チェ・ミンシク
최민식 / 崔岷植 / Choi Min-sik
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2012年、ニューヨーク・アジア映画祭にて(出典:ウィキメディア・コモンズ、撮影:May S. Young、CC BY 2.0)
誕生日 1962年5月30日
年齢 64歳
出身地 大韓民国 ソウル特別市 鍾路区
国籍 大韓民国
学歴 東国大学校 演劇映画学科 卒業
宗教 仏教
ジャンル 映画・ドラマ・舞台
活動期間 1982年 -
身長 / 体重 177 cm / ― kg
血液型 B型
事務所 無所属(2021年末にC-JeS Entertainmentとの契約終了)
代表作 『オールド・ボーイ』『シュリ』『悪魔を見た』『新しき世界』『バトル・オーシャン 海上決戦』『破墓/パミョ』


概要[編集]

チェ・ミンシク(최민식、崔岷植、Choi Min-sik)とは、韓国の俳優である。1962年生まれ、ソウル出身。『オールド・ボーイ』の主人公オ・デス役で世界的に知られ、『悪魔を見た』『新しき世界』『破墓/パミョ』などで「韓国映画の顔」と呼ばれる大ベテラン。主演作『バトル・オーシャン 海上決戦』は韓国映画の歴代観客動員1位の記録を持つ。

詳細[編集]

舞台から始まった役者人生[編集]

1962年5月30日、ソウル特別市鍾路区の梨花洞で生まれた。本人はMBCのトーク番組『孫石熙の質問たち』(2024年)で、学校に行くのが嫌いで友達もほとんどいない「憂うつな青春期」を過ごしたと告白している。そんな少年の唯一の逃げ場が、議政府の映画館だった。そこで観た『スター誕生』に心をつかまれて何度も通い詰め、これが俳優を志すきっかけになったという。高校在学中に劇団「根(プリ)」の研究生として演劇の世界に入り、1982年に東国大学校演劇映画学科へ進学。同年『わが町』の舞台でプロとしてデビューした。

テレビで人気者、そして映画へ[編集]

兵役を経て1990年、演劇『エクウス』のアラン役で大学路の演劇ファンに名前を知られるようになる。同じ1990年にKBSドラマ『野望の歳月』でテレビデビューし、KBS演技大賞の新人賞を受賞。1994年のMBCドラマ『ソウルの月』ではハン・ソッキュと共演し、最高視聴率48.7%という国民的ヒットになった。ところが本人はリハーサルも人物分析も十分にできないテレビの制作環境に不満を感じており、1998年ごろに「これからは映画一本で行く」と決断。ここからスクリーンの怪物としての歩みが始まる。

韓国映画ルネサンスの中心人物[編集]

1999年の『シュリ』で北朝鮮工作員パク・ムヨンを演じ、大鐘賞主演男優賞を受賞。同作は韓国映画の興行記録を塗り替える大ヒットとなり、いわゆる韓国映画ブームの起点として語られる。その後『ハッピーエンド』(1999年)、『パイラン』(2001年)、巨匠イム・グォンテク監督の『酔画仙』(2002年)と話題作が続き、2003年にはパク・チャヌク監督の『オールド・ボーイ』で、15年間監禁された男オ・デスを熱演。カンヌ国際映画祭グランプリという快挙とともに、名前が一気に世界へ広まった。

主な出演作と役どころ[編集]

1990年代:『ナンバー3』から『シュリ』へ[編集]

初期の映画出演には『九老アリラン』(1989年)、教師キム・ジョンウォン役でアジア太平洋映画祭主演男優賞を受けた『われらの歪んだ英雄』(1992年)などがある。ハン・ソッキュの後押しで映画へ本格復帰した『ナンバー3』(1997年)では、ヤクザに異様な敵意を燃やす検事マ・ドンパルを演じ、強烈なコメディ演技で注目された。1998年にはキム・ジウン監督のデビュー作『クワイエット・ファミリー』に出演。そして翌年の『シュリ』で、ついに「主演級の映画俳優」としての地位を固めた。

2000年代前半:名作の量産期[編集]

