Koji Nishiyama
にしやま こうじ
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イモ欽トリオ結成45周年の舞台について語る西山浩司(2026年8月。撮影:持木克友、出典:デイリースポーツ)
誕生日 1961年1月10日
年齢 65歳
出身地 香川県高松市(出生地は愛媛県上浮穴郡久万町とされる)
国籍 日本
家族 妻・吉内里美(女優、1999年再婚)、娘2人(前妻との間)
身長 160cm
体重 56kg
血液型 A型
学歴 東京都立練馬高等学校 卒業、駒澤大学経営学部 中退
職業 俳優、タレント、歌手
活動期間 1970年代前半(素人出演)、1981年 -
代表的な実績 『欽ドン!良い子悪い子普通の子』ワルオ役、イモ欽トリオ「ハイスクールララバイ」(1981年)、『太陽にほえろ!』太宰準(DJ)役、『スポーツマンNo.1決定戦』総合2位(第4回)
受賞 第14回テレビ大賞 新人賞(1982年度、イモ欽トリオとして)
事務所 フリー(2026年に長年所属した佐藤企画が解散)
関連活動 イモ欽トリオ、西山浩司 WARUO BAND
別名 ワルオ、WARUO
あだ名 ワルオ、にしやまくん
その他 ポッドキャスト「西山浩司のどこまでワルオなの!?」(2022年6月 -)
リンク WARUO 西山浩司 Official site


概要[編集]

西山浩司(にしやま こうじ)とは、香川県高松市出身の日本の俳優・タレント・歌手である。1961年1月10日生まれ。1981年に萩本欽一の『欽ドン!良い子悪い子普通の子』で「ワルオ」を演じ、イモ欽トリオの「ハイスクールララバイ」で一世を風靡した。その後は刑事ドラマや時代劇で俳優として活躍し、現在は「WARUO」名義の音楽活動とイモ欽トリオのライブを両輪に活動している。

詳細[編集]

欽ちゃんに会いたくて13歳でテレビへ[編集]

父親が電力会社勤めで転勤が多く、子どもの頃は各地を転々としたという。生まれは愛媛県の山あいの町、育ちは高松……と、本人のルーツはがっつり四国である。

芸能界との接点は驚くほど早い。中学1年のとき、「欽ちゃんに会いたい」という一心で日本テレビの『スター誕生!』に応募し、名物コーナー「欽ちゃんと遊ぼうコーナー」で5週連続チャンピオンに輝いた。中学時代からテレビに出ていたため、学校では女子に「キャーキャー」言われていたと本人は振り返っている。いわば「元祖・素人番組キッズ」で、のちのワルオ抜擢はこの時点で半分決まっていたようなものだった。

萩本家での「共同生活」[編集]

高校1年のとき、父の転勤で家族は愛媛県松山市へ移ったが、西山は叔父の家に居候して東京に残った。そして高校2年で萩本欽一に弟子入り。萩本の家で、萩本番組の台本を書いていた構成作家集団「パジャマ党」のメンバーらと共同生活を送り、正式に「欽ちゃんファミリー」の一員となった。

ちなみに高校時代はバドミントン部を同級生と一緒に立ち上げている。その同級生というのが、のちに政治家となる長妻昭だというから、なかなか濃いメンツの部活である。

ワルオ誕生[編集]

1981年4月、フジテレビで『欽ドン!良い子悪い子普通の子』がスタート。西山は「悪い子」担当のワルオを演じ、ヨシオ役の山口良一、フツオ役の長江健次とともに番組の看板となった。番組は1983年まで続き、ワルオはお茶の間の人気者になった。

山口良一はオーディションの後、階段の踊り場で西山が振り返り、まだ合否も聞いていないのに握手してきて「一緒にやろう」という雰囲気を出したことを「これが芸能人か」と強烈に覚えているという。ただし当の西山はこの握手をまったく覚えていないと笑っている。

経歴[編集]

「二度とやりたくない番組ナンバーワン」[編集]

