| Tetsuya Komuro こむろ てつや | |
|---|---|
![]() MTV VMAJ 2014に登場した小室哲哉(2014年。出典:Wikimedia Commons) | |
| 本名 | 小室哲哉 |
| 誕生日 | 1958年11月27日 |
| 年齢 | 67歳 |
| 出身地 | 東京都府中市 |
| 国籍 | 日本 |
| 学歴 | 早稲田実業学校高等部 卒業、早稲田大学社会科学部 除籍 |
| 職業 | 音楽プロデューサー、作曲家、キーボーディスト |
| 肩書 | TM NETWORK(TMNETWORK)リーダー |
| 活動期間 | 1970年代 - 2018年、2020年 - |
| 代表的な実績 | TM NETWORK「Get Wild」(1987年)、篠原涼子 with t.komuro「恋しさと せつなさと 心強さと」(1994年)、H Jungle with t「WOW WAR TONIGHT」(1995年)、安室奈美恵「CAN YOU CELEBRATE?」(1997年)、globe『globe』(1996年) |
| 受賞 | 日本レコード大賞(1995年 - 1998年、プロデュース曲で4年連続)、日本レコード大賞 金賞(1986年、渡辺美里「My Revolution」) |
| 関連活動 | TM NETWORK、globe、TRF、H Jungle with t、PANDORA |
| 別名 | TK、t.komuro、DJ TK |
| あだ名 | TK |
| その他 | 1996年・1997年 高額納税者番付 全国4位 |
| リンク | 小室哲哉 公式サイト |
概要[編集]
小室哲哉(こむろ てつや、1958年11月27日 - )とは、東京都府中市出身の音楽プロデューサー・作曲家・キーボーディストである。1984年にTM NETWORKでデビューし、1990年代にはTRF、篠原涼子、安室奈美恵、globe、華原朋美らを手がけて「小室ファミリー」ブームを起こした。愛称は「TK」。2008年の詐欺事件、2018年の引退表明を経て2020年に音楽活動を再開し、2026年現在もTM NETWORKを軸に活動している。
詳細[編集]
「TK」と呼ばれた男[編集]
1990年代のJ-POPを語るとき、避けて通れないのが小室哲哉である。作詞・作曲・編曲・プロデュースを一人でこなし、シンセサイザーとダンスビートを前面に押し出したサウンドは「TKサウンド」「小室サウンド」と呼ばれた。1995年から1998年にかけて、プロデュース曲が4年連続で日本レコード大賞を受賞。1996年4月にはオリコンのシングルチャート上位5位をプロデュース曲で独占したこともある。
関わった作品の売上は、2008年時点で累計1億7000万枚を超えたとされる。作詞家としても、シングル総売上4200万枚超で日本歴代4位とされるなど、作曲家・作詞家・プロデューサーのどの物差しで測っても数字の桁が違う。当時の音楽番組やCMで、「小室哲哉プロデュース」という肩書きそのものがヒットの保証書のように扱われていた時代があった。
エレクトーンと冨田勲[編集]
音楽の入口は小学5年生で出会ったエレクトーンで、中学時代にはシンセサイザーを手に入れて作曲を本格化させた。1970年の日本万国博覧会(大阪万博)で冨田勲の演奏を間近に見て強い衝撃を受けたとされ、のちに「もしモーツァルトの時代と同じ楽器しかなかったら、この世界で勝負しなかった」という趣旨の発言をしている。電子楽器で新しい音を作ることが、最初から彼の音楽の核だった。
早稲田実業学校高等部を経て早稲田大学社会科学部に進んだが、授業料を楽器代に回していたこともあり単位が取れず、約5年在籍したのち除籍になった。この「学費がシンセに化けた」エピソードは、本人の機材マニアぶりを示す話としてよく引き合いに出される。
小室ファミリーとミリオンの量産[編集]
1993年にavex traxからTRF(当時の表記はtrf)がデビューすると、小室はダンスミュージックを歌謡曲のフォーマットに落とし込む手法で次々とヒットを生んだ。1994年の篠原涼子 with t.komuro「恋しさと せつなさと 心強さと」はシングル200万枚を突破。1995年にはダウンタウンの浜田雅功と組んだH Jungle with tの「WOW WAR TONIGHT 〜時には起こせよムーヴメント〜」も200万枚を超え、お笑い芸人のダブルミリオンという前代未聞の記録になった。
同じ1995年に自らメンバーとして参加するglobeを結成。1996年のアルバム『globe』は400万枚を超え、当時の日本のアルバム売上の歴代記録を塗り替えた。安室奈美恵のアルバム『SWEET 19 BLUES』も300万枚超、華原朋美の『LOVE BRACE』も250万枚超と、1996年の小室関連作品の総売上は1500万枚を超えたとされる。そのほか観月ありさ、内田有紀、hitomi、dos、鈴木あみ(現・鈴木亜美)らにも楽曲を提供・プロデュースし、これらのアーティスト群がメディアで「小室ファミリー」と総称された。
