| ダイヤモンド映像株式会社 | |
|---|---|
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| 国家 | 日本 |
| 種類 | 株式会社 |
| 業種 | アダルトビデオ製作・販売 |
| 本社所在地 | 東京都目黒区青葉台(ほかに代々木上原にも拠点) |
| 設立日 | 1988年9月 |
| 廃業日 | 1992年11月 |
| 設立者 | 村西とおる |
| 主要子会社 | ダイヤモンド衛星通信、ビックマン、裸の王様、日本ビデオ映画 ほか |
| 関係する人物 | 村西とおる、桜樹ルイ、松坂季実子、卑弥呼、田中露央沙 |
概要[編集]
ダイヤモンド映像(ダイヤモンドえいぞう)とは、1988年から1992年にかけて活動した日本のアダルトビデオメーカーである。クリスタル映像のAV監督だった村西とおるが独立して興した会社で、1989年の松坂季実子のデビューを機に「巨乳」ブームを起こして急成長し、1990年にはグループ全体で業界販売シェアの約15%を占めたとされる。その後、一般向けビデオ映画や衛星放送事業への過大な投資が重荷となり、1992年に巨額の負債を抱えて倒産した。AVバブルの盛衰を象徴する会社として語られ、Netflixドラマ『全裸監督』の題材にもなった。
詳細[編集]
前史:クリスタル映像と村西とおる[編集]
村西とおるは1980年代前半にビニール本の制作・販売に関わった。1984年にわいせつ物頒布容疑で逮捕されたのち、アダルトビデオ制作に転じ、クリスタル映像を中心に監督として作品を発表した。1985年の『恥辱の女』は専門誌の年間選評で1位を獲得し、1986年10月には黒木香のデビュー作『SMぽいの好き』を監督・出演して社会現象的な話題を呼んだ。カメラを自ら担ぐ撮影スタイル、作品タイトルにもなった「ナイスですね」という口癖などで知られるようになったのもこの時期である。なお黒木香はクリスタル映像時代の女優であり、ダイヤモンド映像の所属女優ではない。
1986年12月には、ハワイでの撮影をめぐって旅券法違反の容疑で米当局に逮捕され、半年以上にわたって現地で拘留された。帰国後も村西はクリスタル映像名義で多数の作品を発表したが、1988年に独立を決める。
設立と苦しい船出[編集]
ダイヤモンド映像は、既存のビデオ会社「東郷映像」を買収し、商号を変更する形で1988年9月に設立された。村西は事実上のオーナーであり実質的な経営者だったが、代表取締役には就任していない。本社は東京都目黒区青葉台に置かれ、代々木上原の拠点とあわせて、スタッフや専属女優が共同生活を送る体制を取っていたとされる。
設立直前の1988年、村西はクリスタル映像時代の作品をめぐって児童福祉法違反の容疑で逮捕され、罰金刑を受けた。このため村西本人は一時制作を自粛し、その間に他の監督が撮影した作品は売れ行きが振るわなかった。会社は設立早々に資金難に陥り、倒産寸前の状態だったとも伝えられている。
黄金期:巨乳ブームと専属女優[編集]
状況を一変させたのが、1989年2月に発売された松坂季実子のデビュー作『でっか〜いの、めっけ!』である。短大在学中にスカウトされた松坂は、スタッフの日比野正明やターザン八木らが撮影に立ち会ったデビュー作で大きな反響を呼び、AV業界に「巨乳」ブームを巻き起こした。「巨乳もの」がひとつのジャンルとして認知されたのはこのブーム以降とされ、ダイヤモンド映像は毎月1日を「巨乳の日」として松坂の新作を発売する販売戦略を取った。松坂は1990年夏にAVを引退し、バラエティタレントに転じている。
