Akihiro Nishino
にしの あきひろ
Akihiro_Nishino.png
西野亮廣(出典:Wikimedia Commons)
本名 西野亮廣
誕生日 1980年7月3日
年齢 46歳
出身地 兵庫県川西市
国籍 日本
家族 4人きょうだいの3番目(兄・姉・弟)
職業 お笑い芸人、絵本作家、映画製作総指揮・脚本家、実業家
肩書 キングコング(ツッコミ)、株式会社CHIMNEY TOWN 代表取締役
フォロワー数 YouTube登録者 約53万人(2026年10月時点の集計サイト値)
活動期間 1999年 -
代表的な実績 絵本『えんとつ町のプペル』(2016年)、『映画 えんとつ町のプペル』(2020年、製作総指揮・原作・脚本)、『映画 えんとつ町のプペル 〜約束の時計台〜』(2026年)、オンラインサロン「西野亮廣エンタメ研究所」
受賞 NHK上方漫才コンテスト 最優秀賞(2000年、キングコングとして)、ABCお笑い新人グランプリ 最優秀新人賞(2001年)、上方お笑い大賞 最優秀新人賞(2001年)
事務所 株式会社CHIMNEY TOWN(2021年1月まで吉本興業)
関連活動 キングコング、はねるのトびら
別名 にしのあきひろ(絵本作家名義)
あだ名 キンコン西野
その他 相方は梶原雄太(カジサック)
リンク 映画 えんとつ町のプペル 公式サイト


概要[編集]

西野亮廣(にしの あきひろ)とは、お笑いコンビ・キングコングのツッコミ担当であり、絵本『えんとつ町のプペル』の作者、そして同作の映画版で製作総指揮・原作・脚本を務めた日本のエンターテイナーである。テレビの売れっ子芸人から絵本作家、オンラインサロン主宰、映画・ミュージカルのプロデューサーへと活動の軸を移し、「芸人の枠を壊した人」として称賛と批判の両方を浴び続けている。

詳細[編集]

「キンコン西野」という存在[編集]

西野亮廣は1980年7月3日、兵庫県川西市生まれ。1999年にNSC大阪校(22期)在学中に梶原雄太とキングコングを結成し、結成からわずか1年ほどで賞レースを総なめにした「早熟の天才コンビ」として世に出た。20代前半にはフジテレビ『はねるのトびら』で全国区の人気者になり、レギュラー番組を何本も抱える売れっ子となった。

ところが25歳前後を境に、本人いわく「テレビの世界で頂点を取る道」に見切りをつけ、絵本制作という意外な方向へ舵を切る。以後、クラウドファンディング、オンラインサロン、絵本の無料公開、NFTなど、新しい仕組みを次々と試しては話題と炎上をセットで起こしてきた。ネット上では「教祖」とイジられることも多いが、2026年には共同プロデュース作品がトニー賞を受賞するなど、海外のショービジネスにまで足場を広げている。

絵本作家「にしのあきひろ」[編集]

絵本を描き始めたきっかけは、タモリから「お前、絵描けよ」と言われたことだと本人は語っている。海外で勝負するには翻訳のハードルが低いか、言葉に頼らない表現が必要だと考え、ボールペン1本で細密な絵を描く手法にたどり着いた。2009年の初作『Dr.インクの星空キネマ』以降、ほぼ数年おきに新作を発表している。

代表作『えんとつ町のプペル』(2016年)は、黒い煙に覆われて空が見えない町を舞台に、星を見たいえんとつ掃除屋の少年ルビッチとゴミ人間プペルの友情を描く物語。西野はプロデューサーとしてイラスト・着色・デザインなどを分業制にし、総勢33名のクリエイターと約4年かけて制作した。制作費はクラウドファンディングで募り、「絵本を映画のように作る」という手法自体が話題になった。

ビジネスとエンタメを混ぜる人[編集]

西野の特徴は、作品そのものだけでなく「作品をどう届けるか」までを設計図に含める点にある。誰でも無料で原画展を開けるようにして、会場で絵本を「お土産」として売ってもらう仕組みを作り、「作品にはお金を出さなくても、思い出にはお金を出す」という持論を実践した。

