| TRF TRF(旧表記:trf) | |
|---|---|
![]() メンバーのDJ KOO(2023年8月撮影/出典:ウィキメディア・コモンズ、CC BY 2.0) | |
| 基本情報 | |
| 出身地 | 日本 |
| 国籍 | 日本 |
| ジャンル | J-POP、ダンスミュージック、ユーロビート、テクノ |
| ポジション | ボーカル(YU-KI)、DJ・ラップ(DJ KOO)、ダンサー(SAM、ETSU、CHIHARU) |
| 活動期間 | 1992年 - |
| デビューアルバム | 1993年『trf 〜THIS IS THE TRUTH〜』(シングル「GOING 2 DANCE/OPEN YOUR MIND」と同日発売) |
| 身長 / 体重 | ― cm / ― kg |
| レーベル | avex(avex trax) |
| 事務所 | エイベックス・マネジメント |
| 関連活動 | 小室哲哉(プロデューサー)、B.O.C(DJ KOO・SAMのユニット) |
| 別名 | trf、TK RAVE FACTORY |
| その他 | メンバー:YU-KI、DJ KOO、SAM、ETSU、CHIHARU |
概要[編集]
TRF(ティー・アール・エフ、1993年デビュー - )とは、小室哲哉のプロデュースでavexからデビューした、日本のダンス&ボーカルグループである。YU-KI、DJ KOO、SAM、ETSU、CHIHARUの5人組で、1994年から1995年にかけて5作連続ミリオンを記録し、「EZ DO DANCE」「survival dAnce」で90年代のダンスブームそのものを作った。
詳細[編集]
小室哲哉の「レイヴ工場」から誕生[編集]
グループ名の由来は、小室哲哉が1992年12月から始めたソロイベント「TK RAVE FACTORY」。直訳すれば「TKのレイヴ工場」で、ロンドンで流行していたレイヴ(大規模なダンスパーティー)文化を日本に持ち込みたいという小室の狙いがそのまま名前になっている。命名したのはavexの松浦勝人だとされる。
結成は1992年9月。当初はメンバーが固定されておらず、ボーカル、DJ、ラッパー、ダンサーが出入りする「プロジェクト」に近い形だった。デビュー直後には複数のボーカリストやダンサーが参加していたが、2枚目のシングル「EZ DO DANCE」の後に一部メンバーが抜け、1993年秋ごろに現在の5人体制が固まった。
「歌わないメンバー」が主役になったグループ[編集]
TRFの最大の発明は、ボーカル1人+DJ1人+ダンサー3人という編成にある。それまでの日本の音楽シーンでは、歌手の後ろで踊るダンサーはあくまで「バックダンサー」だったが、TRFではSAM、ETSU、CHIHARUの3人がジャケットにも番組にも正式メンバーとして登場した。
ステージの中央で歌うのはYU-KIだが、振付・演出はSAMが担い、DJブースからDJ KOOが煽る。ディスコとクラブの現場をそのままテレビに持ち込んだようなスタイルは、のちのDA PUMPやEXILEなど、ダンサーを前面に出すグループの先駆けともいわれる。
小文字の「trf」から大文字の「TRF」へ[編集]
デビュー当初の表記は小文字の「trf」で、ミリオンを連発した黄金期はすべてこの表記である。1996年6月12日発売のシングル「Hey! Ladies & Gentlemen」から大文字の「TRF」に改められた。
ちなみに20周年の2013年には、小室プロデュースのミニアルバム『WATCH THE MUSIC』限定で、あえて小文字の「trf」名義に戻している。ファンにとって小文字のtrfは「小室時代」の象徴でもあるのだ。
メンバー[編集]
| 名前 | 本名 | 生年月日 | 出身 | 担当 |
|---|---|---|---|---|
| YU-KI(ユーキ) | 北村夕起 | 1966年12月19日 | 愛媛県伊予三島市(現・四国中央市) | メインボーカル |
| DJ KOO(ディージェイ・コー) | 高瀬浩一 | 1961年8月8日 | 東京都 | リーダー、DJ、ラップ、サウンドクリエイター |
| SAM(サム) | 丸山正温 | 1962年1月13日 | 埼玉県岩槻市(現・さいたま市岩槻区) | ダンサー、振付・演出 |
| ETSU(エツ) | 西岡悦子 | 1964年8月11日 | 東京都 | ダンサー |
