| 野田秀樹 Hideki Noda | |
|---|---|
| 誕生日 | 1955年12月20日 |
| 年齢 | 70歳 |
| 出身地 | 長崎県西彼杵郡 |
| 国籍 | 日本 |
| 職業 | 劇作家/演出家/俳優 |
| 肩書 | 東京芸術劇場芸術監督 |
| 活動期間 | 1970年代 - |
| 代表的な実績 | 夢の遊眠社/NODA・MAP/『野獣降臨』で岸田國士戯曲賞 |
概要[編集]
野田秀樹(のだ ひでき、1955年12月20日 - )は、日本の劇作家・演出家・俳優。猛烈なスピードと言葉遊び、舞台を縦横無尽に駆け回る身体性で1980年代の小劇場ブームを牽引した人。劇団「夢の遊眠社」、そしてプロデュース公演「NODA・MAP」を率い、いまや東京芸術劇場の芸術監督として日本演劇界の中心にいる。
夢の遊眠社[編集]
長崎県崎戸町に生まれ、すぐ東京へ。高校時代に処女戯曲を書き、現代国語の教師がその才能を見込んで清水邦夫らに戯曲を送ったというエピソードがある。東京大学に進み、1976年に東大演劇研究会を母体に劇団「夢の遊眠社」を結成。法学部は中退してしまう。1983年『野獣降臨(のけものきたりて)』で岸田國士戯曲賞を受賞。畳みかける言葉遊びと疾走感あふれる舞台で、若者を中心に爆発的な人気を集めた。
NODA・MAPと世界へ[編集]
1987年にはエディンバラ国際芸術祭に夢の遊眠社が招かれるなど海外進出も果たすが、「言葉遊び」中心の作風に限界を感じ、より「物語」を重視する方向へ。1992年に夢の遊眠社を解散し、ロンドン留学を経て、1993年にプロデュースユニット「NODA・MAP」を設立した。『贋作 桜の森の満開の下』『半神』『パンドラの鐘』『THE BEE』など、社会性と寓話性を併せ持つ作品を国内外で発表し続けている。
余談[編集]
- 自作には自ら出演することも多く、軽やかな身のこなしの「役者・野田」も大きな魅力。
- 1989年に右目を失明しながらも第一線で創作を続けており、その旺盛さは衰えを知らない。