キム・ヘジャ
김혜자(Kim Hye-ja)
Kim_Hye-ja_in_Feb_2019.png
キム・ヘジャ(2019年2月)(出典:ウィキメディア・コモンズ、CC BY 3.0)
誕生日 1941年10月25日
年齢 84歳
出身地 韓国 ソウル
国籍 韓国
学歴 京畿女子高等学校卒業、梨花女子大学校 生活美術学科(中退)
ジャンル テレビドラマ、映画、舞台
活動期間 1961年 -
家族 夫(1998年に死別)、一男一女
代表作 『田園日記』『愛が何だって』『母さんに角が生えた』『母なる証明』『ディア・マイ・フレンズ』『まぶしくて ―私たちの輝く時間―』『私たちのブルース』『天国より美しい』
関連活動 ワールド・ビジョン親善大使(1991年 -)、著書『花をぶつなと言われても(꽃으로도 때리지 말라)』ほか
あだ名 国民の母(국민 엄마)
その他 百想芸術大賞テレビ部門大賞 4回(1979年・1989年・2009年・2019年)、ロサンゼルス映画批評家協会賞 主演女優賞(2010年)、銀冠文化勲章(2019年)


概要[編集]

キム・ヘジャ(김혜자、Kim Hye-ja、1941年 - )とは、韓国の女優である。1961年にKBSの第1期公開採用タレントとしてデビューし、22年続いたMBCドラマ『田園日記』の母親役で「国民の母」と呼ばれるようになった。ポン・ジュノ監督の映画『母なる証明』で海外でも評価され、百想芸術大賞テレビ部門大賞を史上初めて4回受賞している。

詳細[編集]

KBS公採1期からのスタート[編集]

1941年、ソウル生まれ。父親は公務員で、朝鮮戦争中の1952年から1955年まで社会部(現在の保健福祉部にあたる省庁)の次官を務めた人物である。二人姉妹の長女で、中学2年生のころから女優を夢見ていたという。京畿女子高等学校を卒業後、梨花女子大学校の生活美術学科に進んだが、途中で大学を離れている。

1961年、韓国で初めて実施されたテレビ局(KBS)の公開採用タレント試験に合格。最終的に選ばれた26人のうちの1人で、いわば「韓国のテレビ女優第1号世代」にあたる。ただ、本人は最初の頃に演技力の不足を痛感し、結婚もあって一度は芸能活動を離れている。

「演劇界のシンデレラ」としての再出発[編集]

20代半ばで舞台に戻ると、今度は演劇で頭角を現し、「演劇界のシンデレラ」と呼ばれるようになった。1969年にはMBCにスカウトされ、ここから本格的なテレビ女優としてのキャリアが始まる。1979年には『幸せを売ります(행복을 팝니다)』で初めて百想芸術大賞のテレビ部門大賞を受賞した。

1982年には映画『晩秋(만추)』に主演し、映画デビュー。この作品で翌1983年の第2回マニラ国際映画祭主演女優賞を受賞しており、映画女優としても早い段階から国際的な評価を得ていた。

「国民の母」の誕生[編集]

キム・ヘジャの名前を決定づけたのが、1980年から2002年まで約22年間放送されたMBCの農村ドラマ『田園日記(전원일기)』である。農村の名家「キム会長」(チェ・ブラム)の妻として、家族と村人を包み込む母親を演じ続けた。この役で、韓国で初めて「国民の母(국민 엄마)」と呼ばれる女優になったとされる。

チェ・ブラムとは30年以上にわたって夫婦役で共演したが、実生活ではもちろん他人であり、チェ・ブラムの実際の妻は女優のキム・ミンジャである。あまりに長く夫婦を演じたため、視聴者から本当の夫婦だと思われることも多かったという。

母親像を自ら壊していった後半生[編集]

「国民の母」のイメージが強すぎたこともあり、2000年代以降のキム・ヘジャは、その母親像をあえて裏切る役柄に挑んでいく。2008年の『母さんに角が生えた』では家族のために生きてきた主婦が「休暇」を宣言する役、2009年の映画『母なる証明』では息子のために狂気に踏み込んでいく母親を演じた。

