Kaori Tsuchiya
つちや かおり
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還暦記念ライブを前にしたつちやかおり(2024年8月。出典:東スポWEB)
本名 土屋かおり
誕生日 1964年8月26日
年齢 62歳
出身地 東京都中野区
国籍 日本
家族 元夫・布川敏和(1991年結婚、2014年離婚)、長男・布川隼汰(俳優)、長女・布川桃花(モデル)、次女(デザイナー)
血液型 A型
学歴 明治大学付属中野高等学校 定時制 卒業
職業 タレント、女優、歌手
肩書 元アイドル歌手、認知症ケア指導管理士
活動期間 1979年 - 1991年、2012年 -
代表的な実績 『3年B組金八先生』阿部トシエ役(TBS、1979年 -)、シングル「恋と涙の17才」(1982年)、『スケバン刑事』青山優子役(フジテレビ、1985年)
事務所 ELEVER
別名 布川かおり
その他 「花の82年組」の一人
リンク 公式ブログ(Ameba)


概要[編集]

つちやかおり(つちや かおり)とは、東京都中野区出身の日本のタレント・女優・歌手である。1964年8月26日生まれ。1979年にTBSの『3年B組金八先生』で女優デビューし、1982年に「恋と涙の17才」で歌手デビューした、いわゆる「花の82年組」の一人。1991年に元シブがき隊の布川敏和と結婚して芸能界を事実上引退し、約20年後の2012年に復帰した。

詳細[編集]

金八先生の「トシエ」[編集]

芸能界での出発点は、1979年10月に始まった『3年B組金八先生』の第1シリーズである。演じたのは桜中学3年B組の生徒・阿部トシエ。同じ教室には田原俊彦、近藤真彦、野村義男、杉田かおる、鶴見辰吾らがいて、のちに「伝説のクラス」と呼ばれる顔ぶれだった。

このトシエ役は一度きりでは終わらなかった。つちやはその後のスペシャル版(1・3・5・6)にも同じ役で出演し、2007年から2008年の第8シリーズ、2011年の『ファイナル』にも登場している。第8シリーズでは結婚後の設定として「大西トシエ」に改姓されていた。デビューから30年以上、ひとつの役を断続的に演じ続けたことになる。

「花の82年組」としての歌手デビュー[編集]

金八先生の放送終了後、1982年6月21日にシングル「恋と涙の17才」でアイドル歌手としてデビューした。1982年は多くの新人アイドルが一斉にデビューした年で、のちに「花の82年組」とくくられるようになる。同期には中森明菜、小泉今日子、堀ちえみ、早見優、石川秀美、デビューは1981年秋ながら同期扱いの松本伊代、男性グループのシブがき隊らがおり、つちやもその一人に数えられている。

その後も「哀愁のオリエント急行」「失恋散歩道」「秘密じゃないけど秘密」などを立て続けにリリースし、1986年の「ハートに落した涙」まで計11枚のシングルを発表した。歌手活動と並行してテレビドラマ、情報番組のレポーター、グラビアなど幅広い仕事をこなした。

衣装はすべて母の手作り[編集]

アイドル時代のステージ衣装には、ちょっとした秘話がある。2023年の『週刊女性PRIME』のインタビューで、つちやは当時の衣装がすべて裁縫の得意な母親の手作りだったと明かしている。華やかなアイドル活動の裏で、家族ぐるみで支えられていたことがうかがえる。

引退、そして約20年ぶりの復帰[編集]

1991年11月19日、元シブがき隊の布川敏和と結婚し、これを機に芸能界を事実上引退。以後は専業主婦として1男2女の子育てに専念した。東スポWEBの取材によれば、結婚後およそ20年間は芸能活動を休止していたという。

2012年4月、子育てが一段落したとして、約20年ぶりに本格的な芸能界復帰を発表した。復帰当初は布川が代表を務める事務所に所属し、2015年からはELEVERに移籍している。

経歴[編集]

生い立ち[編集]

東京都中野区の出身。7歳年上の兄がいる。学業面では明治大学付属中野高等学校の定時制を卒業している。芸能活動は劇団いろはに所属したところから始まり、その後ムーヴオンに移った。左利きであることも知られている。

1980年代の女優活動[編集]

金八先生以降も、女優としての仕事は途切れなかった。1983年にはTBSの『外科医 城戸修平』第4話に出演。1985年にはフジテレビの『スケバン刑事』で青山優子役を演じた。

1987年には『ジャングル』第25話にゲスト出演し、1990年の『奇妙な出来事』(「誰かが見ている」)、1991年の『世にも奇妙な物語』(「大予言」)など、オムニバスドラマにも顔を出している。声の仕事では、1986年のアニメ『生徒諸君!』で小西初音役を担当した。ほかにも『ぼくらの時代』『われら動物家族』『POPくじら基地』などへの出演歴がある。

主婦時代と著書[編集]

