十朱幸代
とあけ ゆきよ / Yukiyo Toake
Yukiyo-Toake-1.jpg
1962年頃(出典:ウィキメディア・コモンズ、パブリックドメイン)
誕生日 1942年11月23日
年齢 83歳
出身地 東京都(旧・東京市日本橋区)
国籍 日本
学歴 文化学院英文科卒業
ジャンル テレビドラマ、映画、舞台、朗読劇
活動期間 1958年 -
デビューアルバム 1958年 NHK『バス通り裏』(テレビ)、1959年『惜春鳥』(映画)
家族 父:十朱久雄(俳優)
血液型 O型
事務所 アクターズ・セブン
代表作 『バス通り裏』『震える舌』『魚影の群れ』『櫂』『花いちもんめ』『夜汽車』『極道の妻たちII』『女帝 春日局』『黄金の日日』『雪国』(舞台)
関連活動 ラジオパーソナリティ(ニッポン放送『いってらっしゃい』初代)、歌手
あだ名 国民の恋人
その他 ブルーリボン賞主演女優賞2回、毎日映画コンクール田中絹代賞、日本アカデミー賞優秀主演女優賞ほか、紫綬褒章(2003年)、旭日小綬章


概要[編集]

十朱幸代(とあけ ゆきよ、1942年11月23日 - )とは、東京都出身の女優である。父は俳優の十朱久雄。高校生だった1958年にNHKの生放送ドラマ『バス通り裏』のヒロインでデビューし、「国民の恋人」と呼ばれた。1980年代には『櫂』『花いちもんめ』『極道の妻たちII』などで和服の似合う大人の女を演じ、映画賞を次々に受けた昭和を代表する女優の一人である。

詳細[編集]

麻問屋の跡取りだった父と、奈良の少女時代[編集]

父の十朱久雄は、日本橋で江戸時代から続く麻問屋「小倉貿易」の長男だった。ところが学生時代から芝居に夢中で、家業を継ぐ気がない。結婚を機に奈良県の機械工場へ送られたが、演劇熱はまったく冷めなかったという。江戸っ子であることを誇りにしていた父は、出産のときだけ妻を東京へ帰し、幸代を東京の病院で産ませた。生まれは旧・東京市日本橋区(現在の中央区)である。

幸代自身は奈良の大和西大寺駅前の家で8歳まで育ち、西大寺の境内が遊び場だった。三人きょうだいの一番上で、芝居好き・映画好きの両親のもとで「大きくなったら絶対に女優になる!」と言っていたとされる。結局一家は父の芝居熱に引っぱられる形で東京へ戻り、父は本格的に俳優の道へ進んだ。

父に付いていったNHKでスカウト[編集]

中学生のころからモデルの仕事をしていた幸代は、父に付き添ってNHKを訪れた際にスカウトされた。こうして1958年、NHKの連続ドラマ『バス通り裏』でデビューする。毎晩7時のニュースのあと、7時15分から15分間放送された生放送のホームドラマで、美容院の一家と高校教師の一家の日常を描いた。十朱は美容院の娘・元子を演じ、ヒロインとして一気にお茶の間の人気者になった。

当時は高校生で、学校を早退してスタジオに入る毎日だった。テレビ放送が始まってまだ数年という時代で、スタッフとは「お友達感覚」。マイクを振り回してふざけたり、本番中に変な顔をして怒られたりと、本人いわく「1日に1回は失敗していた」。生放送ならではのドタバタも多く、仕事というより遊びの感覚だったと振り返っている。

同級生役は岩下志麻[編集]

『バス通り裏』は、のちの名優を何人も送り出したドラマとしても知られる。元子のクラスメート役でデビューしたのが、十朱より2歳年上の岩下志麻である。ほかに田中邦衛、米倉斉加年、常田富士男らも出演していた。

十朱によれば、岩下は当時から細くすらりとした美人で「本当にうらやましかった」。食事は対照的で、岩下がサラダにごはん程度しか食べないのに対し、食べ盛りの十朱は出前の洋食を1日2回ほど平らげていたという。のちに2人とも東映の任侠・大作映画で和服の大女優として並び立つことになるが、出発点は同じ生放送のスタジオだった。

「国民の恋人」から演技派へ[編集]

1959年、木下惠介監督の『惜春鳥』で映画デビュー。ニッポン放送の朝の番組『いってらっしゃい』では初代パーソナリティを務め、清潔で明るいイメージから「国民の恋人」と呼ばれた。1960年代は青春映画やアクション映画のヒロイン役が多く、1967年の『でっかい太陽』では父・十朱久雄と共演している。

