角川映画
かどかわえいが / Kadokawa Pictures
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/e/eb/稚魚と角川春樹.jpg
角川映画を率いた角川春樹(出典:Wikimedia Commons)
略称 角川
国家 日本
種類 映画ブランド(KADOKAWAの映画事業ブランド。法人としての角川映画株式会社は2011年に角川書店へ合併)
市場情報 非上場(親会社KADOKAWAは東京証券取引所プライム市場上場)
業種 映画の製作・配給
本社所在地 東京都千代田区富士見(KADOKAWA本社)
設立日 1976年1月8日
年齢 50周年
設立者 角川春樹
代表者 夏野剛(KADOKAWA取締役 代表執行役社長CEO)
上場 なし
年間売上 KADOKAWAアニメ・実写映像事業 482億5600万円(2026年3月期)
所有者 KADOKAWA
主要部門 実写映画、アニメ映画、映画配給
主要子会社 角川大映スタジオ、KADOKAWA K Plus
関係する人物 角川春樹、角川歴彦、薬師丸ひろ子、原田知世、渡辺典子、松田優作、渡瀬恒彦、市川崑、大林宣彦、深作欣二
代表作品 『犬神家の一族』、『人間の証明』、『野性の証明』、『セーラー服と機関銃』、『時をかける少女』、『里見八犬伝』、『Wの悲劇』、『天と地と』、『リング』
別名 角川春樹事務所(1976年 - 1993年頃の製作主体)、角川大映映画、角川ヘラルド映画
リンク https://www.kadokawa.co.jp/


概要[編集]

角川映画(かどかわえいが、1976年 - )とは、出版社の角川書店(現・KADOKAWA)が手がける映画、およびその製作・配給ブランドである。1976年に角川春樹が『犬神家の一族』で映画製作に乗り出し、文庫本と映画とテレビCMを連動させる「角川商法」で日本映画界の常識を変えた。薬師丸ひろ子・原田知世・渡辺典子の「角川三人娘」を生み、2026年に50周年を迎えた。

詳細[編集]

「出版社が映画を作る」という発明[編集]

角川映画の出発点は、本を売るための映画だった。1975年、角川書店はATGの映画『本陣殺人事件』に宣伝協力費として50万円を出資し、横溝正史作品の文庫フェアと連動させていた。次に組んだ松竹が『八つ墓村』の製作を延期したことで、予定していた横溝正史フェアの計画が狂う。そこで当時の角川書店社長・角川春樹は、他社に頼らず自分で映画を作ることを決めた。

1976年1月8日、映画製作会社として初代の「株式会社角川春樹事務所」を設立。同年10月16日、第1作『犬神家の一族』(市川崑監督、石坂浩二主演)が東宝配給で公開された。製作費は角川側1億5000万円・東宝側7000万円に対し、宣伝費は総額3億円。それまで映画会社が避けていたテレビのスポットCMを日本映画として初めて大量投入し、「金田一さん、事件ですよ」のコピーが茶の間に流れた。配給収入は15億6000万円で、1976年度の邦画で第2位。横溝正史の角川文庫は累計1800万部に達したとされる。

「読んでから見るか、見てから読むか」[編集]

角川商法を決定づけたのが、第2作『人間の証明』(1977年)である。森村誠一の原作小説を映画化し、新聞広告には「読んでから見るか。見てから読むか。」というコピーを掲げた。本と映画のどちらを先に体験してもいい、とにかく両方買ってくれ、という意味で、書籍と映画を一体で売るメディアミックスの象徴的なフレーズとして今も引用される。

テレビCMでは西條八十の詩の一節「母さん、僕のあの帽子、どうしたでしょうね」が繰り返し流れ、ジョー山中が歌う主題歌「人間の証明のテーマ」もヒットチャートのベストテン入り。原作小説は単行本・文庫合わせて770万部以上を売り、映画は1977年の配給収入ランキングで洋画の『キングコング』、邦画の『八甲田山』に次ぐ3位に入った。撮影は日活撮影所、配給は東映洋画部、上映は東宝の洋画系劇場という異例の組み合わせで、撮影所も専属スタッフも持たない角川ならではの「外注型」の作り方だった。

本・映画・音楽のトライアングル[編集]

