| 中村雅俊 なかむら まさとし / Masatoshi Nakamura | |
|---|---|
| 本名 | 中村雅俊 |
| 誕生日 | 1951年2月1日 |
| 年齢 | 75歳 |
| 出身地 | 宮城県牡鹿郡女川町 |
| 国籍 | 日本 |
| 学歴 | 女川第一中学校、宮城県石巻高等学校、慶應義塾大学経済学部卒業 |
| ジャンル | テレビドラマ、映画、舞台、歌手、司会、ナレーション |
| 活動期間 | 1974年 - |
| デビューアルバム | 1974年 シングル「ふれあい」(俳優としては同年『太陽にほえろ!』ゲスト出演、『われら青春!』主演) |
| 家族 | 妻・五十嵐淳子(俳優、1977年結婚、2026年死去) |
| 身長 / 体重 | 182cm cm / ― kg |
| 血液型 | O型 |
| 事務所 | ノースプロダクション |
| 代表作 | 『われら青春!』(沖田俊)、『俺たちの勲章』、『俺たちの旅』(津村浩介/カースケ)、『ゆうひが丘の総理大臣』、『五十年目の俺たちの旅』(監督・主演)、『おもかげ』 |
| ファンクラブ | 中村雅俊オフィシャルファンクラブ |
| 関連活動 | 歌手(代表曲「ふれあい」「俺たちの旅」「恋人も濡れる街角」)、ラジオパーソナリティ、映画監督 |
| あだ名 | カースケ |
| その他 | 2012年 日本財団「被災地で活動した芸能人ベストサポート」選出 |
概要[編集]
中村雅俊(なかむら まさとし、1951年2月1日 - )とは、宮城県牡鹿郡女川町出身の俳優・歌手である。慶應義塾大学在学中に文学座の研究所へ入り、1974年の青春ドラマ『われら青春!』で主演デビュー。挿入歌「ふれあい」はミリオンセラーとなった。『俺たちの旅』のカースケ役で一時代を築き、デビュー以来毎年コンサートツアーを続ける「歌う俳優」の代表格。
詳細[編集]
女川の少年、慶應へ[編集]
1951年2月1日、宮城県牡鹿郡女川町に生まれた。雑誌などでは隣の石巻市の出身と書かれることも多いが、本人の故郷は三陸の港町・女川である。地元の女川第一中学校を経て宮城県石巻高等学校に進み、高校時代はバスケットボール部に所属していた。182cmの長身は、このころからすでに目立っていたという。
高校卒業後は一浪して慶應義塾大学経済学部に進学した。大学ではESS(英語研究会)に所属し、アルバイトもかなりの数をこなしたが、稼いだお金の多くは飲み代に消えていたと本人は振り返っている。のちに数々の被災地支援で歌われることになる故郷・女川の歌「私の町」は、この大学時代に作られた曲である。
文学座から『われら青春!』へ[編集]
大学在学中の1973年、文学座附属演劇研究所に入所し、大学卒業と同時に文学座へ入団した(1985年に退団)。文学座の先輩には松田優作がおり、この松田の紹介で日本テレビのプロデューサー・岡田晋吉の目に留まったことが、芸能界入りの決定打になった。
1974年、日本テレビの刑事ドラマ『太陽にほえろ!』第84話にゲスト出演してテレビデビュー。同じ年、日本テレビの青春学園ドラマ『われら青春!』の主役・沖田俊役に抜擢され、いきなり連続ドラマの主演を張ることになった。新米教師が生徒とぶつかり合いながら成長していく物語で、長身で素朴な笑顔の新人は一気にお茶の間の人気者となる。
「ふれあい」で歌手としても大ブレイク[編集]
『われら青春!』の劇中で歌った挿入歌「ふれあい」がシングルとして発売されると、これが100万枚を超えるミリオンセラーとなった。俳優デビューと歌手デビューを同時に果たし、しかも両方で大当たりという、なかなか例のないスタートである。同年には映画版『ふれあい』で映画デビューも果たしている。
ちなみに、実は「ふれあい」の前に用意されていた「幻のデビュー曲」が存在する。「別れの劇」というタイトルでレコーディングまで進んだがボツになり、この曲はのちに作詞作曲者のみなみらんぼう自身が「ウイスキーの小瓶」として発売した。歴史が少しずれていれば、中村雅俊のデビュー曲は全く違う曲になっていたわけである。
