| Kazukiyo Nishikiori にしきおり かずきよ | |
|---|---|
![]() 初の写真集『言魂』発売記念イベントでの錦織一清(2026年5月。出典:日刊ゲンダイDIGITAL) | |
| 本名 | 錦織一清 |
| 誕生日 | 1965年5月22日 |
| 年齢 | 61歳 |
| 出身地 | 東京都世田谷区生まれ(江戸川区育ち) |
| 国籍 | 日本 |
| 家族 | 6歳上の姉 |
| 学歴 | 東京都立南葛飾高等学校 → 明治大学付属中野高等学校 定時制 中退 |
| 職業 | 歌手、俳優、演出家、ダンサー |
| 肩書 | 少年隊メンバー、株式会社アンクル・シナモン代表 |
| 活動期間 | 1977年 - |
| 代表的な実績 | 少年隊「仮面舞踏会」(1985年)、ミュージカル『PLAYZONE』(1986年 - 2008年)、舞台『蒲田行進曲』主演、つかこうへい作品の演出 |
| 受賞 | 『よろこびのうた』(演出)でAll About ミュージカル・アワード ファミリー・ミュージカル賞(2018年) |
| 事務所 | 株式会社アンクル・シナモン(個人事務所) |
| ファンクラブ | Uncle Cinnamon Club |
| 関連活動 | Funky Diamond 18(パパイヤ鈴木とのユニット) |
| あだ名 | ニッキ |
| その他 | 元ジャニーズ事務所所属(1977年 - 2020年) |
| リンク | 公式サイト |
概要[編集]
錦織一清(にしきおり かずきよ、1965年5月22日 - )とは、東京都出身の歌手・俳優・演出家で、少年隊のメンバー「ニッキ」である。1985年に「仮面舞踏会」でデビューし、ミュージカル『PLAYZONE』を23年間主演した。つかこうへい作品の演出家としても知られ、2020年末にジャニーズ事務所を退所。現在はパパイヤ鈴木とのユニット「Funky Diamond 18」や舞台演出で活動し、2028年公開予定の映画で監督デビューも控えている。
詳細[編集]
「ニッキ」と少年隊[編集]
少年隊は錦織一清・植草克秀・東山紀之の3人組で、錦織はメンバー最年長。愛称の「ニッキ」は今やファンの間で本名より通りがいいほどだが、ジャニーズ事務所の内部では「ニシキ」と呼ばれていたという。1985年12月12日、筒美京平作曲の「仮面舞踏会」でレコードデビュー。キレのあるダンスと歌唱を両立させたグループとして、1980年代後半の男性アイドル界で独自のポジションを築いた。
ミュージシャンの西寺郷太(NONA REEVES)は、マイケル・ジャクソン、プリンス、ジョージ・マイケルと並べて錦織を「天才四天王」の一人に挙げ、「仮面舞踏会」のダンスと歌のクオリティは当時の海外アーティストにも例がないと語っている。
『PLAYZONE』という23年間[編集]
少年隊のライフワークになったのが、1986年に始まったミュージカルショー『PLAYZONE』である。青山劇場で毎年夏に上演され、2008年まで23年間、少年隊主演で続いた。2007年には通算900回を達成している。
錦織はこのシリーズで演じるだけでなく、30歳だった1995年の『PLAYZONE'95 KING&JOKER 映画界の夢と情熱』で初めて脚本・演出を担当した。少年隊としての主演が終わった後の2009年には、後輩が主演する『PLAYZONE 太陽からの手紙』の演出も手がけている。数多くのジャニーズJr.が『PLAYZONE』の舞台を経験しており、錦織と後輩たちの縁はここで育まれたと言われる。
つかこうへいの「後継者」[編集]
演出家・錦織一清の原点は、劇作家つかこうへいである。高校時代につかの本と映画『蒲田行進曲』に夢中になり、文化祭で『蒲田行進曲』を自ら演出して上演したほど。33歳頃に舞台『蒲田行進曲』で主人公・倉岡銀四郎(銀ちゃん)役に起用されてつか本人と出会い、1999年・2000年・2006年と3度にわたって銀ちゃんを演じた。
