| 用心棒 Yojimbo | |
|---|---|
![]() 桑畑三十郎を演じる三船敏郎(出典:ウィキメディア・コモンズ、パブリックドメイン) | |
| 監督 | 黒澤明 |
| 製作 | 田中友幸、菊島隆三 |
| 脚本 | 黒澤明、菊島隆三 |
| 出演 | 三船敏郎、仲代達矢、山田五十鈴、司葉子、東野英治郎、志村喬、加東大介、河津清三郎、山茶花究、藤原釜足、土屋嘉男、夏木陽介、ジェリー藤尾 ほか |
| 撮影 | 宮川一夫 |
| 音楽 | 佐藤勝 |
| ジャンル | 時代劇、アクション |
| 撮影期間 | 1961年1月14日 - 4月16日 |
| 制作会社 | 黒澤プロダクション、東宝 |
| 配給 | 東宝 |
| フォーマット | モノクロ、東宝スコープ |
| 劇場公開 | 1961年4月25日(日本) |
| 配信 | U-NEXT(見放題)、Amazon Prime Video・DMM TV・Lemino ほか(レンタル)※2026年9月時点 |
| 上映時間 | 110分 |
| 製作費 | 約9087万円 |
| 興行収入 | 配給収入3億5100万円(1961年度邦画4位) |
| 言語 | 日本語 |
| 次作 | 椿三十郎(1962年) |
概要[編集]
用心棒(ようじんぼう)とは、1961年に公開された黒澤プロダクション・東宝製作、黒澤明監督の時代劇映画である。二つのヤクザ一家が抗争する宿場町に流れ着いた素浪人・桑畑三十郎が、両方に雇われるふりをして共倒れを仕掛ける。主演の三船敏郎はヴェネツィア国際映画祭で男優賞を受賞。セルジオ・レオーネ監督の『荒野の用心棒』の元ネタとしても有名で、盗作騒動にまで発展した。
詳細[編集]
理屈抜きの娯楽時代劇[編集]
本作は、黒澤プロダクションが前作『悪い奴ほどよく眠る』(1960年)の興行不振を受け、「とにかく当たる映画」を目指して作った一本である。黒澤は脚本家の菊島隆三にプロデュースも依頼し、二人で脚本を書いた。狙いは理屈抜きの娯楽で、時代考証や封建的な忠義・身分といった要素はあえて排除されている。主人公の三十郎は主君にも掟にも縛られず、ひたすら行動で物語を動かすキャラクターだ。
黒澤自身は本作を「ある意味では喜劇」と語っている。実際、悪党たちは揃いも揃って間抜けで欲深く、三十郎が両家を手玉に取る様子は痛快なブラックコメディとして見られる。斬り合いの容赦なさと、乾いた笑いの同居こそが本作の味である。
元ネタはアメリカのハードボイルド[編集]
「一つの町を牛耳る二大勢力を、よそ者が互いに潰し合わせる」という骨組みは、アメリカのハードボイルド作家ダシール・ハメットの小説『血の収穫』(『赤い収穫』の邦題でも知られる)によく似ている。黒澤自身もハメット作品の影響を認める発言をしており、英語圏では同じハメットの『ガラスの鍵』も参照元として挙げられる。
つまり本作は、アメリカの探偵小説を時代劇に置き換え、そのストーリーが今度はイタリアで西部劇に置き換えられ、さらにアメリカで禁酒法時代のギャング映画になる……という、国境をまたいで生まれ変わり続ける物語の中継点になった作品なのである。
西部劇風の宿場町[編集]
舞台は上州(いまの群馬県あたり)の馬目宿という架空の宿場町。からっ風が吹き荒れ、砂ぼこりが舞う大通りは、どう見ても西部劇の町そのものだ。セットは東宝撮影所の「農場オープン」に組まれ、大量の砂と撮影所中の扇風機、さらにセスナ機のプロペラまで持ち出して砂嵐を起こした。
道幅は実際の江戸時代の宿場より広く取られ、決闘の舞台として映えるよう設計されている。民家の雨戸にはワックスを塗り、さびれた町の冷たい質感を出した。冒頭のタイトルバックは山梨県甲府市でロケが行われている。