2017年10月に株式会社NISHINO(現・株式会社CHIMNEY TOWN)を設立し、2021年1月に吉本興業とのマネジメント契約を終了してからは同社を拠点に活動している。チケット販売サービス「チムチケ」やクラウドファンディングサイト「PICTURE BOOK」の運営など、自前の流通網を持つことにこだわっており、その姿勢が支持者からは「挑戦者」、批判者からは「商売上手」と評される理由になっている。

経歴[編集]

幼少期〜キングコング結成[編集]

4人きょうだいの3番目として育つ。幼少期にプロレス巡業の歓声に触れてテレビのお笑いに関心を持ち、小学校低学年のころには志村けんのモノマネで周囲を笑わせていたという。名前の「亮」の字は『三国志』の諸葛亮に由来するとされる。

1999年9月、NSC在学中にそれぞれのコンビを解散していた西野と梶原が結成。西野が梶原を雲雀丘に誘い、大阪平野を見下ろしながら話したとき、梶原が「俺達ならできるよ」と答えたのが始まりとされる。翌2000年には第30回NHK上方漫才コンテストで最優秀賞を獲得し、2001年にはABCお笑い新人グランプリ最優秀新人賞、上方お笑い大賞最優秀新人賞などを立て続けに受賞した。

はねるのトびらと最初の挫折[編集]

2001年4月、フジテレビの深夜番組『はねるのトびら』が始まる。ロバート(秋山竜次・馬場裕之・山本博)、インパルス(板倉俊之・堤下敦)、ドランクドラゴン(塚地武雅・鈴木拓)、北陽(虻川美穂子・伊藤さおり)とともにコントを披露する若手ユニット番組で、のちにゴールデンタイムへ進出し、2012年9月まで約11年続く看板番組になった。梶原は2026年5月、当時を「昼12時に入って約18時間」「2週間に1回の収録で15本ほどのコントを撮った」と振り返っている。

人気絶頂の2003年、梶原が心身の不調から突然仕事に来られなくなり、約2か月半〜3か月にわたって表舞台から姿を消した。レギュラー番組7〜8本が一気になくなり、事務所からはピンでの活動も勧められたという。西野は2026年3月放送のテレビ朝日系『深夜のダイアン』(ダイアンの冠番組)で「(ピンで)行こうかなと思った」と明かしつつ、「一人で成功したら梶原の戻る場所がなくなる」と考え、待つことを選んだと語った。この経験は、後述する映画続編のテーマにも直結している。

M-1と漫才[編集]

M-1グランプリには2001年の第1回で決勝に進出し7位。2007年には決勝の最終決戦まで勝ち進み3位(優勝はサンドウィッチマン)、2008年も決勝に進んで8位(優勝はNON STYLE)だった。2008年3月からは単独漫才ライブ「KING KONG LIVE」を全国で開催し、2010年以降は夏に年1回の恒例行事となった。

2013年8月にはYouTubeチャンネル『毎日キングコング』(現・毎週キングコング)の配信を開始。2022年2月28日には日本武道館で「毎週キングコング in 日本武道館」を開催し、約2年ぶりに漫才を披露、オンライン配信を含めて累計3万人を動員したとされる。

絵本作家・プロデューサーへ[編集]

2009年の『Dr.インクの星空キネマ』に始まり、2012年にはタモリ原案の『オルゴールワールド』を刊行。2013年2月にはクラウドファンディングで資金を集め、ニューヨーク・トライベッカで絵本の原画展を開いた。2016年にはテレビ朝日の番組内で「芸人引退」と絵本作家としての活動を宣言して話題になったが、その後もキングコングとしての活動は続いている。

2016年10月に『えんとつ町のプペル』を刊行。2017年1月には全ページをネット上で無料公開し、大論争を巻き起こす(後述)。部数は2017年6月時点で30万部、2019年末に42万部、映画公開直前の2020年12月には55万部と伸び続けた。2019年10月にはパリのエッフェル塔で絵本展を開催している。

独立と2020年代[編集]

2021年1月30日、吉本興業とのマネジメント契約終了が発表され、翌2月1日付で会社名を株式会社CHIMNEY TOWNに改めた。相方の梶原は吉本に残ったため、コンビで所属事務所が分かれる珍しい形になったが、コンビ活動は継続している。