40代のころには、つか本人から後継者として指名を受けたとされる。2010年につかが亡くなった後も、2014年に若手育成の「QT(クォリファイング トライアル)プロジェクト」を立ち上げて『熱海殺人事件』を上演し、『初級革命講座 飛龍伝』『寝盗られ宗介』『飛龍伝2022〜愛と青春の国会前〜』などつか作品の演出を重ねている。2026年のインタビューでも、つか作品との出会いが「セリフの表現を学ぶ原点」だったと語っている。
演出家としての幅[編集]
つか作品以外でも演出の仕事は幅広い。2014年のオーディション・トライアウト公演から約3年をかけて作り上げたオリジナルミュージカル『JAM TOWN 〜A NEW MUSICAL〜』(2016年)では、出演者を一から選んで若手を育て、西寺郷太が音楽を担当した。愛媛の坊っちゃん劇場で演出した『よろこびのうた』(2018年)は、All About ミュージカル・アワードのファミリー・ミュージカル賞を受賞している。
ほかにも自作の『サラリーマンナイトフィーバー』(2022年 - 2023年)、坊っちゃん劇場『KANO 〜1931甲子園まで2000キロ〜』(2023年)、三越劇場の『毒薬と老嬢』(2025年)、フランス現代喜劇『ル・ゲィ・マリアージュ〜愉快な結婚』など、コメディから戦争ものまでジャンルを問わない。2022年には自身の演劇論をまとめた『錦織一清 演出論』も出版した。
経歴[編集]
生い立ちとジャニーズ入所[編集]
東京都世田谷区で生まれ、江戸川区の下町で育った。6歳上の姉がおり、名前は父が付けたという。1977年7月、小学6年生の夏休みにジャニーズ事務所に入所。きっかけは姉が送った履歴書だった。翌1978年には教育映画『さようなら ぼくの犬ロッキー』に出演している。
中学は江戸川区立小松川第二中学校、高校は東京都立南葛飾高等学校に進み、のちに明治大学付属中野高等学校の定時制へ転入。高校2年を2回経験したのち中退した。同校の定時制は中森明菜やシブがき隊の本木雅弘・薬丸裕英・布川敏和らも在籍したことで知られ、のちのユニット相棒となるパパイヤ鈴木とは同校の同級生だった。
1981年 - 1985年:少年隊結成からデビューまで[編集]
1981年春、植草克秀・東山紀之と出会う。同年10月、テレビ東京『ザ・ヤングベストテン』の開始に合わせて、錦織・植草・松原康行の3人が「Bチーム」として活動を始め、近藤真彦らのバックダンサーを務めた。1982年4月に松原が離れて東山が加わり、現在の3人体制が固まった。
デビュー前から人気は高く、1982年6月にはレコードデビュー前のユニットとして『夜のヒットスタジオ』に単独出演。同年のハワイ音楽祭で金賞を受賞し、1984年4月には郵便貯金ホールで単独コンサートを開いている。同じ1982年には、NHK大河ドラマ『峠の群像』の清水一学役でドラマ初出演も果たした。1985年4月のミュージカル『ザ・サスケ』で舞台初主演し、同年12月12日、満を持して「仮面舞踏会」でレコードデビューした。
1986年 - 2008年:少年隊の全盛期と舞台[編集]
1986年に『PLAYZONE』が開幕し、同年のNHK紅白歌合戦に初出場、以後8年連続で出場した。1987年にはブロマイドの年間売上で1位を記録し、光GENJIが登場するまでの男性アイドル界を田原俊彦・近藤真彦らとともに盛り上げた。
錦織個人では、1988年にミュージカル『GOLDEN BOY』で主演。1992年にはアニメ『バトルファイターズ 餓狼伝説』で主人公テリー・ボガードの声を担当し、1994年の劇場版『餓狼伝説 -THE MOTION PICTURE-』でも同役を務めた。ドラマでは『風呂上がりの夜空に』(1987年)、『はぐれ医者・お命預かります!』(1995年)、TBSの『渡る世間は鬼ばかり』(2004年 - 2007年)などに出演。舞台『42ND STREET』(1997年 - 2002年)にも長く出演した。
1999年からは少年隊の冠番組『少年隊夢』がスタート。2008年、23年続いた少年隊主演の『PLAYZONE』が幕を閉じた。