| CHIHARU(チハル) | 村木千春 | 1967年2月28日 | 埼玉県大宮市(現・さいたま市大宮区) | ダンサー |
YU-KI[編集]
愛媛県出身。1990年にテレビ朝日のダンスオーディション番組『DA DA LMD』で準優勝したことがきっかけで、ダンスグループ「ZOO」に加入し、デビュー曲「Careless Dance」で歌声を披露した。もともとはストリートダンサーで、TRF加入のきっかけも、小室らが主催したイベント「TK TRACKS NIGHT」にダンサーとして出ていたことだった。そこでスカウトされ、ボーカリストとして参加することになった。
小室は彼女の声をカイリー・ミノーグに似ていると評したという。1997年にはアニメ映画『エルマーの冒険』の主題歌「dragons' dance」でソロデビューし、主人公エルマーの声も担当。ミュージカル『tick, tick...BOOM!』や音楽劇『Claudia』など舞台にも出演している。2003年に表記を「YU-KI」へ統一したのは、「YUKI」と読み間違えられることが多かったためとされる。
DJ KOO[編集]
リーダー。新宿のディスコでDJとして腕を磨き、1986年にはdj hondaらとリミックスユニット「The JG's」を結成。下積み時代は機材代を消費者金融で工面していたと本人が語っている。「EZ DO DANCE」の有名なラップは、レコーディング中に即興で作ったものだと2021年に本人が明かした。
2014年ごろからはバラエティタレントとしてブレイク。サングラスと帽子のコワモテ風ルックスとは裏腹の天然エピソード、恐妻家ぶり、「帽子を取って」と振られた時の返しなどで、お茶の間の人気者になった。詳しくは後述。
SAM[編集]
15歳でディスコに出入りしてダンスに目覚め、19歳でニューヨークへダンス留学。1982年に歌手としてデビューした経験もある。TRFでは振付だけでなく、舞台構成・照明・演出まで手がける「裏の司令塔」である。2004年にダンススクール「SOUL AND MOTION」を開校し、東方神起のライブ演出や宝塚歌劇団宙組の振付など、外部でも実績を重ねている。明治時代から続く医師の家系の出身としても知られる。
ETSU[編集]
東京都出身。6歳から日本舞踊とインド舞踊を学び、18歳でジャズダンスを始めた。SAM、CHIHARUとともにダンスチーム「MEGA-MIX」で活動しており、3人そろってTRFに加わった。
CHIHARU[編集]
埼玉県出身。クラシックバレエとジャズダンスを習い、18歳から1年間ニューヨークに留学した。デビュー前は「本当にデビューできるのか半信半疑だった」と振り返っている。近年はダンス大会の審査員なども務めている。
経歴[編集]
デビューと「EZ DO DANCE」(1993年)[編集]
1993年2月25日、シングル「GOING 2 DANCE/OPEN YOUR MIND」とアルバム『trf 〜THIS IS THE TRUTH〜』を同日リリースしてデビュー。同年6月21日発売の2枚目のシングル「EZ DO DANCE」は、化粧品「シーブリーズ」のCMソングに起用され、メンバー自身もCMに出演した。
オリコン週間最高位は15位とトップ10入りこそ逃したものの、約1年にわたってBEST100にランクインし続けるロングセラーとなり、売上は約79万枚に達した。第35回日本レコード大賞ではミュージックビデオ賞を受賞している。なお、ダンサー陣は当初「BPMが速すぎて踊れない」と困惑していたという。同年12月には冬のバラード「寒い夜だから…」もヒットした。
5作連続ミリオンの黄金期(1994年 - 1995年)[編集]
1994年、TRFは一気に頂点へ駆け上がる。「survival dAnce 〜no no cry more〜」「BOY MEETS GIRL」「CRAZY GONNA CRAZY」「masquerade」「Overnight Sensation 〜時代はあなたに委ねてる〜」と、5作連続でミリオンセラーを記録。とくに1995年の「CRAZY GONNA CRAZY」「masquerade」「Overnight Sensation」は、3か月連続でミリオンという離れ業だった。