2022年には『えんとつ町のプペル』のミュージカル全編映像をYouTubeで無料公開し、同年10月にはDAOコミュニティ「CHIMNEY TOWN DAO」のNFT『Halloween Poupelle』1万点が即日完売。2023年4月には著書『夢と金』を刊行した。2025年5月にはNetflixのバラエティ『罵倒村』に出演し、「ド直球のお笑いにカムバック」と報じられた。

えんとつ町のプペル[編集]

作品一覧[編集]

『えんとつ町のプペル』は絵本から映画、ミュージカル、歌舞伎、バレエへと広がった西野最大のIP(知的財産)である。西野は当初から権利を「若干ガバガバ」にし、誰でも扱えるコンテンツにする方針だったと語っている。

年 作品・展開 西野の役割・備考
2016年 絵本『えんとつ町のプペル』 作者・プロデューサー。33名のクリエイターによる分業制
2017年1月 絵本の全ページ無料公開 ネット上で大論争に
2019年 絵本『チックタック 約束の時計台』 映画続編の原案
2020年12月25日 『映画 えんとつ町のプペル』 製作総指揮・原作・脚本。監督は廣田裕介、制作はSTUDIO4℃
2021年 絵本『みにくいマルコ 〜えんとつ町に咲いた花〜』 スピンオフ絵本
2022年1月 歌舞伎版 市川海老蔵(当時)からの打診で上演
2022年7月 ミュージカル版の全編映像をYouTubeで無料公開 原作・脚本・演出
2024年1月 英語版ミュージカルの業界向けプレゼンテーション(ニューヨーク) 日米のアーティストによる共同制作
2025年10月 『CHIMNEY TOWN THE MUSICAL』にフランク・ワイルドホーンが作曲で参加と発表 プロデューサーの一人
2026年3月27日 『映画 えんとつ町のプペル 〜約束の時計台〜』 製作総指揮・原作・脚本。配給は東宝とCHIMNEY TOWN
2026年7月 マクドナルド「ほんのハッピーセット」用スピンオフ絵本『えんとつ町のプペルをさがせ!』 さがし絵絵本。イラストはこず

映画第1作(2020年)[編集]

2020年12月25日に公開された『映画 えんとつ町のプペル』は、西野が製作総指揮・原作・脚本を担当し、STUDIO4℃がアニメーション制作、廣田裕介が長編監督デビューを果たした作品。コロナ禍での公開ながらロングランとなり、興行収入は24億円を超え、のちに約27億円と報じられている。

第44回日本アカデミー賞では優秀アニメーション作品賞を受賞。海外ではロッテルダム国際映画祭のクロージング作品に招待され、アヌシー国際アニメーション映画祭2021の長編コンペティション部門(世界から11本のみ選出)にも選ばれた。2026年3月20日にフジテレビで地上波初放送された際には、SNSで「西野ごめん、面白かった」という“お詫び投稿”が相次ぎ、先入観で避けていた層が作品を再評価する珍現象が起きた。

続編『約束の時計台』(2026年)[編集]

続編『映画 えんとつ町のプペル 〜約束の時計台〜』は2025年4月に製作が発表され、2026年3月27日に公開された(上映時間98分)。絵本『チックタック 約束の時計台』を原案に、前作で遠くへ行ってしまったプペルにルビッチがもう一度会うまでを描く。監督は前作に続き廣田裕介、主題歌はロザリーナ。

声の出演は、ルビッチ役に新たに永瀬ゆずな、プペル役は窪田正孝が続投。異世界ネコのモフに西野と同期のMEGUMI、植物のナギに小芝風花、時計師ガスに吉原光夫、女王ネズミのホーラに土屋アンナ。さらに山寺宏一、藤森慎吾、伊藤沙莉、東野幸治、錦鯉、森久保祥太郎らが名を連ねた。山寺の起用はキャスティング会議で「山寺さんしかいない」と満場一致だったという。

日本公開に先立ち、第76回ベルリン国際映画祭のジェネレーション部門(Generation Kplus)に正式出品され、2026年2月に西野と廣田監督が現地入りした。西野はテーマについて、2003年の梶原失踪時に「“待つ”ことを決めました」と振り返り、「“相手を信じる”ことが僕自身の大きな挑戦となり、今回のテーマにもなりました」と語っている。