『パイラン』では、偽装結婚した中国人女性(セシリア・チャン)の死をきっかけに人生を見つめ直す三流ヤクザ、イ・ガンジェを演じた。この役に入り込みすぎて、私生活でもすっかり三流チンピラ化していたという周囲の証言が残っている。『酔画仙』では朝鮮王朝末期の天才画家チャン・スンオプを演じ、同作はカンヌで監督賞を獲得。2004年は『春が来れば』でトランペット奏者を演じ、2005年は『クライング・フィスト 泣拳』で落ちぶれたボクサー役に挑んだ。同年、パク・チャヌクの「復讐三部作」完結編『親切なクムジャさん』では、主人公が復讐を誓う相手である残虐な誘拐犯ペク・ハンサンを演じている。

2010年代:怪物の帰還[編集]

2010年、キム・ジウン監督の『悪魔を見た』で連続殺人鬼チャン・ギョンチョルを演じ、イ・ビョンホン演じる捜査官と壮絶な追跡劇を繰り広げた。あまりに暴力的な内容で物議も呼んだが、興行的には成功している。2012年のユン・ジョンビン監督作『悪いやつら』では、1980年代釜山で裏社会に食い込んでいく元税関職員チェ・イクヒョンを好演。当初は役柄に難色を示していたが、監督の説得で出演を決めたとされる。2013年のパク・フンジョン監督作『新しき世界』では、潜入捜査を仕掛ける警察幹部カン・ヒョンチョルを演じ、ファン・ジョンミンらとの共演で韓国ノワールの代表作のひとつとなった。

2010年代後半〜2020年代[編集]

2015年の『隻眼の虎』では日本統治時代の名猟師チョン・マンドクを演じた。2019年の『世宗大王 星を追う者たち』では、『ソウルの月』以来の盟友ハン・ソッキュ(世宗役)と組み、科学者チャン・ヨンシルに扮した。2022年の『不思議の国の数学者』では、脱北した天才数学者という異色の役どころを担当。そして2024年の『破墓/パミョ』でベテラン風水師キム・サンドクを演じ、還暦を過ぎてなお特大ヒットを飛ばした。2026年9月16日には、ハリウッド映画『マイ・インターン』の韓国リメイク『インターン』(キム・ドヨン監督)が公開。37年のキャリアを経てスタートアップに飛び込むシニアインターン、キホ役でハン・ソヒと共演している。

『オールド・ボーイ』のオ・デス[編集]

体を張った役作り[編集]

チェ・ミンシクの名前を語るうえで、2003年の『オールド・ボーイ』は避けて通れない。酒好きでおしゃべりな会社員オ・デスが、理由もわからず15年間監禁され、解放後に復讐へ突き進む物語だ。撮影スケジュールに合わせて体重を落としたり増やしたりし、6週間のトレーニングを積んでアクションの大半を自らこなしたとされる。特に有名なのが、生きたタコを丸ごと口に入れるシーン。CGではなく本物のタコが使われ、本人が実際に食べている。

共演者選びにも関与[編集]

謎の男イ・ウジン役のユ・ジテは、パク・チャヌクが当初「若すぎるのでは」と迷っていたところ、チェ・ミンシクの推薦で起用が決まったという逆転エピソードがある。廊下での長回し乱闘シーン、ウジンに校歌を歌い犬のまねをして懇願する終盤の場面など、本人の演技が刻まれた名シーンは数知れず。この作品で青龍映画賞、大鐘賞、百想芸術大賞の主演男優賞をまとめて獲得した。

『バトル・オーシャン 海上決戦』と記録[編集]

歴代1位の大ヒット[編集]

2014年7月30日に公開されたキム・ハンミン監督の『バトル・オーシャン 海上決戦』(原題:鳴梁)で、チェ・ミンシクは朝鮮水軍の名将・李舜臣を演じた。豊臣秀吉による朝鮮出兵(慶長の役)の最中、わずか12隻の船で133隻の日本水軍に挑んだ鳴梁海戦を描いた作品である。公開初日に約68万人、最初の週末に335万人を動員し、わずか12日で1000万人を突破。最終的な観客動員は約1760万人に達し、それまで1位だった『アバター』の約1300万人を大きく上回った。韓国映画として初めて興行収入1億ドルを超えた作品でもある。

受賞ラッシュ[編集]

同作で大鐘賞主演男優賞を受賞し、大鐘賞の主演男優賞は『シュリ』『オールド・ボーイ』に続いて3度目となった。翌2015年の第51回百想芸術大賞では映画部門大賞を受賞。韓国ギャラップの「今年輝いた映画俳優」でも2014年の1位に選ばれ、この年はまさにチェ・ミンシクの年だった。

ハリウッド進出『LUCY/ルーシー』[編集]