角川映画のもう一つの特徴は、音楽も自社で押さえたことだ。角川書店は角川音楽出版や角川レコードといった音楽部門を作り、主題歌をヒットさせることで映画と原作本の宣伝をさらに加速させた。角川文庫には映画の割引券を兼ねた栞を挟み込み、『犬神家の一族』のときは1000万冊以上に入れたとされる。

1977年には映画情報誌『バラエティ』も創刊している。書店の平台、テレビCM、ラジオから流れる主題歌、映画館のスクリーンがすべて同じ作品を指さす仕組みは、のちに「メディアミックス」と呼ばれる手法の先駆けだった。映画評論家の大高宏雄は、角川春樹時代の角川映画は65本で配給収入の合計が463億円、歴代邦画ヒット上位50本のうち12本を角川映画が占めたと指摘している。

一本立て大作という賭け[編集]

当時の邦画各社は2本立て興行が主流だったが、角川は大作1本で勝負する路線を取った。三船敏郎や鶴田浩二といった大物を脇役に起用し、監督にも高額のギャラを払った。この「一本立て大作」路線は他社にも影響を与え、邦画にブロックバスターのブームをもたらしたとされる。

ただし大作は外れたときの傷も大きい。南極ロケを含む『復活の日』(1980年)は製作費約22億円をかけ、配給収入約24億円を上げたものの、宣伝費などを含めると回収しきれなかった。この経験が、のちのアイドル映画路線への転換につながっていく。

歴史[編集]

1976年 - 1979年:ミステリーと大作の時代[編集]

初期の角川映画は、横溝正史・森村誠一・大藪春彦・半村良といった角川文庫の看板作家の原作で固められた。1978年の第3弾『野性の証明』(佐藤純彌監督、高倉健主演)は配給収入21億8000万円を記録。クライマックスはアメリカ・カリフォルニア州のキャンプ・ロバーツでロケを行い、軍隊が押し寄せる場面を撮影した。この作品で13歳の薬師丸ひろ子が映画デビューし、テレビCMで流れた「お父さん怖いよ。何か来るよ。大勢でお父さんを殺しにくるよ。」というセリフが流行した。

1979年には『蘇える金狼』(村川透監督、松田優作主演)と『戦国自衛隊』(斎藤光正監督、千葉真一主演)を公開。『戦国自衛隊』は配給収入13億5000万円でほぼ採算ラインに乗せ、「歴史は、我々に何をさせようというのか?」のコピーで知られる。松田優作は『人間の証明』『蘇える金狼』に続き、1980年の『野獣死すべし』にも主演し、角川映画のハードボイルド路線の顔となった。同作のCMコピー「狼は生きろ、豚は死ね。」も角川映画を代表するフレーズである。

1980年代前半:アイドル映画と黄金期[編集]

路線転換の決定打は、1981年の『セーラー服と機関銃』(相米慎二監督)だった。赤川次郎の小説を原作に、薬師丸ひろ子が組長を継ぐ女子高生・星泉を演じ、機関銃を撃ったあとの「カイカン。」は流行語になった。組員・佐久間役で共演したのが渡瀬恒彦である。製作費1億5000万円に対して配給収入は23億円という桁違いの効率で、以後の角川映画は自前のスター女優を主演に据えた2本立て興行へと舵を切る。

1982年4月には「角川映画大型新人女優募集」を実施。応募総数5万7480名の中から渡辺典子がグランプリに選ばれ、長崎に住む中学2年生だった原田知世も見いだされた。原田は応募の動機を「真田広之に会いたかった」と後年語っている。薬師丸・原田・渡辺の3人は「角川三人娘」と呼ばれ、映画・主題歌・CMで売り出された。

1983年は黄金期のピークで、薬師丸ひろ子と松田優作共演の『探偵物語』(根岸吉太郎監督)と、原田知世の映画デビュー作『時をかける少女』(大林宣彦監督)の2本立ては配給収入28億円を記録。同年暮れの『里見八犬伝』(深作欣二監督、薬師丸ひろ子・真田広之主演)は配給収入23億2000万円で1984年の邦画1位となった。同じ1983年には、マッドハウスと組んだ角川初のアニメ映画『幻魔大戦』も配給収入10億円を超えている。