転機になったのは舞台だった。1970年、東宝の芸術座の正月公演『おせん』の主役に抜擢され、以後は芸術座を代表する女優の一人として舞台にも軸足を置いた。1971年にはNHKの銀河ドラマ『ゼロの焦点』で主演し、日本放送作家協会の女性演技賞を受賞。アイドル的な人気から、実力派女優への切り替えに成功した。

経歴[編集]

1958年 - 1960年代:テレビの申し子[編集]

1958年4月から1964年3月まで放送された『バス通り裏』でデビューし、1959年に『惜春鳥』で映画に進出した。1961年にはコロムビアから歌手・俳優の小坂一也とのデュエット「いたずら恋の風」を出している。1963年から1964年にはNHKの子ども向け番組『おねえさんといっしょ』で主役の「おねえさん」を務めた。

映画では1964年の『殺人者を消せ』『敗れざるもの』『黒い海峡』、1965年の『青春とはなんだ』、1966年の『太陽に突っ走れ』『逃亡列車』などに出演。日活や東宝の青春・アクション路線でヒロインを務めた。1967年にはNHK連続テレビ小説『旅路』に出演している。

1970年代:舞台と2時間ドラマの顔に[編集]

1970年の芸術座『おせん』で舞台女優としての地位を固め、1976年には第2回菊田一夫演劇賞を受けた。1971年のNHK銀河ドラマ『ゼロの焦点』では、失踪した夫を追う新妻・鵜原禎子を演じている。

1974年には松竹の『男はつらいよ 寅次郎子守唄』でマドンナを務め、渥美清演じる寅さんと共演した。テレビでは1975年のフジテレビ『小春ちゃん』で主演し、1978年のTBSテレビ『獅子のごとく』、1979年のNHK『あめりか物語』などに出演。1978年からは東映制作の『女弁護士 朝吹里矢子』シリーズで主演を務め、このシリーズは1992年まで続く長寿作になった。

1978年には大河ドラマ『黄金の日日』で、豊臣秀吉の正室・ねね(北政所)を演じた。また1974年から1979年までロート製薬「パンシロンG」、1968年から1975年まで東京ガスのCMに出演し、お茶の間でおなじみの顔でもあった。

1980年代:映画賞を総なめにした黄金期[編集]

1980年、野村芳太郎監督の『震える舌』で主演。破傷風にかかった娘を看病する母親を演じ、ブルーリボン賞主演女優賞を受賞した。1983年の相米慎二監督『魚影の群れ』では、緒形拳、夏目雅子と共演し、日本アカデミー賞の優秀助演女優賞を受けている。

1985年は五社英雄監督の『櫂』と伊藤俊也監督の『花いちもんめ』の2本が公開され、『花いちもんめ』で2度目のブルーリボン賞主演女優賞を獲得した。1986年からは舞台『雪国』で駒子を演じ、2000年まで繰り返し上演されるライフワークになった。1987年には『極道の妻たちII』で主演し、同年の『夜汽車』で毎日映画コンクール女優主演賞、『螢川』にも出演。1989年には『社葬』『ハラスのいた日々』『桜の樹の下で』に出演し、同年に毎日映画コンクールの田中絹代賞と日刊スポーツ映画大賞主演女優賞を受けた。

1990年代:時代劇の大奥ものと母の役[編集]

1990年の東映『女帝 春日局』では主役のおふく(春日局)を、翌1991年の『江戸城大乱』では徳川綱吉の母・桂昌院を演じ、大奥ものの「女帝」役が続いた。1990年のドラマ『千利休 〜春を待つ雪間草のごとく〜』では利休の妻・りき役。

テレビでは1993年にNHK『春の一族』、同年の連続テレビ小説『かりん』に出演し、1997年の『失楽園』にも出ている。1995年の映画『日本一短い「母」への手紙』では水島多恵を演じ、日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受けた。日本アカデミー賞での受賞は1984年から1996年にかけて計5回にのぼる。

2000年代 - 2010年代:大女優としての円熟と大手術[編集]

2001年の大河ドラマ『北条時宗』では、時宗の妻・祝子が出家した後の姿である覚山尼を演じ、語りも担当した。2002年に第27回菊田一夫演劇大賞、2003年に紫綬褒章、2005年に第26回松尾芸能賞大賞を受賞。2005年から2009年にかけては『芸者小春姐さん奮闘記』シリーズで主演した。2008年にはNHK『トップセールス』、2009年には松本清張生誕100年特別企画『駅路』に出演している。

