| globe グローブ | |
|---|---|
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globeのロゴ(出典:Wikimedia Commons) | |
| 基本情報 | |
| 出身地 | 日本 |
| 国籍 | 日本 |
| ジャンル | J-POP、ダンスポップ、ユーロビート、トランス |
| 活動期間 | 1995年 - (2011年以降、KEIKOの療養により実質的に活動休止) |
| デビューアルバム | 1995年 シングル「Feel Like dance」、1996年 アルバム『globe』 |
| 身長 / 体重 | ― cm / ― kg |
| レーベル | avex globe(エイベックス) |
| ファンクラブ | house of globe(1990年代) |
| 関連活動 | TM NETWORK、TRF、KCO(KEIKOのソロ名義)、245(マーク・パンサーのソロプロジェクト) |
| 別名 | globe original、globe extreme(YOSHIKI在籍時) |
| その他 | メンバー:小室哲哉(キーボード・プロデュース)、KEIKO(ボーカル)、マーク・パンサー(ラップ)。2002年 - 2005年頃はYOSHIKIも在籍 |
概要[編集]
globe(グローブ)とは、小室哲哉・KEIKO・マーク・パンサーの3人による日本の音楽ユニットである。1995年8月9日に「Feel Like dance」でデビューし、翌1996年の1stアルバム『globe』は日本で初めて400万枚を超えたアルバムとされる。「DEPARTURES」「FACE」などのヒットで、1990年代の「小室ブーム」の中心にいた。2011年にKEIKOがくも膜下出血で倒れてからは活動を休んでいるが、2025年に迎えたデビュー30周年では記念リリースが続いている。
詳細[編集]
プロデューサー本人が入ったユニット[編集]
globeが他の「小室ファミリー」と違ったのは、プロデューサーの小室哲哉自身がメンバーとして名前を連ねた点だ。TMNが1994年に「プロジェクト終了」を宣言したあと、TRFや篠原涼子のヒットで勢いに乗っていた小室が、自分のキーボードと作詞作曲をそのまま持ち込んだ「本気のユニット」がglobeだった。
メンバーは、小室主催の新人女性オーディションで見いだされた大分県臼杵市出身のKEIKO、モデル・VJとして活躍していた日仏ハーフのマーク・パンサーの3人。KEIKOの伸びる高音、マークのラップ、小室のシンセという組み合わせは、当時のJ-POPでは珍しい「ボーカル+ラップ+キーボード」の三角形で、のちのダンスユニットにも大きな影響を残した。
ステージから落ちても歌い切ったKEIKO[編集]
KEIKOが小室の目に留まったのは、1994年に小室が主催したオーディション「EUROGROOVE NIGHT」とされる。緊張のあまりステージから落ちてしまい、そこからよじ登って最後まで歌い切った、という話はファンの間でよく知られている。地元の大分から出てきた無名の新人が、翌年には国民的な歌声になったわけだ。
なお、結成前にはKEIKOとマークのデュオとして動いていた時期があり、そこに小室が加わってglobeになった、という経緯も伝えられている。ユニット名の「globe」は「地球」の意味で、マークは今も自分を「地球を愛する地球人=glober」と表現している。
数字で見るglobe[編集]
とにかく売れ方がケタ違いだった。4thシングル「DEPARTURES」(1996年1月1日発売)は約229万枚を売り、1996年の年間シングル2位。同年3月31日発売の1stアルバム『globe』は約413万枚を売り上げてアルバムの歴代記録を更新し、1996年のオリコン年間アルバム1位、日本レコード大賞のベストアルバム賞も獲った。
1997年3月発売の2ndアルバム『FACES PLACES』は初週だけで約165万枚、1998年3月31日の3rdアルバム『Love again』までの3作で累計1,000万枚を突破し、デビューからの最短記録とされた。同年には「wanna Be A Dreammaker」で第40回日本レコード大賞を受賞している。
4大ドームツアーとテレビ[編集]
1997年3月には、日本の音楽グループとして初めてとされる4大ドームツアーを成功させた。デビューからわずか1年半ほどで東京ドームを含む4大ドームを回ったことになり、その模様は映像作品『globe@4_domes』として残っている。