作品の評価面でも、松竹配給の『蒲田行進曲』(1982年、深作欣二監督)、『Wの悲劇』(1984年、澤井信一郎監督)、『麻雀放浪記』(1984年、和田誠監督)などが映画賞を受賞し、キネマ旬報ベスト・テンにも入選した。角川春樹自身も1982年に藤本賞を受賞し、同年の『汚れた英雄』で監督デビューを果たしている。

1980年代後半 - 1993年:失速と『天と地と』[編集]

1980年代半ばになると、フジテレビが大量のテレビ宣伝を武器に映画製作へ参入し、角川映画のお家芸だった「テレビで映画を売る」手法が他社の武器にもなった。1985年に薬師丸ひろ子が角川春樹事務所を離れ、1986年には原田知世・渡辺典子も独立。同年、芸能マネジメント部門は廃止された。

1985年からは配給業にも乗り出し、札幌に角川シアターを開館したが、配給は東宝との共同配給の範囲にとどまった。1990年には角川映画15周年記念作として、上杉謙信と武田信玄の川中島の戦いを描く『天と地と』(角川春樹監督)を公開。カナダで大規模な合戦シーンを撮影し、興行収入92億円の大ヒットとなった。

一方、ハリウッド進出をうたった『ルビー・カイロ』(1992年)は配給契約が破棄され、製作費33億円に対して回収は5億円前後にとどまったとされる。映画事業の借入金は180億円に達したと報じられ、1992年には角川春樹と弟・角川歴彦の対立から角川書店でお家騒動も起きた。

1993年:角川春樹事件[編集]

1993年8月29日、角川春樹は麻薬取締法違反・関税法違反・業務上横領の疑いで千葉県警に逮捕された。部下にアメリカからコカインを密輸させ、その購入資金に会社の金を流用したという容疑である。角川春樹は角川書店の社長を辞任し、角川歴彦が社長に就いた。同年7月公開の『REX 恐竜物語』が、角川春樹体制で作られた最後の角川映画となった。

裁判は長期化し、2000年に最高裁で懲役4年の実刑が確定。2001年に収監され、2004年に仮出所した。角川春樹はその後、角川書店時代の映画の著作権が自分に属すると主張して訴訟を起こしたが、裁判所は著作権は角川書店側にあると判断した。春樹時代の作品にあった「角川春樹 製作」系のクレジットは、のちのビデオやテレビ放送で外されたものもあり、2014年以降の4Kブルーレイ化の際に一部が復元されている。

1995年 - 2011年:角川歴彦時代と再編[編集]

角川歴彦の体制下で、角川映画は「文庫を売るための映画」から「ビジネスとしての映画」へ性格を変えていく。1995年には日本ヘラルド系のヘラルド・エースと組んでエース・ピクチャーズを設立(1998年にアスミックと合併しアスミック・エース エンタテインメントに)。1997年の新聞広告では「新角川映画始動!」と銘打ち、『パラサイト・イヴ』『失楽園』、そして新世紀エヴァンゲリオンの劇場版『シト新生』を送り出した。

1998年には鈴木光司原作の『リング』(中田秀夫監督、松嶋菜々子主演)が大ヒットし、Jホラーブームの火付け役となった。2002年には経営難の大映の資産を取得して角川大映映画を設立し、旧大映が持つガメラシリーズなどの作品群と調布の撮影所を手に入れた。2004年に角川大映映画などを統合して角川映画株式会社が発足、2005年には日本ヘラルド映画を買収し、角川ヘラルド・ピクチャーズ、角川ヘラルド映画を経て2007年に再び角川映画株式会社に戻るなど、社名がめまぐるしく変わった時期である。2006年には市川崑が自らリメイクした『犬神家の一族』を30周年記念作として公開している。

2011年1月1日、角川映画株式会社は角川書店に合併されて法人としては消滅し、「角川映画」は社内のブランド名となった。2013年10月には角川書店がKADOKAWAに統合され、現在に至る。

主な作品[編集]

角川春樹時代(1976年 - 1993年)[編集]