2010年夏、長年の疲労で変形した両足のくるぶしに腰の骨を移植する大手術を受けた。67歳のときで、5か月間入院し、およそ半年は車いす生活だったと報じられている。それでも2011年のNHK連続テレビ小説『カーネーション』では、主人公・糸子の祖母・松坂貞子を演じて健在ぶりを見せた。

2013年からは、新潟市のりゅーとぴあ「物語の女たち」シリーズとして作られた一人語りの朗読劇『燃えよ剣〜土方歳三に愛された女、お雪〜』に取り組み、2021年までに全国で45公演を重ねた。2018年には日本テレビのドラマ『高嶺の花』で、石原さとみ主演作で風間節子を演じ、同年に自伝的エッセイ『愛し続ける私』(集英社)を出版している。

2020年代:5年の沈黙と「総仕上げ」[編集]

コロナ禍で仕事がなくなり、十朱はおよそ5年間、表立った活動をしなかった。「引退してフェードアウトしてもいい」とも考えていたが、友人から「SNSで死亡説が流れている」と聞かされる。さらに石井ふく子、黒柳徹子、草笛光子ら年長の女性たちが現役で活躍する姿に刺激を受け、「私ができることはやっぱり女優しかない」と復帰を決意。自ら演出家の笹部博司に『燃えよ剣』の再演を相談した。

2025年5月16日、大阪市内で取材会に臨み、久々の公の場に「覚えてないくらい」と笑った。公演は7月20日の大阪・森ノ宮ピロティホールを皮切りに、7月28日の北海道長万部町、8月2日の東京・三越劇場などで行われ、宮川彬良のピアノとの「二人きり」の舞台を「ファイナルステージ」と銘打って締めくくった。本人は「集大成というより総仕上げ」と語り、『燃えよ剣』はこれで最後にするものの、引退宣言はしないと明言している。2026年10月時点でも引退は表明しておらず、年齢に合った役の依頼があれば受けられるよう、心身の準備を続けているとされる。

代表作[編集]

櫂(1985年)[編集]

宮尾登美子の自伝的小説を五社英雄監督が映画化した東映作品。大正から昭和初期の高知を舞台に、芸妓や娼妓を斡旋する紹介業を営む男・岩伍(緒形拳)と、その妻・喜和の半生を描く。十朱は、夫の女性関係や家業に苦しみながらも、子を育て、耐え、最後には自分の意志で生きる道を選ぶ喜和を演じた。名取裕子らも出演している。

五社英雄の「女の一代記」路線の代表作であり、和服姿の十朱が「耐える女」から「決断する女」へ変わっていくさまは、彼女のキャリアの中でも屈指の名演とされる。2025年1月には五社英雄監督作品6本を6夜連続で放送する企画が報じられ、五社作品の女優たちが改めて注目された。

魚影の群れ(1983年)[編集]

吉村昭の小説を相米慎二監督が映画化した作品。青森県大間のマグロ漁師・小浜房次郎(緒形拳)と、その娘トキ子(夏目雅子)、娘の恋人との確執を描く。十朱は房次郎の妻を演じ、出番は多くないながらも物語に深い陰影を与えた。この役で日本アカデミー賞優秀助演女優賞を受けている。

花いちもんめ(1985年)[編集]

伊藤俊也監督の東映作品で、認知症(当時は「痴呆症」と呼ばれた)になった義父と、その介護に向き合う家族を描いた。十朱は介護を担う嫁を演じて主演し、ブルーリボン賞主演女優賞を受賞。高齢化社会を先取りしたテーマとして、公開当時大きな話題になった作品である。

極道の妻たちII(1987年)[編集]

東映の人気シリーズ『極道の妻たち』の第2作で、監督は土橋亨。大阪・港南市の重宗組四代目の妻・重宗遊紀が主人公で、気弱で博打や女遊びに溺れる夫に代わり、遊紀がひとりで組を仕切る。関西新国際空港の工事をめぐる利権争い、他の組からの買収要求、韓国・済州島での大博打と、組の存亡をかけた戦いが続き、最後は遊紀が単身で敵の事務所に乗り込んで代紋を守り抜くと宣言する。

1作目の岩下志麻の後を受けての主演で、デビュー作で同級生役だった2人が、30年後に同じ「極妻」の看板を背負った形になった。

震える舌(1980年)[編集]

野村芳太郎監督の松竹作品。三木卓の小説を原作に、破傷風に感染した幼い娘と、看病に追いつめられていく両親を描く。病気の描写があまりにリアルなことから、ホラー映画のように怖いと語り継がれる作品でもある。十朱は母親役で主演し、ブルーリボン賞主演女優賞を受けた。