『俺たちの勲章』と『俺たちの旅』[編集]
1975年には、文学座の先輩・松田優作とのダブル主演で日本テレビの刑事ドラマ『俺たちの勲章』に出演。続いて同年10月から日本テレビで放送された『俺たちの旅』で、主人公・津村浩介(通称カースケ)を演じた。脚本は鎌田敏夫が中心となって手がけ、自由気ままに生きるカースケと、グズ六(秋野太作)、オメダ(田中健)の3人の若者の友情と迷いを描いた青春群像劇は、同世代の若者から熱烈な支持を集めた。
ドラマのヒットはその後も長く続き、『十年目の再会』『二十年目の選択』『三十年目の運命』とスペシャルドラマが10年おきに作られる名物シリーズとなった。舞台となった東京・吉祥寺の井の頭公園周辺は今もファンにとっての「聖地」である。そして放送開始から50年後の2026年、ついに中村自身の監督で映画化されることになる(後述)。
経歴[編集]
1970年代:青春ドラマの顔に[編集]
『われら青春!』『俺たちの旅』の成功で、中村は1970年代の「青春ドラマの顔」となった。1978年には日本テレビ『ゆうひが丘の総理大臣』で主演を務め、型破りな教師・大岩雄二郎を演じている。教師役・若者役のイメージが強い一方で、映画では『凍河』『坊っちゃん』などにも主演した。『坊っちゃん』は夏目漱石の小説の映画化で、まっすぐで不器用な主人公像は中村のパブリックイメージともぴったり重なっていた。
1977年2月1日、自身の誕生日に『俺たちの勲章』で共演した五十嵐じゅん(のちの五十嵐淳子)と結婚した。人気絶頂期の結婚だったため、周囲からは「人気が落ちる」「仕事がなくなる」と心配する声が上がったという。
1980年代:刑事、医師、そして桑田佳祐の名曲[編集]
1980年代以降は、日本テレビ『大空港』『青春ド真中!』『誇りの報酬』、『外科医 城戸修平』などに出演し、青春スターから大人の主役俳優へと役柄の幅を広げていった。1984年にはテレビ東京の新春ワイド時代劇『若き血に燃ゆる〜福沢諭吉と明治の群像』で福沢諭吉を演じるなど、時代劇の主演も担っている。
歌手としては1982年、サザンオールスターズの桑田佳祐が作詞・作曲した「恋人も濡れる街角」が大ヒットした。音楽番組での共演で意気投合したことがきっかけで書き下ろされた曲で、中村は後年この曲を「歌手としてのターニングポイント」と語っている(詳しくは後述)。
1990年代〜2000年代:2時間ドラマと時代劇の柱[編集]
1990年代以降は、『棟居刑事』シリーズや『屋台弁護士』など、2時間ドラマ・単発ドラマの主演でもおなじみの顔となった。NHKでも『病院』(1996年)、『父さんは森に隠れる』(1997年)、『エイジ』(2000年)、『次郎長背負い富士』(2006年、主演・清水次郎長役)などに出演している。
テレビ東京では1993年の『中村雅俊のただいま授業中』、山田太一ドラマスペシャル『小さな駅で降りる』(2000年、主演)、松本清張原作の『たづたづし』(2002年、主演)、新春ワイド時代劇『徳川風雲録 八代将軍吉宗』(2008年、主演・徳川吉宗役)などに出演。映画では『夜逃げ屋本舗』シリーズにも主演し、コミカルな役柄でも存在感を見せた。
2010年代:朝ドラの「おじいちゃん」へ[編集]
2010年代に入ると、テレビ東京の新春ワイド時代劇『戦国疾風伝 二人の軍師』(2011年、清水宗治役)、『影武者 徳川家康』(2014年、加藤清正役)、水曜ミステリー9『刑事長』(2013年・2014年、主演)などに出演。NHKでは『妻たちの新幹線』(2014年、島秀雄役)、木曜時代劇『風の峠〜銀漢の賦〜』(2015年)にも出ている。
2018年にはNHKの連続テレビ小説『半分、青い。』で、ヒロインの祖父・仙吉を演じた。劇中では「あの素晴しい愛をもう一度」などを歌う場面もあり、同年のNHK『思い出のメロディー』では、ドラマ内で歌った曲と「ふれあい」を歌う企画で登場している。同じ2018年には吉永小百合主演の映画『北の桜守』にも出演した。