公開年 作品 監督 主演・主な出演
1976 犬神家の一族 市川崑 石坂浩二、高峰三枝子、島田陽子
1977 人間の証明 佐藤純彌 松田優作、岡田茉莉子
1978 野性の証明 佐藤純彌 高倉健、薬師丸ひろ子
1979 蘇える金狼 村川透 松田優作
1979 戦国自衛隊 斎藤光正 千葉真一
1980 復活の日 深作欣二 草刈正雄
1980 野獣死すべし 村川透 松田優作
1981 ねらわれた学園 大林宣彦 薬師丸ひろ子
1981 セーラー服と機関銃 相米慎二 薬師丸ひろ子、渡瀬恒彦
1982 蒲田行進曲 深作欣二 風間杜夫、松坂慶子、平田満
1982 汚れた英雄 角川春樹 草刈正雄
1982 伊賀忍法帖 斎藤光正 真田広之、渡辺典子
1983 探偵物語 根岸吉太郎 薬師丸ひろ子、松田優作
1983 時をかける少女 大林宣彦 原田知世
1983 幻魔大戦(アニメ) りんたろう (声)古谷徹
1983 里見八犬伝 深作欣二 薬師丸ひろ子、真田広之
1984 麻雀放浪記 和田誠 真田広之
1984 Wの悲劇 澤井信一郎 薬師丸ひろ子
1984 晴れ、ときどき殺人 井筒和幸 渡辺典子
1985 早春物語 澤井信一郎 原田知世
1986 彼のオートバイ、彼女の島 大林宣彦 竹内力、原田貴和子、渡辺典子
1990 天と地と 角川春樹 榎木孝明
1993 REX 恐竜物語 角川春樹 安達祐実

1993年以降[編集]

公開年 作品 備考
1997 失楽園 「新角川映画」の第一陣
1998 リング Jホラーブームの起点
2004 着信アリ 角川大映映画の製作第1作
2006 犬神家の一族 市川崑によるセルフリメイク、30周年記念
2009 沈まぬ太陽 東宝配給
2016 セーラー服と機関銃 -卒業- 40周年記念、橋本環奈主演
2016 君の名は。 製作委員会に参加
2021 妖怪大戦争 ガーディアンズ 2005年の『妖怪大戦争』に続く新作

角川三人娘[編集]

薬師丸ひろ子[編集]

薬師丸ひろ子は、1978年の『野性の証明』で高倉健の相手役となる少女・頼子を演じてデビューした。当時13歳。『セーラー服と機関銃』では主題歌も歌い、映画と歌の両方で大ヒットを飛ばした。『探偵物語』『里見八犬伝』『Wの悲劇』と主演作が続き、三人娘の中でも別格の存在だった。1985年に角川春樹事務所から独立している。

2026年の角川映画50周年に寄せたメッセージでは、13歳のときに高倉健主演の『野性の証明』で映画界に入ったことを振り返り、昔の観客にも初めて観る人にも大きなスクリーンで楽しんでほしいとコメントした。

原田知世[編集]

原田知世は1982年の新人女優募集をきっかけに角川入りし、まずフジテレビのドラマ版『セーラー服と機関銃』に主演。撮影現場で「来年は映画だよ」と告げられ、翌1983年の『時をかける少女』でスクリーンデビューを果たした。広島県尾道市を舞台にした同作は中学3年の春休みを使って約1か月で撮影され、松任谷由実が作詞作曲した主題歌も原田自身が歌った。本人は同作を「代表作」と位置づけている。

その後も角川春樹監督の『愛情物語』(1984年)、『早春物語』(1985年)などに主演し、1986年に独立した。

渡辺典子[編集]

渡辺典子は1965年生まれ、大分県大分市出身。1982年4月の「角川映画大型新人女優募集」で応募総数5万7480名の頂点に立ち、同年の『伊賀忍法帖』(斎藤光正監督、真田広之主演)でデビューした。『積木くずし』(1983年)、『晴れ、ときどき殺人』(1984年)、『いつか誰かが殺される』(1984年)などに主演し、1986年に角川春樹事務所を離れている。

作り手たち[編集]

角川春樹[編集]

角川映画の生みの親。角川書店の創業者・角川源義の長男で、1975年に角川書店の社長に就任し、翌1976年から映画製作に乗り出した。プロデューサーにとどまらず、『汚れた英雄』(1982年)、『愛情物語』(1984年)、『キャバレー』(1986年)、『天と地と』(1990年)、『REX 恐竜物語』(1993年)などで自らメガホンも取った。

事件後の1995年4月、角川書店株の売却益を元手に2代目の株式会社角川春樹事務所を設立して出版界に復帰し、1997年にはハルキ文庫を創刊した。映画では『時をかける少女』(1997年)、『笑う警官』(2009年)、高田郁原作の『みをつくし料理帖』(2020年)を監督している。