大人気番組の裏側はかなりハードだった。2025年のインタビューで西山は『欽ドン!』を「二度とやりたくない番組ナンバーワン」と言い切っている。収録日は昼12時に入り、夕方6時ごろまでリハーサル、食事をはさんで本番。終わったら萩本からダメ出しがあり、深夜0時ごろには翌週分のセットでまたリハーサル……という日もあったという。

さらに「このネタを外したら番組が潰れる」というプレッシャーを毎週抱え、本番のたびに落ち込むことの繰り返しだったそうだ。ちなみに西山の見立てでは、3人の中で番組をいちばん楽しんでいたのは山口だったという。

アイドル級の人気[編集]

当時20歳の西山は、同じトリオの最年少・長江から見ると「東京で会うスター」であり、お酒も飲める遊び人の兄貴分に見えていたらしい。本人は「そんなに遊んでない」と否定している。

とはいえ人気はまさにアイドル級。木造アパートの2階で一人暮らしをしていた頃は、日曜になると部屋の下に女の子がたくさん集まり、近くの電柱は「ワルオ命」の落書きで真っ黒になったという。部屋の外に置いた洗濯機には毎日プレゼントが入れられ、手編みのマフラーやベストも多かった。西山はそれを実際に使っていたそうで、ファンレターに電話番号が書いてあれば電話して「受け取ったよ!」と伝え、受話器の向こうで女の子が叫んでいたというから、なかなかのファンサービスである。

太陽にほえろ!の「DJ」[編集]

欽ドン後は俳優としての活動が本格化する。1985年の『ただいま絶好調!』(テレビ朝日)、『熱血100%刑事!』(フジテレビ)などを経て、1986年には日本テレビの国民的刑事ドラマ『太陽にほえろ!』に、太宰準刑事、通称「DJ」役で加わった。

ところが番組自体が終了してしまい、本編での出演はわずか3カ月ほど。それでも後番組の『太陽にほえろ! PART2』『ジャングル』に続けて起用されており、制作側からの評価は高かったようだ。2022年には放送開始50周年を機に、番組の大ファンだという箱根のホテルのオーナーの呼びかけで歴代「デカ」役8人が集まる同窓会が開かれ、竜雷太、小野寺昭、勝野洋らと再会したことをポッドキャストで語っている。

時代劇・2時間ドラマの常連へ[編集]

1980年代後半から90年代にかけては、時代劇と2時間ドラマが主戦場になった。『名奉行 遠山の金さん』には役を変えて5回も登場し、『三匹が斬る!』シリーズ、『八百八町夢日記』、『半七捕物帳』、『暴れん坊将軍』、『銭形平次』などに出演。NHKの『まんが道 青春編』(1987年)では永田竹丸役を演じており、同作で才野茂を演じた長江とは欽ドン以来の「共演」となった。

2000年代以降も『火曜サスペンス劇場』の検事霧島三郎シリーズ、『浅見光彦シリーズ』、仮面ライダーシリーズの『仮面ライダーオーズ/OOO』(2011年、ブロンズ金融社長役)、『警視庁捜査一課9係 season8』(2013年)、『嫌われ監察官 音無一六』(2016年、テレビ東京)などに顔を出している。映画では『We Love Television?』(2017年)、『カスリコ』(2019年)に出演した。

40代からの「役者としての辛さ」[編集]

一方で、本人は2022年の取材で「40代から仕事が減った」と率直に打ち明けている。本当はいちばんやりたいのは役者なのに、なかなか起用されない辛さを抱えていたという。

その時期を支えたのが、妻で女優の吉内里美が東京・代々木上原で営んでいた18席の小料理店だった。東日本大震災で客足が落ち、雇っていた料理人が独立したのをきっかけに西山が手伝い始め、2022年5月にビルの建て替えで閉店するまでほぼ毎日ホールに立っていた。本人は「毎日の役割ができた」「人と話すことが自然な訓練になった」とその経験を前向きにとらえている。

「不惑のスプリンター」[編集]

スポーツマンNo.1決定戦の常連[編集]

西山を語るうえで外せないのが運動神経である。デビュー当初から芸能人運動会などで活躍していたが、とくに知られているのがTBSの『最強の男は誰だ!壮絶筋肉バトル!!スポーツマンNo.1決定戦』。初出場の第4回大会(1998年)でいきなり総合2位に入り、以後計7回出場する常連となった。