2020年代:50周年、そして監督デビュー[編集]
2020年には長年社長を務めた個人事務所エム・ジェイ・エンタープライズから、ノースプロダクションへ所属を移した。2021年にはNHK『正義の天秤』(佐伯真樹夫役)、2022年にはNHK BSプレミアム『定年オヤジ改造計画』(庄司哲雄役)、映画『天間荘の三姉妹』に出演。2023年にはNHK BS4Kで、浅田次郎原作のドラマ『おもかげ』に主演した。
2024年は芸能生活50周年の節目の年となり、東京・明治座で「中村雅俊芸能生活50周年記念公演」を開催。Disney+の配信ドラマ『フクロウと呼ばれた男』にも出演した。そして2025年に『俺たちの旅』放送50周年の映画化が発表され、中村は70代にして初めてメガホンを取ることになった。
歌手・中村雅俊[編集]
「役者が趣味で歌う」ではなく[編集]
俳優の歌手デビュー自体は1970年代には珍しくなかったが、中村の場合は50年以上にわたってシングルとアルバムを出し続け、毎年欠かさずコンサートツアーを行っているという点で別格である。本人は「役者が趣味で歌うような姿勢では続けられない」と考え、デビューの早い段階から俳優と歌手のどちらにも全力で取り組むと決めていたと語っている。この「両方本気」の姿勢こそが長続きの理由だという。
2017年時点でシングルは54枚目に到達し、2018年にも新曲「だろう!!」を発表している。自作曲も約50曲あり、作詞・作曲を自ら手がけることも多い。2021年には、それまで配信されていなかったアルバムを含む全34作品の配信が始まり、往年の名盤もストリーミングで聴けるようになった。
代表曲[編集]
- 「ふれあい」(1974年)
- 『われら青春!』の挿入歌で、歌手デビュー曲。100万枚を超えるミリオンセラーとなった。今もコンサートで欠かせない一曲。
- 「俺たちの旅」(1975年)
- 同名ドラマの主題歌で、作曲は小椋佳。発売時にはスタッフから「来週はオリコン1位になる」と言われていたが、実際は2位止まり。そのとき1位に初登場したのが、あの「およげ!たいやきくん」だったという、運が悪いにもほどがあるエピソードがある。2026年の映画『五十年目の俺たちの旅』でも中村自身が主題歌として歌っている。
- 「いつか街で会ったなら」(1975年)
- 吉田拓郎が作曲を手がけた一曲。本人いわく「いいところまで行った」曲。
- 「恋人も濡れる街角」(1982年)
- 桑田佳祐の作詞・作曲。大人の色気をまとった歌謡曲で、俳優・中村雅俊が「歌い手」として世間に認められた転機の曲。
- 「小さな祈り」(1998年)
- 小田和正が提供した楽曲。
- 「心の色」
- ベスト盤にも必ず入る代表曲のひとつで、コンサートでもたびたび歌われている。
「恋人も濡れる街角」と桑田佳祐[編集]
「恋人も濡れる街角」は、サザンオールスターズの桑田佳祐が中村のために書き下ろした曲である。音楽番組での共演で意気投合したのがきっかけで、レコーディングの際には桑田本人が仮歌を歌っていた。中村はその仮歌を覚えて本番に臨んだため、「歌い方が桑田くんぽくなっちゃって」と笑いながら振り返っている。
中村は2017年のインタビューで、「世の中の人の、中村雅俊を、歌い手として見る目が違いました」とこの曲の影響を語っている。俳優が歌ってヒットを出すのはよくあるパターンだったが、この曲で初めて本格的に歌手として評価されたと感じ、桑田には「本当に感謝しています」と述べている。なお桑田は、中村がカースケを演じた『俺たちの旅』を観ていたと話していたそうだ。
毎年のコンサートツアー[編集]
中村はデビュー以来、毎年欠かさず全国コンサートツアーを行っている。公演数は2014年の時点で1400回を超え、2017年12月には東京・中野サンプラザホールで「1500ステージ突破記念公演」が開催された。オープニングで客席から登場する演出は、30年以上一緒にコンサートを作ってきた舞台監督のアイデアで、2016年のツアー初日には客席のファンに囲まれて前に進めなくなったこともあったという。