起用された監督と俳優[編集]

角川映画には、市川崑、佐藤純彌、深作欣二、大林宣彦、相米慎二、井筒和幸、森田芳光、根岸吉太郎、崔洋一、斎藤光正といった監督が参加した。とくに大林宣彦と相米慎二は、角川アイドル映画の代表作を通じて名前を広く知られるようになった。

俳優面では高倉健、千葉真一、渡瀬恒彦、室田日出男、松田優作、真田広之ら東映出身・東映系の俳優が多く起用され、アクション色の強い作品群を支えた。角川映画は撮影所を持たない「外注型」だったため、東映のアクション映画の人材と、文庫の人気原作と、テレビ宣伝が組み合わさったところに独特の味が生まれたといえる。

KADOKAWAの映画事業[編集]

現在の体制[編集]

現在の角川映画は、KADOKAWAの映像部門が手がける作品のブランドとして存続している。撮影所は旧大映の流れをくむ角川大映スタジオ(東京都調布市)で、Netflixで配信されたドラマ『極悪女王』の制作も担った。劇場としては角川シネマ有楽町などを運営している。2020年12月からは新作の情報発信がKADOKAWAの公式サイトに移った。

実写では自社原作を中心に「大きくヒットが狙える作品企画と高い制作品質」を掲げ、『首』『カラオケ行こ!』『マッチング』(土屋太鳳主演)、『六人の嘘つきな大学生』(浜辺美波主演、2024年)、『ふしぎ駄菓子屋 銭天堂』(天海祐希主演、2024年)、『見える子ちゃん』(原菜乃華主演、2025年)などを送り出した。2022年には韓国映画の配給会社TIMO Japanを買収してKADOKAWA K Plusとし、韓国映画の配給にも関わっている。アニメ映画の比重も大きく、ライトノベルや漫画などの自社IPを軸にしたメディアミックスは、1970年代の角川商法の延長線上にあるとも言える。

経営の動き[編集]

2022年、角川歴彦が東京オリンピック・パラリンピックをめぐる汚職事件で贈賄容疑で逮捕され、KADOKAWAの会長を辞任した。KADOKAWA側は、角川歴彦が関わった映画企画の見直しも進めたとされる。2021年8月公開の『妖怪大戦争 ガーディアンズ』が、角川歴彦在任中に公開された最後の作品とされる。

2024年12月19日にはソニーグループと資本業務提携を結び、2025年1月の第三者割当増資によりソニーが約500億円を出資して筆頭株主となった。提携では、KADOKAWAのIPをグローバルに実写映画・ドラマ化することが協業分野の一つに挙げられている。

KADOKAWAの2026年3月期決算では、アニメ・実写映像事業の売上高が482億5600万円(前期比5.6%減)、営業損益は4億6500万円の赤字に転落した。実写映像では劇場新作が貢献した一方、前期に大きかった公開済み作品の二次利用収入の反動が響いたと説明されている。2026年には香港の投資ファンド、オアシス・マネジメントが保有比率15.25%でソニーを上回る筆頭株主となり、6月24日の定時株主総会でドワンゴの社長も務めた夏野剛CEOの解任を求める株主提案を出したが、否決された。総会の会場は角川大映スタジオだった。

2026年の動向(50周年)[編集]

角川映画祭[編集]

2026年は第1作『犬神家の一族』から50年にあたり、KADOKAWAは「角川映画50周年プロジェクト」を始動した。第1弾の「角川映画祭」は5月1日から角川シネマ有楽町で開幕し、実写・アニメ計40本を上映。うち19本を4K修復版で上映し、『セーラー服と機関銃』『時をかける少女』『Wの悲劇』『野性の証明』『麻雀放浪記』『失楽園』などは4K版の初披露となった。生誕111年の市川崑の特集として『犬神家の一族』『天河伝説殺人事件』を含む8本も組まれ、7月4日からは大阪のシネ・ヌーヴォなどで順次上映された。角川シネマ有楽町では大学生1100円の「学生応援割」も実施された。