引退後は表舞台から離れたが、家族のことを書いた本は出している。2007年には講談社から『涙のち笑顔 〜大病と闘った娘と家族の2000日』を刊行した。次女の闘病を家族の視点からつづった一冊である。

電子絵本『たったひとつのおくりもの』ではナレーションを担当。2016年8月には『つちやかおりの元気な毎日腸美人!』を出版しており、国立国会図書館の典拠データでは別名として「布川かおり」も登録されている。

復帰後のテレビ出演[編集]

2012年の復帰以降は、バラエティ番組やトーク番組への出演が中心になった。番組情報サイトによると、『爆報!THE フライデー』(TBS)、『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ、2016年)、『昼めし旅』(2016年)、『ダウンタウンなう』(フジテレビ、2015年・2019年)、『徹子の部屋』(テレビ朝日、2020年)、『クイズ!脳ベルSHOW』(BSフジ、2015年・2022年)などに出演している。

2023年5月にはフジテレビ系の『オールスター合唱バトル』に「80年代アイドル合唱団」の一員として出演。この経験で合唱の魅力にとりつかれたといい、その後の音楽活動にもつながっていく。

家族[編集]

布川敏和との結婚[編集]

1991年11月に結婚した布川敏和は、1980年代に「シブがき隊」のメンバーとして人気を集めた「フックン」である。結婚後は布川を取材した番組などに夫婦そろって出演することもあった。

別居と離婚[編集]

2014年5月1日発売の『週刊新潮』が、夫婦の別居とつちやの交際男性の存在を報じた。つちやは同日朝に会見を開いて別居と交際を認め、2012年冬に次女を連れて家を出ていたことを明らかにした。一方の布川も同日に別の場所で会見し、離婚を考えていたことは初耳だったと述べている。

同年6月23日、つちやは都内で会見を開き、同日朝に離婚届を提出したと報告した。東スポWEBによれば、離婚を切り出したのは自分であると認め、写真報道については「軽率な行為」として謝罪。どちらか一方が悪いわけではなく、自分にも反省すべき点が多かったと語っている。姓は娘が大きくなるまで変えないとした。

離婚後の「親戚のような」関係[編集]

離婚から約3か月後の2014年10月、布川はイベントで「結果オーライの良い離婚」と振り返り、復縁は否定しつつも、つちやとは今も電話でよく話す「親戚みたいな関係」だと語った。

その言葉どおり、離婚後も2人は子どもや孫を通じて交流を続けている。2023年5月には孫の誕生日会の様子をそろってブログで公開し、2026年8月には子どもや孫に囲まれた「合同バースデー」の写真をつちやがInstagramに投稿した。

子どもたち[編集]

布川との間には1男2女がいる。長男の布川隼汰は、母と同じ『3年B組金八先生』の第8シリーズで俳優デビューした。母子で同じシリーズに出演したことになる。のちに映像制作会社を設立し、俳優業やパフォーマンスライブにも取り組んでいる。

長女の布川桃花はモデルとして活動し、2児の母になった。次女はデザイナーで、2021年1月に成人を迎えた際には、つちやが「自分の人生の大きな区切り」とブログにつづっている。2024年の取材では、隼汰が映像編集、次女がグッズデザインを担当するなど、子どもたちが母の芸能活動を支えていると紹介された。

母の介護と資格取得[編集]

つちやの母は2010年にアルツハイマー型認知症と診断された。2023年の『週刊女性』の取材で、つちやは診断の約10年前から待ち合わせに何時間も遅れるなどの異変を感じていたと振り返っている。母はグループホームに入所し、2021年8月末に89歳で亡くなった。コロナ禍で面会がかなわず、死に際に会えなかったことを今も悔やんでいると語った。

こうした経験を経て、つちやは認知症ケア指導管理士の資格を取得している。

音楽活動[編集]

シングル[編集]

  • 「恋と涙の17才」(1982年6月21日)
  • 「哀愁のオリエント急行」(1982年9月1日)
  • 「失恋散歩道」(1982年12月21日)
  • 「秘密じゃないけど秘密」(1983年3月1日)
  • 「あ・し・た何色」(1983年5月21日)
  • 「September Rainに消されて」(1983年9月21日)
  • 「ニュース」(1984年2月21日)
  • 「もう家なんて帰らない」(1984年6月30日)
  • 「つくりわらい」(1985年8月31日)
  • 「恋の秘訣」(1985年11月30日)
  • 「ハートに落した涙」(1986年2月21日)

歌手としての再始動[編集]

2020年4月、コロナ禍で広がったリレー企画「アイドルうたつなぎ」で布川から指名を受け、これを機にTwitterを開設。「秘密じゃないけど秘密」を歌い、次のバトンを元光GENJIの大沢樹生につないだ。元夫からバトンを受け取るという展開は、当時ちょっとした話題になった。

2024年8月24日・25日には、東京・築地のライブハウス「BLUE MOOD」で還暦記念ライブを開催し、Bro.KORNらがゲスト出演した。つちやは取材に「若い頃よりも声域が広がって、歌いやすくなった」と語り、低音が出るようになったうえ、高音域のミックスボイスも習得したという。60歳にして「今がいちばん歌いやすい」というわけである。

