イ・ビョンフン (演出家)

2日前に更新👥 3人が編集ナオモイで話す
この記事はだれでも書き足せます。ログイン不要・1行でもOKはじめ方 ›
イ・ビョンフン
이병훈(李丙勳)/ Lee Byung-hoon
Injeongjeon_Hall_at_Yongin_Daejanggeum_Park.jpg
『トンイ』などMBC時代劇の撮影に使われたオープンセット「龍仁大長今パーク」の仁政殿(2018年撮影。出典:ウィキメディア・コモンズ、撮影者:강상일의 노르딕워킹、CC BY 3.0)
誕生日 1944年10月14日
年齢 81歳
出身地 韓国・忠清南道燕岐郡(現・世宗特別自治市)
国籍 大韓民国
学歴 ソウル大学校農科大学林学科卒業、漢陽大学校大学院(放送学修士)
職業 テレビドラマ演出家(PD)
肩書 「韓国時代劇の巨匠」
活動期間 1970年(MBC入社)〜
代表的な実績 『ホジュン 宮廷医官への道』『商道』『宮廷女官チャングムの誓い』『イ・サン』『トンイ』『馬医』『オクニョ 運命の女』
受賞 百想芸術大賞TV部門演出賞(2004年・2008年)、玉冠文化勲章(2006年)ほか
関連活動 『朝鮮王朝五百年』シリーズ(1983〜1990年)
別名 李丙勳
あだ名 時代劇の巨匠、国長


概要[編集]

イ・ビョンフン(이병훈、李丙勳、1944年10月14日 - )とは、韓国のテレビドラマ演出家で、『ホジュン』『宮廷女官チャングムの誓い』『イ・サン』『トンイ』などを手がけ「韓国時代劇の巨匠」と呼ばれる人物である。

詳細[編集]

MBC入社と『朝鮮王朝五百年』[編集]

1944年、忠清南道燕岐郡(現在の世宗特別自治市)に生まれる。ソウル大学校の農科大学で林学を学んだという、ドラマ演出家としてはちょっと異色の経歴の持ち主。のちに漢陽大学校の大学院で放送学を修め、1997年には「TV時代劇の変遷と特性」をテーマにした修士論文を書いている。1970年にMBC(文化放送)へPDとして入社し、1974年の『113捜査本部』で演出デビューした。

1980年代には、作家シン・ボンスンと組んだ大河シリーズ『朝鮮王朝五百年』(1983〜1990年)の大半の演出を担当。1986年には同シリーズの『壬辰倭乱』で韓国放送大賞のTV部門最優秀プロデューサー賞を受けている。本人は1981〜86年に地方の不正を暴く『暗行御史』も制作しており、この頃から「時代劇のMBC」を支える中心人物になっていった。

管理職から『ホジュン』で大逆転[編集]

1990年代に入るとデスク職に昇進し、現場よりも企画・管理(CP)業務が中心になった。1997年の『三番目の男』で現場に戻ったものの、こちらは振るわず、むしろ評判を落とした作品として語られることが多い。翌1998年には時代劇『大王の道』を演出している。

流れを一変させたのが1999年11月スタートの『ホジュン 宮廷医官への道』(全64話、脚本チェ・ワンギュ)。身分の低い母を持つ朝鮮の名医・許浚の一代記で、王族ではなく「庶民の専門職」を主人公に据えたのが新しかった。最高視聴率は63.7%(64.8%とする資料もある)に達し、韓国時代劇史上最高クラスの数字を叩き出した。この大ヒットで、彼は局長級のPDとして現場に完全復帰することになる。

『チャングム』で世界へ[編集]

2001年の『商道』では、作家チェ・イノの小説を原作に朝鮮後期の巨商・林尚沃の成功物語を描いた。作品としての評価は高かったが、裏番組にSBSの『女人天下』やKBSの『冬のソナタ』がいたこともあり、視聴率は相対的に伸び悩んだとされる。現代的なテンポや感覚を取り入れた「フュージョン時代劇」を広めた作品とも位置づけられている。

そして2003年、宮廷料理人から王の主治医にまで上り詰める女性を描いた『宮廷女官チャングムの誓い』(原題『大長今』)を演出。主演はイ・ヨンエ、相手役はチ・ジニ。最高視聴率57.8%を記録し、世界90か国以上に輸出される大ヒットとなった。日本でも2004年にNHKで放送され、韓流ブームの代表作の一つになった。本人の著書の紹介文でも、この作品が「アジア全土に輸出され、韓流時代劇ブームのきっかけとなった」と説明されている。