ポスタービジュアルは「ゴージャス編」と「キュート編」の2種類で、角川映画の3つの柱とされる「スケールの大きさ」「若いスター」「ジャンルへの挑戦」を表現した。5月11日には『天と地と』のリバイバル上映で小室哲哉と野村宏伸が舞台あいさつに立った。

角川映画音楽祭[編集]

第2弾は8月9日にBunkamuraオーチャードホールで開かれた「角川映画音楽祭 ~テーマ曲・挿入歌コンサート~」。南佳孝、小室哲哉、マリーン、クミコ、松本隆、佐野史郎、野村宏伸らが出演し、『復活の日』の「You are love」、『スローなブギにしてくれ』、『汚れた英雄』、『メイン・テーマ』、『ぼくらの七日間戦争』の「SEVEN DAYS WAR」、『天と地と』の主題歌などを生演奏で届けた。チケットは全席指定1万5000円だった。

舞台化と公式ガイド[編集]

第3弾として、『時をかける少女』と『セーラー服と機関銃』の舞台化が2027年秋に決定した。『時をかける少女』の芳山和子役は乃木坂46の小川彩(13代目)、『セーラー服と機関銃』の星泉役は同じく乃木坂46の菅原咲月(5代目)で、いずれも舞台単独初主演。演出はヨーロッパ企画の諏訪雅が担当する。

11月28日には、B5判256ページの『角川映画50周年 公式プレミアムガイド』(定価6985円)が発売予定。角川映画祭の上映作約40本を中心に未公開カットも収録し、赤川次郎、スタジオジブリの鈴木敏夫、大林千茱萸らが寄稿する予定とされる。

角川春樹「最後の総監督作」[編集]

角川映画の生みの親である角川春樹は、2026年11月6日公開の映画『星の教室』で総監督を務める。高田郁の同名小説(角川春樹事務所刊)を原作に、義務教育を終えられなかった人々が学ぶ夜間中学を舞台にした物語で、監督は中川龍太郎、主演は桜田ひより。浅野温子、真木よう子、中尾ミエらも出演し、主題歌は新しい学校のリーダーズがカバーする坂本九の「見上げてごらん夜の星を」。角川春樹は前年に倒れてリハビリ中であることを明かし、本作を「最後の作品」として臨むとコメントしている。50周年の年に、角川映画の創始者のラストワークが重なった形である。

評価[編集]

角川映画は、公開当時から賛否が大きく分かれた。映画評論家の白井佳夫は、角川の宣伝手法は業界を後退させ、新しい監督やスターを生まなかったと批判した。大島渚は初期作品を評価しつつも、のちに前売り券の大量販売や大量宣伝を批判している。1980年代には、角川映画の前売り券商法が広く批判の対象になった。

一方で、脚本家の野沢尚は、リスクを取って1980年代の日本映画を生き延びさせたプロデューサーとして角川を評価した。マッドハウスの丸山正雄は、角川のアニメ映画が大人向けアニメーションの道を開いたと述べている。1998年の第21回日本アカデミー賞では、角川映画の日本映画界への貢献に対して角川歴彦に協会特別賞が贈られた。角川春樹自身は、真の意味で大量宣伝が成功したのは『人間の証明』だけだったと語っている。

余談[編集]

  • 『犬神家の一族』で湖から突き出た有名な「逆さ足」は、美術助手の足を型取りして作られたとされる。音楽を担当したのは、劇映画の経験がなかったジャズピアニストの大野雄二だった。
  • 『人間の証明』はニューヨークで本格的なロケを行った最初の日本映画とされる。原作者の森村誠一や映画監督の深作欣二も端役で出演している。
  • 『セーラー服と機関銃』の舞台化で主人公・星泉を演じる菅原咲月は「5代目」。映画の薬師丸ひろ子のほか、ドラマで原田知世、長澤まさみらが同役を演じてきた。
  • 1981年、『ねらわれた学園』の宣伝をめぐって、東宝やジャニーズ側の作品と衝突したことがあるとされる。
  • 角川映画50周年の「角川映画音楽祭」をPRする番組で共演した松本隆と野村宏伸は、その収録が初対面だった。野村が歌った『ボビーに首ったけ』の挿入歌「ボビーにRock'n Roll」の作詞は松本隆である。
  • ビートたけしは、自身の監督作『首』に「製作総指揮」として角川歴彦の名がクレジットされたことについて、関わっていないと不満を述べたことがある。

外部リンク[編集]

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