セットリストは基本的に「自分が歌いたい曲」を、バンドマスターの大塚修司と相談して決めている。ザ・ビートルズの大ファンとしても知られ、2016年のツアーでは「Nowhere Man」「I Feel Fine」「Golden Slumbers」の3曲をカバー。「Golden Slumbers」からメドレーをつなげたかったものの、時間の都合で断念したという。
周年ライブと豪華な仲間たち[編集]
2019年には歌手デビュー45周年を記念したシングルベスト『Masatoshi Nakamura 45th Anniversary Single Collection〜yes! on the way〜』を発売し、7月には東京・明治座で「中村雅俊45thアニバーサリー公演」を開催。7月15日の特別ライブには小椋佳と松山千春がゲスト出演した。松山千春とはデビュー直後からの付き合いで、40周年の際には大阪城ホールでも共演している。
2014年には約15年ぶりのオリジナルアルバム『「ワスレナイ」〜MASATOSHI NAKAMURA 40th Anniversary〜』を発表した。収録曲には、宮藤官九郎と歌う「予定〜宮城に帰ったら〜」や、故郷の歌「私の町」も含まれている。
東日本大震災と女川[編集]
2011年の東日本大震災で、故郷・女川町は壊滅的な被害を受けた。中村はこれ以降、毎月のように故郷に帰って復興支援を続けており、同級生とともに地元の復興委員会を立ち上げている。
デビュー作『われら青春!』で生徒役を演じた元出演者たち約20人(その多くは芸能界を引退した一般人)は、震災をきっかけに「われら青春!女川復興支援隊」を結成した。もともと同窓会を開く仲だった「元生徒」たちが、震災で故郷を失った「先生」のもとに再び集まった形で、東京での募金活動で1000万円を超える額を集め、女川町の保育所に卒園・入園式のプレゼントを贈るなどの活動を行ったと報じられている。
音楽面でも、震災後は毎年1曲ずつ被災地への思いを込めた新曲を作り、「Smile again」「ワスレナイ」などを発表。アルバムタイトルの「ワスレナイ」には「忘れさせない」という思いも込められている。また、被災した2校が統合して2014年に開校した東松島市立鳴瀬桜華小学校の校歌「花になろう」を作曲した。校歌の作曲はこれが初めてだったという。
松山千春、伊勢正三とともに東北でチャリティーコンサートを開いたほか、BS朝日の番組『いま日本は』では「被災地の未来」コーナーで各地の被災地を取材した。こうした活動が評価され、2012年には日本財団から「被災地で活動した芸能人ベストサポート」に選ばれ、表彰を受けている。震災以前からチャリティーには熱心で、1991年の雲仙・普賢岳噴火の被災者支援イベントへの参加や、さとう宗幸が呼びかけた「みやぎびっきの会」への参加なども知られている。
主な出演作[編集]
テレビドラマ[編集]
| 年 | 作品 | 放送局 | 役 |
|---|---|---|---|
| 1974年 | 『太陽にほえろ!』第84話 | 日本テレビ | ゲスト(テレビデビュー) |
| 1974年 | 『われら青春!』 | 日本テレビ | 沖田俊(主演) |
| 1975年 | 『俺たちの勲章』 | 日本テレビ | 五十嵐貴久(松田優作とダブル主演) |
| 1975年 | 『俺たちの旅』 | 日本テレビ | 津村浩介(カースケ、主演) |
| 1978年 | 『ゆうひが丘の総理大臣』 | 日本テレビ | 大岩雄二郎(主演) |
| 1984年 | 『若き血に燃ゆる〜福沢諭吉と明治の群像』 | テレビ東京 | 福沢諭吉(主演) |
| 1996年 | 『病院』 | NHK総合 | 熊井誠一郎 |
| 2000年 | 『小さな駅で降りる』 | テレビ東京 | 里見恭司(主演) |
| 2006年 | 『次郎長背負い富士』 | NHK総合 | 清水次郎長(主演) |
| 2008年 | 『徳川風雲録 八代将軍吉宗』 | テレビ東京 | 徳川吉宗(主演) |