NHK紅白歌合戦には1996年・1998年・1999年の計3回出場。初出場の1996年は「Can't Stop Fallin' in Love」を歌った。1997年は出場していない。テレビでは、TBS系『学校へ行こう!』の企画から生まれた「軟式globe」が「Love again」の替え歌を披露して話題になるなど、パロディされるほどの存在でもあった。
経歴[編集]
1995年 - 1998年:デビューと頂点[編集]
1995年8月9日、「Feel Like dance」でデビュー。続く「Joy to the love (globe)」(9月27日)、「SWEET PAIN」(11月1日)、「DEPARTURES」(1996年1月1日)と、ほぼ2か月おきに大ヒットを連発した。「DEPARTURES」はJR東日本の「JR SKISKI」キャンペーン曲で、メンバーの写真が初めてジャケットに使われたシングルでもある。
1996年9月27日には、ファンクラブ「house of globe」会員限定の特設ステージ公演を代々木ホワイトシアターで開催。約3,000人規模で「ロードムービー」をテーマにした実験的な内容で、のちのドームツアーの原型になったとされる。1997年に『FACES PLACES』と4大ドームツアー、1998年に『Love again』『Relation』の2枚のアルバムと秋の4作連続シングル、そしてレコード大賞と、ピークは約4年続いた。
1999年 - 2006年:トランス路線とglobe extreme[編集]
1999年9月22日、ベストに新曲を加えた『CRUISE RECORD 1995-2000』を発売し、約276万枚のヒットとなった。2000年3月には、3人それぞれをフィーチャーしたシングルを同時発売。KEIKO名義の「on the way to YOU」が最も売れ、KEIKOはこの年2度のソロツアーも行っている。
2002年は大きな転機の年だった。トランスを軸にした『Lights』『Lights2』を連続リリースし、9月1日には「a-nation」のステージでX JAPANのYOSHIKIの正式加入を発表。11月22日には小室とKEIKOが結婚し、同月27日に新体制第1弾シングル「seize the light」を出した。ただしYOSHIKIとの作品はこのシングルとアルバム『LEVEL 4』(2003年)程度にとどまり、2004年7月に予定されていた東京ドーム公演は中止になった。
2003年12月にはKEIKOがソロシングル「KCO」を、2004年にはマークがソロプロジェクト「245」を始動。2005年には「globe original」「globe extreme」「globe featuring」と状況に応じて編成を変える体制をとり、アルバム『globe2 pop/rock』、2006年の『maniac』、ミニアルバム『new deal』を発表した。
2008年 - 2011年:事件と再始動、そして休止[編集]
2008年にはTM NETWORKのカバー曲を含むシングルの発売が予定されていたが、同年11月に小室が詐欺容疑で逮捕されたことで中止となり、楽曲の配信も一時止まった。2009年8月30日の「a-nation」で活動再開を表明し、2010年9月29日にはデビュー15周年のベスト盤『15 YEARS -BEST HIT SELECTION-』を発売した。
ところが2011年10月24日、KEIKOがくも膜下出血で救急搬送され、約5時間の手術を受ける。命は取り留めたものの長期の療養に入り、globeとしてのボーカル活動はここで止まった。その半年前の2011年5月には、配信シングル「15YEARS CHRONICLE」を発表していた。
2015年 - 2021年:20周年、引退、離婚[編集]
KEIKOの療養中も、楽曲を残す動きは続いた。2015年には小室によるセルフリプロダクト作『Remode 1』と、AAAやHYDEらが参加したカバーアルバム『#globe20th -SPECIAL COVER BEST-』を発売。2016年には20周年企画として「DEPARTURES」の新しいミュージックビデオが作られ、三吉彩花が主演した。
2017年6月28日にはテレビの音楽特番で、小室とマークがSPEEDの島袋寛子をボーカルに迎えてglobeの曲を披露した。しかし2018年1月、『週刊文春』の報道を受けて小室が音楽活動からの引退を表明。globeは事実上止まった。小室とKEIKOは調停を経て、2021年2月26日に離婚が成立している。
