| コ・ドゥシム 고두심(Go Doo-shim / Ko Du-shim) | |
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![]() 2019年7月、KBS『ハッピートゥゲザー4』の「ディア・マイ・フレンズ特集」収録時のコ・ドゥシム(出典:ウィキメディア・コモンズ、撮影:뉴스인스타(News Insta)、CC BY 3.0) | |
| 誕生日 | 1951年5月22日 |
| 年齢 | 75歳 |
| 出身地 | 韓国 済州島 |
| 国籍 | 韓国 |
| 学歴 | 済州女子高等学校、済州大学校 名誉文学博士 |
| ジャンル | テレビドラマ、映画、舞台 |
| 活動期間 | 1972年 - |
| 家族 | 一男一女(息子は俳優のキム・ジョンファン) |
| 代表作 | 『田園日記』『踊る伽耶琴』『花よりも美しく』『ディア・マイ・フレンズ』『マイ・ディア・ミスター』『私たちのブルース』『輝く瞬間』『ヒーローではないけれど』 |
| 関連活動 | 紀行番組『母の旅 コ・ドゥシムが好きで』MC(2022年 -)、ソウル市 文化芸術名誉市長(2024年) |
| あだ名 | ミウォンおばさん(미원 아줌마) |
| その他 | 地上波3局(KBS・MBC・SBS)の演技大賞と百想芸術大賞テレビ部門大賞をすべて受賞、玉冠文化勲章(2007年)、銀冠文化勲章(2020年) |
概要[編集]
コ・ドゥシム(고두심、Go Doo-shim、1951年5月22日 - )とは、韓国・済州島出身の女優である。1972年にMBC公採5期タレントとしてデビューし、22年続いた『田園日記』の長男の嫁役で国民的な知名度を得た。KBS・MBC・SBSの演技大賞をすべて制した「地上波大賞グランドスラム」の持ち主で、近年は『マイ・ディア・ミスター』『私たちのブルース』『ヒーローではないけれど』など話題作の「母」役でも知られる。
詳細[編集]
済州の7人きょうだいの次女[編集]
1951年、済州島生まれ。3男4女の7人きょうだいの2番目として育った。本貫は済州高氏で、本人も「済州の娘」を自任している。済州女子高等学校時代は舞踊団で踊るダンサーでもあり、済州代表として慶熙大学校の特技者入学の話もあったが、家族の反対で実現しなかったと報じられている。女優を志したきっかけは、俳優シン・ソンイルが学校を訪れたことだったとされる。その後、ソウルの学校に通う弟の面倒を見るという名目で家族の許しを得て上京し、貿易会社に勤めながらチャンスをうかがった。
MBC公採5期・首席合格でデビュー[編集]
1972年、21歳でMBCの第5期公開採用タレント試験に首席で合格し、芸能界入りした。初期の出演作にはMBCの『捜査班長』などがある。1975年のドラマ『潮(밀물)』でMBC演技大賞の新人賞、1977年には済州の伝説的な女性商人キム・マンドクを演じた『貞和(정화)』で第13回百想芸術大賞テレビ部門の新人演技賞を受賞し、「済州の娘」というイメージを決定づけた。1983年には映画『嫉妬(질투)』で大鐘賞とアジア太平洋映画祭の助演女優賞をダブル受賞しており、テレビと映画の両方で早くから実力を認められていた。
『田園日記』22年の“長男の嫁”[編集]
キャリア最大の代名詞が、1980年から2002年まで22年にわたって放送されたMBCの農村ドラマ『田園日記(전원일기)』である。コ・ドゥシムは金会長家の長男の嫁(맏며느리)を演じ続け、姑役のキム・ヘジャらとともに韓国の茶の間の「家族」になった。本人は後年「『田園日記』は私の人生そのもの」と語っている。2021年には出演陣が再集結したドキュメンタリー『田園日記2021』にも参加し、2026年7月にはtvN STORYのバラエティ『ヨンジャとセリの残してどうするの(영자와 세리의 남겨서 뭐하게)』第50回で、同じく嫁役だったパク・スンチョン、チョ・ハナと久々に共演。亡くなったキム・スミをしのび、言葉を詰まらせる場面が放送された。
「大賞グランドスラム」の記録[編集]