40歳を過ぎても現役アスリートや若手芸能人と互角に渡り合う姿から、ついたあだ名は「不惑のスプリンター」。身長160cmと小柄ながら、まさに「ワルオ、走る」である。

名勝負の数々[編集]

得意種目は砂浜で旗を奪い合うビーチフラッグス。決勝には4度進出したものの、種目別1位にはあと一歩届かなかった。第8回大会では準決勝で左肩を脱臼して決勝を棄権する悔しい思いも味わっている。

それでも第9回大会では跳び箱種目「モンスターボックス」で自己新の17段を成功。最後の出場となった第11回大会(2003年)でもビーチフラッグスで決勝に進み、総合7位に入った。42歳での出場である。

イモ欽トリオとしての活動[編集]

イモ欽トリオは、番組のキャラクターだったヨシオ・ワルオ・フツオの3人によるユニット。グループ全体の詳細は個別記事に譲り、ここでは西山に関わる部分を中心にまとめる。

「ハイスクールララバイ」の舞台裏[編集]

1981年のデビュー曲「ハイスクールララバイ」は、作詞・松本隆、作曲・細野晴臣。テクノポップを取り入れたサウンドで、売上は約150万枚とされる大ヒットとなった。

西山によると、レコード発売は突然決まり、レコーディング自体も初体験で「こんな感じなのか」という感想だったという。あの印象的な振り付けは、歌入れの待ち時間に西山と山口がふざけて遊んでいた動きがもとになったというから、まさに偶然の産物である。ジャケット写真も『欽ドン!』のセットの前で撮影された。イモ欽トリオとしては1982年度の第14回テレビ大賞新人賞を受賞している。

フツオの離脱と、その後[編集]

1982年、長江が大学受験を理由に番組とトリオを離れた。西山はこのときのことを「ドライかもしれないけど、受け入れるしかなかった」と振り返っている。

年齢の近い長江とは当時ぶつかりそうになることもあり、最年長の山口が「長男」として間に入ってなだめていたという。西山は2018年の取材で、それが自然とバランスのいいトリオになっていると語った。

再結成と「今が一番いい関係」[編集]

3人がそろったのは2014年、長江の生誕50周年ライブがきっかけ。2015年には松本隆の作詞家活動45周年記念コンサートにも出演した。2018年1月には神戸市のライブハウス「チキンジョージ」で、唯一のアルバム『ポテトボーイズNo.1』(1981年)を初めて丸ごと再現するライブを行い、西山は「やっぱりいいアルバムだな」としみじみ語っている。当時はアルバムを引っさげたツアーがなかったため、36年越しの実現だった。

2022年夏の初の全国ツアーは、実は西山の発案。全国10カ所のライブハウスがほぼ完売し、本人も客の多さに驚いたという。同年の取材では「僕ら3人の仲は今が一番いい関係ですよ」と話している。2024年には長江の還暦記念公演「更地にイモ欽Special」(神戸チキンジョージ)で、十数本のオムニバスコントに出演した。

音楽活動[編集]

ソロとWARUO BAND[編集]

ソロでは1985年7月21日にアルバム『RUSH』を発表。長いブランクを経て、2012年に自身のバンド「西山浩司 WARUO BAND」を結成し、ボーカルとしてライブハウスで活動している。2022年10月には東京・築地のライブハウスでバンドのライブを行った。

近年は「WARUO」名義でオリジナル曲も配信しており、「生きてくって」「流れ星」の2曲はカラオケでも歌えるようになっている。公式サイトでも、ミュージシャン「WARUO」としての活動が前面に打ち出されている。

ポッドキャスト[編集]

小料理店の閉店翌月の2022年6月から、ポッドキャスト「西山浩司のどこまでワルオなの!?」を毎週配信している。タイトルは萩本の名番組『欽ちゃんのどこまでやるの!』へのオマージュと思われる。太陽にほえろ!の同窓会の話など、昭和芸能の生き証人ならではのエピソードが聞ける場になっている。

最新動向[編集]