長者番付の常連[編集]
ヒットの規模は、そのまま収入の規模でもあった。小室は1996年・1997年と2年連続で高額納税者番付(いわゆる長者番付)の全国4位に入り、1997年の納税額は約11億7000万円、推定所得は約23億円と報じられた。芸能・音楽関係者としては群を抜く数字で、「音楽で一番稼いだ男」というイメージが定着した。
この時期には香港に現地法人(のちのRojam Entertainment)を設立し、アジア市場への進出にも乗り出している。一方で、2000年代に入るとミリオンヒットは減り、海外事業の不振なども伝えられるようになった。この「頂点からの落差」が、のちの事件報道で繰り返し語られることになる。
経歴[編集]
1980年代:TM NETWORK[編集]
バンド活動を経て、1983年に宇都宮隆、木根尚登と3人でTM NETWORKを結成。同年のコカ・コーラ主催のフレッシュサウンズコンテストで「1974(16光年の訪問者)」がグランプリを獲得し、審査員全員満点だったとされる。1984年4月21日、シングル「金曜日のライオン」とアルバム『RAINBOW RAINBOW』でデビューした。
1986年には作曲家として渡辺美里に提供した「My Revolution」が大ヒットし、日本レコード大賞の金賞を受賞。翌1987年、アニメ『シティーハンター』のエンディングテーマ「Get Wild」がヒットし、TM NETWORKは一気にブレイクした。1988年にはNHK紅白歌合戦に出場。1989年にはソロとして「RUNNING TO HORIZON」「GRAVITY OF LOVE」を出し、2作連続でオリコン1位を獲得している。
1990年代:TMN終了とプロデューサー時代[編集]
1990年にTM NETWORKは「TMN」へ改名(リニューアル)し、1994年4月21日に「プロジェクト終了」を宣言して活動を止めた。ちょうど同じ頃、プロデューサーとしての快進撃が始まる。1991年にavex traxとライセンス契約を結び、1993年にtrfがデビュー。以降、篠原涼子、H Jungle with t、globe、華原朋美、安室奈美恵と、ほぼ毎月のようにミリオンセラーを出す状態が数年続いた。
1995年8月には「avex dance Matrix '95 TK DANCE CAMP」を東京と大阪の万博記念公園で開催し、計6万人を動員。1997年の安室奈美恵「CAN YOU CELEBRATE?」はドラマ主題歌として200万枚を超えるヒットになった。1990年代後半には再びTM NETWORKとしての活動も始めている。
2000年代:失速と事件[編集]
2001年にソニーとの専属プロデューサー契約を解除。安室奈美恵もこの頃に小室プロデュースを離れた。2002年から2007年までは吉本興業と契約するなど活動の場を移したが、1990年代のような大ヒットは出なくなっていた。
2008年11月4日、大阪地検特捜部に詐欺容疑で逮捕された。自身の楽曲の著作権の譲渡を持ちかけて、投資家から5億円をだまし取ったとされる事件で、同月21日に起訴され、保釈された。公判中の2009年3月には、エイベックスの松浦勝人社長(当時)が被害弁済のため約6億5000万円を個人的に貸し付けたことが法廷で明らかになった。2009年5月11日、大阪地裁は懲役3年・執行猶予5年の有罪判決を言い渡し、同月25日に確定した。
2010年代:復帰と引退表明[編集]
執行猶予判決の翌年、2010年にAAAへの楽曲提供で音楽活動に復帰した。2012年には東日本大震災の復興支援コンサートを機にTM NETWORKとしての活動も再開。2014年には結成30周年を迎え、アルバム『QUIT30』を発表したが、2015年に再び充電期間に入った。
2018年1月、『週刊文春』が女性との関係を報じた。小室は1月19日に記者会見を開き、報道された男女関係は否定したうえで、騒動のけじめとして音楽活動から引退する意向を表明した。会見では、妻の介護生活や自身の体調などにも触れながら心境を語り、大きな反響を呼んだ。この会見以降、表立った音楽活動は止まった。
2020年代:活動再開とTM NETWORK再起動[編集]
2020年7月、秋元康作詞による乃木坂46の配信シングル「Route 246」で作曲・編曲を担当し、約2年3か月ぶりの楽曲提供で事実上の活動再開となった。秋元からの依頼で、小室は「友人の期待に応えたい一心で」作ったとコメントしている。