TRF最大のヒットシングルは「CRAZY GONNA CRAZY」で約158万枚。アルバムでは『dAnce to positive』が約238万枚を売り上げた。デビューからわずか2年でトータルセールスは1,000万枚を突破し、オリコン集計の累計売上は約2,165万枚にのぼる。
1995年の大みそかには「Overnight Sensation」で第37回日本レコード大賞を受賞し、『dAnce to positive』でアルバム大賞も獲得。日本ゴールドディスク大賞でもグランプリを2年連続で受賞した。同年のツアー「TOUR '95 dAnce to positive」は全46公演という規模だった。
小室との別れと低迷(1997年 - 2005年)[編集]
1997年7月、小室哲哉がavexとの関係を見直したことに伴い、TRFも小室プロデュースから離れることになった。グループは約1年間活動を休止し、1998年元日にベストアルバム『WORKS -THE BEST OF TRF-』で復帰する。
しかしセルフプロデュース期に入るとセールスは大きく落ち込み、2000年から2005年にかけては新作のリリースがほぼ途絶えた。この間の新作は、SUPER EUROBEATとのコラボ「だぁ!だぁ!だぁ!」や2002年のシングル「One Nation」などに限られる。
再始動とダンササイズ旋風(2006年 - 2018年)[編集]
2006年、プロジェクト「TRF Re Vibe!!」を立ち上げ、シングル「Where to begin」とアルバム『Lif-e-Motions』で約6年ぶりに本格始動。2008年には映画『花より男子ファイナル』に本人役で出演した。
そして思わぬ形で再ブームが訪れる。2012年に発売されたダンスエクササイズDVD『EZ DO DANCERCIZE』が大ヒットし、2013年2月にミリオンを達成。これにより、TRFはCDとDVDの両方でミリオンを記録した初の日本の歌手となった。往年のファンが「懐かしの曲で痩せられる」と飛びつき、2014年には「LEGEND OF WIND」を使ったストレッチ版のDVDブックも発売されている。
2013年には20周年記念ツアーを開催し、2018年の25周年ではZepp DiverCityで記念ライブ「THANXXX!!! 25 Best Hits LIVE & Party」を行った。
30周年と武道館(2023年 - 2024年)[編集]
2023年2月25日、デビュー日に合わせてZepp Hanedaで30周年ライブ「THANXXX!!! Live & Party 2023」を開催し、記念イヤーが開幕。3月には新録の「EZ DO DANCE -Version.2023-」を配信した。同年1月からはFM大阪で冠番組『TRF RHYTHM FIVE』もスタートしている。
NHKの『うたコン』『あさイチ』への出演や、NHK BSプレミアム4Kの特番『TRF 30年 〜歌う・踊る・生きる〜』の放送もあり、記念イヤーを締めくくったのが2024年2月18日の日本武道館公演『TRF 30th Anniversary Live at 日本武道館「past and future.」』である。約25年ぶりの武道館は約8,500人で満員となり、サプライズで新曲「TRy the Future」を初披露した。会場では小室哲哉からのビデオメッセージも流れた。
還暦を過ぎたDJ KOOは「また武道館に立てるのは信じられない」、SAMは「戻ってこられて感慨深い」とコメント。新曲は2024年3月20日に配信され、同日発売のBOX『TRF 30th Anniversary "past and future" Premium Edition』にも収録された。武道館公演の映像は2025年2月5日にBlu-ray化されている。
2025年以降の近況[編集]
2025年8月31日には「a-nation 2025」(味の素スタジアム)に出演。これが同イベントへの20回目の出演で、「BOY MEETS GIRL」「EZ DO DANCE」「Where to begin」「survival dAnce」を披露した。
2026年も勢いは衰えず、6月の『テレ東音楽祭 2026夏』、7月のTBS『音楽の日 2026』に出演。夏から秋にかけては「鷹祭 SUMMER BOOST 2026」「TOMAKOMAI MIRAI FEST 2026」などのフェスに出演し、10月4日には「a-nation 2026」のステージに立った。メンバー個別でも、YU-KIが故郷・愛媛のサッカークラブ愛媛FCの試合でライブを行い、ETSUとCHIHARUの2人が「りんご音楽祭2026」「MASHUP FESTIVAL kobe 2026」に出演するなど、それぞれの活動も活発である。2027年1月には、FM大阪の飲酒運転根絶イベント「LIVE SDD 2027」への出演も予定されている。