村西は日比野正明、ターザン八木らクリスタル時代からのスタッフに加え、豊田薫、伊勢鱗太朗、小路谷秀樹、清水大敬といった監督を集めた。ただし同社の作品の多くは村西自身が監督としてクレジットされている。専属女優は10名以上にのぼり、桜樹ルイ、卑弥呼、田中露央沙らトップクラスの女優が在籍した。卑弥呼は1990年にミス日本の東京代表に選ばれた翌月、ダイヤモンド映像からデビューし、芸名は村西の発案とされる。桜樹ルイは1989年に他社でデビューしたのち1990年に移籍し、同社の看板女優として人気を集めた。
最盛期の年商は100億円を超えたとされ、ビックマン、裸の王様、ヴィーナス、ビックワークスといった関連会社・レーベルを次々に設立した。1990年にはダイヤモンドグループ全体でAV業界の販売シェアの約15%を占めたとされる。
多角化:ビデオ映画と衛星放送[編集]
1990年から1992年にかけて、ダイヤモンド映像は「日本ビデオ映画」ブランドで、アダルトではない一般向けのオリジナルビデオ映画の製作に進出した。かとうれいこ、本田美奈子、飯島直子、秋本奈緒美らタレントを起用したが、事業としては成功しなかった。
さらに1990年12月には、衛星放送への参入を目的とした関連会社「ダイヤモンド衛星通信」を設立した。村西は「空からスケベが降ってくる」という言葉を掲げて衛星によるアダルト放送の実現を目指したが、多額の設備投資と放送枠の確保に資金を要し、本業を圧迫した。この事業のために多額の借入を行ったことを、村西は後年のインタビューで語っている。加えて不動産への過剰な投資も重なり、バブル景気の終息とAV市場の不況が経営を直撃した。
この時期には、1989年の坂本堤弁護士一家殺害事件を受けて、村西がオウム真理教を追及するイベントを行ったり、教団を風刺した作品をビックマンから発売したりするなど、話題性のある活動も続けていた。
和議申請と倒産[編集]
業績は1991年半ばから急速に悪化し、同年12月、ダイヤモンド映像は東京地方裁判所に和議を申請した。1992年2月には共同通信が「事実上倒産」と報じ、会社側は「事実無根」とする声明を出したが、再建は難航した。
1992年4月、関連会社のパワースポーツ企画販売を「ダイヤモンド・エンターテイメント」に改称して事業の主軸を移したものの、同年11月に銀行取引停止処分を受けて倒産し、制作・営業拠点は差し押さえられた。これに伴いダイヤモンド・エンターテイメントも活動を停止した。倒産時点の同社の負債は約30億円とされ、関連会社の負債などを含めて村西個人が背負った負債は45億〜50億円ともいわれる。経営破綻の時期に在籍していた卑弥呼が、約3,000万円の出演料を受け取っていないと告白したことも話題となった。
倒産後の村西とおる[編集]
村西は自己破産を選ばず、借金の返済を続けながら活動を再開した。本人の説明によれば、衛星放送事業の資金を借りた際の保証人に迷惑がかかることを避けるためだったという。1994年4月には、アナログCS放送「CS BAAN」で「ダイヤモンドチャンネル」の本放送を開始し、月額制でアダルトビデオを放送したが、受信契約は伸びず1996年夏に放送を終えている。
同じく1994年からはセル専用ビデオの制作に関わり、「帰ってきたハメ撮りの帝王」の触れ込みで監督業に復帰した。その後も販売会社の倒産などを経験しながら活動を続け、2000年代後半からは旧作の販売を中心に活動した。村西は約50億円の借金を2013年に完済したと語っており、その経験をまとめた著書『裸の資本論』も刊行している。2010年代以降はテレビやインターネットなど一般メディアにも登場するようになった。
『全裸監督』での描かれ方[編集]
2016年、本橋信宏による評伝『全裸監督 村西とおる伝』が刊行され、講談社ノンフィクション賞の最終候補となった。同書を原作に、Netflixオリジナルドラマ『全裸監督』が制作され、シーズン1が2019年8月8日、シーズン2が2021年6月24日に配信された。村西役は山田孝之が演じている。
