柴田恭兵
しばた きょうへい / Kyohei Shibata
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『帰ってきた あぶない刑事』で柴田恭兵が着用した衣装の展示(出典:Wikimedia Commons)
本名 柴田恭兵(芸名と同じ)
誕生日 1951年8月18日
年齢 75歳
出身地 静岡県清水市(現・静岡市清水区)
国籍 日本
学歴 日本大学三島高等学校、日本大学経済学部卒業
ジャンル テレビドラマ、映画、舞台、歌手
活動期間 1975年 -
デビューアルバム 1975年 東京キッドブラザース『十月は黄昏の国』(舞台)、1979年「君だけでいい」(東京キッドブラザース名義のシングル)
血液型 AB型
代表作 『あぶない刑事』シリーズ、『俺たちは天使だ!』、『はみだし刑事情熱系』、『ハゲタカ』、『半落ち』、『空飛ぶ広報室』、『舟を編む 〜私、辞書つくります〜』
関連活動 東京キッドブラザース(劇団員、1975年 - )、歌手(フォーライフ)
あだ名 恭サマ(舘ひろしが命名)、ユージ(『あぶない刑事』の役名から)
その他 日本アカデミー賞 優秀主演男優賞・優秀助演男優賞ほか、高崎映画祭 最優秀助演男優賞(2005年)


概要[編集]

柴田恭兵(しばた きょうへい、1951年8月18日 - )とは、静岡県清水市(現・静岡市清水区)出身の俳優・歌手である。サラリーマンを経てミュージカル劇団「東京キッドブラザース」で役者デビューし、『あぶない刑事』で舘ひろしと組んだ刑事・大下勇次(ユージ)で大ブレイク。軽妙なアドリブと身のこなしで約40年ユージを演じ続ける一方、『ハゲタカ』『半落ち』などでは重厚な芝居も見せる、昭和・平成・令和をまたぐ「軽さと渋さ」の人である。

詳細[編集]

「芝居なんかできなくてもいい」から始まった[編集]

柴田恭兵の役者人生は、意外なほど成り行きで始まった。日本大学経済学部を出たあとは輸入衣料の会社で営業マンをしており、俳優を目指していたわけではなかった。転機は、友人が所属していた劇団「東京キッドブラザース」の事務所を訪ねたこと。ちょうどオーディション中だった主宰者・東由多加に「次の公演の主役をやらないか」と強く勧められ、「芝居なんかできなくてもかっこよければいいんだ」と口説かれてその気になったという。

1975年に会社を辞めて入団し、同年6月のミュージカル『十月は黄昏の国』で初舞台を踏む。ところが、ちょっとしたかっこよさや軽いノリでは観客を感動させられないと思い知らされた。東からはスタッフに回るよう言われたが、役者を続けたいと頼み込むと「泣いてみろ」と言われ、稽古場に一人で立たされた。悔しさで涙がこぼれた瞬間、周囲から拍手が起きた――というのが、本人も語ってきた駆け出し時代の原点である。

「関係ないね」の80年代[編集]

劇団の人気俳優になった柴田は、1977年に村川透監督の推薦で『大都会 PARTII』に出演してテレビデビュー。1979年の『俺たちは天使だ!』で探偵事務所の若手「DARTS」こと入江省三を演じて人気が定着し、同年の『赤い嵐』で連続ドラマ初主演を果たした。1984年には映画『チ・ン・ピ・ラ』で主演に抜擢され、軽やかでどこか不良っぽい若者像は柴田の代名詞になっていく。

この時代の柴田を象徴するのが、缶コーヒーのCMで口にした「関係ないね」というセリフ。斜に構えたクールさと人懐っこさが同居したキャラクターは、80年代の若者のあこがれだった。1984年にはベストドレッサー賞(芸能部門)も受賞している。

タカとユージ、40年の相棒[編集]