さらに2016年の『ディア・マイ・フレンズ』、2019年の『まぶしくて ―私たちの輝く時間―』、2022年の『私たちのブルース』と、老いや認知症、死といったテーマに正面から向き合う作品が続いた。80代になっても主演を張り続ける、韓国でもごく少数の俳優の一人である。

経歴[編集]

1980〜1990年代:視聴率ドラマの顔[編集]

『田園日記』と並行して、キム・ヘジャはMBCの看板ドラマに次々と主演した。1988年の『砂の城(모래성)』でMBC演技大賞の大賞を受賞し、翌1989年には『冬の霧(겨울안개)』『砂の城』で2度目の百想芸術大賞テレビ部門大賞を受けている。

1991年から1992年にかけて放送されたMBC週末ドラマ『愛が何だって(사랑이 뭐길래)』は、脚本家キム・スヒョンの代表作で、厳格な家父長の家と自由な家が親戚になることで起こる騒動を描くホームコメディである。イ・スンジェ、チェ・ミンス、ハ・ヒラらと共演し、キム・ヘジャは民主的な家庭の母ヨ・スンジャを演じた。平均視聴率59.6%、最高視聴率64.9%を記録し、韓国ドラマ史上屈指のヒット作となった。この作品で1992年のMBC演技大賞の大賞も受賞している。

1999年の『バラとモヤシ(장미와 콩나물)』では忠清道なまりの母親を演じ、3度目のMBC演技大賞の大賞を獲得した。ちなみに『愛が何だって』は近年、ショート動画で切り抜かれて若い世代にも「発見」されている。

2000年代:『宮』と『母さんに角が生えた』[編集]

2006年には、MBCの人気ドラマ『宮〜Love in Palace』で皇太后を演じ、若い視聴者にも存在感を示した。

2008年のKBS2週末ドラマ『母さんに角が生えた(엄마가 뿔났다)』は、再びキム・スヒョン脚本の作品で、家族に尽くし続けてきた母キム・ハンジャが「1年間家を出て休みたい」と宣言する物語。最高視聴率は40%を超え、キム・ヘジャはKBS演技大賞の大賞、翌2009年には3度目の百想芸術大賞テレビ部門大賞を受賞した。「理想の母」を演じ続けた本人が「母親であることに疲れた母」を演じた点で、象徴的な作品とされる。

2009年:『母なる証明』で世界へ[編集]

2009年、ポン・ジュノ監督の映画『母なる証明』(原題:마더)に主演。知的障害のある息子トジュン(ウォンビン)が殺人事件の容疑者として逮捕され、警察も弁護士も頼りにならない中、母親がたった一人で真犯人を探し始めるというサスペンスである。

ポン・ジュノは企画段階からキム・ヘジャを想定しており、出演を口説くのに約4年をかけたと伝えられる。監督は「キム・ヘジャがいなければ『母なる証明』は存在しなかった」と語り、本人は「眠っていた細胞がすべて目を覚ました」とポン・ジュノへの感謝を述べている。劇中で母親には名前が与えられず、最後まで「母」としてしか呼ばれない。

作品は第62回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に出品された。冒頭、すすき野原で母親がひとり踊るシーンは、韓国映画史に残る名場面として今も語られる。この作品でキム・ヘジャは国内外で計11の主演女優賞を受賞したとされ、2010年のロサンゼルス映画批評家協会賞主演女優賞は韓国の女優として初めて(アジアの俳優としても初めてとされる)の受賞となった。ほかにアジア太平洋スクリーンアワード主演女優賞(2009年)、アジア・フィルム・アワード主演女優賞(2010年)なども獲得している。

2010年代:老いを描く名作群[編集]

2011年のJTBC開局シットコム『清潭洞に住んでいます(청담동 살아요)』などを経て、2015年にはKBS2『優しくない女たち(착하지 않은 여자들)』、2016年にはtvNの『ディア・マイ・フレンズ(디어 마이 프렌즈)』に出演。後者はノ・ヒギョン脚本で、ナ・ムニ、ユン・ヨジョン、コ・ドゥシムらベテラン俳優が総出演した「老年の青春群像劇」で、キム・ヘジャは認知症が進んでいくヒジャを演じた。

