| ユン・ヨジョン 윤여정(尹汝貞、Youn Yuh-jung) | |
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https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/d/db/Youn_Yuh-jung_Sundance_2025.jpg?utm_source=commons.wikimedia.org&utm_campaign=imageinfo&utm_content=original ユン・ヨジョン(2025年、サンダンス映画祭)(出典:ウィキメディア・コモンズ、CC BY 4.0) | |
| 本名 | 尹汝貞(윤여정) |
| 誕生日 | 1947年6月19日 |
| 年齢 | 79歳 |
| 出身地 | 京畿道開城府(現・北朝鮮 開城市) |
| 国籍 | 韓国 |
| 学歴 | 梨花女子高等学校卒業、漢陽大学校 国語国文学科(中退) |
| ジャンル | 映画、テレビドラマ、バラエティ |
| 活動期間 | 1966年 - |
| 家族 | 元夫:趙英男(チョ・ヨンナム、歌手。1974年結婚、1987年離婚)、息子2人、妹 ユン・ヨスン(元LGグループ役員) |
| 身長 / 体重 | 157cm cm / ― kg |
| 事務所 | Creative Artists Agency(CAA、2023年 -) |
| 代表作 | 『火女』『張禧嬪』『ハウスメイド』『ディア・マイ・フレンズ』『ミナリ』『パチンコ』『BEEF/ビーフ』シーズン2 |
| 関連活動 | バラエティ『花よりお姉さん』『ユン食堂』『ユンステイ』『予期せぬ旅』 |
| あだ名 | 「Kおばあちゃん(K-할머니)」 |
| その他 | 第93回アカデミー賞 助演女優賞(2021年、韓国人俳優初)、英国アカデミー賞 助演女優賞、全米映画俳優組合賞 助演女優賞、金冠文化勲章(2021年) |
概要[編集]
ユン・ヨジョン(윤여정、尹汝貞、Youn Yuh-jung、1947年6月19日 - )とは、韓国の女優である。1966年にTBCの公開採用タレントとしてデビューし、キム・ギヨン監督の『火女』で一躍スターに。結婚・渡米・離婚を経て再起し、73歳で出演した映画『ミナリ』で韓国人俳優として初めてアカデミー賞(助演女優賞)を受賞した。歯に衣着せぬ物言いとユーモアでも愛される「Kおばあちゃん」の代表格だ。
詳細[編集]
開城生まれ、アルバイト感覚で入った芸能界[編集]
1947年6月19日、京畿道開城府(現在は北朝鮮の開城市)に生まれた。三姉妹の長女で、すぐ下の妹ユン・ヨスンは後にLGグループ初の女性役員となった人物である。父は1957年に亡くなり、母シン・ソジャ(1924〜2020年)が娘たちを育てた。梨花女子高等学校を1966年に卒業し、漢陽大学校の国語国文学科に進学した。
大学在学中、学費を稼ぐためのアルバイトとして放送局に出入りしていたところ、アナウンサーのキム・ドンゴンの勧めでTBC(東洋放送)の公開採用タレント試験を受け、1966年に第3期として合格。これを機に大学を中退した。女優は「なりたくてなったもの」ではなかったと本人は繰り返し語っている。
キム・ギヨン監督との出会い[編集]
テレビでキャリアを始めたユン・ヨジョンを映画界に引き込んだのが、『下女』(1960年)で知られる鬼才キム・ギヨン監督である。1971年、『下女』の流れをくむ映画『火女(화녀)』で主演に抜擢され、欲望と狂気が渦巻く家に入り込む家政婦ミョンジャを演じた。
この作品で大鐘賞の新人賞、青龍映画賞の主演女優賞を受賞し、さらにスペインのシッチェス・カタロニア国際映画祭でも主演女優賞を獲得した。翌1972年にもキム・ギヨン監督の『虫女(충녀)』に主演しており、早口のセリフ回しと当時の「美人女優」の型にはまらない個性で、一気に時代の顔となった。
『張禧嬪』と突然の引退[編集]
映画と同じ1971年には、MBCの時代劇『張禧嬪(장희빈)』でタイトルロールの張禧嬪を演じて大当たりを取った。あまりの悪女ぶりに、街で見知らぬ人から本気で怒られたという逸話が残るほどの人気だった。