1986年、日本テレビ系で『あぶない刑事』がスタート。柴田は横浜港署捜査課の刑事・大下勇次(ユージ)を演じ、舘ひろし演じる鷹山敏樹(タカ)とコンビを組んだ。ダンディで寡黙なタカに対し、ユージはよくしゃべり、よく走り、軽口を叩く。この凸凹の掛け合いと、ファッション・音楽・アクションの洒落た作りがそれまでの刑事ドラマのイメージを覆し、テレビシリーズ2作と劇場版8作を重ねる長寿シリーズになった。

本人は企画の段階から「カッコつけてるだけじゃすぐに飽きられる」と考えていたといい、大事なのは「二人のニュアンスというか距離感」だと語っている。ちょっとふざけているのに、いざとなれば「絶対、守るぞ!」という信頼が伝わる――そのバランスを支えたのが、柴田の代名詞でもあるアドリブだった。2024年の『帰ってきた あぶない刑事』は興行収入で前作を超えるヒットとなり、2026年にはテレビシリーズ開始から40周年を迎えた。

経歴[編集]

生い立ち[編集]

1951年、静岡県清水市に生まれる。実家は父親が営む鮮魚店だった。少年時代は野球に熱中し、清水市立第七中学校では野球部のレギュラーとして活躍した。しかし日本大学三島高等学校に進学した頃は身長が160センチに満たず、野球を断念。皮肉にもその直後から背が伸び始め、今度はおしゃれに目覚めたという。

高校卒業後は日本大学経済学部に進み、卒業後は輸入衣料を扱う会社に就職して営業マンとして働いた。この「サラリーマン経験のある役者」という経歴は、のちに『ハゲタカ』や『空飛ぶ広報室』などで組織の中の大人を演じる際の説得力にもつながっている。

1975年 - 1970年代:東京キッドブラザース[編集]

1975年、東由多加主宰のミュージカル劇団「東京キッドブラザース」に入団し、『十月は黄昏の国』で舞台デビュー。劇団では客席に向かって手を突き出すような大きな表現が当たり前で、当初の柴田はそれが恥ずかしかったという。のちに本人は「結局、自分を解き放して、真剣に精一杯やっている人のほうが、カッコいいし、人を感動させるんですよね」と振り返っている。

1977年に『大都会 PARTII』でテレビ初出演し、1978年の『大追跡』で連続ドラマ初レギュラー。1979年には『俺たちは天使だ!』『赤い嵐』に出演し、一気に人気俳優の仲間入りをした。同年には劇団名義のシングル「君だけでいい」も発売している。1980年にエランドール賞新人賞を受賞。

1980年代:『チ・ン・ピ・ラ』から『あぶない刑事』へ[編集]

1981年、劇団のロック・ミュージカル『SHIRO』のニューヨーク公演に参加。最初の1週間で力尽きたことで逆に体の力が抜け、客席の反応が見えるようになったと語っており、ここで舞台に気持ちよく立てるようになったという。同年には山田太一脚本のドラマ『想い出づくり。』に出演し、作家・田中康夫が作詞、近田春夫が作曲した「なんとなく、クリスタル」(宝焼酎のCMソング)を歌った。

1984年に映画『チ・ン・ピ・ラ』で主演。1985年の『野蛮人のように』、1986年の『道』で日本アカデミー賞優秀助演男優賞を受賞し、映画俳優としても評価を固めた。そして1986年10月、『あぶない刑事』がスタート。1987年の劇場版第1作もヒットし、『もっとあぶない刑事』(1988年 - 1989年)、映画『またまたあぶない刑事』(1988年)、『もっともあぶない刑事』(1989年)と立て続けに制作された。1988年にはNHK大河ドラマ『武田信玄』で上杉謙信を演じている。

1990年代:ホームドラマと「はみだし刑事」[編集]

1989年から1990年の『勝手にしやがれヘイ!ブラザー』、1992年の『子供が寝たあとで』など、日本テレビ系で軽妙なホームドラマ・コメディの主演を重ねた。映画では1991年の『福沢諭吉』、1994年の『集団左遷』で日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞している。1994年にはアメリカの独立リーグ球団と1日契約を結び、公式戦1試合に出場するという異色の経験もした。