2019年にはJTBCの『まぶしくて ―私たちの輝く時間―』(原題:눈이 부시게)に主演。時間を巻き戻せる時計を使ったせいで一瞬にして70代の老人になってしまった25歳の女性・ヘジャを、若い姿のハン・ジミンと二人一役で演じた。ナム・ジュヒョクがヘジャの恋人ジュナ役で共演している。終盤で物語の「本当の姿」が明かされる構成が大きな反響を呼び、キム・ヘジャは2019年5月の第55回百想芸術大賞でテレビ部門大賞を受賞した。百想の大賞を4回受賞したのは史上初である。同年には銀冠文化勲章も授与された。

2020年代:『私たちのブルース』から『天国より美しい』へ[編集]

2022年、tvNのノ・ヒギョン脚本ドラマ『私たちのブルース(우리들의 블루스)』で、済州島で苦労を重ねて生きてきた母カン・オクトンを演じた。息子イ・ドンソク(イ・ビョンホン)との長年のわだかまりが、母の最期を前にほどけていくエピソードは作品のクライマックスとなり、ラストに残された一杯のテンジャンチゲが視聴者の涙を誘った。

2025年4月19日からは、JTBC土日ドラマ『天国より美しい(천국보다 아름다운)』に主演(日本ではNetflixで『君は天国でも美しい』のタイトルで配信)。80歳で亡くなり天国へやって来たイ・ヘスクが、30代の姿に若返った夫コ・ナクジュン(ソン・ソック)と再会し、天国で「二度目の結婚生活」を送るファンタジー・ロマンスで、ハン・ジミン、イ・ジョンウン、チョン・ホジン、リュ・ドクファンらが共演した。演出は『まぶしくて』のキム・ソギュン、脚本も同作のイ・ナムギュ、キム・スジンで、企画段階からキム・ヘジャのために作られた「オーダーメイド作品」とされる。

初回視聴率は5.8%(ニールセン・コリア、全国)で、全12話の最終回は自己最高の8.3%を記録し、同時間帯の非地上波で1位を獲得して終了した。

引退の示唆と65周年[編集]

『天国より美しい』の制作発表会(2025年4月18日)で、83歳のキム・ヘジャは「この作品を1年間、とても幸せな気持ちで考えてきた」と語り、本作が「最後の作品」になるかもしれないと示唆した。一方で「演技のほか何にも関心がない」とも語っており、その言葉どおり、2026年にはソン・イルゴン監督の映画『여전히 찬란하게(原題、英題:Still Shining)』で、60年ぶりに幼なじみと再会する老女スノクを演じ、同年10月公開予定と報じられている。2026年はデビュー65周年にあたり、ポン・ジュノやハン・ジミンらがお祝いのメッセージを寄せた。

人物[編集]

演技以外に関心がない人[編集]

キム・ヘジャはインタビューなどで繰り返し「演技しか知らない」と語る。台本を何度も読み込み、役に入り込むタイプとして知られ、独特の話し方と印象的な目つきは彼女のトレードマークでもある。『天国より美しい』を企画したキム・ソギュン監督も、その姿勢をドラマの主人公像に重ねたと語っている。

「そう、この味!」の国民的CM[編集]

1975年から2002年まで、実に27年間にわたって第一製糖(現・CJ第一製糖)の調味料「ダシダ」の専属モデルを務めた。CMの決め台詞「그래, 이 맛이야(そう、この味よ)」は今も韓国で語り継がれる流行語となり、同一企業の最長期専属モデルとして韓国のギネスブックにも登録された。「国民の母」のイメージは、ドラマだけでなくこのCMによってもお茶の間に刷り込まれていった。

家族[編集]

1961年(1962年とする資料もある)に実業家の夫と結婚し、一男一女をもうけた。夫は1998年に病気で亡くなり、その後は再婚していない。父は独立運動にも関わった人物で、祖父も独立運動家だったとする資料がある。

