| Yu Hayami はやみ ゆう | |
|---|---|
![]() 早見優(2025年3月の記事より。出典:デイリースポーツ) | |
| 誕生日 | 1966年9月2日 |
| 年齢 | 60歳 |
| 出身地 | 静岡県熱海市(3歳からアメリカ領グアム、7歳からハワイで育つ) |
| 国籍 | 日本 |
| 家族 | 父・井上良(ジャズシンガー、2009年死去)、夫(一般男性、1996年結婚)、娘2人 |
| 血液型 | A型 |
| 学歴 | 堀越高等学校 卒業、上智大学比較文化学部日本文化学科 卒業 |
| 職業 | 歌手、タレント、女優 |
| 肩書 | 元アイドル歌手、ワインエキスパート、ZUMBAインストラクター |
| 活動期間 | 1982年 - |
| 代表的な実績 | シングル「夏色のナンシー」(1983年、オリコン最高7位)、NHK紅白歌合戦出場(1983年)、第27回日本レコード大賞 金賞(「PASSION」、1985年)、第9回日本アカデミー賞 新人俳優賞(映画『KIDS』) |
| 受賞 | 第24回日本レコード大賞 新人賞(1982年)、第9回日本アカデミー賞 新人俳優賞、第3回ONE LOVEアワード・オブ・ザ・イヤー(2015年) |
| 事務所 | テックス・エージェンシー(2022年の独立後に契約) |
| 関連活動 | キューティー★マミー(2005年 -)、キューティー☆モリモリ |
| 別名 | キャシー(ハワイ時代の学校での愛称) |
| その他 | 「花の82年組」の一人 |
| リンク | 公式ブログ(Ameba) |
概要[編集]
早見優(はやみ ゆう、1966年9月2日 - )とは、日本の歌手・タレント・女優である。静岡県熱海市で生まれ、グアムとハワイで育ったバイリンガルで、1982年に「急いで!初恋」でデビューした「花の82年組」の一人。1983年の「夏色のナンシー」が代表曲で、英語関連の番組や翻訳、ラジオ、ミュージカルなど幅広く活動している。
詳細[編集]
ハワイ三越のエレベーターでスカウト[編集]
芸能界入りのきっかけは、なかなか映画的である。1980年、14歳のときにハワイの三越のエレベーターでスカウトされ、単身で日本に帰国してサンミュージックと契約した。当時の日本のアイドル界では、海外育ちで英語を自然に話す新人はまだ珍しく、「バイリンガルのアイドル」というキャラクターはそれだけで強い個性になった。
生まれは静岡県熱海市の病院で、3歳までは熱海で暮らしている。その後、家族でグアムへ移り、7歳から14歳まではハワイで過ごした。ハワイの学校では「キャシー」と呼ばれていたという。熱海生まれであることは意外と知られておらず、有吉弘行の番組『有吉反省会』でネタとして「告白」したこともある。
「元祖バイリンギャル」[編集]
1982年4月、ヘアシャンプーのCMソング「急いで!初恋」でデビュー。キャッチコピーは「少しだけオトナなんだ」だった。1982年は新人アイドルが大量にデビューした年で、のちに「花の82年組」と呼ばれる。同期には松本伊代、堀ちえみ、石川秀美、三田寛子、中森明菜、小泉今日子、つちやかおりらがいる。
ハワイ育ちという経歴から、音楽マーケッターの臼井孝が『週刊女性PRIME』の記事で「元祖・バイリンギャル」と紹介しているように、英語の話せるアイドルの草分けとして扱われることが多い。1984年には、日本の女性アイドルとして米CNNの取材を受けている。
「夏色のナンシー」で大ブレイク[編集]
デビュー曲こそ注目されたものの、2作目以降は落ち着いた歌唱を前面に出した曲が続き、セールスは下り坂だった。流れを変えたのが1983年4月発売の5作目「夏色のナンシー」である。作詞は三浦徳子、作曲は筒美京平。本人が出演したコカ・コーラのCMソングとなり、オリコン最高7位、TOP20に12週ランクインする自己最高のヒットになった。
本人は明るい曲を歌えたことを喜び、間奏に入る英語のコーラスは自分で考えたものだとされる。ハワイ育ちの強みがそのまま楽曲に生かされた形だった。この年の12月には第34回NHK紅白歌合戦に初出場している。以後、筒美京平が作曲したシングル5作がオリコンTOP10入りし、コミカルな「誘惑光線・クラッ!」なども話題になった。