ただ、興行は前作ほどの勢いには乗れなかった。公開初週末(3月27〜29日)は337館で動員約8.8万人、興収約1.22億円の5位スタートで、東洋経済オンラインは前作の27億円と比べて厳しい出足だと報じた。ジャパンプレミアで西野は「商業的に失敗すると、この可能性は全てなくなってしまう」と危機感を口にしていた。

オンラインサロンと発信[編集]

西野亮廣エンタメ研究所[編集]

西野が主宰するオンラインサロン「西野亮廣エンタメ研究所」(旧称「おとぎ町商工会」)は、月額1,000円前後の会費制で、2020年9月には会員7万人を突破し「日本最大級のオンラインサロン」と呼ばれた。会員向けには毎日の記事や制作の裏側が公開され、メンバーがプロジェクトのスタッフとして参加するのも特徴になっている。

西野は複数のプロジェクトとお金の流れを「シナジーマップ」と呼ぶ図にまとめ、2〜3か月ごとに描き直しているという。サロン会員には80代の地方在住者から子育て世代まで幅広い層がいるため、専門用語や横文字を避けた言葉選びを心がけていると語っている。同時期にオンラインサロンを運営した芸人としては中田敦彦らがおり、「芸人×サロン」の先駆けの一人に数えられる。

Voicy・YouTube・X[編集]

サロンの外への発信源は、ブログ、音声配信のVoicy、YouTube、そしてX(旧Twitter)。Voicyではほぼ毎日のように近況やビジネス論を語り、その一部はYouTubeチャンネル「西野亮廣エンタメ研究所ラジオ【公式】」でも配信されている。2026年にはVoicyなどで「月収は200万円で、15年ほど変えていない」と明かし、ネットニュースになった。

個人のYouTubeチャンネル「西野亮廣 / Akihiro Nishino」は2019年6月開設で、登録者は約53万人、動画数は800本を超える。コンビとしては毎週キングコングを継続しており、梶原は別途カジサックとして大手YouTuberになった。Xアカウント(@nishinoakihiro)は、炎上の発火点になることも多い一方、トニー賞受賞の報告など大きなニュースの第一報の場でもある。

2026年1月にはAudibleのオリジナルポッドキャスト『雨音らじお』(幻冬舎)にゲスト出演し、クラウドファンディングや映画チケットの直販といった意思決定の裏側を語った。憧れの実業家として阪急・宝塚の創業者である小林一三の名を挙げている。

海外展開[編集]

ニューヨーク・パリ[編集]

「世界で勝負する」は絵本を描き始めた当初からの目標で、2013年2月にはクラウドファンディングで資金を集めてニューヨーク・トライベッカのギャラリーで原画展を開催。2019年10月にはパリのエッフェル塔で『えんとつ町のプペル』の絵本展を開いた。「ウォルト・ディズニーを超える」と公言しては叩かれてきたが、本人は「夢を語れば笑われ、行動すれば叩かれる」社会への問題意識こそが『プペル』の物語の土台だと説明している。

ブロードウェイとトニー賞[編集]

舞台では、英語版ミュージカル『Poupelle of Chimney Town』が2024年1月にニューヨークのパーシング・スクエア・シグネチャー・センターで業界向けプレゼンテーションを実施。2025年10月には『ジキル&ハイド』などで知られる作曲家フランク・ワイルドホーンが『CHIMNEY TOWN THE MUSICAL』の音楽を手がけると発表され、西野はプロデューサーの一人に名を連ねた。

さらに2026年6月7日(現地時間)、CHIMNEY TOWNが共同プロデューサーとして参画したブロードウェイのリバイバル作品『キャッツ 〜THE JELLICLE BALL〜』が、第79回トニー賞でミュージカル演出賞・振付賞・衣裳デザイン賞の3冠を獲得した(9部門ノミネート)。西野は「決して僕個人の功績ではありません」「同じ船に相乗りさせていただいただけ」とコメントし、海外進出とは「海の外で確固たるポジションを確立している村の中に入る行為」だったと語っている。

人物[編集]