1996年、テレビ朝日系の水曜21時枠で『はみだし刑事情熱系』がスタート。柴田は型破りな刑事・高見兵吾を演じ、離婚した元妻が上司という設定と、娘との関係を描く人情味が受けて、2004年のPART8まで続く人気シリーズになった。同じ1996年には映画『あぶない刑事リターンズ』で7年ぶりにタカとユージが復活し、1998年の『あぶない刑事フォーエヴァー』へと続いた。

2000年代:『半落ち』と『ハゲタカ』[編集]

2004年の映画『半落ち』では、元警察官の被告を担当する刑事・志木和正を演じ、日本アカデミー賞優秀助演男優賞と高崎映画祭最優秀助演男優賞を受賞。同年の『69 sixty nine』では主人公の父親役を務め、TBS系『刑務官・一条信一』では刑務官を演じるなど、50代に入って役柄の幅を広げた。2005年には『まだまだあぶない刑事』が公開されている。

2006年、NHK土曜ドラマ『ハゲタカ』の撮影中、3話ほど撮り終えたところで初期の肺がんが見つかり、摘出手術を受けた。本人は代役を立てるよう申し出たが、制作側は「元気になって戻ってほしい。待ちます」と答えたという。約2か月で現場に復帰し、ドラマは2007年に放送された。これを機に禁煙もしている。演じた芝野健夫は、企業再生に奔走する元銀行員。大森南朋演じる鷲津政彦と対峙する役で、2009年の映画版でも同役を務めた。

2010年代:渋い上司役の名手に[編集]

2010年代は主演よりも、物語を支える年長者役での出演が増えた。TBS日曜劇場『南極大陸』(2011年)、『空飛ぶ広報室』(2013年)では、新垣結衣・綾野剛らと共演し、軽妙だが頼れる航空自衛隊広報室長・鷺坂正司を好演。2012年の映画『北のカナリアたち』、NHK土曜ドラマ『64(ロクヨン)』(2015年)、ドラマ10『この声をきみに』(2017年)などにも出演した。

2016年、シリーズ完結編とうたわれた『さらば あぶない刑事』が公開され、ヒットを記録。2013年のインタビューでは「60代からこそ何もかもが“これから”」と語り、若い共演者の前で昔のように格好をつけるのではなく、ありのままの自分を楽しめるようになったと話している。

2020年 - 2024年:ユージの帰還[編集]

2020年のWOWOW版『鉄の骨』では、建設業界の談合を裏で仕切るフィクサーを白いひげ姿で演じ、イメージを一新した。同年と2022年には映画『コンフィデンスマンJP プリンセス編』『英雄編』にも出演している。2024年には池田エライザ主演のNHK BSドラマ『舟を編む 〜私、辞書つくります〜』で、辞書編集に人生を捧げる国語学者・松本朋佑を演じた。

2024年5月24日、8年ぶりのシリーズ新作『帰ってきた あぶない刑事』が公開。探偵になったタカとユージのもとに、タカの娘かもしれない女性(土屋太鳳)が現れる物語で、公開4週目で観客動員100万人を突破し、興行収入は前作『さらば』を上回った。公開翌日の5月25日には横浜スタジアムで舘とともに始球式を務め、72歳とは思えない美しいフォームでノーバウンド投球を披露して話題になった。同年7月には、神奈川県警察からタカとユージに感謝状が贈られている。

2025年 - 2026年:40周年と新たな挑戦[編集]

2025年2月、『帰ってきた あぶない刑事』が第48回日本アカデミー賞の話題賞(作品部門)を受賞。3月14日の授賞式に舘とともに登壇し、「8本目は絶対にファンの皆さんに喜んでもらえるような、楽しくて、おしゃれで、かっこよくて、ダンディーな映画にしたかった」と語った。会場で自分より先輩の俳優が里見浩太朗と草笛光子の2人しかいなかったことに触れ、年を取ったと実感したとも笑わせている。同年6月には『帰ってきた あぶない刑事』が金曜ロードショーで地上波初放送された。