フリーランスとしての後半戦[編集]

『商道』の制作後にMBCを定年退職し、以降は外部の制作会社に所属するフリーランスPDとして活動したとされる。スター演出家が外部制作会社に移る流れの先駆けともいわれる。

2005年には生涯で唯一となるSBS作品『薯童謠(ソドンヨ)』(全55話)を担当。その後はMBCに戻り、『イ・サン』(2007年)、『トンイ』(2010年)、『馬医』(2012年)、『オクニョ 運命の女』(2016年)と、ほぼ2〜3年おきに長編時代劇を送り出した。2016年の『オクニョ』以降、新作の演出は発表されておらず、2026年10月時点で81歳。新作や引退表明、訃報などの報道は確認されていない。

主な演出作品[編集]

年 放送局 作品 備考
1974年 MBC 113捜査本部 演出デビュー作
1983〜1990年 MBC 朝鮮王朝五百年 シリーズの大半を演出(一部共同)
1997年 MBC 三番目の男 現場復帰作
1998年 MBC 大王の道
1999〜2000年 MBC ホジュン 宮廷医官への道 全64話。主演チョン・グァンリョル
2001〜2002年 MBC 商道 主演イ・ジェリョン
2003〜2004年 MBC 宮廷女官チャングムの誓い 全54話。主演イ・ヨンエ
2005〜2006年 SBS 薯童謠 全55話。主演チョ・ヒョンジェ、イ・ボヨン
2007〜2008年 MBC イ・サン 全77話。主演イ・ソジン、ハン・ジミン
2010年 MBC トンイ 全60話。主演ハン・ヒョジュ、チ・ジニ
2012〜2013年 MBC 馬医 全50話。主演チョ・スンウ、イ・ヨウォン
2016年 MBC オクニョ 運命の女(獄中花) 全51話。主演チン・セヨン、コ・ス

後期の代表作[編集]

イ・サン(2007年)[編集]

朝鮮王朝第22代国王・正祖の生涯を描いた作品。2007年9月から2008年6月まで放送され、当初60話の予定が高視聴率を受けて全77話に延長された。脚本はキム・イヨンで、ここから彼とキム・イヨンのコンビが『トンイ』『馬医』と続いていく。主演はイ・ソジン、ヒロインのソンヨンをハン・ジミンが演じた。2008年の百想芸術大賞では、『チャングム』に続いて2度目のTV部門演出賞を受賞している。

トンイ(2010年)[編集]

粛宗の側室で、英祖の生母となった淑嬪崔氏をモデルに、賤民の少女が宮廷で成り上がっていく物語。主演はハン・ヒョジュ、粛宗役は『チャングム』でも相手役を務めたチ・ジニ。トンイの子ども時代はキム・ユジョンが演じた。撮影はMBCのオープンセット「龍仁大長今パーク」が中心だった。張禧嬪については「嫉妬に狂う悪女」という通説ではなく、完璧さにこだわる女性として描くと撮影中に語っている。

馬医(2012年)[編集]

馬の治療を専門とする獣医から、王の主治医にまで上り詰めた実在の人物・白光炫(ペク・グァンヒョン)がモデル。主演はチョ・スンウ、ヒロインはイ・ヨウォン。全50話で、全国平均視聴率は17%台だった。「医療×身分の低い主人公の成り上がり」という、彼の得意パターンのど真ん中を突いた一本。

オクニョ 運命の女(2016年)[編集]

MBC創立55周年特別企画。監獄(典獄署)で生まれ育った少女オクニョが、朝鮮時代の訴訟代理制度「外知部(ウェジブ)」の担い手となって庶民を助けていく物語。脚本は『ホジュン』のチェ・ワンギュで、二人は2年かけて準備したという。主演はチン・セヨン、時代劇初出演のコ・スが相手役を務め、チョン・ジュノがユン・ウォニョン役で出演した。

制作発表会で本人は、視聴者から「ホジュンやチャングムに似ている」と言われることへの負担を率直に認めつつ、「今回こそ成功したと言われたい」と意気込んだ。これまでの主人公が実在の人物だったのに対し、オクニョは架空の人物。「毎回、誰がいつ死ぬかが視聴者に見えてしまう」という反省から、トム・ソーヤーのように先が読めない展開を目指したと話している。