藤井隆、Night Tempoとの再ブレイク[編集]
2010年代後半からは、若い世代のクリエイターとの共作で再評価が進んでいる。2016年8月、藤井隆が主宰するレーベル「SLENDERIE RECORD」から、21年ぶりの新曲とアルバム『Delicacy of Love』を発表。藤井が「ダンスをしている早見さんが好き」と話したことが、ダンサブルな曲を軸にするきっかけになったという。
2023年8月には韓国出身のDJ・プロデューサーNight Tempoとのコラボ曲「Shampoo」(Night Tempo feat. Yu Hayami)を配信。当初は別の曲の予定だったが、Night Tempoが短時間でより踊れる曲を作って送ってきて、早見がすぐに気に入ったという。2024年7月には作詞を担当した「DISCO de DISCO」(作曲:Night Tempo)もリリースしている。シティポップ人気の世界的な広がりとも重なり、アメリカに留学していた娘の友人が、母親が早見優とは知らずに1stアルバムを聴いていた、というエピソードを本人が明かしている。
経歴[編集]
幼少期(熱海・グアム・ハワイ)[編集]
父はジャズシンガーの井上良(2009年3月24日死去)。熱海で生まれ、3歳から7歳までグアム、7歳から14歳までハワイで暮らした。1980年にハワイでスカウトされて帰国し、日本ではアメリカンスクールに通ったのち、1982年4月に堀越高等学校へ入学、1985年3月に卒業している。
アイドル時代(1982年 - 1980年代後半)[編集]
1982年4月に「急いで!初恋」でデビューし、同年の第24回日本レコード大賞新人賞をはじめ、各音楽祭で新人賞を多数受賞した。1983年の「夏色のナンシー」のヒットで紅白歌合戦に出場。同年からはプロ野球・阪急ブレーブス(現オリックス・バファローズ)の応援歌「Yes, you win!」も歌っている。
1985年には「PASSION」で第27回日本レコード大賞金賞を受賞。同年、主演映画『KIDS』で第9回日本アカデミー賞新人俳優賞を獲得し、女優としても評価された。1988年にはフジテレビ系の実写ドラマ『CAT'S EYE キャッツ・アイ』で来生瞳役を演じている。
大学進学とマルチタレント期(1986年 - 1990年代)[編集]
芸能活動を続けながら、1986年9月に上智大学外国語学部比較文化学科に入学。学科の独立に伴い比較文化学部日本文化学科の学生となり、1991年9月に卒業した。専門学校でフランス語も学んでいる。
1990年代は歌手よりもタレント・司会・舞台に軸足が移った。ミュージカルでは『グリース』のサンディ役(1988年)、『オズの魔法使い』のドロシー役(1989年 - 1994年)、『レ・ミゼラブル』のコゼット役(1997年 - 1999年)を務めた。1992年には地球サミットに参加し、以後も国際交流の活動を続けている。1996年3月16日に一般男性と結婚した。
子育て期とユニット活動(2000年代 - 2010年代)[編集]
結婚後は2人の娘を育てながら、料理・育児・英語といった生活に近いテーマの仕事が増えた。2004年には集英社から『楽しむアメリカン育児』を出している。2005年12月には同期の松本伊代、堀ちえみと「キューティー★マミー」を結成し、「ミッキーマウス・マーチ」でCDデビューした。
2015年には愛犬家として「ONE LOVEアワード・オブ・ザ・イヤー」、40歳以上が対象の「クラリーノ美脚大賞」オーバーフォーティー部門を受賞。2016年に藤井隆のプロデュースで歌手活動を本格的に再開した。2018年頃にはダンスフィットネス「ZUMBA」のインストラクター資格を取っている。
独立と40周年(2020年代)[編集]
コロナ禍で仕事が止まった2020年、留学先から一時帰国していた長女の勧めで、松本伊代とYouTubeチャンネル「いよいよゆうゆうチャンネル」を開設。最初はZoomで一緒に料理をするところから始まった。