雪国(舞台、1986年 - 2000年)[編集]

川端康成の小説を原作とした舞台で、十朱は芸者・駒子を演じた。1986年から2000年まで何度も上演され、舞台女優・十朱幸代の代名詞になった。芸術座時代から積み上げた舞台での実績もあり、2002年には菊田一夫演劇大賞を受けている。

大河ドラマ・連続テレビ小説[編集]

十朱はNHKの看板枠にもたびたび登場している。

年 枠 作品 役
1967年 連続テレビ小説 旅路
1978年 大河ドラマ 黄金の日日 ねね(北政所)
1993年 連続テレビ小説 かりん 小森秋子
2001年 大河ドラマ 北条時宗 覚山尼(兼 語り)
2011年 連続テレビ小説 カーネーション 松坂貞子

『黄金の日日』は堺の商人・呂宋助左衛門を主人公にした作品で、十朱は豊臣秀吉の妻ねねとして天下人の家庭を支える役どころだった。『北条時宗』では物語全体の語りを担い、晩年の覚山尼として時宗の時代を振り返る立場から作品をまとめた。『カーネーション』では、ヒロイン糸子の母方の祖母で、大阪・岸和田とは対照的な神戸の裕福な家の奥様・松坂貞子を演じている。

主な出演作[編集]

映画[編集]

  • 1959年『惜春鳥』 - 映画デビュー
  • 1964年『殺人者を消せ』(林百合)
  • 1964年『敗れざるもの』(高村浩子)
  • 1964年『黒い海峡』(船場則子)
  • 1965年『青春とはなんだ』(杉浦圭子)
  • 1966年『太陽に突っ走れ』(高村光枝)
  • 1966年『逃亡列車』(倉吉麻美)
  • 1967年『でっかい太陽』 - 父・十朱久雄と共演
  • 1974年『男はつらいよ 寅次郎子守唄』 - マドンナ
  • 1980年『震える舌』 - 主演
  • 1983年『魚影の群れ』
  • 1985年『櫂』(喜和)
  • 1985年『花いちもんめ』 - 主演
  • 1987年『極道の妻たちII』(重宗遊紀) - 主演
  • 1987年『夜汽車』 - 主演
  • 1987年『螢川』
  • 1989年『社葬』
  • 1989年『ハラスのいた日々』
  • 1989年『桜の樹の下で』
  • 1990年『女帝 春日局』(おふく) - 主演
  • 1991年『江戸城大乱』(桂昌院)
  • 1991年『首領になった男』
  • 1995年『日本一短い「母」への手紙』(水島多恵)

テレビドラマ[編集]

  • 1958年 - 1964年『バス通り裏』(元子) - NHK、デビュー作
  • 1963年 - 1964年『おねえさんといっしょ』(おねえさん) - NHK
  • 1967年『旅路』 - NHK連続テレビ小説
  • 1971年『ゼロの焦点』(鵜原禎子) - NHK銀河ドラマ
  • 1975年『小春ちゃん』 - フジテレビ、主演
  • 1977年『二階』(竹沢幸子)
  • 1978年『黄金の日日』(ねね) - NHK大河ドラマ
  • 1978年『獅子のごとく』(森しげ) - TBSテレビ
  • 1978年『松本清張おんなシリーズ・記憶』(平井良子)
  • 1978年 - 1992年『女弁護士 朝吹里矢子』シリーズ - 主演
  • 1979年『あめりか物語』(菊地良) - NHK
  • 1990年『千利休 〜春を待つ雪間草のごとく〜』(りき)
  • 1993年『春の一族』(杉本泰代) - NHK
  • 1993年『かりん』(小森秋子) - NHK連続テレビ小説
  • 2001年『北条時宗』(覚山尼・語り) - NHK大河ドラマ
  • 2005年 - 2009年『芸者小春姐さん奮闘記』(神無月小春) - 主演
  • 2007年『気象予報士・大沢富士子の事件ファイル』(大沢富士子) - 主演
  • 2008年『トップセールス』(槙野光枝) - NHK
  • 2009年『駅路』 - 松本清張生誕100年特別企画
  • 2011年『カーネーション』(松坂貞子) - NHK連続テレビ小説
  • 2018年『高嶺の花』(風間節子) - 日本テレビ

舞台・朗読劇[編集]

