安達かおる

安達かおる
本名 三枝 進
誕生日 1952年1月27日
年齢 74歳
出身地 東京都
国籍 日本
職業 AV監督、実業家
肩書 V&Rプランニング元代表取締役
活動期間 1986年 -
代表的な実績 V&Rプランニングの設立、多数の個性派AV監督を育成


概要[編集]

安達かおる(あだち かおる、1952年1月27日 - )は、日本のAV監督・実業家。本名は三枝進(さえぐさ すすむ)。独自の作風で知られ、過激かつ実験的な作品を世に送り出したアダルトメーカーV&Rプランニングの創業者である。カンパニー松尾バクシーシ山下といった個性派監督を多数育てた「梁山泊の親分」的存在で、後年のAVの作家性の源流をつくった人物の一人とされるらしい。

来歴[編集]

東京都出身。幼少期は外交官の父に随行してイランのテヘランに遊学した経験を持つ。國學院大學久我山高等学校を経て、1974年に獨協大学外国語学部ドイツ語学科を卒業。テレビ制作会社のドキュメンタリー部門に勤めたが、営業の建前の多さに疲れ、末端の人々の生の声を聞きたいとスーパーマーケット「ジャストイン」を運営。そこから有限会社V&Rプランニングを設立した。

AV監督への転身[編集]

1986年、34歳のとき、知人の用事に付き添ってたまたまAV会社を訪れたところ「作品が足りないから」とアルバイトで作品を撮ることになったのがきっかけだという。当時人気だったSM路線で処女作を撮影し、以後SMを中心としたマニアックな作品を量産していく。代表シリーズに『ジーザス栗と栗鼠スーパースター』などがある。カンパニー松尾によれば、当時のAV業界は商売本位の人間が多かった中で、メジャーで映像を作れないからアダルトに来たわけではない安達は異質な存在だったという。

V&Rプランニングと門下生[編集]

V&Rプランニングは、宇宙企画に代表される美少女系全盛の時代にあって、主流と一線を画す過激・実験的な作品で独自のポジションを築いた。安達のもとからはカンパニー松尾バクシーシ山下、インジャン古河、そして後にドグマを設立するTOHJIROなど、作家性の強い監督たちが巣立っていった。彼らが後年のAVの表現を切り拓いたことを思えば、安達の「人を育てる場」としての功績は大きい。

余談[編集]

  • 「独自の作風」で知られ、商業性よりも作り手の個性を尊重する姿勢が、門下生たちのキャリアにも色濃く受け継がれているとされる。
  • TOHJIROに「好きに撮っていい」と任せたことが、ドグマ設立の遠因になったとも語られる。

関連項目[編集]