当時の大ヒット作[編集]
公開は1961年4月25日で、森繁久彌主演の『社長道中記』との二本立てだった。配給収入は3億5100万円で、この年の邦画4位。米国の名門ソフトレーベル、クライテリオンの解説では「公開当時は『七人の侍』をしのぐ人気を集めた」と紹介されている。キネマ旬報ベスト・テンでは日本映画2位。翌1962年の正月には早くも続編『椿三十郎』が公開された。
あらすじ[編集]
※結末まで記載する。
宿場町に流れ着いた男[編集]
からっ風の吹く上州の街道。一人の浪人が、棒切れを放り投げて倒れた方角へと歩き出す。途中、家を飛び出して博打打ちになろうとする百姓の息子と、それを嘆く両親の姿を目にする。たどり着いた馬目宿では、手首をくわえた野良犬が通りを横切っていた。
町は、賭場の元締め・馬目の清兵衛と、その子分から独立した新田の丑寅の二つの一家が縄張り争いを続け、すっかり荒れ果てていた。清兵衛には名主で絹問屋の多左衛門が、丑寅には造酒屋の徳右衛門がそれぞれ後ろ盾についている。儲かっているのは棺桶屋だけ。居酒屋の権爺は浪人に「悪いことは言わねえ、出ていけ」と忠告する。
桑畑三十郎、売り込む[編集]
浪人は、権爺の店で両家の事情を聞くと、自分を高く売り込むことにする。手始めに丑寅の子分3人を一瞬で斬り捨て、その腕前を見た清兵衛一家に五十両で用心棒として雇われる。名を聞かれた浪人は、窓の外の桑畑を眺めて「桑畑三十郎。もうそろそろ四十郎だがな」と名乗る。
ところが清兵衛と女房のおりんが、抗争が済んだら三十郎を始末して金を取り戻そうと相談しているのを聞いてしまう。三十郎は殴り込み寸前に金を返して一家を離れ、両家が乱闘しそうになるのを火の見やぐらの上から高みの見物する。彼の本当の狙いは、両家を共倒れさせることだった。
卯之助の帰還と人質交換[編集]
八州廻り(関東取締出役の役人)が町に来ると知れて抗争は一時中断。役人が隣の宿場の町役人殺しを調べに去ると、丑寅の末弟で、短筒(ピストル)を持つ切れ者・新田の卯之助が旅から戻り、和解話を進め始める。
三十郎は、町役人殺しが丑寅一家の仕業だと突き止め、その下手人を捕らえて清兵衛に売りつける。対抗して卯之助は清兵衛の息子・与一郎を人質に取り、清兵衛側は徳右衛門の妾・ぬいを人質にとる。こうして人質交換が行われる。
ぬいを逃がす[編集]
ぬいは百姓・小平の女房で、博打の借金のかたに徳右衛門のもとへ取り上げられていたのだった。三十郎は丑寅一家に雇われたふりをしてぬいの監禁先へ乗り込み、見張りを皆殺しにして、ぬいを小平と幼い息子のもとへ返す。三十郎は有り金を渡し、すぐ町を出ろと言い聞かせる。
これをきっかけに両家は互いに相手の仕業だと思い込み、丑寅一家は多左衛門の絹蔵に火を放ち、清兵衛一家は徳右衛門の酒蔵を打ち壊す。町は死体だらけになっていく。
拷問と脱出[編集]
しかし、小平が三十郎に宛てた礼状から、卯之助は真相に気づく。三十郎は捕まって手ひどい拷問を受けるが、隙を見て脱出し、権爺の手で棺桶に隠されて町外れの堂へ運ばれる。棺桶の中から三十郎が見たのは、丑寅一家が清兵衛の家に火を放ち、逃げ出てきた清兵衛・おりん・与一郎らを皆殺しにする光景だった。
決闘と結末[編集]
堂で傷を癒やしていた三十郎は、権爺が丑寅一家に捕まって吊るされたと知る。三十郎は刀と、権爺の店にあった出刃包丁を手に、からっ風の中を町へ戻る。
大通りで丑寅一家と向き合った三十郎は、まず投げた包丁で卯之助の短筒を持つ腕を封じ、丑寅をはじめ一家の者を次々と斬り倒す。冒頭の百姓の息子も一家に加わっていたが、三十郎は彼を見逃し、親元へ帰れと追い払う。瀕死の卯之助は最後に短筒を握らせてもらうが、引き金を引くことなく息絶える。