代表曲[編集]
主なシングル[編集]
売上はおおよその数字(オリコン集計をもとにした概数)である。
| 発売日 | タイトル | 売上 | メモ |
|---|---|---|---|
| 1995年8月9日 | Feel Like dance | 約95万枚 | デビュー曲 |
| 1995年9月27日 | Joy to the love (globe) | 約80万枚 | ラジオ番組名の由来にも |
| 1995年11月1日 | SWEET PAIN | 約90万枚 | |
| 1996年1月1日 | DEPARTURES | 約229万枚 | JR東日本「JR SKISKI」CM曲。最大のヒット |
| 1996年3月27日 | FREEDOM | 約48万枚 | |
| 1996年8月28日 | Is this love | 約53万枚 | |
| 1996年10月30日 | Can't Stop Fallin' in Love | 約130万枚 | 初出場の紅白で歌唱 |
| 1997年1月15日 | FACE | 約130万枚 | ミリオンヒット |
| 1997年3月5日 | FACES PLACES | 約40万枚 | 2ndアルバムのタイトル曲 |
| 1997年4月9日 | Anytime smokin' cigarette | 約15万枚 | |
| 1997年10月15日 | Wanderin' Destiny | ||
| 1998年3月31日 | Love again | 約19万枚 | 2025年にNetflix『ラヴ上等』主題歌に |
| 1998年9月2日 | wanna Be A Dreammaker | 約50万枚 | 第40回日本レコード大賞 |
| 2002年11月27日 | seize the light | 約5.5万枚 | YOSHIKI加入後の第1弾 |
| 2005年6月29日 | Here I Am / New Album Playlist | 約2万枚 | 現時点で最後のCDシングル |
オリジナルアルバム[編集]
| 発売日 | タイトル | 売上 | メモ |
|---|---|---|---|
| 1996年3月31日 | globe | 約413万枚 | 日本初の400万枚超えアルバムとされる |
| 1997年3月12日 | FACES PLACES | 約324万枚 | 初週約165万枚。日本ゴールドディスク大賞 |
| 1998年3月31日 | Love again | 約165万枚 | 3作累計1,000万枚突破 |
| 1998年12月9日 | Relation | 約173万枚 | |
| 2001年3月28日 | outernet | 約15万枚 | |
| 2002年2月6日 | Lights | 約27万枚 | トランス路線 |
| 2002年4月17日 | Lights2 | 約16.5万枚 | |
| 2003年3月26日 | LEVEL 4 | 約5万枚 | YOSHIKI在籍期 |
| 2005年8月10日 | globe2 pop/rock | 約5万枚 | |
| 2006年3月23日 | maniac | 約3万枚 |
ファンに愛されるアルバム曲[編集]
シングル以外では、アルバム『globe』収録の「Precious Memories」の人気が根強い。マークのラップがないKEIKOの歌だけの曲で、「大人になってから歌詞の意味がわかる」という声が多い。同じく『globe』の「GONNA BE ALRIGHT」「Always together」も、ライブの定番として映像作品に繰り返し収められている。
「DEPARTURES」はカバーされる回数も多く、AAA、華原朋美とMs.OOJA、HYDE、BanG Dream!のRAISE A SUILENなどがカバーしている。
メンバー[編集]
小室哲哉[編集]
キーボード・作詞作曲・プロデュース担当。1958年11月27日生まれ。TM NETWORKのリーダーで、1990年代には安室奈美恵、TRF、華原朋美らを手がけた。globeでは「TK」としてステージの機材の要塞に立ち、ときにコーラスやボーカルも取った。2018年に引退を表明したが2020年に活動を再開し、2026年は「TMNETWORK」名義のツアーとアルバム『QUANTUM』で活動している。詳しくは個別記事を参照。