2022年8月21日、長年所属した事務所からの独立を公式ブログとInstagramで報告し、個人事務所としてテックス・エージェンシーと契約した。同年はデビュー40周年で、記念ベストアルバム『Affection 〜Yu Hayami 40th Anniversary Collection〜』を発売し、記念ライブも開催。このライブをきっかけに、毎年夏の恒例ライブ「夏色のナンシー祭り」が始まった。2023年4月からはBS-TBSの音楽番組『昭和歌謡ベストテンDX』(のち『MUSIC X』)の司会を務めている。
人物[編集]
- 英語と日本語のバイリンガル。歌詞の英訳や絵本の翻訳も手がけ、ワインエキスパートの資格も持つ。
- もともとは運動が得意ではないインドア派だったと自ら語っているが、ZUMBAのインストラクター資格を取り、2024年の『徹子の部屋』では次はワッキングダンスやパラグライダーの資格に挑戦したいと話した。
- 料理好きで、ホームパーティーを開くことも多い。2012年のインタビューでは、自宅のキッチンをアメリカに住む夫の母の家を参考に作ったと語っている。
- 愛犬家として知られ、チワワの「ジルちゃん」を可愛がっている。2015年には「ONE LOVEアワード・オブ・ザ・イヤー」を受賞した。
- 「花の82年組」の中ではまとめ役的な存在とされる。堀ちえみが舌がんを公表した際には、本人から「同期のみんなに伝えて」と頼まれ、松本伊代らを通じて仲間に知らせたという。
ディスコグラフィ[編集]
主なシングル[編集]
| 年 | タイトル | 備考 |
|---|---|---|
| 1982年 | 急いで!初恋 | デビュー曲。ヘアシャンプーのCMソング |
| 1982年 | Love Light | 各音楽祭で新人賞を受賞 |
| 1983年 | 夏色のナンシー | 作詞:三浦徳子、作曲:筒美京平。コカ・コーラCMソング、オリコン最高7位 |
| 1983年 | Yes, you win! | 阪急ブレーブス応援歌 |
| 1984年頃 | 誘惑光線・クラッ! | 筒美京平作曲 |
| 1985年 | PASSION | 第27回日本レコード大賞 金賞 |
| 2005年 | ミッキーマウス・マーチ | キューティー★マミー名義 |
| 2023年 | Shampoo | Night Tempo feat. Yu Hayami |
| 2024年 | そろそろ冬ですネェ | キューティー☆モリモリ名義 |
| 2024年 | DISCO de DISCO | 作詞:早見優、作曲:Night Tempo |
| 2025年 | 溶けるようにkiss me / BOOGIE WOOGIE LOVE TRAIN (English Version) | 7インチ限定盤。藤井隆プロデュース |
主なアルバム[編集]
- 『Delicacy of Love』(2016年、SLENDERIE RECORD)
- 『SLENDERIE ideal』(2020年、参加曲「Right Here, Right Now」)
- 『Affection 〜Yu Hayami 40th Anniversary Collection〜』(2022年、デビュー40周年記念ベスト)
主な出演[編集]
テレビドラマ・映画[編集]
- 『三等高校生』(1982年、映画)
- 『零戦燃ゆ』(1984年、映画)
- 『KIDS』(1985年、映画・主演)
- 『CAT'S EYE キャッツ・アイ』(1988年、フジテレビ)- 来生瞳 役
- 『時をかける少女』(1997年、映画)
- 『ドラえもん のび太の南海大冒険』(1998年、映画)- ベティ 役(声の出演)
- 『猫の記憶』(2023年、映画)
舞台[編集]
- 『グリース』(1988年)- サンディ 役
- 『オズの魔法使い』(1989年 - 1994年)- ドロシー 役
- 『レ・ミゼラブル』(1997年 - 1999年)- コゼット 役
- 『アニー』(2019年)- ハニガン 役
- 『mother』(2022年)- 主演
- 『クリスマス・キャロル』(2022年)- イザベラ 役