両家は全滅した。財産を失って正気を失った多左衛門は、徳右衛門を斬り殺してしまう。三十郎は権爺の縄を切り、「これでこの宿場も静かになる」という趣旨の言葉を残して、一人で町を去っていく。
登場人物とキャスト[編集]
主人公とライバル[編集]
- 桑畑三十郎(三船敏郎)
- 名前も素性も不明の素浪人。「桑畑三十郎」は窓の外の桑畑を見て即席でつけた名前で、本名かどうかは最後まで分からない。懐手をしたまま肩をゆする歩き方、無精ひげ、汚れた着流しがトレードマーク。金にがめついふりをしながら、弱い者を見捨てられないお人好しな面がある。三船は撮影初日に遅刻して黒澤に叱られ、それ以降は毎朝6時に衣装とメイクを済ませて現場入りしたという逸話が伝わる。
- 新田の卯之助(仲代達矢)
- 丑寅の末弟。着流しに首巻き(マフラー)、懐には西洋の短筒という、時代劇ではありえない格好のキレ者。刀の三十郎と銃の卯之助という対決の図式は、まさに西部劇。仲代は翌年の『椿三十郎』でも三十郎のライバル・室戸半兵衛を演じている。
清兵衛一家[編集]
- 馬目の清兵衛(河津清三郎):賭場の元締め。女房の尻に敷かれている。
- おりん(山田五十鈴):清兵衛の女房。夫より肝が据わった悪女で、一家の実権を握る。山田は『蜘蛛巣城』の浅茅役に続く黒澤作品の出演で、今回もぞっとするほど冷たい女を演じた。
- 与一郎(太刀川寛):清兵衛の倅。気が弱く、母親の言いなり。
- 多左衛門(藤原釜足):名主で絹問屋。清兵衛の後ろ盾。
- 本間先生(藤田進):清兵衛一家の用心棒だったが、抗争直前にさっさと逃げ出す。
- 賽の目の六(ジェリー藤尾):清兵衛の子分。冒頭で三十郎に腕を斬り落とされる。
丑寅一家[編集]
- 新田の丑寅(山茶花究):清兵衛の元子分で、独立して一家を構えた。
- 新田の亥之吉(加東大介):丑寅の弟。大男だが単純な性格。
- 徳右衛門(志村喬):造酒屋。丑寅の後ろ盾で、ぬいを妾にしている。
- かんぬき(羅生門綱五郎):丑寅の用心棒の大男。
町の人々[編集]
- 権爺(東野英治郎):居酒屋の親爺。口は悪いが、三十郎を最後まで助ける本作の良心。のちに「水戸黄門」で知られる東野が、人情味あふれる町人を好演した。
- ぬい(司葉子):小平の女房。借金のかたに徳右衛門に取られている。
- 小平(土屋嘉男):ぬいの夫。気弱な百姓。
- 百姓の小倅(夏木陽介):博打打ちに憧れて家を飛び出した若者。
- 番太の半助(沢村いき雄):町の番太(木戸番)。両家を渡り歩く調子のいい男。
- 棺桶屋(渡辺篤):抗争のたびに儲かる、町で唯一景気のいい男。
- そのほか、西村晃、加藤武、天本英世、中谷一郎らが無宿者や子分役で出演している。
製作の舞台裏[編集]
スタッフ[編集]
撮影は、羅生門以来の黒澤作品参加となる宮川一夫。大映の看板カメラマンだった宮川を東宝作品に招いたのは異例のことである。撮影助手には後に黒澤組の撮影監督となる斎藤孝雄、さらにその下のセカンド助手に、のちに『剱岳 点の記』などを監督する木村大作がついていた。殺陣師は久世竜、効果は三縄一郎、衣装デザインは黒澤自身が手がけている。
マルチカムと望遠レンズ[編集]
立ち回りの場面は複数のカメラで同時に撮影された。メインのカメラは宮川、もう1台は斎藤が担当。斎藤は黒澤から「宮川が撮った分で映画ができるから、お前は好きにやれ」と言われ、500ミリの望遠レンズで大胆に狙った。その映像は完成作に多く採用されている。250〜500ミリの望遠で撮った斬り合いは、画面が圧縮されて人物が詰まって見え、スピード感と迫力が倍増した。黒澤は、望遠で撮った殺陣のあるコマには何も映っていなかったのに、映写すると見えていた、と振り返っている。