2009年 - 2020年:演出家として本格始動[編集]
2009年、『PLAYZONE 太陽からの手紙』とミュージカル『SHE LOVES ME』の演出を担当し、以後は演出家としての仕事が活動の中心になっていく。2014年にQTプロジェクトを立ち上げ、つか作品の上演と若手俳優の育成を並行して進めた。2016年には北区AKT STAGEで半年間ワークショップ講師も務めている。
ラジオでは、TBSラジオ『たまむすび』で2012年から2020年まで「月刊ニッキ」のコーナーを担当し、軽妙なトークでリスナーに親しまれた。
2020年9月20日、植草克秀とともに同年12月31日付でジャニーズ事務所を退所することが発表された。在籍は43年に及んだ。錦織は年齢を重ねて「本当の意味のひとり暮らし」をしたいとコメント。東山紀之は事務所に残り、「少年隊」のグループ名は、メンバーの意向を受けて事務所に残ることになった。同年12月12日には全シングルを収めたベスト盤『少年隊 35th Anniversary BEST』が発売されている。
2021年 - 2023年:フリーランスとしての再出発[編集]
2021年1月1日からフリーランスとして活動を開始。4月に公式ファンクラブ「Uncle Cinnamon Club」を発足させ、9月16日には植草と2人でYouTubeチャンネル「ニッキとかっちゃんねる」と公式Twitterを開設した。ファンからは「盆と正月が一緒に来た」と歓喜の声が上がった。10月29日には自主レーベル「Uncle Cinnamon Records」からシングル「Song for you」を発表。12月12日、少年隊のデビュー記念日に開かれた植草のディナーショーにサプライズで登場し、13年ぶりのステージ共演を果たした。
2022年10月1日・2日には東京ドームホテルで、2人の合同公演「KAZUKIYO NISHIKIORI & KATSUHIDE UEKUSA presents ふたりのSHOW&TIME『SONG for YOU』」を開催し、同年12月25日・26日には大阪公演も行った。同年11月、株式会社アンクル・シナモンを設立している。
2023年2月、高校の同級生パパイヤ鈴木とダンス・ボーカルユニット「Funky Diamond 18」を結成。4月26日にはカバーアルバム『歌謡 Style Collection』を発売し、7月にはFunky Diamond 18のミニアルバム『PRIMEMAX』を出して名古屋・大阪・東京・福岡を回るツアーを行った。
2024年:ディスコ化計画とZeppツアー[編集]
2024年は役者としての出演も多かった。3月に『あゝ同期の桜』に出演し、6月にはTENSHO座の『熱海殺人事件』を演出。7月には浅草花劇場の『蒲田行進曲完結篇・銀ちゃんが逝く』に医者役で出演し、かつて自分が演じた銀ちゃんの物語に別の立場で関わった。
5月21日・22日には、ヒルトン東京お台場で「錦織一清生誕祭 Disco Lunch & Dinner Party」を開催。食事のあとにダンスフロアでDJタイムが始まり、そのままライブに突入する構成で、「全国ディスコ化計画」の第一弾と銘打たれた。10月16日にはFunky Diamond 18の2ndアルバム『PLATONIX』を発売し、氣志團の綾小路翔が作詞した「KING & JOKER」のMVも公開。11月から12月にかけてZepp DiverCity、Zepp Fukuoka、Zepp Nagoya、Zepp Namba、Zepp Sapporoなど全国7公演のライブハウスツアーを行った。
2025年:還暦とメジャーデビュー[編集]
2025年2月、2022年の「ふたりのSHOW&TIME」の映像がCSの映画・チャンネルNECOでテレビ初放送された。3月27日から4月4日には三越劇場の『毒薬と老嬢』で演出と出演を兼ね、6月には『狂人遊戯』に出演。7月には中山優馬主演の『あゝ同期の桜』、9月には室龍太主演の『ル・ゲィ・マリアージュ〜愉快な結婚』Vol.4(全19公演)を演出した。
