芸人中心
- ホリプロ・ブッキング・エージェンシー:俳優中心。2025年4月にホリ・エージェンシーを吸収合併
- ホリプロインターナショナル:2018年6月設立。声優・アーティスト
- ホリプロデジタルエンターテインメント:2018年7月設立。デジタルコンテンツやマーケティング
- ステラキャスティング:2013年6月設立。CMキャスティング・イベント企画
- ホリプロ・インプルーブメント・アソシエーション:1997年設立。中学生以下のタレント育成
- ホリックス:映画・ドラマ制作
- 新音楽協会:ミュージシャン・作曲家のマネジメント
- 伊真沁:なんと京料理の料亭を運営
- そのほかHT Entertainment、プロダクション・パオ、ブース、一般財団法人ホリプロ文化芸能財団など
SUPERNOVA KAWASAKI[編集]
2023年10月15日、ホリプロ初のエンタメホール「SUPERNOVA KAWASAKI」が川崎市にオープンした。ライブやイベントに使われ、前述のunløck誕生発表の会場にもなっている。
TBSとの関係[編集]
TBSとは関係が深く、『ハリー・ポッターと呪いの子』や『メリー・ポピンズ』の共同主催のほか、和田アキ子が約40年司会を務めたTBSテレビの『アッコにおまかせ!』もホリプロを代表する番組だった。ただし資本面では、MBOで非上場化した際の買い手は創業家側の青春社で、現在の親会社もホリプロ・グループ・ホールディングスである。TBSがホリプロの親会社・大株主であることを示す公開資料は、少なくとも確認できる範囲では見当たらない。
2026年時点の動向[編集]
『アッコにおまかせ!』の終了[編集]
2025年11月2日、和田アキ子は生放送の『アッコにおまかせ!』で、番組が2026年3月で終了することを自ら発表した。1985年10月に始まった長寿番組で、和田は40周年を迎えたことを受けて「これが1番いいタイミング」と語った。ホリプロ最古参の看板タレントが日曜昼の顔を卒業したことは、事務所にとっても一つの時代の区切りとなった。
本社建て替え[編集]
目黒区下目黒の本社は建て替えのため、2024年4月からグループの一部が品川区大崎の住友不動産大崎ツインビル東館に仮移転している。新社屋は大和ハウス工業が設計施工を担い、地上5階・地下1階、延べ床面積約6,600平方メートルの計画で、2026年3月に着工、2028年8月の完成を予定している。
海外展開の加速[編集]
2026年は『デスノート』のロンドン公演、藤原竜也主演舞台のワールドツアーと韓国公演など、舞台作品の海外展開が一気に進んだ年になった。さらにグループとしてデジタル証券株式会社への出資も発表しており、エンタメ以外の分野にも目を向けている。
余談[編集]
- 堀威夫は大の沢庵(たくあん)好きで、自宅で漬けている。重石に使っている石臼は、なんと三船敏郎と梶芽衣子からもらったものだという。社訓は「いい顔つくろう」。
- 1990年代後半には、モーションキャプチャ技術を使ったバーチャルアイドル「伊達杏子」を企画していた。VTuberが登場するずっと前の話である。
- 1989年にはアメリカのロックバンドKISSの楽曲出版権を買い取ったことがあり、1990年にはナッシュビル、2006年にはロサンゼルスに拠点を構えるなど、早い時期から海外に目を向けていた。
- グループ会社の伊真沁は京料理の料亭を運営しており、「芸能事務所なのに料亭」という意外な一面を持つ。
- 2015年度からは新潟県の十日町雪まつりの企画・演出も手がけている。
- 2008年のスカウトキャラバンでは、史上初めて小学生がグランプリに選ばれた。