2025年6月21日、閉館を控えた丸の内TOEIでの第1作上映後の舞台あいさつに舘と登壇。直前に亡くなった長嶋茂雄の名言になぞらえ、「丸の内TOEIは7月27日に閉館となりますが、我が『あぶない刑事』は永久に不滅です。長嶋さんに愛を込めて」とコメントした。

2026年8月、NHK総合「ドラマ10」枠のオリジナルのヒューマンサスペンス『熊は嘘をつかない』(2027年春放送予定)の制作開始が発表された。柴田は桜井ユキ演じる警視庁の刑事・一ノ瀬栞菜の父で、北海道で暮らす孤高のヒグマハンター・北野泰造を演じる。すれ違ってきた父娘が別々の場所から同じ真実を追う物語で、柴田は泰造を「猟師として信念を貫いてきた人物」と紹介し、北海道ロケのスケール感を見どころに挙げている。また同年は『あぶない刑事』40周年にあたり、10月から4Kリバイバル上映や横浜赤レンガ倉庫でのポップアップショップなど、記念プロジェクト「ABDK40+」が展開されている。

人物[編集]

本人の言葉から[編集]

  • 「俳優は個人商店」:映画『ハゲタカ』公開時のインタビューで、「俳優は個人商店。その意味では社長であり社員ですが、柴田恭兵という会社は一人では成り立たないわけです」と語り、周囲の期待に「応えなければいけないといつも不安でいっぱい」だと明かしている。
  • 全部出し切る:肺がんからの復帰後は「とにかく全部出し切ろう」と考えて演じるようになり、後悔しなくなったと語っている。
  • 舘ひろしへの信頼:舘のことを「唯一無二」「『あぶ刑事』のチームリーダー、キャプテン」と評し、舘が「集合」と言えばみんなが集まり、困ったときは前に立ってくれるから安心していろいろなことができる、と話している。舘から声がかかれば「何はさておき馳せ参じないといけません」とも。
  • 同世代へのエール:35歳で『あぶない刑事』を始めた頃は同世代に向けて応援を届けたいと考えており、70代になった今も同年代に「元気でやろうね」と伝えたいという。アクションで走るのが遅くなっても、CGやワイヤーに頼らず自分で動くことにこだわっている。
  • 若い観客へのメッセージ:『帰ってきた あぶない刑事』の公開時には、若い人はまずタカとユージを見て、2人を基準に恋人を探してほしいと冗談交じりに語った。

趣味・素顔[編集]

  • 野球好き:中学まで野球部で、現在も草野球チームに所属して定期的に試合をしているとされる。大洋ホエールズ時代からの横浜ベイスターズファンで、2024年の始球式では「ベイスターズのユニホームが一番格好いい」と話した。
  • ゴルフ:『あぶない刑事』で近藤課長を演じた中条静夫の勧めで始め、2011年時点でシングルプレーヤーの腕前だった。
  • アナログ派:携帯電話やスマートフォンを一度も持ったことがなく、連絡手段はFAXだとされる。
  • アドリブ職人:『あぶない刑事』のユージの名物アドリブについて、舘が気持ちよく演じられるよう自分が担当していると語る一方、自分のアドリブは「ほんとにただのオヤジギャグ」と謙遜している。

主な出演作[編集]

テレビドラマ[編集]