手首をくわえた犬[編集]
冒頭、野良犬が人間の手首をくわえて歩く強烈なカットは、黒澤が撮影現場に落ちていた手袋を一瞬人の手首と見間違えたことから生まれたという。手首や、斬り落とされる腕はゴムで作られた作り物で、特殊造形の大橋史典が担当した。あまりの出来のよさに黒澤自身も気味悪がったとされる。もっとも、血しぶきの描写は一度だけで目立たず、ショッキングな表現は控えめである。
撮影から完成まで[編集]
撮影期間は1961年1月14日から4月16日まで。翌17日からダビング(音の仕上げ)に入り、20日に検定試写を済ませて完成、5日後の25日には公開という超特急スケジュールだった。製作費は約9087万円とされる。
殺陣と効果音[編集]
「二度斬る」リアルな殺陣[編集]
本作の殺陣は、当時主流だった東映時代劇の、歌舞伎のように美しく舞う立ち回りとは正反対を狙っている。殺陣師・久世竜は荒々しく暴力的な動きを取り入れ、三十郎は相手一人につき二太刀を浴びせる。「人間は一度斬ったぐらいでは止まらない」という黒澤の考えによるもので、一瞬で数人をなぎ倒す三十郎の剣は、型ではなく喧嘩の技に見える。
三十郎は正統な剣術の使い手というより、場数を踏んだ実戦派という設定で、斬り合いは数秒で終わる。この「速くて短くて痛そう」な殺陣は、のちの時代劇やアクション映画の表現を大きく変えた。
斬殺音の誕生[編集]
映画やドラマの時代劇でおなじみの「ズバッ」「ザクッ」という人を斬る効果音。これを日本映画で初めて本格的に使ったのが本作とされる。黒澤は「人を斬れば音がするはずだ」と考え、効果担当の三縄一郎に相談した。
三縄は牛肉や豚肉を斬って試したが、柔らかすぎて思うような音が出ない。最終的にたどり着いたのは、鶏肉の塊に割り箸を何本も刺し、それを斬ったり叩いたりして録音するという方法だった。割り箸が骨の役割を果たし、生々しい手応えの音になったのである。以降、斬殺音は時代劇の定番となり、テレビ時代劇でも当たり前に使われるようになった。
佐藤勝の音楽[編集]
音楽は、『生きものの記録』以降、早坂文雄の後を継いで黒澤作品を担当した佐藤勝。本人が一番影響を受けたと語るのは、『ピーター・ガン』や『ティファニーで朝食を』で知られるアメリカの作曲家ヘンリー・マンシーニだった。
その言葉どおり、本作のスコアは時代劇らしからぬ音で、和楽器の笛や打楽器の響きにアメリカのビッグバンド風の金管が混ざり合う。冒頭、からっ風の中を三十郎が肩をゆすって歩くテーマは、ドスの効いたリズムとどこかとぼけたメロディで、彼の飄々としたキャラクターをそのまま音にしている。英国の評論家からは「陽気でジャラジャラした」音楽と評された。重々しさより軽妙さを前に出した音作りが、本作の「喜劇」としての顔を支えている。
評価[編集]
受賞[編集]
- 第22回ヴェネツィア国際映画祭:男優賞(三船敏郎)
- 第34回アカデミー賞:衣装デザイン賞(白黒部門)ノミネート
- 第35回キネマ旬報ベスト・テン:日本映画第2位
ランキング[編集]
国内外のオールタイムベストの常連でもある。キネマ旬報の「オールタイム・ベスト日本映画」(1999年)で19位、「映画遺産200」(2009年)で23位。文藝春秋の「日本映画ベスト150」(1989年)で17位。海外では、米タイム誌の「史上最高の映画100本」(2005年)、英エンパイア誌の「歴代最高の映画500本」(2008年)の95位に選ばれている。