  • 「ひな壇に座らない」と宣言したように、既存の芸能界のルールに乗らない生き方を公言してきた。2025年9月放送の『突然ですが占ってもいいですか?』では「子どもの頃は話が通じたのに、大人になると提案への反応が攻撃的に変わった」「もっと普通に人と喋りたい」と本音をこぼしている。
  • 2005年のドラマ『スローダンス』で共演した妻夫木聡とは、以来の親友として知られる。
  • MEGUMIとは同期で、「海外で何かやるときに話し合える相手が少ない中、すごく支えられている」と語っている。
  • 地元の兵庫県川西市に、自身が設計に関わった自宅兼アトリエ「見上げる家」を2022年に完成させた。
  • 自身の月収は200万円に固定し、増えた収益は子どもたちへの映画無料提供などに回していると説明している。

評価[編集]

西野の評価は、ここまで見事に割れる芸人も珍しいほど両極端である。支持者は、テレビ中心の芸能界で早くから「個人がファンと直接つながる」モデルを作り、クラウドファンディングやオンラインサロンを一般に広めた先駆者として評価する。映画第1作の日本アカデミー賞受賞や国際映画祭への選出、トニー賞受賞作への参画は、「口だけではない」実績として語られる。

一方で、サロン会員を中心とした熱心な支持層の存在から、ネット上では「信者」「教祖」と揶揄されることも多い。ただ2026年3月の第1作地上波放送後には「偏見でした」という声が大量に投稿され、作品そのものと西野個人へのイメージは切り分けて見られつつある。

炎上とバズ[編集]

鈴木おさむとの対立(2013年)[編集]

2013年2月、西野はTwitterで放送作家・鈴木おさむの著書『芸人交換日記』に批判的な投稿をして炎上した。鈴木の妻で森三中の大島美幸が怒りを表明し、『FNS27時間テレビ』で共演した際には緊迫した空気が流れたと報じられた。同年11月14日放送の『アメトーーク!』で鈴木と対面し、西野が謝罪して和解している。

「ひな壇に座らない」宣言[編集]

2012年には「ひな壇に座らないと決めました」との投稿が、バラエティ番組のひな壇芸人への批判と受け取られて炎上した。西野は後年、「ひな壇以外の生き方」という選択肢を示したかっただけで、誰かを傷つける意図はなかったと説明している。

絵本の無料公開(2017年)[編集]

2017年1月、『えんとつ町のプペル』を全ページ無料でネット公開。「小学生が2000円では買えないと言っていた」ことがきっかけと説明したが、「クリエイターの収入が奪われる」といった反対意見が殺到した。西野は「絵本は読み聞かせで結局実物が必要になる」「無料公開後に売り上げは増えた」と反論し、「作品に自信があれば無料公開は有効」との持論を崩さなかった。

「3億円の借金」募金(2018年)[編集]

2018年6月、「3億円の借金」を公表して寄付を募ったところ批判が集まり、謝罪のうえ翌週に受付を中止した。一方、同年2月には着物レンタル業者「はれのひ」の問題で成人式に出られなかった新成人のため、横浜港で「リベンジ成人式」を開催し、こちらは好意的に報じられた。

吉本退社をめぐって(2021年)[編集]

2021年1月の吉本興業との契約終了について、西野は円満退社だと説明したが、ダウンタウンの松本人志が疑問を呈したと報じられ、ネット上で議論になった。

「西野ごめん」祭り(2026年)[編集]

炎上の歴史を逆手に取った形のバズが、2026年3月の映画第1作の地上波初放送。「西野さんごめん、プペル面白かった」「今日まで偏見でした」という投稿が相次ぎ、本人がイジられ続けてきた経緯ごと話題になった。

余談[編集]

  • 絵本を描き始めたきっかけは、タモリの「お前、絵描けよ」という一言。2012年の絵本『オルゴールワールド』はタモリ原案である。
  • 2006年には「西野亮廣とおかめシスターズ」名義でソロCD『逢いたくて五反田』を発売している。
  • 映画のテーマ曲「えんとつ町のプペル」は西野自身の作詞作曲。2026年夏には朗読と生演奏で楽しむコンサートが秋田や横浜で開かれた。
  • 2016年にはパインアメ関連の企画で「特命配布主任」に任命されたことがある。
  • 『おはスタ』でキングコングと共演していた山寺宏一は、続編映画のジャパンプレミアで「当時から気さくで明るかった」と振り返った。
  • 2026年7月、日本マクドナルドの「ほんのハッピーセット」に『えんとつ町のプペルをさがせ!』が登場し、AR機能付きのさがし絵絵本として全国の子どもの手に渡った。

外部リンク[編集]

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