同年10月には、横浜市開港記念会館のリニューアル記念イベント「Neo☆Stars Power Chorus FES 2024」の発起人に田中美奈子らと名を連ね、一般公募の参加者とともに合唱ステージを作った。

最新動向[編集]

2025年[編集]

番組情報サイトによると、2025年10月8日放送のNHK BS『アナザーストーリーズ 運命の分岐点』に出演している。同番組には2015年にも出演歴がある。

2026年[編集]

2026年1月末には、娘や孫との「三世代ディズニー」をABEMAのニュースサイトが取り上げた。極寒対策としてヒートテックの重ね着とカイロを用意したという、ブログらしい実用的な報告だった。

8月12日には、自身と布川の誕生日を合わせて祝った家族写真をInstagramに投稿した。8月生まれの2人を子どもや孫たちが祝ったもので、孫たちが手作りした折り紙のプレゼントも紹介された。続く8月25日には長男・隼汰の34歳の誕生日を祝い、「今日は私を34年前に母にしてくれた」とつづった2ショットを公開している。

9月には7歳年上の実兄が急逝したことをInstagramで報告し、「突然の事で何からどうしてよいのか…」と心境を明かしつつ、関係者への感謝を伝えた。

10月にはブログやSNSで、鳥越アズーリFMの生配信への出演や、渋谷クロスFMのラジオ番組への出演予定を告知している。昭和歌謡のショーや堀江淳のバースデーライブへの参加も報告しており、62歳になった現在もステージとメディアの両方で活動を続けている。

主な出演作[編集]

テレビドラマ[編集]

  • 『3年B組金八先生』第1シリーズ(1979年 - 1980年、TBS)- 阿部トシエ 役
  • 『3年B組金八先生』スペシャル1・3・5・6(TBS)- 阿部トシエ 役
  • 『外科医 城戸修平』第4話(1983年、TBS)
  • 『スケバン刑事』(1985年、フジテレビ)- 青山優子 役
  • 『ジャングル』第25話(1987年)
  • 『奇妙な出来事』「誰かが見ている」(1990年)
  • 『世にも奇妙な物語』「大予言」(1991年、フジテレビ)
  • 『3年B組金八先生』第8シリーズ(2007年 - 2008年、TBS)- 大西トシエ 役
  • 『3年B組金八先生ファイナル』(2011年、TBS)- 大西トシエ 役

アニメ[編集]

  • 『生徒諸君!』(1986年)- 小西初音 役

バラエティ・情報番組[編集]

  • 『爆報!THE フライデー』(TBS)
  • 『アナザーストーリーズ 運命の分岐点』(NHK BS、2015年・2025年)
  • 『クイズ!脳ベルSHOW』(BSフジ、2015年・2022年)
  • 『ダウンタウンなう』(フジテレビ、2015年・2019年)
  • 『昼めし旅』(2016年)
  • 『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ、2016年)
  • 『徹子の部屋』(テレビ朝日、2020年)
  • 『オールスター合唱バトル』(フジテレビ、2023年)- 80年代アイドル合唱団

著書[編集]

  • 『涙のち笑顔 〜大病と闘った娘と家族の2000日』(講談社、2007年)
  • 『つちやかおりの元気な毎日腸美人!』(2016年)

炎上とバズ[編集]

2014年の別居・交際報道[編集]

2014年5月の『週刊新潮』の報道と、同日に夫婦が別々に開いた会見は、各局のワイドショーで大きく取り上げられた。J-CASTニュースによれば、一部の番組ではつちやの会見での受け答えを「明快」「前向き」と評するコメントが出た一方、視聴者からは「不倫に甘いのではないか」という違和感の声も上がったという。報道陣の前で自ら事実を認めて説明した対応も含め、賛否が分かれる騒動だった。

元夫婦ショットがバズる[編集]

離婚後も、布川と並んで家族イベントに参加する写真がたびたびニュースになっている。2026年8月の合同バースデー投稿には「幸せいっぱいですね」「フックンfamily最高!!」といったコメントが寄せられ、ORICON NEWSなどで記事化された。長男との2ショットにも「ママ似ですね」「目元かおりさん」といった声が集まっている。

余談[編集]

  • 金八先生では母子2代でデビューしている。母は1979年の第1シリーズ、長男の隼汰は2007年の第8シリーズで、しかも第8シリーズには母も「大西トシエ」として出ている。
  • 布川が家族全員分のアロハシャツを用意した際、つちやが「着たくない」と言い放ったという話を、離婚直後のバラエティ番組で布川側が明かしている。
  • 2021年に引っ越した新居では、100円ショップの商品を駆使して部屋を「南の島テイスト」にDIYした。プルメリアが大好きだという。夜中に作業する自分を「オヤジ化して頑張った」と表現している。
  • 趣味はドライブで、特技は料理とおしゃべり。

外部リンク[編集]

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