  • 大都会 PARTII(1977年、日本テレビ) - テレビドラマ初出演
  • 大追跡(1978年、日本テレビ) - 連続ドラマ初レギュラー
  • 俺たちは天使だ!(1979年、日本テレビ) - 入江省三(DARTS)
  • 赤い嵐(1979年、TBS) - 連続ドラマ初主演
  • 想い出づくり。(1981年、TBS)
  • あぶない刑事(1986年 - 1987年、日本テレビ) - 大下勇次
  • もっとあぶない刑事(1988年 - 1989年、日本テレビ) - 大下勇次
  • 武田信玄(1988年、NHK大河ドラマ) - 上杉謙信
  • 勝手にしやがれヘイ!ブラザー(1989年 - 1990年、日本テレビ) - 岸田法眼
  • 子供が寝たあとで(1992年、日本テレビ) - 広瀬太郎
  • ええにょぼ(1993年、NHK連続テレビ小説)
  • はみだし刑事情熱系 PART1 - PART8(1996年 - 2004年、テレビ朝日) - 高見兵吾
  • あぶない刑事フォーエヴァーTVスペシャル'98(1998年、日本テレビ) - 大下勇次
  • 主任刑務官シリーズ 刑務官・一条信一(2004年、TBS) - 一条信一
  • 刑事部屋〜六本木おかしな捜査班〜(2005年、テレビ朝日) - 仙道晴見
  • ハゲタカ(2007年、NHK土曜ドラマ) - 芝野健夫
  • オトコマエ!(2008年、NHK土曜時代劇) - 遠山金四郎
  • 連続ドラマW 刑事定年(2010年) - 猪瀬直也
  • 南極大陸(2011年、TBS日曜劇場) - 白崎優
  • 空飛ぶ広報室(2013年、TBS日曜劇場) - 鷺坂正司
  • 連続ドラマW レディ・ジョーカー(2013年、WOWOW)
  • 軍師官兵衛(2014年、NHK大河ドラマ)
  • 風の峠〜銀漢の賦〜(2015年、NHK木曜時代劇) - 松浦将監
  • 64(ロクヨン)(2015年、NHK土曜ドラマ) - 松岡勝俊
  • 連続ドラマW ヒポクラテスの誓い(2016年、WOWOW)
  • この声をきみに(2017年、NHKドラマ10) - 佐久良宗親
  • 連続ドラマW 鉄の骨(2020年、WOWOW)
  • 舟を編む 〜私、辞書つくります〜(2024年、NHK BS) - 松本朋佑
  • 熊は嘘をつかない(2027年春放送予定、NHKドラマ10) - 北野泰造

映画[編集]

公開年 作品 役 備考
1984年 チ・ン・ピ・ラ 藤川洋一 映画初主演
1985年 野蛮人のように 中井英二 日本アカデミー賞優秀助演男優賞
1986年 道 篠塚稔 同上
1987年 あぶない刑事 大下勇次 劇場版第1作
1988年 またまたあぶない刑事 大下勇次
1989年 もっともあぶない刑事 大下勇次
1991年 福沢諭吉 福沢諭吉 主演、日本アカデミー賞優秀主演男優賞
1994年 集団左遷 滝川晃司 主演、日本アカデミー賞優秀主演男優賞
1996年 あぶない刑事リターンズ 大下勇次
1998年 あぶない刑事フォーエヴァー THE MOVIE 大下勇次
2004年 半落ち 志木和正 日本アカデミー賞優秀助演男優賞、高崎映画祭最優秀助演男優賞
2004年 69 sixty nine ケンの父
2005年 まだまだあぶない刑事 大下勇次
2009年 ハゲタカ 芝野健夫 東宝配給
2012年 北のカナリアたち 川島行夫 東映配給
2016年 さらば あぶない刑事 大下勇次
2020年 コンフィデンスマンJP プリンセス編 トニー・ティン
2022年 コンフィデンスマンJP 英雄編 トニー・ティン
2024年 帰ってきた あぶない刑事 大下勇次 舘ひろしとW主演、日本アカデミー賞話題賞

舞台・その他[編集]

  • 東京キッドブラザース公演(1975年 - 1980年代) - 『十月は黄昏の国』(初舞台)、『SHIRO』(1981年ニューヨーク公演)ほか
  • ブラッド・ブラザーズ(1992年) - サミー
  • 朗読劇『ラヴ・レターズ』(1994年) - アンディ
  • ラジオ『舘ひろしと柴田恭兵のオールナイトニッポンGOLD 〜映画「帰ってきた あぶない刑事」SP〜』(2024年、ニッポン放送)
  • CM - 黄桜(1980年)、伊藤園「ウーロン茶」(1983年)、ポッカコーヒー(1987年 - 1996年)ほか。2024年1月にはサッポロビール提供の箱根駅伝関連番組でナレーションを担当した。

