杉村春子

概要[編集]

森本薫の『女の一生』の布引けい役を生涯で947回も演じ、新劇を代表する大女優となった人。築地小劇場の研究生から文学座の看板へと上りつめ、「新劇の女王」と呼ばれた。1995年に文化勲章を辞退したことでも知られる、筋金入りの舞台人らしい。


杉村春子
すぎむら はるこ
本名 中野ハル
誕生日 1906年1月6日
死亡日 1997年4月4日
死亡年齢 91歳
出身地 広島県広島市
国籍 日本
職業 女優
肩書 文学座座員
活動期間 1927年〜1997年
代表的な実績 『女の一生』布引けい役
別名 新劇の女王


築地小劇場から[編集]

1906年、広島生まれ。1927年に築地小劇場の研究生となり、「何が彼女をさうさせたか」のオルガン奏者役で初舞台を踏んだ。セリフのない端役からの出発だった。1929年に小山内薫の死で築地小劇場が分裂すると、築地座に参加して経験を積んでいく。

文学座と『女の一生』[編集]

1937年、岸田國士久保田万太郎岩田豊雄獅子文六)が結成した文学座に旗揚げから参加。彼女の代名詞となったのが森本薫作『女の一生』である。1945年4月、東京空襲下の初演で主人公・布引けいを演じ、以後この当たり役を生涯にわたって演じ続けた。上演回数は1990年までに900回を超え、文学座史上最多を記録している。森本が病床で杉村のために書き上げた絶筆だった、というエピソードがまた泣ける。

大女優として[編集]

舞台では『欲望という名の電車』のブランチ、田村秋子亡き後の文学座を背負う存在として君臨。映画でも小津安二郎『東京物語』『晩春』などに出演し、計算され尽くした演技で名脇役・名主役を務め上げた。実生活でもアクの強い「新劇の女王」として、座内に絶大な影響力を持っていたという。

文化勲章辞退[編集]

1995年、文化勲章の内示を受けるが、「私のような者がいただくわけにはいかない」と固辞した。役者は国家から勲章をもらう立場ではない、という美学だったとも言われる。1997年、91歳で死去。最後まで現役の舞台女優だった。

余談[編集]

  • 『女の一生』のけいは「誰が選んでくれたのでもない、自分で選んで歩いて来た道」という台詞が有名。
  • 文学座の大先輩・森本薫とは公私にわたる深い関係で知られ、彼の絶筆を背負って生きた女優でもある。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]