二村ヒトシ

二村ヒトシ
にむら ひとし
ファイル:二村ヒトシ.jpg
本名 二村 仁
誕生日 1964年11月27日
年齢 61歳
出身地 東京都港区六本木
国籍 日本
血液型 B型
職業 AV監督・作家
活動期間 1987年 -
代表的な実績 恋愛論の著述/ドグマ設立参加
受賞 オレンジ通信・AVフリーク最優秀監督賞(2004年)


概要[編集]

二村ヒトシ(にむら ひとし、1964年11月27日 - )は、日本のAV監督・作家。本名は二村仁(読み同じ)。「考えるAV監督」「恋愛論を語るAV監督」として、業界の外にも熱心な読者を持つ論客タイプの異色監督である。アダルトビデオを撮りながら、人がなぜモテないのか・なぜ生きづらいのかを延々と論じる人で、AVファンより自己啓発・恋愛本の読者のほうが彼の名前を知っていたりする。

生い立ち[編集]

東京都港区六本木出身。父は読売新聞社の記者、母は六本木で皮膚科・泌尿器科のクリニックを開業していた医師という、なかなかのインテリ家庭に生まれたが、3歳の頃に両親は離婚している。慶應義塾幼稚舎・普通部・高校というエスカレーターを上がり、慶應義塾大学文学部に5年通った末に中退。絵に描いたようなお坊ちゃん経歴からAV業界へ という落差が彼の持ち味でもある。大学在学中の1984年からは劇団「パノラマ歓喜団」を主宰し、演劇青年でもあった。

AV男優から監督へ[編集]

演劇活動を続けながら、1987年よりAV男優として、村西とおる率いるダイヤモンド映像の作品などに出演。1997年にAV監督としてデビューし、高橋がなりのソフト・オン・デマンドなどから作品を発売した。2000年2月にはブリガドーンの公演「SEXは、なぜ楽しいのか?」の企画・構成・演出を手がけるなど、舞台にも片足を残し続けている。

2001年にはTOHJIROドグマ設立に参加。2004年にはオレンジ通信・AVフリーク両誌で最優秀監督賞を受賞し、第3回D-1クライマックスでも優勝するなど、「撮れる」監督としての評価も本物である。2008年にドグマ専属監督を離れフリーとなった。

文筆家・恋愛論の人[編集]

二村ヒトシの名を業界外に広めたのは、むしろ著述活動である。「自分の中の"心の穴"」を軸に恋愛とモテを語る独自の理論 で知られ、恋愛・コミュニケーションをめぐる著作が若い読者を中心に支持を集めた。AV監督としての現場感覚と、演劇・哲学的な思索が混ざり合った文章は、しばしば「AV監督が書いたとは思えない」と評される。アダルトビデオを"人間を撮るドキュメント"として捉える姿勢は、同じドグマTOHJIROとも通じるものがある。

余談[編集]

  • お坊ちゃん育ち・慶應・劇団主宰・AV男優・AV監督・恋愛論の著者、と並べると一人の人間の経歴とは思えない振れ幅 である。
  • AV監督が恋愛指南本を出すという文脈では、溜池ゴローとともに「語れるAV監督」の代表格として語られることが多い。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

  • 二村ヒトシ 公式サイト