5月21日・22日には還暦記念の「錦織一清 祝還暦 Disco Lunch・Dinner Party~若さの赤 抱きしめてTonaide~」を都内のホテルで開催。パパイヤ鈴木と町田慎吾がゲスト出演し、最終公演には植草克秀も駆けつけて60歳を祝った。8月5日にはフジテレビ『ぽかぽか』に出演し、中山優馬と「仮面舞踏会」を生披露している。
そして10月22日、Funky Diamond 18がアルバム『PHOENIX』でビクターエンタテインメントからメジャーデビュー。活動3年目、少年隊デビューから40年目でのメジャーデビューだった。収録曲「ギリギリでカワッタ・・・」はTBS系『ひるおび』の10月エンディングテーマに起用された。10月26日には東京キネマ倶楽部でスペシャルライブを開き、年末にはフジテレビ『オールスター合唱バトル7』の審査員、NHK BS『歌える!青春のベストソング』のゲストなどテレビ出演も増えた。
2026年:写真集・カバー第2弾・映画監督[編集]
2026年2月、自ら作詞・作曲して歌う初めての曲「憧れのBackflip」をデジタルリリース。3月13日には、映画監督デビューと2028年の全国公開予定が発表され、メインキャストのオーディションも告知された。本人はインタビューで、作品は『僕は瞳に恋してる(仮題)』で11月中旬にクランクイン予定、映画監督は「長年の夢だった」と語っている。
5月22日の61歳の誕生日には、ブルースを軸にしたカバーアルバム第2弾『Blues Style Collection ~10カラットな夜のグラスに~』を発売し、ヒルトン東京お台場で「Birthday Lunch・Dinner Party」を開催。5月29日には人生初のソロ写真集&カレンダー『言魂-10カラットの呟きと共に-』(ワニブックス)が出た。6月にはパパイヤ鈴木の60周年記念ライブ「Fire Horse」(神戸・東京)に参加している。
8月には中山脩悟の初舞台・初主演となる『あゝ同期の桜』を演出し、自らも老人・上官役で出演した(三越劇場、木更津・かずさアカデミアホール)。9月15日には、芸能生活50周年を記念したソロコンサート「Naughty Old Man」を2027年3月22日・23日にEXシアター六本木で行うと発表。10月にはFunky Diamond 18の初シングル「Fire Horse」(11月11日発売)と、2027年2月に上演される演出・出演舞台『銀行強盗!間違えた!?』(IMM THEATER、A.B.C-Zの戸塚祥太、小堺一機ら出演)が相次いで告知された。
人物[編集]
- 退所時に心に決めたのは「着せ替え人形をやめよう」ということ。2026年の写真集では、スーツ系以外はすべて自分の私服で撮影したと明かしている。
- 写真集の発売イベントでは、会場の渋谷について「若い人に迷惑をかけないよう長居しない」と話して笑いを取った。撮影で犬を抱く場面があったが、実際には犬を飼ったことはないという。
- 高校時代は小説をよく読む文学少年だった。SNSでのつぶやきが好評だったことが、言葉を中心にした写真集『言魂』につながった。
- 右足を故障しており「だましだまし」踊っていると語る一方、体調維持のために70〜100kmの長距離サイクリングや自宅での有酸素運動を続けている。
- 西寺郷太によると、型にはまったラジオ風のトークは好まず、マイクの前に立つと勢いが増すタイプ。西寺が電話番号を入れ間違えて連絡が途絶えた際には「あんなに連絡しろよって言ってたのに」とぼやいたという。
- 植草克秀とは今もよく会うが、仕事の話はほとんどしないという。還暦や誕生日のショーには植草から花が届いている。
- 旧事務所を離れた後も、中山優馬、室龍太、中山脩悟ら旧ジャニーズ出身の後輩を自身の舞台に起用していることが報じられている。
主な作品[編集]
少年隊の主なシングル[編集]
| 年 | タイトル | 備考 |
|---|---|---|
| 1985年 | 仮面舞踏会 | デビュー曲 |