米国の映画評論家ロジャー・イーバートは最高評価の星4つをつけ、自身の「偉大な映画」リストに加えた。2012年の英サイト・アンド・サウンド誌の監督投票では、フランシス・フォード・コッポラが本作を自身のベストに選んでいる。
『荒野の用心棒』と盗作訴訟[編集]
レオーネのマカロニ・ウェスタン[編集]
1964年、イタリアのセルジオ・レオーネ監督が、当時テレビ俳優だったクリント・イーストウッドを主演に迎えて『荒野の用心棒』を発表した。メキシコ国境近くの町で対立する二つの一家を、流れ者のガンマンが手玉に取るという筋で、登場人物の配置から見せ場まで本作をほぼそのまま西部劇に置き換えた内容だった。レオーネは1963年に本作を見て翻案を思いついたとされ、そもそも本作の西部劇化を勧めたのは、のちに『続・荒野の用心棒』を撮るセルジオ・コルブッチだったという。
問題は、レオーネ側が正式なリメイク権を取っていなかったこと。『荒野の用心棒』はイタリアで大ヒットし、いわゆる「マカロニ・ウェスタン」ブームの火付け役となった。
黒澤の手紙と和解[編集]
内容の酷似に気づいた東宝は、黒澤・菊島とともに著作権侵害で訴えを起こした。黒澤自身もレオーネに手紙を送り、権利料を求めたとされる。レオーネは憧れの巨匠からの手紙に感激し、周囲の人に見せて回ったという逸話が残る。
最終的にイタリア側が盗作を認める形で和解が成立した。交渉には東和の川喜多長政が関わり、1965年11月、黒澤と菊島は日本・台湾・韓国での配給権と、全世界の配給収入の15パーセントを受け取ることで合意した。『荒野の用心棒』は東宝が東和を通じて配給し、同年11月25日に日本公開された。黒澤は後年、この作品で自作の興行よりも多く稼いだと冗談めかして語ったとも伝えられる。
盗作から生まれた系譜[編集]
皮肉なことに、無断リメイクから始まったマカロニ・ウェスタンは世界的なジャンルになり、イーストウッドは一躍スターになった。コルブッチの『続・荒野の用心棒』(1966年、原題『ジャンゴ』)も本作を下敷きにしており、こちらの系譜は後年のクエンティン・タランティーノ作品などにまでつながっていく。
続編『椿三十郎』[編集]
本作の大ヒットを受け、翌1962年1月1日に公開されたのが『椿三十郎』である。もともと山本周五郎の短編『日日平安』を原作に別の企画として準備されていた脚本を、三十郎が主人公の話に書き直したもの。三十郎は今回、庭の椿を見て「椿三十郎」と名乗り、「もうそろそろ四十郎ですが」と、本作と同じとぼけた返しを見せる。
舞台はお家騒動に巻き込まれた若侍9人を三十郎が助けるという話で、本作より明るくユーモラスな味付けになった。ライバルの室戸半兵衛を再び仲代達矢が演じ、ラストの一瞬の居合で血が噴き出す決闘シーンは日本映画史に残る名場面として語られる。2007年には森田芳光監督、織田裕二主演で同じ脚本を使ったリメイク版も作られた。米クライテリオンは2025年1月、本作と『椿三十郎』を「二人の侍」としてまとめた4K UHDのセットを発売している。
リメイク・影響[編集]
『ラストマン・スタンディング』[編集]
1996年にはウォルター・ヒル監督、ブルース・ウィリス主演で、正式なリメイク『ラストマン・スタンディング』が作られた。舞台は禁酒法時代、1930年代のテキサスの町ジェリコ。アイルランド系とイタリア系のギャングが対立する町に、ジョン・スミスと名乗る流れ者が現れ、二丁拳銃で両方を潰し合わせる。共演はクリストファー・ウォーケン、ブルース・ダーン。こちらはきちんと原作として黒澤と菊島がクレジットされている。
日本では1997年2月8日にギャガ・ヒューマックス配給で公開。1998年11月15日にはテレビ朝日の「日曜洋画劇場」で放送され、これが名物解説者・淀川長治の最後の解説作品となった。