代表曲とミリオンセラー[編集]
主なシングル[編集]
- 「EZ DO DANCE」(1993年6月21日)- 約79万枚。トリプル・プラチナ認定。TRFといえばまずこの曲で、現在もライブの定番中の定番。
- 「寒い夜だから…」(1993年)- 冬の定番曲。2010年には永谷園のCMにも使われた。
- 「survival dAnce 〜no no cry more〜」(1994年)- 初のミリオン。第36回日本レコード大賞優秀作品賞。
- 「BOY MEETS GIRL」(1994年)- ミリオン。初出場の紅白で歌唱。
- 「CRAZY GONNA CRAZY」(1995年)- 約158万枚で、TRF最大のヒットシングル。
- 「masquerade」(1995年)- ミリオン。
- 「Overnight Sensation 〜時代はあなたに委ねてる〜」(1995年)- ミリオン。第37回日本レコード大賞受賞曲。
- 「LEGEND OF WIND」(1996年)- 3回目の紅白で歌唱したバラード。
- 「Hey! Ladies & Gentlemen」(1996年6月12日)- この曲から大文字「TRF」表記に。
- 「Where to begin」(2006年)- 再始動の象徴となった1曲。
- 「TRy the Future」(2024年3月20日)- 30周年の新曲。30年を経たTRF自身を描いた歌詞とされる。
主な記録[編集]
- オリコン累計売上:約2,165万枚(シングル約1,139万枚、アルバム約1,027万枚)
- 最高売上アルバム:『dAnce to positive』約238万枚
- 1994年 - 1995年:5作連続ミリオンセラー(うち3作は3か月連続)
- 第37回日本レコード大賞(1995年)
- 日本ゴールドディスク大賞グランプリ2年連続(1995年、1996年)
NHK紅白歌合戦[編集]
TRFはNHK紅白歌合戦に3年連続で出場している。
| 年 | 回 | 曲目 |
|---|---|---|
| 1994年 | 第45回 | BOY MEETS GIRL(初出場) |
| 1995年 | 第46回 | Overnight Sensation 〜時代はあなたに委ねてる〜 |
| 1996年 | 第47回 | LEGEND OF WIND |
1995年はレコード大賞受賞からそのまま紅白へ向かうという、まさに頂点の大みそかだった。なおDJ KOOは2024年の第75回紅白で、三山ひろしのステージに応援で登場している。
TK MUSIC CLAMPと小室ファミリー[編集]
『TK MUSIC CLAMP』は、1995年4月から1998年4月までフジテレビの深夜に放送された音楽トーク番組。小室哲哉にとって初のレギュラー番組かつ初の冠番組で、司会も初挑戦だった。ダウンタウン司会の『HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP』の姉妹番組として企画され、ゲストと司会者がじっくり音楽を語る構成が特徴だった。
司会は第50回まで小室、その後は中居正広、さらに華原朋美へとバトンタッチ。番組後半の歌唱コーナーには、のちにブレイクする浜崎あゆみらも出演している。華原の司会期に始まったコーナー「-T K-」には、TRFからSAMとDJ KOOが登場し、海外で収録されたトークが放送された。
TRFは、安室奈美恵、華原朋美、globeらとともに「小室ファミリー」の中核をなす存在だった。globeのKEIKOが小室のオーディションで歌ったのが「EZ DO DANCE」だったという話は有名で、2006年のアルバム『Lif-e-Motions』には「EZ DO DANCE -meets KEIKO-」というコラボ版も収録されている。小室とavexの関係が変わった1997年以降も交流は続き、30周年の武道館には小室からビデオメッセージが届いた。
メンバー個人の活動[編集]
DJ KOOのバラエティ進出[編集]