2021年10月にはTM NETWORKが約6年ぶりに「再起動」し、無観客の配信スタジオライブ「How Do You Crash It?」を3回にわたって行った。2022年には全国ツアー「FANKS intelligence Days」を開始。同年3月から理化学研究所の客員主管研究員を務め、年末の第73回NHK紅白歌合戦では篠原涼子の「恋しさと せつなさと 心強さと」で予告なしにピアノ伴奏を務めて話題になった。2023年にはアルバム『DEVOTION』を発表し、デビュー40周年ツアーへとつなげた。
2024年〜2026年:40周年以降[編集]
2024年にTM NETWORKはデビュー40周年を迎えた。鈴木亮平主演のNetflix映画『シティーハンター』ではエンディングテーマに新録の「Get Wild Continual」が使われ、「Get Wild」はストリーミングで累計1億回再生を突破するリバイバルヒットになった。
2025年は特に動きが多い年だった。1月に浅倉大介とのユニットPANDORAが約7年ぶりに再始動し、2月には渋谷の夜空を使ったドローンショー「DIG SHIBUYA DG DRONE SHOW」で音楽演奏を担当。2月から3月にかけてTM NETWORKの映画『Carry on the Memories』が公開され、40周年ツアーの延長戦「YONMARU+01」を大阪・愛知・横浜アリーナで開催した。4月には氷川きよしとのコラボ名義「氷川きよし with t.komuro」で「Party of Monsters」を配信。6月にはDMMの動画配信サービス「DMM TV」のショートドラマで総合プロデューサーを務めることが発表され、12月に作品の配信が始まった。12月には首相官邸で開かれたコンテンツ産業関係者との意見交換会にも参加している。
2026年に入ると、グループ名の表記からスペースを外した「TMNETWORK」へと「サイレントリニューアル」し、新ツアー「TMNETWORK TOUR 2026 QUANTUM」を開催。サポートミュージシャンを入れず3人だけで演奏し、新曲「QUANTUM I」「II」「III」を組曲として披露した。4月8日の横浜アリーナ公演を収めたBlu-rayとアルバム『QUANTUM』は9月23日に発売されている。7月4日には日本テレビの『THE MUSIC DAY 2026』に10年ぶりに出演し、NCTのユニットNCT WISHとTRF「BOY MEETS GIRL」のリメイクを披露した。10月には東京・天王洲のアートフェス「MEET YOUR ART FESTIVAL 2026」のオープニングで現代美術家とのライブインスタレーションを行い、10月20日には浜松市の結婚式場の大聖堂でディナーショーを開いた。
人物[編集]
機材とテクノロジーへの執着[編集]
学費を楽器に回した若い頃から、新しい機材・新しいメディアには真っ先に飛びつくタイプとして知られる。TM NETWORKの頃から巨大なシンセサイザーの要塞に囲まれて演奏する姿がトレードマークで、2011年にはストリーミングスタジオDOMMUNEでのライブ配信、2021年にはNFT作品の公開と、その時代の新しい技術に積極的に関わってきた。
2026年のQUANTUMツアーでは、ステージのLEDに本人が書いた文章を流し、ステルスマーケティングや閲覧履歴に基づく広告、AIなどの話題に触れた。インタビューでは「TMNETWORKを研究所のように見せたい」と語っており、60代後半になっても関心は「次の音」に向いている。
「バズりたい」発言[編集]
2025年6月、DMM TVのショートドラマ事業の発表会に登壇した際には「もう1回ぐらいバズりたい」と本音を明かした。この率直さは昔から変わらず、ヒットの仕組みやマーケティングについてもインタビューで包み隠さず語ることが多い。週刊誌では、この発言に対し「引退宣言は何だったのか」という反応がネット上で出たことも報じられた。
結婚歴[編集]
結婚は3回。1988年に最初の結婚をし、2001年5月に2度目の結婚をしたが翌2002年3月に離婚。同年11月22日にglobeのボーカルKEIKOと結婚した。2018年の引退会見の後に離婚調停に入ったと報じられ、2021年2月26日、KEIKO側が所属事務所を通じて調停離婚の成立を発表した。
主な作品[編集]
TM NETWORK[編集]
| 年 | 作品 | 備考 |
|---|---|---|
| 1984年 | 「金曜日のライオン」/『RAINBOW RAINBOW』 | デビュー作 |
| 1987年 | 「Get Wild」 | アニメ『シティーハンター』エンディング |
| 1988年 | 「BEYOND THE TIME」 | 映画『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』主題歌 |
| 2014年 | 『QUIT30』 | 結成30周年 |
| 2023年 | 『DEVOTION』 | 再起動後のアルバム |
| 2024年 | 「Get Wild Continual」 | Netflix映画『シティーハンター』エンディング |