ドラマのシーズン1では、村西が仲間とともに新宿・歌舞伎町で立ち上げる製作会社は「サファイア映像」という架空の名称で描かれる。シーズン2では、村西が独立してスタッフと女優の大半を連れて設立する会社として「ダイヤモンド映像」の名前がそのまま登場し、衛星放送事業への傾倒と、バブル崩壊による資金繰りの悪化から事業が崩壊していく過程が物語の軸となっている。田中露央沙をモデルにした「江戸川ローマ」や、村西の妻となる乃木真梨子をモデルにした人物も登場する。2019年にはドキュメンタリー映画『M/村西とおる狂熱の日々 完全版』も公開された。
年表[編集]
| 年月 | 出来事 |
|---|---|
| 1986年10月 | クリスタル映像で村西とおる監督の黒木香デビュー作が発売され話題に |
| 1988年 | 村西が児童福祉法違反容疑で逮捕され、一時制作を自粛 |
| 1988年9月 | 東郷映像を買収・商号変更し、ダイヤモンド映像を設立 |
| 1989年2月 | 松坂季実子のデビュー作が発売され、巨乳ブームが起こる |
| 1990年 | 卑弥呼がデビュー、桜樹ルイが移籍。グループで業界販売シェア約15%に |
| 1990年〜1992年 | 日本ビデオ映画ブランドで一般向けビデオ映画を製作 |
| 1990年12月 | ダイヤモンド衛星通信を設立 |
| 1991年12月 | 東京地方裁判所に和議を申請 |
| 1992年2月 | 共同通信が「事実上倒産」と報道、会社側は否定 |
| 1992年4月 | パワースポーツ企画販売をダイヤモンド・エンターテイメントに改称 |
| 1992年11月 | 銀行取引停止処分を受けて倒産 |
| 1994年4月 | 村西がCS BAANで「ダイヤモンドチャンネル」を開始(1996年夏に終了) |
| 2013年 | 村西が約50億円の借金を完済したと語る |
| 2019年8月 | Netflix『全裸監督』シーズン1配信 |
| 2021年6月 | Netflix『全裸監督』シーズン2配信、ダイヤモンド映像時代が描かれる |
主な所属女優・監督[編集]
| 区分 | 名前 | 備考 |
|---|---|---|
| 女優 | 松坂季実子 | 1989年デビュー。巨乳ブームの火付け役で、同社躍進の原動力 |
| 女優 | 桜樹ルイ | 1990年に移籍。同社の看板女優の一人 |
| 女優 | 卑弥呼 | 1990年デビュー。ミス日本東京代表から転身 |
| 女優 | 田中露央沙 | 専属女優として1990年〜1992年に多数出演 |
| 監督 | 村西とおる | 実質的経営者。多くの作品で監督としてクレジット |
| 監督 | 日比野正明 | クリスタル時代からのスタッフ |
| 監督 | ターザン八木 | クリスタル時代からのスタッフ |
| 監督 | 豊田薫、伊勢鱗太朗、小路谷秀樹、清水大敬 | 同社に参加した監督 |
余談[編集]
- 前身の「クリスタル映像」と同様、社名には宝石・鉱物の名が使われており、ドラマ『全裸監督』のシーズン1でも村西らの会社は「サファイア映像」という宝石名で描かれている。
- 松坂季実子の新作を毎月1日に「巨乳の日」として発売した手法は、女優個人をブランド化した販売戦略の例として語られることがある。
- 倒産直後の村西は電車賃にも困り、三軒茶屋から四谷まで約3時間歩いたこともあったと後年語っている。
- 1994年に始まった「ダイヤモンドチャンネル」は、社名を冠した衛星放送の夢が会社の倒産後に形を変えて実現したものだったが、短期間で終了した。
- 卑弥呼は引退後の1993年、元ダイヤモンド映像の監督・日比野正明の仲介でクリスタル映像から作品に出演している。