2014年ごろからバラエティ番組に引っ張りだこになったDJ KOO。音楽番組とは別人のような天然キャラ、妻にお小遣い制で管理され、クレジットカードを持っていないといった恐妻家エピソードがウケた。黄金期には「白いご飯を食べない」というキャラ作りをしていたことも『しゃべくり007』で明かしている。
2017年9月には脳動脈瘤の手術を受けていたことを自ら公表し、その後復帰した。著書に『EZ DO LIFE!』(2016年)などがある。2021年からは大阪芸術大学の客員教授を務め、日本盆踊り協会の特別芸術顧問として盆踊りの普及にも関わる。2014年の映画『GODZILLA ゴジラ』のオフィシャルサポーターを務めたほどのゴジラ好きで、落語好き、パン好き(年に1,000個以上食べるとされる)としても知られる。
俳優業では、2024年の実写映画『はたらく細胞』、2025年の映画『パリピ孔明 THE MOVIE』に出演。2026年1月には横浜中華街の「春節祭2026」のPR大使として開幕式に登場し、5月には「VTUBER EXPO 2026」にも出演した。
SAMと安室奈美恵[編集]
SAMは1997年10月、安室奈美恵との結婚を発表し、世間を大いに驚かせた。当時安室は20歳で人気絶頂、SAMは35歳。翌1998年には長男が誕生したが、2002年7月に離婚している。SAMは安室のライブ演出・振付にも携わっていた。
その後、2014年に一般女性と再婚したことが2015年に報じられている。2022年にはDJ KOOとともに京都府京丹後市の「健康長寿アンバサダー」に就任。2024年8月にはDJ KOOとのJ-RAPユニット「B.O.C」としてデビューし、小室哲哉が作曲に参加したシングル「NARIYAMA NIGHT」をリリースした。ユニット名は、デビュー前の海外渡航で客室乗務員から投げかけられた質問に由来するという。
YU-KIの近況[編集]
YU-KIは2008年、頚椎症で医師から安静を指示され、出演予定だったミュージカルを降板したことがある。近年はTRFとしての活動を軸に、2022年には全メンバーで『徹子の部屋』に出演。2024年4月には大黒摩季が主催する能登半島地震のチャリティーライブで歌った。
2026年はソロでの出演も多く、「SKY ART FESTIVAL 2026」にDJ KOOと2人で出演したほか、「Baseball-Dance MUSIC Fes 2026」、故郷・愛媛のサッカークラブ愛媛FCの試合でのライブパフォーマンスなどに登場している。
ETSUとCHIHARU[編集]
ETSUとCHIHARUは2人での活動も多く、近年は「from TRF」名義でフェスに出演している。CHIHARUは2023年に「DANCE CLUB CHAMPIONSHIP vol.11」で審査員を務めた。
炎上とバズ[編集]
- 2012年から2013年にかけて、エクササイズDVD『EZ DO DANCERCIZE』がミリオンを突破。「90年代のヒット曲で踊って痩せる」というコンセプトが受け、TRFが音楽以外の分野でバズるきっかけになった。
- 2026年6月28日放送の『テレ東音楽祭 2026夏』で「EZ DO DANCE」を披露した際、YU-KIがDJ KOOのラップのタイミングで歌い出してしまい、一時歌が止まるハプニングがあった。SAMが耳打ちで助け舟を出す様子がSNSで話題になり、週刊誌系メディアでも報じられた。
余談[編集]
- 「EZ DO DANCE」のミュージックビデオは予算を抑えるため衣装を渋谷の109で揃え、YU-KI以外のメンバーはほぼシルエットでしか映っていないとされる。
- DJ KOOはお酒がまったく飲めず、少量で倒れたことがあるという。
- 黄金期のDJ KOOはドレッドヘアだった。サングラス+帽子のスタイルが定着したのは90年代半ばからである。
- 「EZ DO DANCE」は1998年のレースゲーム『JGTC』でインスト版がBGMに使われたほか、2013年にはアニメ『プリティーリズム・レインボーライブ』でPrizmmy☆がカバーしている。
- 1994年から1997年までJFNでYU-KIとDJ KOOによるラジオ番組『TRF Coke Into the Groove』が放送されていた。
- TRFは鈴鹿8時間耐久ロードレースで、ホンダのマシンのスポンサーを務めたことがある。
- 30周年BOXでは歌詞カードに誤植があり、公式サイトでお詫びが出されたことがある。