作風[編集]

イ・ビョンフン作品の最大の特徴は、主人公が王族ではなく「身分の低い専門職」であること。医官(ホジュン)、商人(商道)、宮廷料理人から医女(チャングム)、画員(イ・サンのヒロイン)、獣医(馬医)、外知部(オクニョ)と、作品ごとに朝鮮時代のあまり知られていない職業や組織を掘り起こしてきた。本人も、水剌間(宮廷の厨房)、図画署、司僕寺(馬を管理する役所)など「知られていない組織」を扱ってきたと語っており、オクニョで監獄を選んだのも「人が暮らす場所だから」だという。

物語の骨格は、どん底から才能と努力で這い上がる立身出世もので、善悪の対立がはっきりした勧善懲悪型。専門職の女性主人公、王と側室の恋、幼い頃の縁、善良な王妃といったモチーフが繰り返し登場するため、韓国では「トレンディ時代劇」の代表的な演出家とされている。

一方で本人は、作品づくりで大事にしている点として次の3つを挙げている。

  • 教育的であること:特に若い世代に根拠のない史実を伝えないよう、時代考証に気を配る。
  • 面白いこと:時代劇でも肩肘張らずに楽しめるエンタメ性を重視する。
  • 家族で見られること:テレビは有益で健全なもの、家族みんなで安心して見られるものであるべき。

また、日本の大河ドラマについては重厚さとクオリティを高く評価しつつ、自分の作品は重厚さより「物語の分かりやすさ」に重きを置いていると説明している。

現場での仕事ぶり[編集]

現場では「鬼」というより「誰よりも動き回る人」として知られる。2016年の『オクニョ』撮影現場を取材した韓国日報によれば、当時73歳(数え年)だった彼は撮影中ずっと座らず、衣装を自ら細かくチェックし、竹夫人(竹製の抱き枕)やざるといった小道具まで自分で選んでいたという。脇役の転ぶ芝居がぎこちなければ自分でやって見せ、女優の髪がほんの一本乱れていても見逃さない。同じ場面が10回目のテイクに入っても、現場では不満も悪口も禁止で、監督本人が一番明るい顔をしていたと伝えられている。

ただ、この「動き回りすぎ」が災いしてケガも多い。『チャングム』では腕を骨折、『薯童謠』では岩場から転落、『イ・サン』では目の周りを6針縫ったとされる。『トンイ』の撮影時には、健康を心配する妻に引退を約束したことがあると明かしつつ、「この作品で終わりだとは思っていない」と語り、自分の短気な性格がケガの原因だから今回は走り回らないと決めた、と笑っていた。実際にはその後も『馬医』『オクニョ』を撮っている。

時代考証についても一家言あり、『トンイ』撮影時には「ドラマはドラマにすぎない」と視聴者に理解を求めた。宮廷女性の髪型が英祖の「加髢禁止令」より約60年早い設定になっている点を自ら例に挙げ、フィクションと史実の線引きを説明している。

俳優の発掘[編集]

新人を主役に抜擢するのは大きな冒険なので、まず助演で起用するのが彼のやり方。インタビューでは、『トンイ』でまったくの新人だったパク・ハソンを王妃(中殿)役に起用し、のちに主演女優に育ったことを挙げている。『チャングム』のミン・ジョンホ役で注目されたチ・ジニ、『イ・サン』のハン・ジミンも、彼の作品で大きく飛躍した俳優として名前が挙がる。

同じ俳優を作品をまたいで起用することも多く、チ・ジニは『チャングム』『トンイ』の2作に、ホジュン役のチョン・グァンリョルは『オクニョ』にも出演した。こうした「イ・ビョンフン組」の常連俳優が多いことは、作品の安定感にもつながる一方、「またこの人か」という批判の種にもなった。

2015年のインタビューでは、今一緒に仕事をしてみたい俳優としてキム・スヒョン、イム・シワン、カン・ソラ、キム・テヒの名前を挙げている。

日本との関わり[編集]

『チャングム』が日本で大ヒットしたこともあり、日本での知名度は韓国の演出家の中でもトップクラス。2010年にはキネマ旬報社から『韓国時代劇のすべて―イ・ビョンフン監督、全自作を語る―』、2012年には集英社新書から『チャングム、イ・サンの監督が語る 韓流時代劇の魅力』が刊行された。後者では、韓国ドラマが日本で受け入れられた理由を「面白さと有益さ」という創作哲学が世界共通だからだと説明している。