テレビ(司会・レギュラーなど)[編集]
- 『料理大好き!キッチン倶楽部』(1993年)- 司会
- 『青春のポップス』(NHK総合)- 司会
- 『昭和歌謡ベストテンDX』→『MUSIC X』(BS-TBS、2023年 -)- 司会
- 『Dining with the Chef』(NHK World)
- 『はなまるマーケット』(TBS)、『ヒルナンデス!』(日本テレビ)、『徹子の部屋』(テレビ朝日)などにゲスト出演
CM[編集]
コカ・コーラ(1983年)、ハウス食品「フルーチェ」(1983年 - 1991年)、東芝ワープロ「Rupo」、ダイハツ「リーザ」、ソフトバンク/Y!mobile(2016年 -)、日清食品「シーフードヌードル」(2020年 -)など多数。
英語と国際派の活動[編集]
英語番組と著書[編集]
ハワイ育ちの経歴は、デビュー直後から仕事に直結した。1983年には日本英語教育協会から『百万人の英語スペシャル 好き!英語優等生』を出版。その後も『早見優のアメリカンキッズ』『早見英語塾』『早見優イングリッシュネットワーク HEN』など、名前を冠した英語関連番組を担当してきた。
近年もNHKの国際放送NHK Worldの料理番組『Dining with the Chef』に出演し、英語で日本の料理を紹介している。アイドル時代から40年以上、「英語の早見優」というポジションを保ち続けていることになる。
翻訳と国際交流[編集]
翻訳の仕事も多く、2002年にはPHP研究所から絵本『ローリー・ポーリー・オーリー』、2004年には今人舎から『レッドツリー:希望まで360秒』の翻訳を出している。2021年にはシンガーソングライター半崎美子との「Love Earth Project」名義の楽曲「Dear Earth」で英訳詞を担当した。
1992年にブラジルで開かれた地球サミットに参加したのをきっかけに、環境や国際交流をテーマにした活動にも関わっている。
ラジオ[編集]
ラジオの仕事も長い。文化放送では『早見優・サムシングYOU』『早見優のスカッとアメリカン』『高田純次・早見優の東京ブロードウェイ』などを担当。複数のFM局でネットされた『山田五郎と早見優のWeekend Living』もある。
2018年からはNHKラジオ『ラジオ深夜便ビギナーズ』に毎月第3土曜のレギュラーとして出演し、その後は『深夜便 NEXT』にも出演している。
子育てと家族[編集]
1996年3月16日に一般男性と結婚。夫の名前や職業は公表されていない。2001年に長女、2003年に次女が生まれている。2004年の著書『楽しむアメリカン育児』は、自身の育った環境を踏まえた子育てエッセイである。
2021年の文春オンラインのインタビューでは、娘たちが成長して使わなくなった弁当箱を処分したとき悲しくなったと語っている。長女はアメリカに留学し、2023年には長女と恋愛トークをしながらパスタを作る動画を自身のYouTubeチャンネルで公開した。2025年の「夏色のナンシー祭り」では長女がサプライズゲストで登場し、親子共演を果たしている。本人はブログで「一番緊張したのは、親子共演の瞬間かも」と振り返った。
父の井上良とは、1996年から毎年1回ジョイントのディナーショーを開いていた。父は2009年に亡くなっている。
花の82年組とユニット[編集]
キューティー★マミー[編集]
2005年12月、同期の松本伊代、堀ちえみと3人で「キューティー★マミー」を結成し、「ミッキーマウス・マーチ」でCDデビューした。3人とも母親になってからの結成で、ユニット名の「マミー」もそれを表している。
いよいよゆうゆうチャンネル[編集]
早見と松本伊代は、20年ほど前に石川秀美の料理教室に一緒に通って以来の仲。コロナ禍でスケジュールが空いたことをきっかけに、2020年に2人でYouTubeチャンネル「いよいよゆうゆうチャンネル」を始めた。石川秀美とその夫の薬丸裕英(元シブがき隊)とは、『はなまるマーケット』での共演をきっかけに家族ぐるみの付き合いがあり、薬丸夫妻の呼びかけで同期が集まったことから、グループLINEで定期的に会うようになったという。