KEIKO[編集]
ボーカル担当。1972年8月18日生まれ、大分県臼杵市出身。本名は山田桂子。透明感のある高音と力強い地声の切り替えが持ち味で、2001年には浜崎あゆみとの共演曲「a song is born」、2003年からはKCO名義でソロ活動も行った。
2011年にくも膜下出血で倒れて以降は地元・大分で療養を続けている。2022年7月4日、マークがパーソナリティを務める大分放送(OBS)のラジオ番組『JOY TO THE OITA』の生放送に電話でサプライズ出演し、約10年ぶりに公の場で声を届けた。同年11月28日には10数年ぶりにスタジオへ生出演し、「みんなに何かを届けられたらと思っていた」「まだまだこれから頑張ります」と語った。2023年1月からは同番組(『JOY TO THE OITA+』に改題)にレギュラー出演している。
マーク・パンサー[編集]
ラップ担当。1970年2月27日、フランス生まれ。父はフランス人、母は日本人。2歳からモデルとして活動し、1986年に『MEN'S NON-NO』初の専属モデル、1992年に「MTVジャパン」初のVJになった。globeではラップのほか、1990年代のライブでベースを弾くこともあった。
現在はDJ活動のかたわら、「健康生活研究家」を名乗り、大阪芸術大学の客員教授や高校の講師も務める。温泉好きが高じて「温泉ソムリエ」「銭湯ソムリエ」などの資格を持ち、大分県では別府市・日出町・佐伯市の観光・応援大使を務める。2025年10月末には別府市へ住民票を移したことを大分県知事に報告し、「globeの3人のうち2人が大分にいるので、活動再開にも希望があるのでは」と話した。
30周年(2025年 - 2026年)の動き[編集]
連続リリース企画[編集]
デビュー30周年を迎えた2025年、エイベックスは30周年特設サイトを開設し、デビュー初期のシングル発売日に合わせた連続リリース企画を始めた。日付は「Feel Like dance」「Joy to the love」「SWEET PAIN」「DEPARTURES」の発売日にそろえるという凝りようだった。
| 発売日 | タイトル | 内容 |
|---|---|---|
| 2025年8月9日 | ALL SINGLES & OTHER BEST 30 SELECTION | CD6枚組・全66曲。シングル表題曲を全部収めた初のベスト盤(BOXを除く) |
| 2025年9月27日 | preview Another Edition Private Tour house of globe −代々木ホワイトシアター1996.9.27− | 1996年のファンクラブ限定公演を初めて全編収録したBlu-ray。原型の編集マスターが見つかったことで実現 |
| 2025年11月1日 | 4 Mega Hits Album Records | 1990年代の4枚のメガヒットアルバムをアナログ盤で発売 |
| 2026年1月1日 | Premium Limited 8cm Single BOX | 入手困難になっていた8cmシングルの限定復刻BOX |
2025年9月26日から28日には、「house of globe」公演の4K・Dolby Atmos上映会も開かれた。
「Love again」が令和のリアリティショーで再ブレイク[編集]
30周年の話題で一番バズったのが「Love again」だ。2025年12月9日からNetflixで配信された恋愛リアリティショー『ラヴ上等』の主題歌に起用された。元暴走族総長など“ヤンキー”の男女11人が山奥の学園で14日間共同生活をするという番組で、企画・プロデュースのMEGUMIは、かつての小室ファミリーの勢いと作品の熱量が重なる曲だと起用理由を語っている。
これを受けて、2025年10月から「Love again」のリミックスコンテストが行われ、2026年7月に受賞者が発表された。年末には全国のコミュニティFMで3曲がパワープレイに選ばれるなど、ラジオでの露出も増えた。
2026年:リマスター映像とコラボ[編集]
2026年に入っても企画は続いている。5月には10CultureとADAM ET ROPE'の「30th Anniversary globe TEE」「30th Anniversary DEPARTURES T-Shirt」、WIND AND SEAとのコラボアイテムが発売された。1st『globe』のピンクのロゴや、8cmシングル時代の「DEPARTURES」のジャケットを思わせるデザインになっている。