| 2026年 | 『QUANTUM』 | 「TMNETWORK」表記での新作 |
主なプロデュース・提供曲[編集]
| 年 | アーティスト | 曲 |
|---|---|---|
| 1986年 | 渡辺美里 | 「My Revolution」 |
| 1993年 | trf | 「EZ DO DANCE」 |
| 1994年 | 篠原涼子 with t.komuro | 「恋しさと せつなさと 心強さと」 |
| 1994年 | trf | 「BOY MEETS GIRL」 |
| 1995年 | trf | 「Overnight Sensation 〜時代はあなたに委ねてる〜」(日本レコード大賞) |
| 1995年 | H Jungle with t | 「WOW WAR TONIGHT 〜時には起こせよムーヴメント〜」 |
| 1995年 | 観月ありさ | 「TOO SHY SHY BOY!」 |
| 1996年 | 安室奈美恵 | 「Don't wanna cry」(日本レコード大賞) |
| 1996年 | 華原朋美 | 「I'm proud」 |
| 1997年 | 安室奈美恵 | 「CAN YOU CELEBRATE?」(日本レコード大賞) |
| 1998年 | globe | 「wanna Be A Dreammaker」(日本レコード大賞) |
| 2010年 | AAA | 復帰作となった楽曲提供 |
| 2020年 | 乃木坂46 | 「Route 246」 |
| 2025年 | 氷川きよし with t.komuro | 「Party of Monsters」 |
globeでは小室自身がキーボード・プロデュースを担当するメンバーとして参加しており、1995年の「Feel Like dance」でデビュー。「DEPARTURES」「FACE」などのヒットがある。
小室ファミリーの時代[編集]
avexとの二人三脚[編集]
1990年代の小室ブームは、エイベックスの急成長と重なっている。avex traxのダンスミュージック路線と小室のシンセポップが噛み合い、TRF、globe、華原朋美、安室奈美恵と、レーベルを代表するアーティストの多くを小室が手がけた。当時エイベックスを率いた松浦勝人とは、のちの事件の際に被害弁済の資金を貸し付けるほどの関係だった。
テレビとタイアップ[編集]
小室サウンドの拡散を支えたのが、ドラマ主題歌やCMソングといったタイアップである。フジテレビ系の音楽番組でダウンタウンと共演したことがH Jungle with t誕生のきっかけとなり、浜田雅功が歌う「WOW WAR TONIGHT」は社会現象級のヒットになった。歌手本人の知名度よりも「小室が作った曲」であることに価値が置かれるという、当時としては新しい売れ方だった。
ブームの終わり[編集]
1990年代末になると、宇多田ヒカルや浜崎あゆみといった新世代の台頭もあって、チャートの景色は変わっていく。2001年の安室奈美恵の独立やソニーとの契約解除を経て、「小室ファミリー」という言葉は過去形で語られるようになった。それでもTRFや globe の楽曲はカバーやリミックス、カラオケで今も歌い継がれ、2026年の『THE MUSIC DAY』でNCT WISHが「BOY MEETS GIRL」をリメイクしたように、K-POP世代にも引き継がれている。
2008年の詐欺事件[編集]
2008年11月4日、大阪地検特捜部は、自身が作った楽曲の著作権を譲渡すると持ちかけて投資家から5億円を受け取った詐欺の疑いで小室を逮捕した。著作権の譲渡をめぐる契約の問題は2006年に生じていたとされる。小室は同年11月21日に起訴され、保釈された。
公判では、被害弁済のための資金としてエイベックスの松浦勝人社長(当時)が約6億5000万円を個人的に融資したことが明らかになり、弁済が行われた。2009年5月11日、大阪地方裁判所は懲役3年・執行猶予5年の判決を言い渡した。検察・弁護側とも控訴せず、5月25日に判決が確定した。執行猶予期間中の2010年に音楽活動に復帰している。
2018年の引退表明と撤回[編集]
2018年1月19日の会見で、小室は音楽活動からの引退を表明した。きっかけは『週刊文春』の報道で、会見では報道された男女関係を否定しつつ、世間を騒がせたことへのけじめとして引退を選んだと説明した。「引退」という言葉の重さもあり、当時は芸能ニュースの枠を超えて介護や働き方の問題として議論された。
その後、2019年には名前を出さずに空間音楽の制作を手がけるなど、水面下で音楽に関わっていたとされる。2020年に秋元康の依頼で乃木坂46に楽曲を提供したことで表舞台に戻り、2021年のTM NETWORK再起動で本格的な活動再開となった。正式な「引退撤回会見」のようなものは開かれておらず、作品の発表という形で自然に復帰した。
よくある質問[編集]