ところが人気絶頂の1974年、歌手のチョ・ヨンナム(趙英男)と結婚し、芸能界を離れてアメリカ合衆国へ渡る(結婚年は1972年とする資料もある)。アメリカではフロリダ州などで主婦として暮らし、二人の息子を育てた。生活のためにスーパーマーケットのレジ係として働いた時期があったことも、本人の発言として伝えられている。
離婚と「生きるため」の復帰[編集]
約10年に及ぶアメリカ生活を経て、1984年ごろ韓国に戻り、MBC『ベストセラー劇場』で芸能活動を再開。1987年に正式に離婚した(離婚年は1985年とする資料もある)。離婚の原因は元夫の不倫だったと報じられており、元夫自身もそれを認めている。
当時の韓国で「離婚した中年女性」が芸能界に戻るのは容易ではなく、本人は後に「生きるために、命をかけてやった」「俳優はお金に困っている時に一番いい演技をする」と振り返っている。端役でも選ばずに出演し続けた日々が、のちの「どんな役でもこなす女優」の土台となった。
経歴[編集]
キム・スヒョン作品とホームドラマの母[編集]
復帰後のユン・ヨジョンを支えた一人が、脚本家のキム・スヒョンである。1987年のMBC『愛と野望(사랑과 야망)』、1991年の『愛が何だって(사랑이 뭐길래)』などキム・スヒョン作品に相次いで起用され、1995年のKBS『銭湯屋の男たち(목욕탕집 남자들)』でもお茶の間の顔となった。
2000年代以降も、2005年の『がんばれ!クムスン』、2006年の『十九歳の純情』、2012年の『棚ぼたのあなた』『キング〜Two Hearts』(大妃役)など、母親や姑、王族の年長者役でホームドラマや時代劇を支えている。テレビの「母」「姑」役のイメージが強いが、映画では正反対の挑戦を続けていた。
イム・サンス、ホン・サンスとの映画[編集]
2003年、イム・サンス監督の『浮気な家族(바람난 가족)』で、死にゆく夫を顧みず恋愛に走る妻を演じて映画界で再評価される。以後イム・サンス作品の常連となり、『ユゴ 大統領有故』(2005年)、『懐かしの庭』(2007年)、『ハウスメイド(하녀)』(2010年)、『蜜の味 〜テイスト オブ マネー〜』(2012年)と組み続けた。
特に『ハウスメイド』は、恩師キム・ギヨンの『下女』をイム・サンスがリメイクした作品で、ユン・ヨジョンは富豪の屋敷を知り尽くした老練な先輩家政婦ビョンシクを演じた。かつて『火女』で若い家政婦を演じた女優が、約40年後に同じ系譜の作品で老いた家政婦を演じるという巡り合わせが話題となり、この役で各映画賞の助演女優賞を総なめにした。『ハウスメイド』と『蜜の味』はいずれもカンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品されている。
ホン・サンス監督作品にも『ハハハ』(2010年)、『自由が丘で』(2014年)、『正しい日 間違えた日』(2015年)などで出演。2016年のイ・ジェヨン監督『バッカス・レディ(죽여주는 여자)』では、高齢の男性客を相手にする「バッカスおばさん」と呼ばれる女性を演じ、カナダのファンタジア国際映画祭で主演女優賞を受けた。
2010年代のドラマ[編集]
2016年のtvN『ディア・マイ・フレンズ』では、キム・ヘジャ、ナ・ムニ、コ・ドゥシム、パク・ウォンスクらベテラン俳優と共演。ノ・ヒギョン脚本の「老年の青春群像劇」で、ユン・ヨジョンは家族を持たず一人で生きる裕福な独身女性オ・チュンナムを演じた。Netflixの『センス8』(2015〜2017年)にも出演しており、海外作品への参加はこの頃から始まっている。
『ミナリ』でアカデミー賞へ[編集]
2020年、韓国系アメリカ人監督リー・アイザック・チョン(チョン・イサク)の映画『ミナリ』に出演。1980年代、アーカンソー州の農場に移住した韓国系移民一家のもとへ韓国からやって来る祖母スンジャを演じた。唐辛子粉や煮干し、そしてセリ(ミナリ)の種を抱えてやって来て、花札を教え、孫のデビッドに「本物のおばあちゃんっぽくない」と言われてしまう、型破りで愛情深い祖母である。製作にはブラッド・ピットの制作会社プランBが参加し、スティーヴン・ユァン、ハン・イェリらが共演した。
この演技で、全米の批評家協会賞を40以上受賞。2021年4月には英国アカデミー賞(BAFTA)、全米映画俳優組合賞(SAG)の助演女優賞を相次いで受賞し(SAG映画部門の演技賞はアジア人女優初)、同年4月25日(現地時間)の第93回アカデミー賞で助演女優賞を獲得した。韓国人俳優として初、アジア人女性としては1958年の『サヨナラ』のナンシー梅木以来63年ぶり2人目の快挙である。73歳での受賞だった。