キューティー☆モリモリ[編集]
松本伊代、森口博子とのユニット「キューティー☆モリモリ」としても活動し、2024年2月に「そろそろ冬ですネェ」をリリース。2024年7月の群馬県伊勢崎市での公演では、森口が体調不良で欠席し、早見と松本の2人でステージを務めた。この時はファンの「親衛隊」と「チーム早見」が、森口の回復を願ってひまわりを身につけていたという。
今も続く同期会[編集]
2024年11月放送の『徹子の部屋』では、三田寛子、堀ちえみ、松本伊代、KAORUKO(新井薫子)といった同期と、渡辺めぐみが経営する飲食店で今も会っていると話した。久しぶりでも昨日会ったように話が弾み、気づけば長時間たっているという。松本伊代とステージで共演した際には、その声の伸びに刺激を受け、「いい意味でのライバル意識」を持ったとも語っている。
最新動向[編集]
2024年[編集]
2月にキューティー☆モリモリとして「そろそろ冬ですネェ」、7月に作詞曲「DISCO de DISCO」を配信。フジテレビの『合唱バトル』にも出演した。11月13日には『徹子の部屋』に出演し、同期との交流やZUMBA、今後挑戦したい資格について語った。
2025年[編集]
3月12日放送のABCテレビ『これ余談なんですけど…』に山瀬まみと出演。アイドル時代は恋愛の話をすることすらはばかられる空気だったこと、石川秀美から好きな人のイニシャル「Y」だけを打ち明けられ、別の「Y」の俳優と付き合っていると思い込んでいたため、薬丸裕英との結婚会見を見て驚いたことを明かした。
4月にはデビュー43周年を迎え、7月13日に東京・大手町三井ホールで「夏色のナンシー祭り2025 〜裸足でdancin' dancin'〜」を開催。初めて冨田謙のバンドを迎え、踊れる曲を中心に構成した。8月2日には、藤井隆のプロデュースで2016年に録音した「溶けるようにkiss me」と、アン・ルイスの「恋のブギウギトレイン」を英語でカバーした「BOOGIE WOOGIE LOVE TRAIN (English Version)」を7インチレコードで限定発売した。「溶けるようにkiss me」は早見の作詞・藤井の作曲で、新たにMVと振り付けも作られた。
2026年[編集]
4月には音楽評論家・湯川れい子が主催する「木曜塾」に松本伊代と参加し、湯川と再会したことをブログで報告。湯川がサインした早見のシングル「GET UP」のレコードと一緒に写真を撮った。6月にはジャネット・ジャクソンの来日公演を観覧し、同い年のジャネットが約2時間歌い踊り続けたステージを「圧倒的なパワーと存在感でした!」と絶賛した。
チケット販売サイトでは、2026年11月以降の『放送50周年記念 第20回 徹子の部屋 コンサート』(東京国際フォーラム)や、『高嶋ちさ子のザワつく! 昭和歌謡祭 2026』などの公演に名前が挙がっている。
炎上とバズ[編集]
「なにを言う〜、早見優〜」[編集]
早見本人とは無関係のところで生まれたバズとして、村上ショージのギャグ「なにを言う〜、早見優〜」がある。単なるダジャレだが、これが若い世代にも広まり、村上は「夏色のナンシー祭り」にゲスト出演した際に本人の前で生披露した。
娘たちとの3ショット[編集]
56歳のとき、娘たちと並んだ写真がネットニュースで取り上げられ、「三姉妹にしか見えない」と話題になった。松本伊代とのツーショットが公開された際にも、「40年前と全然変わりがありません」といったコメントが寄せられている。
余談[編集]
- 『ザ・ベストテン』出演時、出番が急に早まって慌てていたところ、松田聖子が着替えを手伝ってくれたという。その際、口紅を持ったままミラーゲートを通ってしまったとされる。
- 1983年から阪急ブレーブス(現オリックス・バファローズ)の応援歌「Yes, you win!」を歌っていた。
- 「夏色のナンシー祭り」には、村上ショージのほか野村義男、関根勤らがゲスト出演している。
- 2025年4月にはテレビ局の廊下でテツandトモのトモとばったり再会し、ハイタッチのあと3人で「なんでだろうポーズ」の写真を撮った。