Q. 小室哲哉は何者?
A. TM NETWORKのリーダーで、1990年代にTRF・篠原涼子・安室奈美恵・globe・華原朋美らをプロデュースして「小室ファミリー」ブームを起こした音楽プロデューサー。プロデュース曲で4年連続の日本レコード大賞を獲得している。
Q. 現在は何してる?
A. 2026年はTMNETWORK(表記を変更)としてツアー「QUANTUM」を行い、9月に同名のアルバムを発売した。7月には『THE MUSIC DAY 2026』でNCT WISHと共演、10月にはアートフェスでのライブインスタレーションや浜松でのディナーショーにも出演している。
Q. 引退したんじゃなかったの?
A. 2018年1月に音楽活動からの引退を表明したが、2020年7月に乃木坂46の「Route 246」の作曲・編曲を担当して活動を再開した。2021年にはTM NETWORKも再起動している。
Q. 本名は?
A. 本名も小室哲哉。愛称の「TK」はイニシャルから来ている。
Q. 結婚してる?家族は?
A. 結婚歴は3回。3度目の妻はglobeのKEIKOで、2002年に結婚し、2021年2月に調停離婚が成立したと発表された。
Q. 2008年の事件はどうなった?
A. 楽曲の著作権譲渡をめぐる5億円の詐欺罪で起訴され、2009年5月に大阪地裁で懲役3年・執行猶予5年の判決を受け、確定した。被害弁済は済んでいる。
Q. 代表曲は?
A. 自身のグループではTM NETWORKの「Get Wild」、globeの「DEPARTURES」。提供曲では篠原涼子「恋しさと せつなさと 心強さと」、H Jungle with t「WOW WAR TONIGHT」、安室奈美恵「CAN YOU CELEBRATE?」などが有名。
Q. どこで聴ける?
A. TM NETWORKやglobeをはじめとする作品の多くは、Apple Musicなどの主要なストリーミングサービスで配信されている。「Get Wild」は2024年にストリーミング累計1億回再生を突破した。
Q. 大阪・関西万博には関わった?
A. 2025年の大阪・関西万博への公式な出演や楽曲提供は、本記事作成時点で確認できていない。万博との縁としてよく語られるのは、子どもの頃に1970年の大阪万博で冨田勲の演奏を見て衝撃を受けたというエピソードと、1995年に大阪の万博記念公園で大型イベント「TK DANCE CAMP」を開いたことである。
炎上とバズ[編集]
2018年の会見[編集]
2018年の引退会見は、報道された内容とは別に、会見での語り口や引退という選択そのものをめぐって賛否が分かれた。報道した週刊誌の側にも批判が向けられ、スキャンダル報道のあり方をめぐる議論に発展した。
紅白のサプライズ[編集]
バズの代表例は2022年の第73回紅白歌合戦。篠原涼子が「恋しさと せつなさと 心強さと」を歌う場面で、事前告知なしに小室がピアノ伴奏として登場し、SNSで大きな反響を呼んだ。
「Get Wild」の再ブーム[編集]
2024年のNetflix映画『シティーハンター』で「Get Wild」が再び使われたことで、若い世代にも曲が広まった。4月8日は「Get Wildの日」として日本記念日協会に認定されている。
余談[編集]
- 早稲田大学時代、授業料を楽器代に回して除籍になったという話は本人も認めている。
- 2025年11月、アストンマーティン銀座の公式アンバサダーに就任した。
- 2022年から2025年度まで、理化学研究所の客員主管研究員を務めた。ミュージシャンとしては珍しい肩書きである。
- 2025年4月公開の映画『パリピ孔明 THE MOVIE』に本人役でカメオ出演した。
- 2025年には、アルバム『JAZZY TOKEN』の音を熟成中のワイン樽に聴かせたワインが販売された。
- TM NETWORKのファンは「FANKS」と呼ばれ、ツアータイトルにもこの名前が使われている。