| 1986年 | デカメロン伝説 | |
| 1987年 | 君だけに | |
| 1988年 | ふたり |
ほかに「ダンス・ダンス・ダンス」「まいったネ 今夜」「星屑のスパンコール」「PGF」などもライブの定番曲として知られる。
ソロ・ユニット作品[編集]
| 年 | タイトル | 名義 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 2021年 | Song for you | 錦織一清 | シングル。自主レーベル第1弾 |
| 2023年 | 歌謡 Style Collection | 錦織一清 | カバーアルバム |
| 2023年 | PRIMEMAX | Funky Diamond 18 | 初のミニアルバム |
| 2023年 | Headlight Blue | Funky Diamond 18 | 配信シングル |
| 2024年 | PLATONIX | Funky Diamond 18 | 2ndアルバム |
| 2025年 | PHOENIX | Funky Diamond 18 | メジャーデビュー作(ビクター) |
| 2026年 | 憧れのBackflip | 錦織一清 | 初の作詞・作曲・歌唱曲 |
| 2026年 | Blues Style Collection ~10カラットな夜のグラスに~ | 錦織一清 | カバーアルバム第2弾 |
| 2026年 | Fire Horse | Funky Diamond 18 | 初シングル(11月11日発売) |
主な出演[編集]
- 『峠の群像』(1982年、NHK大河ドラマ)- 清水一学役
- 『風呂上がりの夜空に』(1987年)
- 『バトルファイターズ 餓狼伝説』(1992年、アニメ)- テリー・ボガード役(声)
- 『餓狼伝説 -THE MOTION PICTURE-』(1994年、アニメ映画)- 同上
- 『YAMATO2520』(1995年 - 1996年、OVA)- 声の出演
- 『渡る世間は鬼ばかり』(2004年 - 2007年、TBS)
- 『特ダネ(秘)記者!嘉門公平の殺人取材』(2009年)
- 『たまむすび』(2012年 - 2020年、TBSラジオ)-「月刊ニッキ」
主な舞台(出演)[編集]
- 『PLAYZONE』(1986年 - 2008年)- 少年隊主演
- 『GOLDEN BOY』(1988年)- 主演
- 『42ND STREET』(1997年 - 2002年)
- 『蒲田行進曲』(1999年・2000年・2006年)- 倉岡銀四郎役
- 『エドの舞踏会』(2007年)
- 『蒲田行進曲完結篇・銀ちゃんが逝く』(2024年)- 医者役
- 『毒薬と老嬢』(2025年)
- 『狂人遊戯』(2025年)
主な演出作品[編集]
- 『PLAYZONE'95 KING&JOKER 映画界の夢と情熱』(1995年)- 初の脚本・演出
- 『熱海殺人事件』(2014年・2024年)
- 『あゝ同期の桜』(2015年・2016年・2024年・2025年・2026年)
- 『JAM TOWN 〜A NEW MUSICAL〜』(2016年)
- 『寝盗られ宗介』(2016年)
- 『よろこびのうた』(2018年)
- 『飛龍伝2022〜愛と青春の国会前〜』(2022年)
- 『サラリーマンナイトフィーバー』(2022年 - 2023年)
- 『ル・ゲィ・マリアージュ〜愉快な結婚』Vol.4(2025年)
- 『銀行強盗!間違えた!?』(2027年予定)
植草克秀との「ニッキとかっちゃん」[編集]
2020年末の退所は植草と同時だったが、その後の2人は「解散」ではなく、それぞれの活動をしながら時々並んで立つという距離感を保っている。2021年に開設したYouTube「ニッキとかっちゃんねる」は、錦織がギターを弾き、植草がポーズを決める1分弱の予告動画からスタートし、2人の掛け合いをそのまま見せる場として続いてきた。