コ・ドゥシムを語るうえで外せないのが、年末の演技大賞での圧倒的な実績である。韓国ではKBS・MBC・SBSの地上波3局がそれぞれ年末に演技大賞を開くが、彼女はそのすべてで大賞(最高賞)を受賞している。
- 1989年 KBS演技大賞 大賞 ―『愛の束縛(사랑의 굴레)』
- 1990年 MBC演技大賞 大賞 ―『踊る伽耶琴(춤추는 가얏고)』『マダン深い家(마당 깊은 집)』
- 1993年 第29回百想芸術大賞 テレビ部門大賞 ―『夫の女(남편의 여자)』
- 2000年 SBS演技大賞 大賞 ―『トギ(덕이)』
- 2004年 MBC演技大賞 大賞 ―『漢江水打令(한강수타령)』
- 2004年 KBS演技大賞 大賞 ―『花よりも美しく(꽃보다 아름다워)』
- 2015年 KBS演技大賞 大賞 ―『頼むよ、ママ(부탁해요, 엄마)』『変わった嫁(별난 며느리)』
放送局の演技大賞だけで6回、百想芸術大賞の大賞を含めると7回の「大賞」を手にしており、韓国メディアでは「演技大賞の最多受賞者」「地上波3社と百想をすべて制した唯一の俳優」と紹介されることが多い。2004年はMBCとKBSの大賞を同じ年に獲得するという離れ業も成し遂げた。2015年のKBS大賞はデビューから40年以上たってからの受賞で、ベテランになっても主演級で数字を取れる俳優であることを証明した。
ほかにも、1991年の百想芸術大賞テレビ部門演技賞(『踊る伽耶琴』)、2004年の大韓民国映画大賞助演女優賞(映画『人魚姫』)、2006年のテッサロニキ国際映画祭主演女優賞(映画『家族の誕生』)などが記録されている。国からは2007年に玉冠文化勲章、2020年の大韓民国大衆文化芸術賞で銀冠文化勲章を授与された。2021年には韓国映画振興委員会が選ぶ「韓国映画俳優200人」に名を連ね、2023年にはKBSの「KBSを輝かせた50人」で5位に選ばれている。
2010年代以降の「母」役[編集]
2010年代後半からは、ノ・ヒギョン、パク・ヘヨン、イム・サンチュンといったヒットメーカー脚本家の作品で「主人公の母」を演じ、若い世代にも名前が知られるようになった。
『ディア・マイ・フレンズ』(2016年)[編集]
tvNの『ディア・マイ・フレンズ』は、ノ・ヒギョン脚本でキム・ヘジャ、ユン・ヨジョン、ナ・ムニ、パク・ウォンスクらベテラン俳優が総出演した「シニア版青春群像劇」。コ・ドゥシムは主人公パク・ワン(コ・ヒョンジョン)の母チャン・ナニを演じた。娘と口げんかばかりしながらも離れられない母娘関係や、パク・ウォンスク演じるイ・ヨンウォンとのライバル兼親友という関係が見どころだった。ちなみに本作には息子の俳優キム・ジョンファンも出演しており、劇中ではなんとコ・ドゥシムの弟役を演じている。
『マイ・ディア・ミスター』(2018年)[編集]
tvNの『マイ・ディア・ミスター』では、パク家の三兄弟の母ピョン・ヨスンを演じた。中年の危機に陥った長男サンフン(オ・ダルス)、会社員の次男ドンフン(イ・ソンギュン)、映画監督の夢を追う三男ギフン(ソン・セビョク)を心配し続ける母親役である。当初はナ・ムニが演じる予定だったが、スケジュールの都合で参加できず、コ・ドゥシムが合流した。制作陣は起用理由を「時代の母親像にぴったり」と説明している。
『椿の花咲く頃』(2019年)[編集]
KBS2の『椿の花咲く頃』では、カン・ハヌル演じる警察官ファン・ヨンシクの母トクスンを演じた。息子の好物のチョンガクキムチを用意して帰りを待ち、体にいいと聞けば何でも作って食べさせる、とことん息子ファーストな母親。世の中の厳しさを自分が引き受け、息子には明るいものだけを見せて育てたという人物像で、コン・ヒョジン演じるドンベクとの関係も物語の鍵になった。
『私たちのブルース』(2022年)[編集]
済州島を舞台にしたノ・ヒギョン脚本のオムニバスドラマ『私たちのブルース』では、プルン村の古株の海女ヒョン・チュニを演じた。イ・ビョンホン、ハン・ジミン、キム・ウビンら豪華キャストの中で、キム・ヘジャ演じるカン・オクトンと並ぶ村の長老として存在感を放ち、孫娘ウンギ(キ・ソユ)とのエピソードも話題になった。故郷・済州が舞台の作品で、放送終了時には「私たちのブルース。私たちの物語でした。たくさん愛してくださってありがとうございます」とコメントしている。