ワールド・ビジョンと著書[編集]

親善大使としての30年以上[編集]

『愛が何だって』の撮影を終えた頃、ワールド・ビジョン韓国から「韓国は援助を受ける国から援助する国になった。他の国を助けてほしい」という依頼を受けたのがきっかけで、1991年に親善大使に就任した。韓国の芸能人によるNGO活動の草分け的存在である。

最初の訪問地エチオピアでは、観光に近い気持ちで出かけたものの極度の貧困を目の当たりにして衝撃を受けたという。以後、ケニア、ソマリア、ウガンダ、インド、バングラデシュ、アフガニスタン、シエラレオネ、リベリア、パキスタン、モンゴル、北朝鮮など20か国以上の難民キャンプや被災地を訪れている。

支援の中身[編集]

途上国の子ども100人以上と1対1の後援を結んでいるとされ、シエラレオネでは30家族の自立を支援する「マダム・キム・プロジェクト」も行った。2005年のパキスタン地震では1億ウォンを寄付し、60代にして自ら被災地を訪問。2023年のトルコ・シリア地震でも1億ウォンを寄付している。

本人は「食べ物を絶対に無駄にしない」「何かを買う前に、それが子どもたちの何か月分の生活費になるかを考える」という習慣を持っていると語っている。親友だった故キム・スミも、休みの日に米袋を担いで養護施設に寄付しに行っていたと証言している。

著書『花をぶつなと言われても』[編集]

2004年、救援活動の記録をまとめたエッセイ『꽃으로도 때리지 말라(花でさえ叩くな)』(オレドェン・ミレ刊)を出版。日本語では『花をぶつなと言われても』などと紹介される。「たとえ花でも子どもを叩いてはならない」という意味のタイトルで、貧困や内戦の犠牲になる女性と子どもたちの現実を綴ったもの。目次には「風の娘エクアム」「血のダイヤモンド」「マンゴー二つを盗む子」「戦争は死者にだけ終わる」などの章が並ぶ。

ベストセラーとなったこの本の印税について、キム・ヘジャは10年分をすべてワールド・ビジョンに寄付すると約束した。その他の著書に『김혜자의 작은 목소리(キム・ヘジャの小さな声)』(1994年)、『Small World』(2011年)などがある。

出演作品[編集]

テレビドラマ(主なもの)[編集]

年 邦題(原題) 放送局 役名・備考
1979 幸せを売ります(행복을 팝니다) MBC 百想大賞
1980-2002 田園日記(전원일기) MBC キム会長の妻
1988 砂の城(모래성) MBC MBC演技大賞 大賞
1989 冬の霧(겨울안개) MBC
1991-1992 愛が何だって(사랑이 뭐길래) MBC ヨ・スンジャ
1993 母の海(엄마의 바다) MBC ヨンヒ
1999 バラとモヤシ(장미와 콩나물) MBC イ・ピルニョ
2006 宮〜Love in Palace(궁) MBC 皇太后
2008 母さんに角が生えた(엄마가 뿔났다) KBS2 キム・ハンジャ
2015 優しくない女たち(착하지 않은 여자들) KBS2 カン・スノク
2016 ディア・マイ・フレンズ(디어 마이 프렌즈) tvN チョ・ヒジャ
2019 まぶしくて ―私たちの輝く時間―(눈이 부시게) JTBC キム・ヘジャ(老年)
2022 私たちのブルース(우리들의 블루스) tvN カン・オクトン
2025 天国より美しい(천국보다 아름다운) JTBC イ・ヘスク

映画[編集]

公開年 邦題(原題) 役名・備考
1982 晩秋(만추) ヘリム(映画デビュー)
1999 マヨネーズ(마요네즈) 母
2009 母なる証明(마더) 母
2014 犬どろぼう完全計画(개를 훔치는 완벽한 방법) 老婦人
2017 길(The Way) スネ
2026 여전히 찬란하게(Still Shining) スノク(公開予定)

舞台[編集]

年 作品
2001 シャーリー・バレンタイン
2007 ダウト(アロイシス修道院長)
2013-2014 オスカー、神様への手紙(ひとり芝居で11役)