| 2013年・2014年 | 『刑事長』 | テレビ東京 | 岩切鍛治(主演) |
| 2014年 | 『妻たちの新幹線』 | NHK名古屋 | 島秀雄 |
| 2018年 | 『半分、青い。』(連続テレビ小説) | NHK総合 | 仙吉 |
| 2021年 | 『正義の天秤』 | NHK総合 | 佐伯真樹夫 |
| 2022年 | 『定年オヤジ改造計画』 | NHK BSプレミアム | 庄司哲雄 |
| 2023年 | 『おもかげ』 | NHK BS4K(2026年に総合で地上波初放送) | 竹脇正一(主演) |
| 2024年 | 『フクロウと呼ばれた男』 | Disney+ | |
| 2025年 | 『終幕のロンド ―もう二度と、会えないあなたに―』 | フジテレビ | ゲスト |
| 2027年(予定) | 『逆賊の幕臣』(大河ドラマ) | NHK | 主人公・小栗忠順の恩師役 |
映画[編集]
- 『ふれあい』(1974年) - 映画デビュー作
- 『凍河』
- 『坊っちゃん』
- 『夜逃げ屋本舗』シリーズ
- 『北の桜守』(2018年)
- 『天間荘の三姉妹』(2022年)
- 『サンセット・サンライズ』(2025年) - 関野章男役
- 『TOUCH/タッチ』(2025年)
- 『五十年目の俺たちの旅』(2026年) - 監督・主演(津村浩介役)
ラジオ[編集]
- 『中村雅俊マイ・ホームページ』(TBSラジオ) - 約12年半放送、2009年4月終了
- 『ライオン No.17・中村雅俊 夢の住む街』(文化放送、1992年 - 1994年)
- 『オールナイトニッポン MUSIC10 中村雅俊 出逢いに感謝』(ニッポン放送、2016年 - 2019年)
- ほかニッポン放送『中村雅俊のサンデースケッチ』『中村雅俊のまかせてホリデー』など
2025年 - 2026年の動き[編集]
映画出演と『俺たちの旅』50周年[編集]
2025年1月には、菅田将暉主演・宮藤官九郎脚本の映画『サンセット・サンライズ』が公開され、中村は関野章男役で出演し、初日舞台挨拶にも登壇した。同月にはアイスランド映画『TOUCH/タッチ』の舞台挨拶にも、本木雅弘、Koki,とともに登壇している。舞台挨拶では、本木から中村が急な本読みでもセリフをすべて暗記していたというエピソードが披露された。
2025年5月、『俺たちの旅』放送50周年を記念した映画化が発表され、中村が初監督を務めることが明らかになった。9月には「The 50th Anniversary 俺たちの旅 スペシャルコンサート」を大阪・福岡・東京・宮城の4都市5公演で開催し、「本当にひとつの奇跡なんじゃないかと思っております」と語っている。
初監督作『五十年目の俺たちの旅』[編集]
2026年1月9日、映画『五十年目の俺たちの旅』がTOHOシネマズ日比谷ほか全国で公開された。原作・脚本・企画はドラマ版を支えた鎌田敏夫、配給はNAKACHIKA PICTURES。カースケ(中村)、グズ六(秋野太作)、オメダ(田中健)に加え、オメダの妹・真弓役の岡田奈々もオリジナルキャストとして再集結し、前田亜季、水谷果穂、左時枝、福士誠治らが共演した。スペシャルドラマ『三十年目の運命』以来、約20年ぶりの新作である。
物語では、小さな工場を営むカースケ、米子市長になったオメダ、介護施設を率いるグズ六という、70代になった3人の「今」が描かれる。20年前に亡くなったはずの元恋人・洋子が生きているという知らせから物語が動き出し、過去作の映像も交えて50年の人生を振り返る構成になっている。公開前には東海旅客鉄道(JR東海)の「推し旅」とのコラボや、聖地・吉祥寺での回遊型パネル展示も行われた。
公開記念舞台挨拶では、満席の客席を前に、客入りが心配で眠れない夜もあったことを明かした。公開初週の週末興行ランキングでは新作としてトップ10入りを果たしている。中村は本作をインタビューで「自分の子どものように愛おしい作品」と表現している。
妻・五十嵐淳子の死去[編集]