2015年3月27日には、東京国際フォーラムで開かれたオーケストラ公演「チャングム&イ・サン&トンイの世界」ドラマ・シンフォニーにスペシャルゲストとして来日。キム・ユジョンとともに取材に応じ、日本のファンが真剣に音楽を聴く姿に感動したと語った。

日本のドラマもよく見ており、30年ほど前にNHK大河ドラマ『武田信玄』を見て戦国大名の世界に興味を持ったほか、『篤姫』『龍馬伝』も視聴。『水戸黄門』については自身の『暗行御史』に似ていると感じたそうで、40年以上続いたことに触れて笑いを誘った。印象に残った日本ドラマには『半沢直樹』『家政婦のミタ』を挙げ、海外ドラマでは『LOST』が一番面白かったという。ファンタジー時代劇『太陽を抱く月』のヒットを見て、自分も一度ファンタジーをやってみたいと語ったこともある。

評価と批判[編集]

『ホジュン』『チャングム』で韓国ドラマの時代劇を世界商品に押し上げた功績は大きく、2006年には韓国政府から玉冠文化勲章を受けた。2015年のソウルドラマアワードでは10周年記念の「韓流功労賞」を受賞している。『ホジュン』は台湾、香港、タイなどでも放送され、2012年にはイラクのクルディスタン地域で視聴率90%を超えたと報じられたほど。

その一方で、批判も少なくない。代表的なのは次の3点。

  • 時代考証:時代のはっきりしないセットや小道具、史実と異なる人物描写。『イ・サン』で貞純王后を架空の政変の黒幕として描いたことなどが議論になった。
  • パターン化:主人公の性格、悪役、コメディリリーフの配置が作品ごとに似ており、後期作品は自己模倣だとの評価がある。『トンイ』が『イ・サン』の焼き直しに近いと言われたことも。
  • 初期作品の問題:1982年の単発ドラマ『誕生』は、のちに人権侵害が問題になった施設の関係者を好意的に描いたとして、後年批判されている。

本人もこうした声を自覚しており、前述の通り『オクニョ』の制作発表会では「自己模倣」批判への負担を口にしている。

受賞歴[編集]

  • 1975年:放送倫理賞(『第3教室』)
  • 1982年:文化公報部長官賞(『南岡 李昇薫』)
  • 1986年:韓国放送大賞 TV部門最優秀プロデューサー賞(『壬辰倭乱』)
  • 2000年:韓国放送プロデューサー連合会 今年のプロデューサー賞(『ホジュン』)
  • 2002年:韓国放送協会賞 ドラマ部門(『商道』)
  • 2004年:第40回百想芸術大賞 TV部門演出賞(『宮廷女官チャングムの誓い』)
  • 2006年:玉冠文化勲章
  • 2008年:第44回百想芸術大賞 TV部門演出賞(『イ・サン』)
  • 2010年:第3回コリアドラマアワード 功労賞(『トンイ』)
  • 2015年:ソウルドラマアワード 10周年記念 韓流功労賞

余談[編集]

  • MBCの後輩PDたちからは「国長(局長)」と呼ばれていたとされる。局長級の待遇と、作品の制作費の大きさに由来するともいわれる。
  • 『ホジュン』『オクニョ』の脚本家チェ・ワンギュは、彼との仕事について「寿命に影響する」と冗談交じりに語ったとされる。
  • 入社1年目、地方局向けのフィルムを誤って送ってしまい、編成局から外されたというエピソードがある。
  • 『オクニョ』の制作発表会では、新作を紹介する場は今でも緊張すると話し、「早く成績表をもらいたい」と語った。
  • 日本のファンとの交流が増えたことから挨拶程度の日本語を覚え始め、2015年の取材の別れ際には日本語で「ありがとうございました」とお礼を言ったという。
  • 同じ「イ・ビョンフン」というカタカナ表記の人物は他にもおり、宇宙wikiでは映画『哀しき獣』の音楽担当者として同名の別人が登場する。
  • 2009年には韓国でエッセイ集『夢の王国を築け』を出版している。

外部リンク[編集]

💬 みんなの声

この記事を読んだ人が、ひとことつぶやく場所です。