『ヒーローではないけれど』(2024年)[編集]
JTBCの『ヒーローではないけれど』(英題:The Atypical Family)では、超能力一家ポク家の実権を握る母ポク・マヌムを演じた。予知夢の能力で財を成してビルのオーナーになったが、不眠症で夢を見られなくなっている、というファンタジー設定の役どころ。チャン・ギヨンやチョン・ウヒら若手とのアンサンブルで、ベテランならではの貫禄とユーモアを見せた。チョン・ウヒは本作でコ・ドゥシムと共演できることを楽しみにしていたと語っている。
映画『輝く瞬間』と済州[編集]
2021年6月30日公開の映画『輝く瞬間(빛나는 순간)』(英題:Everglow、監督:ソ・ジュンムン)は、コ・ドゥシムにとって久々の主演映画であり、キャリアのなかでも特別な1本になった。舞台は済州島。70代の伝説的な海女コ・ジノクが、彼女を題材にドキュメンタリーを撮りに来た30代のPDハン・ギョンフン(チ・ヒョヌ)と心を通わせていく物語で、30歳以上の年の差の恋愛が描かれる。撮影は2020年6月に済州島各地で行われた。
本人は撮影前、水が怖かったものの、それを克服して海に潜るシーンに挑んだという。劇中の山場は、済州四・三事件の記憶を語る長いモノローグ。カメラが顔に極端に近い位置に構えられた状態で演じ、「何かに取り憑かれたようだった」「監督が書いたセリフ以外の言葉がどんどん出てきた」と振り返っている。四・三事件は1948年の出来事で、1951年生まれの本人は家族や親戚から話を聞いて育ったと語り、理不尽に亡くなった人々の無念が少しでも晴れればという思いで演じたという。
共演のチ・ヒョヌは「スタッフ一人ひとりへの接し方を見て多くを学べた」「少女のような一面があり、自然に演じられた」とコメント。この作品で韓国映画製作家協会賞の主演女優賞を受賞した。
インタビューでは、俳優として「三つの渇き」があると語っている。一つ目はメロドラマで、1980年代には『愛馬夫人』の出演オファーを断ったこともあったが、本作でようやく満たされたという。二つ目はコメディで、普段の自分は明るく、ある監督に「目にいたずらっぽさがある」と言われたそう。三つ目は踊りで、学生時代に韓国舞踊を学んだ経験を生かしたいとし、インタビューの場でポーズを決めながら「(ドラマ『ナビレラ』の)パク・インファンさんより上手に踊れる」と冗談を飛ばした。
舞台女優としての顔[編集]
テレビの印象が強いが、舞台にも長く立ち続けている。1976年の『ミランドリーナの恋人たち(宿屋の女主人)』を皮切りに、『闘牛士のワルツ』(1977年)、『桜の園』(1989年)、『老貴婦人の訪問』(1990年)、『冬のライオン』(1993年)、済州方言を使った『ヌヨンナヨン プルモンサルケ』(1995年)、モノドラマ『私、女よ』(1999年)などに出演した。
2007年の『実家の母(친정엄마)』は代表的な舞台作品で、2008年にはゴールデンチケットアワードの演劇部門女優賞を受賞。2012年には『6週間のダンスレッスン』、2014年には『愛別曲』に出演し、2016年にはデビュー44年目にして初めての楽劇『親不孝者は泣きます(불효자는 웁니다)』に挑戦している。
バラエティとMC[編集]
バラエティでは、2018年6月のSBS『チプサブイルチェ(집사부일체)』で「師匠」として登場。済州の自宅を訪れたイ・スンギ、ヤン・セヒョン、イ・サンユン、ユク・ソンジェに、あらかじめ頼んでおいた豆腐や冷蔵庫にあったウニなど済州の食材で夕食をふるまった。「私だって(こんなふうには)しょっちゅう作れないわよ、忙しい人なんだから」と笑わせ、メンバーからは「済州を食卓に持ってきた」と絶賛された。
2022年3月13日には、チャンネルAとLGハロービジョンが共同制作した紀行番組『母の旅 コ・ドゥシムが好きで(엄마의 여행 고두심이 좋아서)』がスタート。演技歴50年で初めての単独MC番組で、毎回ゲストと国内の隠れた名所を訪ね、景色や料理、人生の話を分かち合う構成だった。第1回は済州が舞台で、息子のキム・ジョンファンが同行した。本人は「いまだに家族の世話や生計のために一度も気楽に旅に出られないお母さんたちに、少しでも“代理ヒーリング”の時間を届けたい」と番組への思いを語っている。