Apple TV+『パチンコ』[編集]
2022年3月から配信されたApple TV+のドラマ『パチンコ』では、在日コリアン一家4世代を描くミン・ジン・リーの小説を原作に、1989年の大阪・東京を生きる老年のソンジャ(日本名・坂東信子)を演じた。少女時代をチョン・ユナ、若き日をキム・ミナが演じ、ユン・ヨジョンは人生の終盤から過去を見つめる主人公として作品の軸を担った。イ・ミンホがコ・ハンス役で共演している。
作品は2022年にピーボディ賞を受賞し、2024年8月にはシーズン2が配信された。韓国語・日本語・英語が飛び交う多言語ドラマで、本人も英語と韓国語を行き来する演技を見せている。
2023〜2026年:ハリウッドとの二拠点[編集]
2023年1月、アメリカの大手エージェンシーCAA(Creative Artists Agency)と契約。2024年2月には韓国映画『DOG DAYS 君といつまでも(도그데이즈)』で、愛犬ワンダだけを心の支えに暮らす世界的建築家ミンソを演じた(日本では2024年11月1日公開)。ユ・ヘジン、キム・ユンジン、キム・ソヒョンらが共演している。
2025年には、アン・リー監督の1993年作品を韓国系のアンドリュー・アン監督がリメイクした『ウェディング・バンケット(결혼 피로연)』に出演。孫の結婚を知って韓国から渡米してくる勘の鋭い祖母ジャヨンを演じた。サンダンス映画祭で上映され、韓国では釜山国際映画祭を経て2025年9月24日に公開された。
2026年4月16日に配信されたNetflixのアンソロジードラマ『BEEF/ビーフ(성난 사람들)』シーズン2では、エリートが集うカントリークラブを買収した韓国の億万長者パク会長を演じ、その2番目の夫キム博士役のソン・ガンホと「謎めいた秘密を抱えた夫婦」を演じた。オスカー・アイザック、キャリー・マリガンらが主演し、韓国系のイ・ソンジンが引き続き企画・脚本・演出を担当している。この役で2026年7月、第78回プライムタイム・エミー賞のリミテッド/アンソロジー部門助演女優賞にノミネートされたが、9月の授賞では受賞を逃した。
バラエティでの活躍[編集]
『花よりお姉さん』(2013年)[編集]
ユン・ヨジョンの初のリアリティ番組出演は、ナ・ヨンソクPDが手がけたtvN『花よりお姉さん(꽃보다 누나)』である。キム・ジャオク、キム・ヒエ、イ・ミヨンという女優仲間と、「荷物持ち」役のイ・スンギとともにクロアチアなどを旅した。
旅先での飾らない姿と率直な言葉が大反響を呼び、「私も67歳は初めてなのよ」「60歳になっても人生はわからない、私も初めて生きるんだから」といった発言は、今も「ユン・ヨジョン語録」の定番として引用される。
『ユン食堂』(2017〜2018年)[編集]
2017年のtvN『ユン食堂(윤식당)』は、海外の小さな島で韓国料理店を営むという企画で、ユン・ヨジョンは「社長」兼料理長を務めた。シーズン1はインドネシアのギリ・トラワンガン島が舞台で、イ・ソジン、チョン・ユミ、シン・グが共演。最高視聴率は約14.1%に達した。
2018年のシーズン2はスペイン・テネリフェ島のガラチコ村に舞台を移し、パク・ソジュンがアルバイトとして新加入。キムチチヂミ、ビビンバ、ホットクなどを提供し、初回から14%を超える視聴率でスタートした。英語で客と堂々とやり取りしつつ、厨房では誰より緊張している「社長」の姿が人気を集めた。
『ユンステイ』と『予期せぬ旅』[編集]
コロナ禍で海外ロケができなくなった2021年には、舞台を韓国国内に移した『ユンステイ(윤스테이)』が放送された。全羅南道の韓屋を使った宿泊施設で、韓国に暮らす外国人客をもてなす内容で、イ・ソジン、チョン・ユミ、パク・ソジュンに加えチェ・ウシクが加わった。
2022年には、アカデミー賞授賞式のプレゼンターとして渡米したユン・ヨジョンにイ・ソジンが同行する様子を追ったtvN『予期せぬ旅(뜻밖의 여정)』が放送された。「たくさんやりなさい。たくさんやる人には勝てない」という言葉はこの番組から生まれた名言である。
『ミナリ』と受賞スピーチの名言[編集]
アカデミー賞授賞式でのスピーチ[編集]