2022年の「ふたりのSHOW&TIME」では、『PLAYZONE』のオーバーチュアから「ふたり」「ダンス・ダンス・ダンス」「君だけに」「仮面舞踏会」、PLAYZONE2000のエンディング曲「めぐりゆく夏」、アンコールの「星屑のスパンコール」「PGF」まで全23曲を披露。最後はフォーリーブスの「君にこの歌を」で締めくくった。MCで錦織は、事務所設立など一歩先を行く植草のおかげで共演が実現したと感謝し、植草は「そばにいてくれると安心する」と応じた。植草が「君だけに」で歌詞を間違え、「Baby Baby Baby」で振りを忘れる場面もあり、客席は笑いに包まれたという。
2024年10月には植草がフジテレビ『ぽかぽか』で「少年隊は解散していない」と発言して話題になった。2023年に東山紀之がジャニー喜多川氏の性加害問題を受けて事務所の社長に就任し(同年10月に社名をSMILE-UP.に変更)、同年末で芸能活動から引退したこともあり、グループ名の扱いや「3人の少年隊」の復活をめぐっては、たびたびメディアで取り上げられている。
Funky Diamond 18[編集]
Funky Diamond 18は、錦織と振付師パパイヤ鈴木によるディスコがテーマのダンス・ボーカルユニット。2人は明大中野高校の同級生で、一時は疎遠だったが、2000年にパパイヤが少年隊の番組にゲスト出演したことで交流が復活した。2人がダンスの師と仰いだ坂見誠二から「2人で組んでオリジナル曲を出せ」と勧められていたものの、錦織がジャニーズ所属だったため実現せず、退所後の2023年2月にようやく結成に至った。
ユニット名の「Funky Diamond」は、パパイヤが坂見らと組んでいた「8818 Funky Diamond」から受け継いだもの。闘病中だった坂見は名前の使用を快諾したとされる。「18(ワン・エイト)」は錦織の「1」とパパイヤの「8」、さらにダンスの基本単位「1エイト(8カウント)」に掛けており、どんなダンスも最初の一歩から、という意味が込められている。パパイヤは「一生懸命に踊るより、みんなで楽しく揺れるぐらいがいい」と語っている。
ライブはDJによるディスコタイムから途切れずに本編に突入するのがお約束で、配信番組「Wack Wack TV」も不定期に展開。2026年の初シングル「Fire Horse」には、写真集『言魂』の84ページに載ったエッセイをもとに錦織が作詞した「写真集(言魂)84頁」も収められている。
炎上とバズ[編集]
『ぽかぽか』出演時の「激変」[編集]
2025年8月に『ぽかぽか』で「仮面舞踏会」を披露した際、ダンスのキレは健在だった一方、白髪交じりの髪に黄色いべっ甲メガネという姿が「綾小路きみまろみたい」「こっちのけんとに似ている」とSNSで話題になり、『週刊女性』などが記事にした。番組では司会の神田愛花にSMAPの印象を聞かれ、『夢がMORIMORI』の企画名を挙げて後輩から学んだことを語っている。
「盆と正月が一緒に来た」[編集]
2021年9月の「ニッキとかっちゃんねる」開設時は、退所後初めての2人そろっての発信だったため、1分足らずの予告動画にファンが沸き、スポーツ紙が「盆と正月」というファンの声を見出しにして報じた。
余談[編集]
- ジャニーズ事務所に入ったきっかけは姉が送った履歴書で、入所は小学6年生の夏休み。2027年3月には芸能生活50周年記念のソロコンサートが予定されている。
- 高校の文化祭で演出した『蒲田行進曲』の主人公・銀ちゃんを、のちにプロの舞台で3度演じ、さらに後年は演出家としてつか作品を受け継ぐことになった。
- Funky Diamond 18のメジャーデビューは還暦の年。少年隊デビューからちょうど40年後のことだった。
- 2022年の合同公演では、Twitterアカウントの閉鎖が決まった錦織に植草が「写真は僕が上げる」、錦織が「文章は書く」と申し出合う一幕があったという。
- 2026年の写真集のタイトル「言魂」には、「心から言っている」という思いが込められている。