同年5月29日の放送ではデビュー50周年を祝う特集が組まれ、『私たちのブルース』で海女仲間を演じたハン・ジミンがゲストとして登場。後輩を「心もきれい、顔もきれいで非の打ちどころがない」と褒めちぎり、早く結婚するよう“催促”する場面もあった。ハン・ジミンは「先生は花で言えばユリのよう」と返し、「とにかく健康でいてください。愛しています」と手紙を読み上げた。
2025〜2026年の最新動向[編集]
『本日も完売しました』(2026年)[編集]
2026年4月22日に始まったSBSのドラマ『本日も完売しました(오늘도 매진했습니다)』に出演。アン・ヒョソプらが主演する作品で、コ・ドゥシムは物語の主要な舞台となるトクプン村の実力者ソンハクテクを演じた。初回の視聴率は全国3.3%、最高4.5%。日本を含む海外ではNetflixで配信された。
Netflix『クェンダン』(仮題)[編集]
2025年10月、済州島を舞台にしたNetflixシリーズ『クェンダン(괸당)』(仮題)への出演が発表された。済州で覇権を争うプ氏、ヤン氏、コ氏の三つの一族を描く“済州ノワール”で、タイトルは済州方言で「祭祀を共にする親族」を意味する言葉。監督は『ビジランテ』のチェ・ジョンヨル。ハン・ソッキュ、ユン・ゲサン、チュ・ジャヒョン、ユ・ジェミョン、キム・ジョンスらが出演し、コ・ドゥシムは「テパンハルマン(대판할망)」役を務める。本人も済州の高氏であり、故郷を舞台にした作品は『私たちのブルース』に続くものとして注目された。撮影は2026年2月22日から済州各地で始まり、Netflixでは2027年上半期の配信を予定している。
その他の活動[編集]
2024年にはソウル市の文化芸術名誉市長に任命された。2015年には済州国際大学校の名誉碩座教授に就任している。故郷・済州の祭りや地域の広報大使、慈善団体の親善大使なども数多く引き受けてきた。
私生活[編集]
1976年、人気絶頂期に5歳年上の実業家と結婚し、一男一女をもうけた。1998年、結婚18年で離婚している。公式な理由は「性格の不一致」とされた。2022年のチャンネルAの番組では、23歳のときの初恋の相手が元夫だったと明かし、「生まれ変わってもまた結婚する」と語った。一方で離婚は人生で最もつらい経験だったとも振り返っている。元夫は2021年に亡くなったと報じられている。
息子のキム・ジョンファン(1986年生まれ)は俳優。母と同じ道を望んだが当初はコ・ドゥシムが反対し、本人は行政学に専攻を変えて米国に留学、帰国後は証券会社に勤めたのちに演技の道に進んだとされる。出演作には『名不虚伝』『ライブ』『アスダル年代記』『私たちのブルース』などがある。
炎上とバズ[編集]
- 『輝く瞬間』は70代の海女と30代のPDの恋愛を描いたことで、公開前から「33歳差カップル」として話題になった。2026年7月の『ヨンジャとセリの残してどうするの』でも、MCのイ・ヨンジャからキスシーンやNGについて質問され、ウィットに富んだ返しで笑いを誘った。
- 『私たちのブルース』で共演したハン・ジミンとの“師弟関係”は、『コ・ドゥシムが好きで』での結婚催促エピソードとともにネットで繰り返し取り上げられた。
- 息子の死亡説がネット上で流れたことがあり、韓国メディアが事実ではないと報じる事態になった。
余談[編集]
- 調味料ブランドのCMモデルを17年にわたって務め、「ミウォンおばさん(미원 아줌마)」というあだ名で親しまれた。
- 1994年には母校に1億ウォンを寄付したと報じられている。
- デビュー50周年の放送では、キム・ヒエが「5年じゃなくて50周年。半世紀ですよ」と祝福メッセージを寄せた。
- 『ディア・マイ・フレンズ』の主要キャストが集まった2019年のKBS『ハッピートゥゲザー4』特集にも出演している(infoboxの写真はその収録時のもの)。
- 『輝く瞬間』のインタビューでは、まだ挑戦していないジャンルとしてコメディと踊りを挙げており、本人いわく素顔はかなり明るい性格とのこと。