第93回アカデミー賞で助演女優賞のプレゼンターを務めたのは、『ミナリ』の製作総指揮でもあるブラッド・ピットだった。壇上に立ったユン・ヨジョンは開口一番「ブラッド・ピットさん、やっとお会いできましたね。私たちが撮影している時、どこにいたんですか?」とジャブを放ち、会場を沸かせた。
続けて「ヨーロッパの人たちは私をヨユンとかユジョンとか呼ぶけれど、今夜は全員許してあげます」と名前の発音ネタで笑いを取り、「私は競争というものを信じていない。グレン・クローズにどうして勝てるでしょう」と同じ候補者たちを称え、「今夜はちょっとだけ運が良かっただけ。あなたたちより少しラッキーだっただけ」と語った。
締めくくりは「私を外に出して働かせた二人の息子たちに感謝したい。これはママが一生懸命働いた結果よ」という言葉と、最初の監督であるキム・ギヨンへの献辞だった。天才的な監督だった、生きていたらきっと喜んでくれただろう、と恩師に賞を捧げている。
BAFTAの「スノッブ」発言[編集]
アカデミー賞に先立つ英国アカデミー賞の受賞スピーチでは「とても意味のある賞です。特に、スノッブ(気取り屋)として知られるイギリスの人たちに認めてもらえたのだから」と語り、会場の爆笑をさらった。この発言は世界中で拡散され、後に本人は「イギリスの皆さん、許してね」と冗談めかして補足している。
「最高じゃなくて“最中”で」[編集]
オスカー受賞後の韓国メディア向け会見でも名言を連発した。「最高という言葉がすごく嫌い。みんなで“最中(チェジュン、真ん中)”になればいいじゃない」と語り、「そう言うと私、社会主義者になっちゃう?」と笑わせた。ブラッド・ピットには「次に映画を作る時はもっとお金を使って」と頼み、彼は「少し多めに使う」と答えたが「たくさんとは言わなかった」と明かしている。
今後の計画を問われると「計画はない。賞をもらったからといって何も変わらない」「生きてきたとおりに生きる」と答え、目標はあくまで「セリフを覚えられて、周りに迷惑をかけないうちは」演技を続けることだと語った。
受賞歴[編集]
デビュー作級の『火女』から『ミナリ』まで、50年の時を隔てて国内外の主要な賞を手にしている。主なものは以下のとおり。
- 1971年 大鐘賞 新人賞(『火女』)
- 1971年 青龍映画賞 主演女優賞(『火女』)
- 1971年 シッチェス・カタロニア国際映画祭 主演女優賞(『火女』)
- 2010年 各映画賞 助演女優賞(『ハウスメイド』)
- 2016年 ファンタジア国際映画祭 主演女優賞(『バッカス・レディ』)
- 2021年 英国アカデミー賞 助演女優賞(『ミナリ』)
- 2021年 全米映画俳優組合賞 助演女優賞(『ミナリ』)
- 2021年 インディペンデント・スピリット賞 助演女優賞(『ミナリ』)
- 2021年 第93回アカデミー賞 助演女優賞(『ミナリ』)
- 2021年 タイム誌「世界で最も影響力のある100人」選出
- 2021年 金冠文化勲章(大衆文化芸術分野で存命中の授与は初)
- 2026年 第78回プライムタイム・エミー賞 リミテッド/アンソロジー部門助演女優賞 ノミネート(『BEEF/ビーフ』シーズン2)
主な出演作品[編集]
映画[編集]
| 公開年 | 邦題(原題) | 役名・備考 |
|---|---|---|
| 1971 | 火女(화녀) | ミョンジャ(キム・ギヨン監督) |
| 1972 | 虫女(충녀) | ミョンジャ(キム・ギヨン監督) |
| 1985 | 母(어미) | ホン・ギョンエ |
| 2003 | 浮気な家族(바람난 가족) | ホン・ビョンハン |
| 2010 | ハウスメイド(하녀) | ビョンシク |
| 2010 | ハハハ(하하하) | ムンギョンの母 |
| 2012 | 蜜の味 〜テイスト オブ マネー〜(돈의 맛) | ペク・グモク |
| 2013 | 高齢化家族(고령화 가족) | 母 |
| 2016 | バッカス・レディ(죽여주는 여자) | ソヨン |
| 2018 | それだけが、僕の世界(그것만이 내 세상) | インスク |
| 2020 | ミナリ(Minari) | スンジャ |
| 2024 | DOG DAYS 君といつまでも(도그데이즈) | ミンソ |
| 2025 | ウェディング・バンケット(The Wedding Banquet) | ジャヨン |
テレビドラマ・配信[編集]
| 年 | 邦題(原題) | 局・配信 | 役名・備考 |
|---|---|---|---|