8月5日には、ライブ映像のリマスターシリーズ第4弾『globe tour 1998 “Love again” Remaster Edition』が発売された。1998年のスタジアムツアー最終日、横浜スタジアム公演を収め、オリジナル盤になかった「Wanderin' Destiny」を追加収録。音声はドルビーアトモスで作り直されている。デビュー記念日の8月9日からは、シリーズ第2弾『globe tour 1999 Relation Remaster Edition』がYouTubeで1週間限定公開された。
テレビでは、2026年6月28日のテレビ東京系『テレ東音楽祭 2026夏』で、マーク・パンサーがTRFのYU-KIと「小室哲哉スーパーヒット曲SPメドレー」に登場し、「Love again」から「FREEDOM」へのメドレーを披露した。ただし3人がそろってのステージは、2026年10月時点で実現していない。
人物・エピソード[編集]
大分というもう一つの拠点[編集]
globeと大分の縁は深い。KEIKOの実家は臼杵市でふぐ料理の料亭を営んでおり、マークは結成当初からそこに通っていたという。KEIKOの療養が始まってからは、彼女に会うために大分へ頻繁に行くようになり、2018年頃には大分市のクラブでDJも務めた。
マークは2023年に日本酒づくりを体験して限定150本の酒を造り、2024年からは棚田を借りて米づくりも始めている。KEIKOとマークのラジオ番組名『JOY TO THE OITA』は2ndシングル「Joy to the love」から取られ、番組の最後にはglobeの曲を流すのが恒例だ。
KEIKOの回復ぶり[編集]
KEIKOはSNSで近況を発信しており、2023年10月にはマスクを外した写真を公開した。2024年8月には大分で開かれた「全国豊かな海づくり大会」関連イベントでマークとともにナビゲーターを務め、そこで口ずさんだ2秒にも満たない歌声の動画が200万回以上再生されて「最強の歌姫が戻ってきた」と話題になった。
2024年5月のラジオでは、ゲストの話題の流れで「一番最初は小室哲哉さんにしますか(笑)」と冗談を言い、元夫との関係の「雪解け」として週刊誌に取り上げられた。2025年1月6日の生放送では、マークとの新年会の写真をSNSに投稿している。
globeを終わらせない[編集]
小室の引退と離婚によって、現実的にglobeを名乗って動けるのはマークだけ、という時期が続いた。それでもマークはglobeを終わらせないという姿勢を示しており、小室ともKEIKOとも連絡を取り続けているとされる。小室とKEIKOの双方も、いつかまたglobeとして一緒に仕事をしたいという趣旨の発言をしている。
炎上とバズ[編集]
2018年の引退表明[編集]
2018年1月、『週刊文春』が小室とKEIKOの看護にあたっていた女性との関係を報じ、小室は会見で男女関係を否定したうえで引退を表明した。会見ではKEIKOの介護生活についても語られ、報道のあり方をめぐる議論にまで広がった。このときネットメディアでは、TKソングを青春として過ごした世代の喪失感を「こむロス」と表現する記事も出た。
『ラヴ上等』で令和の若者に刺さる[編集]
2025年12月のNetflix『ラヴ上等』では、ヤンキー同士のぶつかり合いと「Love again」の組み合わせがSNSで話題になった。1998年当時は売上約19万枚と、globeとしてはそこまで大きなヒットではなかった曲が、27年越しに注目された形だ。
余談[編集]
- 30周年の連続リリースの発売日(8月9日・9月27日・11月1日・1月1日)は、デビューから4枚目までのシングル発売日とぴったり同じ。
- 「DEPARTURES」のジャケット写真はロサンゼルスのアンバサダーホテルで撮影された。
- マーク・パンサーは50歳ごろに鎌倉でサーフィンを始めて健康になり、「味覚がリセットされた」ことで日本酒に目覚めたと語っている。
- 2002年のYOSHIKI加入は、avexの大型イベント「a-nation」のステージで発表された。
- 2026年の『テレ東音楽祭』でマークが共演したYU-KIは、同じ小室プロデュースのTRFのボーカル。小室ファミリー同士の共演である。
- 2022年12月24日には、デビューから1万日を記念したBOX『10000 DAYS』が発売された。公式Xのアカウント名も「globe10000DAYS」である。