  • 1970年『おせん』 - 芸術座正月公演、主演
  • 1986年 - 2000年『雪国』(駒子)
  • 2005年『あかね空』 - 新歌舞伎座
  • 2011年『姑は推理作家』(山吹蘭子)
  • 2013年 - 2021年、2025年 朗読劇『燃えよ剣〜土方歳三に愛された女、お雪〜』(お雪ほか一人語り)
  • 2016年 - 2017年『シェイクスピア物語』(エリザベス女王)

受賞歴[編集]

  • 1971年 日本放送作家協会 女性演技賞(『ゼロの焦点』)
  • 1976年 第2回菊田一夫演劇賞
  • 1980年 ブルーリボン賞 主演女優賞(『震える舌』)
  • 1984年 第7回日本アカデミー賞 優秀助演女優賞(『魚影の群れ』)
  • 1985年度 ブルーリボン賞 主演女優賞(『花いちもんめ』)
  • 1986年 第9回日本アカデミー賞 優秀主演女優賞
  • 1987年 毎日映画コンクール 女優主演賞(『夜汽車』)
  • 1988年 第11回日本アカデミー賞 優秀主演女優賞(『夜汽車』)
  • 1989年 毎日映画コンクール 田中絹代賞
  • 1989年 日刊スポーツ映画大賞 主演女優賞
  • 1990年 第13回日本アカデミー賞 優秀主演女優賞(『ハラスのいた日々』ほか)
  • 1996年 第19回日本アカデミー賞 優秀主演女優賞(『日本一短い「母」への手紙』)
  • 2002年 第27回菊田一夫演劇大賞
  • 2003年 紫綬褒章
  • 2004年 日本ジュエリーベストドレッサー賞(60代部門)
  • 2005年 第26回松尾芸能賞 大賞
  • 旭日小綬章

人物[編集]

  • 江戸っ子の父:父の十朱久雄は、家業の麻問屋を継がずに俳優になった人物。娘の結婚については「結婚は2人の問題」として口を出さなかったと、取材した芸能記者が書き残している。
  • 生涯独身:一度も結婚していない。若いころの恋愛についてはたびたび報道されてきたが、籍を入れることはなかった。
  • 健康法は水中ウォーキング:2010年に両足の手術を受けてから、水中ウォーキングを続けている。毎朝の愛犬の散歩や庭の手入れも日課だという。
  • 身長が9センチ縮んだ:2025年の取材会では、健康に不安はないとしつつ、身長が9センチ縮んだことを明かして笑いを誘った。
  • 引き際の美学:「見向きされなくなれば自然に消えていけばいい。引退宣言なんて必要ない」と語り、作品ごとに年齢を考えて役を選ぶ姿勢を見せている。『燃えよ剣』の再演を最後にしたのも、大人の恋愛を描く作品なので観客に違和感を与えたくないという理由だった。
  • 男役もこなす朗読劇:『燃えよ剣』では、お雪だけでなく土方歳三などの男性役、脇役、ト書きまでをひとりで読み分ける。声が高めなので男性役は難しかったが、役の気持ちになることで形が見えてきたという。

恋愛と報道[編集]

  • 小坂一也:17歳ごろ、歌手・俳優の小坂一也と恋に落ち、その後15年ほど事実婚のような関係が続いたと、芸能記者が回想記事で書いている。1961年のデュエット曲「いたずら恋の風」は2人の共演作である。
  • 西城秀樹:西城秀樹との交際も報じられた。西城が35歳、十朱が47歳のころとされ、のちに破局したと伝えられている。西城の数少ない熱愛報道の一つとして、2018年に西城が亡くなった際にも改めて振り返られた。
  • 週刊誌では、ほかにも複数の男性との「浮き名」が取り上げられてきたが、本人が結婚することはなかった。

余談[編集]

  • デビュー作『バス通り裏』で同級生役だった岩下志麻とは、のちに2人とも『極道の妻たち』シリーズの主演を務めることになった。
  • 「十朱」は「とあけ」と読む珍しい名字で、父・十朱久雄と同じ姓を名乗っている。
  • 父は江戸っ子であることにこだわり、奈良で暮らしていたにもかかわらず、出産のためだけに母を東京へ帰したとされる。
  • 金鳥の渦巻や塩野義製薬「パイロンAM錠」などのCMにも出演し、昭和のテレビCMの顔でもあった。
  • 朗読劇『燃えよ剣』の最後のト書きは約7ページあり、本を手放して語ることになって驚いたという。
  • 2016年には「73歳で死亡説」、2025年には再び「SNSで死亡説」と、何度もネットで死亡説が流れているが、そのたびに本人は元気な姿を見せている。

外部リンク[編集]

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