音楽活動[編集]

劇団から始まった歌[編集]

柴田のルーツはミュージカル劇団であり、歌は「俳優の余技」というより、もともと舞台の上で鍛えられたものだった。最初のシングルは1979年の「君だけでいい」で、名義は東京キッドブラザース。劇団時代には坪田直子とのデュエット「時の魔法」も残している。1981年には、田中康夫の小説を題材にした宝焼酎のCMソング「なんとなく、クリスタル」を歌った。作曲は近田春夫で、照れなく歌い切る柴田の歌唱は今も語り草になっている。

ランニング・ショット[編集]

『あぶない刑事』のブレイク後は、フォーライフ・レコードからシングル・アルバムを発表した。代表曲は、ユージの疾走感をそのまま音にしたような「ランニング・ショット(RUNNING SHOT)」。ほかに「WAR」「TRASH」「横浜 DAYBREAK」「ラブロマンス」などがあり、「TRASH」は『もっとあぶない刑事』の挿入歌として知られる。舘ひろしの「冷たい太陽」と並び、シリーズの音楽的な顔の一つになっている。

2016年2月24日には、キャリアを総括するベスト盤『柴田恭兵 ALL TIME BEST「ランニング・ショット」』(2枚組、Blu-spec CD2)が発売された。フォーライフ時代のシングル曲をまとめたディスクと、アルバム曲・劇団時代の楽曲を集めたディスクの全38曲で、新録の「RUNNING SHOT Feat. T. NAKAMURA, SENRI KAWAGUCHI & SHIGEO NAKA」も収録されている。

1992年には舞台ミュージカル『ブラッド・ブラザーズ』の日本版オリジナル・キャスト盤にも参加しており、俳優としての歌心を舞台でも生かしてきた。

あぶない刑事と柴田恭兵[編集]

ユージというキャラクター[編集]

大下勇次は、口が達者でお調子者、女性に弱くて足が速い刑事。スーツ姿で全力疾走し、拳銃を構える姿の美しさは「あぶ刑事」の名物になった。柴田は拳銃の構えが様になる理由を聞かれ、「縁日に行ったとき、射的で、こう、目覚めたんですよね(笑)」と煙に巻いたことがある。舘いわく、ユージを演じる柴田は「本当に面白い」。2026年10月の40周年プロジェクト開幕イベントでも、舘は柴田の芝居を楽しんでほしいと語った。

シリーズを支えた人たちへ[編集]

2024年の新作公開時、柴田は「まさか、こんなにも長くやらせていただけるとは思ってなかったです」と語り、役者だけでなく監督・衣装・照明などスタッフ全員で作り上げてきたシリーズであることを強調した。すでに亡くなった関係者についても「そういった人達の思いを全部詰め込んで、今回の新作は素敵なものができた」とコメントしている。

『帰ってきた あぶない刑事』の最後の舞台あいさつでは、舘とともに30年以上前に着ていたスーツで撮影に臨んだことを明かした。興収が前作を超えた際には「きっとまたどこかで」と感謝を伝えており、シリーズの今後に含みを持たせている。

余談[編集]

  • 野球少年だったが、高校時代に身長が160センチに届かず断念。その直後に背が伸び始めたという。
  • 1994年、アメリカの独立リーグ球団と1日契約を結んで公式戦に1試合出場したことがある。
  • 携帯電話を持ったことがなく、今も連絡はFAXが基本だとされる。
  • ゴルフは『あぶない刑事』で「近藤課長」を演じた中条静夫の勧めで始めた。
  • 2024年の横浜スタジアムの始球式には、劇中の覆面パトカー「日産・レパード」に乗って登場した。
  • 東京キッドブラザース入団の決め手は、主宰の東由多加の「芝居なんかできなくてもかっこよければいいんだ」という一言だった。
  • 2006年の肺がん発覚時、ドラマ『ハゲタカ』の制作陣は代役を立てずに柴田の復帰を待った。

外部リンク[編集]

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