三船の「三十郎もどき」[編集]
三十郎のキャラクターはあまりに当たったため、三船はその後も似たような素浪人を何度も演じた。代表的なのが岡本喜八監督の『座頭市と用心棒』(1970年)で、勝新太郎演じる座頭市と、三船演じる用心棒・佐々大作の夢の共演が実現した。ほかにも稲垣浩監督の『待ち伏せ』(1970年)、フランスなどの合作西部劇『レッド・サン』(1971年)で、三十郎を思わせる役を演じている。
世界中に散らばるオマージュ[編集]
本作の影響は映画の枠を超えて広がっている。ケヴィン・コスナー主演の『ボディガード』(1992年)では、劇中の映画館で本作が上映され、そのシーンがそのまま使われている。英題も本作の米国公開題と同じ「The Bodyguard」だ。ほかに『スター・ウォーズ』シリーズ、アニメ『サムライジャック』、擬人化ウサギの剣士が主人公の漫画『兎用心棒』、ゲーム『レッド・デッド・リデンプション2』などにも、本作へのオマージュや影響が指摘されている。
上映・配信状況[編集]
劇場での上映[編集]
本作は4Kデジタルリマスター版が作られており、2018年4月から2019年3月にかけての「午前十時の映画祭9」で、『椿三十郎』とともに4K版で全国上映された。2021年1月には東京・池袋の新文芸坐で、黒澤明生誕111年・三船敏郎生誕101年を記念した東宝作品特集の一本として上映。2025年5月以降も、一部のシネコンで再上映の機会があった。
配信・ソフト[編集]
2026年9月時点の配信状況は次のとおり。
| サービス | 形態 |
|---|---|
| U-NEXT | 見放題 |
| Amazon Prime Video | レンタル・購入 |
| DMM TV | レンタル |
| Lemino | レンタル |
| J:COM STREAM・music.jp | レンタル |
| TSUTAYA DISCAS | 宅配レンタル |
ソフトは東宝から4Kリマスター版のUltra HD Blu-rayが発売されている。海外ではクライテリオンから、『椿三十郎』とのセット(4K UHD 2枚+Blu-ray 2枚)が2025年1月に出た。こちらは英語圏向けで日本語字幕はないが、公開当時の疑似ステレオ方式「パースペクタ」の音響を再現した音声トラックが収録されている。テレビではNHK BSでたびたび放送されている。配信状況は変わりやすいので、視聴前に各サービスで確認したい。
余談[編集]
- 冒頭で三十郎は、どっちへ行くか迷ったときに棒切れを放り投げ、倒れた方角へ歩き出す。行き先を棒に任せるあたりに、このキャラクターの身軽さが凝縮されている。
- 三十郎は決戦の直前、拷問で痛めた手のリハビリとして、堂の中で包丁を投げて木の葉を突き刺す練習をしている。最終決戦の勝負を決めるのはこの包丁投げである。
- 撮影助手として参加した木村大作は、のちに日本を代表する撮影監督・映画監督になった。黒澤組の現場は、次世代の名カメラマンの学校でもあった。
- 本作の企画は、1956年の新聞報道で「時代劇三部作」の一本としてすでに名前が挙がっていたという。実現までに5年近くかかった計算になる。
- 『ラストマン・スタンディング』の放送は、淀川長治が亡くなった直後で、これが最後の解説として放送された。黒澤明も同じ1998年の9月に亡くなっており、黒澤ゆかりの作品が淀川の最後の仕事になった形である。
- 『生きる』の主演で知られる志村喬も、本作では悪徳造酒屋の徳右衛門役で出演。黒澤作品の常連がずらりと悪党側に回っているのも見どころだ。