2026年5月2日、所属事務所ノースプロダクションは、妻で俳優の五十嵐淳子が4月28日に急病のため73歳で亡くなったことを発表した。通夜・告別式は故人と遺族の意向により近親者のみで執り行われた。中村は、妻と出会ったことを「人生最大のラッキー」と振り返り、「今はその現実を受け止めることができません」とコメント。少しずつ前を向いて生きていくとして、静かに見守ってほしいと呼びかけた。
『おもかげ』地上波放送と大河ドラマ[編集]
2026年10月3日からは、2023年にNHK BS4Kで放送された主演ドラマ『おもかげ』(全3話)が、NHK総合で地上波初放送された。原作は浅田次郎の同名小説で、中村は65歳で定年を迎えた後に倒れて入院する商社マン・竹脇正一を演じている。中村は本作を「本当に大好きで大切な自信作」と語り、撮影現場に浅田次郎が見学に訪れたこと、監督が感動して何度も涙していたことを明かしている。
また、2027年の大河ドラマ『逆賊の幕臣』(主演・松坂桃李)への出演も発表されており、主人公・小栗忠順の恩師役を務める。
テレビ・コンサート[編集]
2026年は旅番組への出演も相次ぎ、8月にはかつての付き人である小日向文世と、10月には『俺たちの旅』の共演から50年となる田中健と、それぞれ京都への2人旅に出た。同年10月下旬にはTOKYO MXで『俺たちの旅』の再放送も行われている。
ライブ活動も途切れていない。2025年6月には「中村雅俊 Billboard Live 2025 〜LCDI〜」を大阪で開催し、2026年には「中村雅俊コンサート2026 〜ドンマイ!Don't Mind!〜」を開催したほか、7月には東京のビルボードライブにも出演した。2026年12月の京都劇場公演から2027年7月の神奈川・カルッツかわさき公演まで、次のツアー日程もすでに発表されている。
人物[編集]
「理想の夫」の代表格[編集]
「理想の夫像」を問うアンケートでは常に上位にランクインしてきた。妻・五十嵐淳子とは『俺たちの勲章』で共演したのがきっかけで、挨拶に来た五十嵐に、若かった中村と松田優作は「はい、はい。どうも」と少し偉そうに応じたという。ところが五十嵐が去ったあと、松田が「可愛いじゃん!」と言い出し、2人で盛り上がったそうだ。
人気絶頂期の結婚の代償は大きく、約1万人いたファンクラブ会員は結婚後に1800人ほどまで減ったと、2025年のテレビ番組で本人が明かしている。それでも夫婦は芸能界きってのおしどり夫婦として知られ、約49年間連れ添った。
文学座と杉村春子[編集]
文学座には1973年から1985年まで在籍していた。ただ、早い段階からテレビで売れっ子になったため、劇団の重鎮である杉村春子に挨拶した際、中村が文学座の座員であることに驚かれた、という逸話が残っている。
大の野球好き・音楽好き[編集]
地元・宮城の東北楽天ゴールデンイーグルスのファンで、球団ファンクラブの名誉会員(会員番号14)でもある。音楽ではビートルズの大ファンで、1975年にはイギリスのデュオ、スプリンターの「ロンリー・マン」の日本語版の作詞を担当。その縁で、なんとジョージ・ハリソンの自宅を訪れたことがある。
余談[編集]
- 誕生日の2月1日に結婚している。つまり毎年、誕生日と結婚記念日が同じ日だった。
- 「俺たちの旅」はオリコン1位を確実視されていたが、同時期に「およげ!たいやきくん」が初登場1位をさらっていき、2位に終わった。
- 幻のデビュー曲「別れの劇」は、作者のみなみらんぼうが「ウイスキーの小瓶」として世に出した。
- 小日向文世はかつて中村の付き人を務めていた。2026年には2人で京都旅に出ている。
- 2024年の50周年記念公演では、コロッケが「中村さんのモノマネは難しい」とこぼしていた。
- 『サンセット・サンライズ』の脚本を手がけた宮藤官九郎とは、2014年のアルバムで「予定〜宮城に帰ったら〜」を一緒に歌っている。
外部リンク[編集]
- 中村雅俊オフィシャルファンクラブ(公式サイト)
- ノースプロダクション 中村雅俊プロフィール