同じ2014年、リュック・ベッソン監督の『LUCY/ルーシー』で英語圏の映画にデビューした。演じたのは、主人公ルーシー(スカーレット・ヨハンソン)を新種の麻薬の運び屋に仕立てる韓国人マフィアのボス、ミスター・チャン。ベッソン監督はわざわざ韓国まで足を運んで出演を口説いたとされ、海外メディアからは「ゲイリー・オールドマン以来、ベッソンが書いた最高の悪役」と評された。セリフは基本的に韓国語で通しており、言葉が通じない怖さそのものを武器にした悪役ぶりが話題になった。

26年ぶりのドラマ『カジノ』[編集]

映画専念を宣言して以来、ドラマからは長く離れていたが、2022〜2023年にDisney+で配信された『カジノ』で主演を務めた。テレビ(連続ドラマ)出演は実に26年ぶりで、韓国ドラマファンの間でも大きな話題になった。演じたのはフィリピンのカジノで頂点に上り詰めた男チャ・ムシクで、撮影の約7割はフィリピンで行われた。第59回百想芸術大賞や第2回青龍シリーズアワードでノミネートを受け、2023年の大鐘賞ではシリーズ部門の主演男優賞を受賞している。配信プラットフォームの時代になっても、主役を張れる重量級であることを証明した作品といえる。

『破墓/パミョ』で新たな代表作[編集]

風水師サンドク[編集]

2024年2月22日に韓国で公開されたチャン・ジェヒョン監督の『破墓/パミョ』は、謎めいた墓の改葬を依頼された4人のプロ(風水師サンドク、巫堂ファリム、葬儀師ヨングン、巫堂見習いボンギル)が、とんでもないものを掘り当ててしまうオカルト・スリラーで、韓国産ホラーとしては異例の大ヒット作。チェ・ミンシクは土の匂いで吉凶を嗅ぎ分けるベテラン風水師キム・サンドクを演じ、キム・ゴウン、ユ・ヘジン、イ・ドヒョンと共演した。

本人が語った出演理由[編集]

コリア・タイムズのインタビューでは、脚本を読んでから監督に会い、「この土地が受けたトラウマ」についての監督の話が強く印象に残ったと語っている。単なる心霊エンタメではなく、監督自身の価値観が込められている点に惹かれたとのこと。また、監督のプリプロダクションの徹底ぶりを高く評価している。

結果は1000万人超え[編集]

本作はベルリン国際映画祭でお披露目されたのち韓国で大ヒットし、観客動員は約1190万人。2024年の韓国映画で興行収入1位となった。百想芸術大賞と青龍映画賞では監督賞やキム・ゴウンの主演女優賞などを獲得している。日本では2024年10月18日に公開され、ジャパンプレミアにはチェ・ミンシク本人がキム・ゴウン、チャン・ジェヒョン監督とともに来日して登壇した。

演技スタイルと人物像[編集]

役に飲み込まれるタイプ[編集]

チェ・ミンシクは役に深く入り込むことで知られ、その「後遺症」エピソードも多い。『悪魔を見た』で殺人鬼を演じた後は、スポーツジムで顔見知りのおじさんにタメ口で話しかけられただけで「エレベーターの非常停止ボタンを押したくなった」と冗談まじりに語ったことがある。1996年にはドラマ撮影中、スリを追いかけるシーンでアキレス腱を断裂するという災難にも見舞われた。

演技を楽しむベテラン[編集]

2024年の『孫石熙の質問たち』では、40年以上のキャリアについて「義務的に演技するには、自分の青春がもったいなくて悔しい」と語り、今は演技する楽しさに酔って仕事をしていると明かした。さらに「メロドラマ、熟年の恋愛をぜひやってみたい」と、意外な願望も告白している。共演したい相手として同い年の女優イ・ヘヨンの名前も挙げた。

盟友たち[編集]

ハン・ソッキュとは同じ東国大学校の出身で、『ソウルの月』『ナンバー3』『シュリ』『世宗大王 星を追う者たち』と何度も共演してきた盟友。『ナンバー3』で映画に本格復帰したのも、ハン・ソッキュの後押しがあったからとされる。またパク・チャヌク作品では、『オールド・ボーイ』『親切なクムジャさん』と復讐三部作のうち2本に出演しており、同監督の作品で強烈な印象を残した俳優の一人として、ソン・ガンホやイ・ビョンホンとともに名前が挙がる。

受賞歴[編集]

主な映画賞[編集]