受賞歴[編集]

キム・ヘジャは韓国の三大放送局の演技大賞、百想芸術大賞、そして海外の映画賞まで、韓国俳優として屈指の受賞歴を持つ。主なものは以下のとおり。

  • 1979年 百想芸術大賞 テレビ部門大賞(『幸せを売ります』)
  • 1983年 マニラ国際映画祭 主演女優賞(『晩秋』)
  • 1988年 MBC演技大賞 大賞(『砂の城』)
  • 1989年 百想芸術大賞 テレビ部門大賞
  • 1992年 MBC演技大賞 大賞(『愛が何だって』)
  • 1999年 MBC演技大賞 大賞(『バラとモヤシ』)
  • 2008年 KBS演技大賞 大賞(『母さんに角が生えた』)
  • 2009年 百想芸術大賞 テレビ部門大賞(『母さんに角が生えた』)
  • 2009年 アジア太平洋スクリーンアワード 主演女優賞(『母なる証明』)
  • 2009年 金鶏百花映画祭 外国映画主演女優賞(『母なる証明』)
  • 2010年 アジア・フィルム・アワード 主演女優賞(『母なる証明』)
  • 2010年 ロサンゼルス映画批評家協会賞 主演女優賞(『母なる証明』)
  • 2019年 百想芸術大賞 テレビ部門大賞(『まぶしくて』)
  • 2019年 銀冠文化勲章

伝説の受賞スピーチ[編集]

2019年の百想芸術大賞での受賞スピーチは、今も語り草になっている。キム・ヘジャは「私たちは慰めが必要な時代に生きているようだ」と語った後、「台本を破って持ってきた」と笑いながら、『まぶしくて』最終回のナレーションを読み上げた。

「私の人生は、時に不幸で、時に幸せでした。(中略)後悔ばかりの過去と、不安ばかりの未来のせいで、今を台無しにしないでください。今日を生きてください。まぶしく。あなたにはその資格があります」。会場ではハン・ジミン、ヨム・ジョンア、キム・ヘスらが涙を流し、このスピーチの映像は韓国のSNSで繰り返しシェアされた。

評価[編集]

「母」の幅を広げた俳優[編集]

キム・ヘジャのキャリアは、そのまま韓国ドラマにおける「母親像」の変遷と重なる。『田園日記』の包容力ある母、『愛が何だって』の穏やかな母から、『母さんに角が生えた』の「母親業に疲れた母」、『母なる証明』の狂気の母、『私たちのブルース』の不器用な母まで、同じ「母」でありながらまったく違う人物を演じ分けてきた。

世代を超えた支持[編集]

KBSが2023年に選んだ「KBSを輝かせた50人」で27位、韓国映画振興委員会の「韓国俳優200人」(2021年)にも選ばれている。『まぶしくて』『天国より美しい』では、20〜30代の視聴者からも「人生ドラマ」と呼ばれる支持を集めた。

余談[編集]

  • 『まぶしくて』の主人公の名前は、本人と同じ「キム・ヘジャ」。演じる俳優の名前をそのまま役名にした珍しいケースである。
  • 『母なる証明』の母親には最後まで名前がなく、エンドロールでも「母」とだけ表記される。2010年の米国公開時にはシカゴ・トリビューン紙も「ポン監督が彼女を念頭に置いて作った映画」という逸話を紹介した。
  • ダシダのCMは27年間続き、「그래, 이 맛이야」は今もパロディされる定番フレーズである。
  • 『田園日記』で「イリョンの母(일용엄니)」役を演じた故キム・スミとは長年の親友だった。キム・スミは2024年に亡くなっている。
  • 『天国より美しい』では、30代の姿の夫役ソン・ソックとのやり取りが「年の差ケミ」と話題になった。
  • 2013〜2014年のひとり芝居『オスカー、神様への手紙』では、70代にして少年オスカーを含む11役を一人で演じ分けた。

外部リンク[編集]

💬 みんなの声

この記事を読んだ人が、ひとことつぶやく場所です。