| 1971 | 張禧嬪(장희빈) | MBC | 張禧嬪 |
| 1987 | 愛と野望(사랑과 야망) | MBC | |
| 1995 | 銭湯屋の男たち(목욕탕집 남자들) | KBS2 | |
| 2005 | がんばれ!クムスン(굳세어라 금순아) | MBC | |
| 2012 | キング〜Two Hearts(더킹 투하츠) | MBC | 大妃 |
| 2015-2017 | センス8 | Netflix | ミンジョン |
| 2016 | ディア・マイ・フレンズ(디어 마이 프렌즈) | tvN | |
| 2022, 2024 | パチンコ(Pachinko) | Apple TV+ | 老年のソンジャ |
| 2026 | BEEF/ビーフ シーズン2(성난 사람들) | Netflix | パク会長 |
人物[編集]
毒舌とユーモア[編集]
ユン・ヨジョンの魅力を一言でいえば「容赦のない率直さ」である。オスカー授賞式のレッドカーペットで記者から「ブラッド・ピットはどんな匂いがしましたか」と聞かれた際には、「匂いなんて嗅いでいません。私は犬じゃないので」と一刀両断し、質問の失礼さを笑いに変えた。
ハリウッドについても「ハリウッドに憧れてはいない。アメリカに来て働けば、息子にもう一度会えるかもしれないから来ている」と語り、「アメリカ人の言葉はあまり信じない。語彙が華やかすぎるから」と冷静に距離を置いている。
「人生は不公平」と言い切る人生観[編集]
「世の中は悲しみそのものだし、人生はただ不公平で不平等なもの」「痛くない人生、惜しくない人生なんてどこにある」など、苦労を経てきた人ならではの言葉が多い。一方で「私は笑って生きることにした。人生、一度は生きてみる価値がある」とも語っており、悲観と楽観が同居した独特の語録が若い世代にも支持されている。
後輩には「最初から“主役じゃなきゃやらない”なんて言うのは愚かなこと。一段ずつ上りなさい」とアドバイスしている。脇役も厭わずに作品を積み重ねてきた本人の経歴そのものを表す言葉だ。
家族と元夫[編集]
息子は2人で、いずれもアメリカ生まれ。オスカー受賞スピーチで「働かせてくれた息子たち」に感謝したのは、離婚後に女手一つで二人を育てた経緯を踏まえたものである。2025年の『ウェディング・バンケット』公開時には、長男が同性愛者であり、ニューヨークで同性婚をしていることを自ら明かし、「子どもが大人になれば子育ては終わり。結婚は本人の道」と語った。
元夫チョ・ヨンナムについては、公の場でほとんど語らないことで知られる。悪口を言わないのは寛大さというより「話題にしたくない」という意思の表れと受け止められている。
炎上とバズ[編集]
- 2021年4月のBAFTA受賞スピーチで英国人を「スノッブ」と評したことは、ユーモアとして世界中で好意的に拡散された一方、一部では大胆すぎるとの声もあった。本人は後に冗談として謝罪混じりに補足している。
- 同月のアカデミー賞レッドカーペットで「ブラッド・ピットの匂い」を尋ねた記者の質問は、失礼だとしてSNSで批判を浴びた。ユン・ヨジョンの「私は犬じゃない」という切り返しは、逆に称賛を集めた。
- オスカー受賞直後、元夫チョ・ヨンナムがインタビューで「浮気した男への最高の仕返し」といった趣旨のコメントをしたことが報じられ、「離婚して34年もたつのに出しゃばるべきではない」とミュージシャンのイ・ソグォン(オンニネ理髪館)らから批判が相次いだ。ユン・ヨジョン本人はこれに反応していない。
余談[編集]
- オスカー受賞後、タイム誌の「100人」でユン・ヨジョンの紹介文を書いたのは『ミナリ』で共演したスティーヴン・ユァンだったとされる。
- 2022年のアカデミー賞では前年の受賞者としてプレゼンターを務め、聴覚障害のある俳優トロイ・コッツァーに助演男優賞を手渡した。彼が手話でスピーチできるよう、オスカー像を代わりに持ち続けた姿が話題になった。
- 『火女』で若い家政婦、『ハウスメイド』で老いた家政婦を演じたことから、キム・ギヨン監督の「ペルソナ」と呼ばれることがある。
- 『ユン食堂』シーズン2に出演したパク・ソジュンは、番組の人気で約20本のCM契約を得たと報じられた。
- MBTIはISTPとされる。
- 『BEEF/ビーフ』シーズン2で夫役を演じたソン・ガンホとの年の差は、役柄の上でちょうど20歳という設定だと報じられた。