  • 1999年:大鐘賞 主演男優賞(『シュリ』)、百想芸術大賞 映画部門男性最優秀演技賞
  • 2001年:釜山映画評論家協会賞・韓国映画評論家協会賞 主演男優賞(『パイラン』)
  • 2003〜2004年:青龍映画賞・大鐘賞・百想芸術大賞 主演男優賞(『オールド・ボーイ』)
  • 2012年:アジア太平洋映画賞 最優秀男優賞、青龍映画賞 主演男優賞(『悪いやつら』)
  • 2014〜2015年:大鐘賞 主演男優賞(『バトル・オーシャン 海上決戦』)、百想芸術大賞 映画部門大賞
  • 2023年:大鐘賞 シリーズ部門主演男優賞(『カジノ』)
  • 2024年:釜山映画評論家協会賞 主演男優賞(『破墓/パミョ』)

舞台・テレビ[編集]

  • 1990年:KBS演技大賞 新人賞(『野望の歳月』)
  • 1997年:ソウル演劇祭 演技賞(舞台『タクシードライバー』)
  • 1998年:東亜演劇賞 演技賞(同上)

スクリーンクォータ闘争と空白期[編集]

勲章を返上[編集]

2006年、韓国政府が国産映画の義務上映日数(スクリーンクォータ)を年146日から73日へ半減する方針を打ち出すと、チェ・ミンシクは反対運動の先頭に立った。ソウルでの集会だけでなくカンヌ国際映画祭の場でも抗議行動を行い、2004年に授与された玉冠文化勲章を返上。「スクリーンクォータの半減は韓国映画への死刑宣告に等しい」と訴えた。

自主的な休業から復活へ[編集]

この運動の後、政治色の強い俳優として映画会社が起用をためらった面もあり、チェ・ミンシクは数年間メジャー映画から遠ざかる。2007年には舞台『ピローマン』で演劇に戻り、2009年にはチョン・スイル監督のアート系作品『ヒマラヤ、風がとどまる所』に出演。チベット人キャストに囲まれた唯一の韓国人俳優として静かな作品に身を置いた。そして2010年、『悪魔を見た』で本格的に商業映画へ帰還し、以降の快進撃につながっていく。

炎上とバズ[編集]

映画チケット代発言[編集]

2024年8月、MBC『孫石熙の質問たち』で、映画館のチケット代について「急にそんなに値上げしたら、自分だって映画館に行かない」と発言。週末料金が最大1万5000ウォンになった状況で、観客がOTT(Netflixなどの配信)に流れるのは当然だと値下げを訴えた。これにKAIST(韓国科学技術院)の教授が「チェ・ミンシクは劇場のために出演料でも寄付したのか」「世界で一番安っぽいのは他人のお金で善行を施すことだ」とSNSで反論し、チケット代論争が一気にヒートアップ。メディアでは「チェ・ミンシクが打ち上げた球」として、観客・劇場・俳優それぞれの立場から議論が広がった。

利益配分騒動(2005年)[編集]

2005年、カン・ウソク監督が「一部のスター俳優が過剰な興行利益の配分を要求している」として、チェ・ミンシクとソン・ガンホの名前を挙げた。しかし監督は後に発言を撤回し、謝罪している。

ネットミームの元祖[編集]

『酔画仙』の劇中で叫ぶセリフは韓国ネットで大ネタとなり、一時期流行したネットスラング「アヘヘ(아햏햏)」のミーム画像にも使われた。『悪いやつら』も数々のパロディを生み、劇中の「サラインネ(살아있네、まだ生きてるな=最高だな)」は流行語になった。

余談[編集]

  • 少年時代に観た『スター誕生』が俳優を志す原点。本人いわく「劇場は人と感情を分かち合う場所」。
  • 熱心な仏教徒であることを、2012年のトーク番組『ヒーリングキャンプ』で明かしている。
  • 『オールド・ボーイ』のハリウッド版リメイク(2013年、スパイク・リー監督)では、オ・デスにあたる役をジョシュ・ブローリンが演じた。
  • 2007年に舞台復帰した『ピローマン』は、マーティン・マクドナーの戯曲。舞台出身らしく、映画スターになってからも時々演劇に戻っている。
  • 『庭を出ためんどり』(2011年)では声優として参加しており、同作は公開当時、韓国アニメ映画の歴代興行1位を記録した。
  • 日本では生年月日を4月27日とする資料もあるが、韓国の主要資料では5月30日とされている。

外部リンク[編集]

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