事務所解散で人生初のフリーに[編集]

2026年、30年以上所属してきた事務所・佐藤企画が解散し、西山は人生で初めてフリーになった。同じ年、山口が所属していた劇団・東京ヴォードヴィルショーも解散しており、トリオは図らずも「3人ともほぼフリー」という状態に。西山は「時代の流れとしかとらえていないし、このタイミングで終わりが来たというだけ」「新しいスタートみたいな感覚」と冷静かつ前向きに受け止めている。

45周年ツアーと「イモ欽ドッグ」[編集]

2026年はイモ欽トリオ結成とハイスクールララバイの大ヒットから45周年。長江のプロデュースで7月から全国ツアーが行われ、各地で大歓迎を受けたと報じられた。

ツアー中の7月7日には、札幌駅のホームでハウンドドッグの八島順一、鮫島秀樹と偶然遭遇。西山はInstagramに5人の写真を載せ、即席ユニット名「イモ欽ドッグ」を添えて投稿した。八島とは「つい先日飲んだばかり!!」だったそうで、ファンからは「昭和を代表する二組」「ステージでも共演を」と反響が寄せられた。

舞台・テレビ・そして傘寿ツアー?[編集]

9月1日にはNHK総合『うたコン』に3人で出演。9月9日から16日には東京・下北沢の小劇場B1で、大森カンパニープロデュースの「更地にイモ欽そして歌~更地23~」に出演した。長江は「うまくいけば紅白出られるように」と年末のNHK紅白歌合戦出場を目標に掲げている。

西山は「今が一番関係性も良くて、毎年やりたいぐらい楽しい」と語り、さらに最年長の山口に向けて「傘寿ツアーをできたらいいよね、山さん」と、80歳での全国ツアーにまで意欲を見せた。

公式サイトによると、10月24日には青森県八戸市でイモ欽トリオのディナーショー、12月19日・20日にクリスマスライブ、2027年1月31日・2月1日には神戸チキンジョージでのライブが予定されている。俳優としては、2027年1月上演の舞台『シーボルト父子伝~外伝~ 緋髪の大和撫子』に大村益次郎役で出演する予定。

人物[編集]

家族[編集]

25歳で一般女性と結婚し2人の娘をもうけたが、1997年に離婚。1999年に舞台共演をきっかけに知り合った女優の吉内里美(旧芸名・西宮香織)と再婚した。夫婦でテレビ東京の『レディス4』に出演したこともある。

ネタを練る職人肌[編集]

長江によると、西山はトリオの中で「ネタを練って決めごとをするのが好きなタイプ」。ライブ全体はゆるい雰囲気でも、要所はきっちり固めたいのが西山流のようだ。欽ドン時代の「外したら番組が潰れる」という緊張感が、今も体に残っているのかもしれない。

主な出演作[編集]

テレビドラマ[編集]

  • 『ちゃーんと考えてみてネ!!』(1980年~1981年、日本テレビ)
  • 『はまなすの花が咲いたら』(1981年~1982年、TBS)
  • 『あんちゃん』(1982年~1983年、日本テレビ)
  • 『ただいま絶好調!』(1985年、テレビ朝日)- 若原剛志 役
  • 『熱血100%刑事!』(1985年、フジテレビ)- 西刑事 役
  • 『太陽にほえろ!』(1986年、日本テレビ)- 太宰準(DJ) 役
  • 『太陽にほえろ! PART2』(1986年~1987年、日本テレビ)- 太宰準 役
  • 『ジャングル』『NEWジャングル』(1987年~1988年、日本テレビ)- 九条有希 役
  • 『まんが道 青春編』(1987年、NHK)- 永田竹丸 役
  • 『隠密・奥の細道』(1988年~1989年、テレビ東京)- 河合曽良 役
  • 『名奉行 遠山の金さん』(1989年~1998年、テレビ朝日)- 複数の役で計5回出演
  • 『続続・三匹が斬る!』(1990年)、『また又・三匹が斬る!』(1991年)
  • 『八百八町夢日記』(1990年~1991年)
  • 『銭形平次』(1991年、フジテレビ)
  • 『半七捕物帳』(1992年~1993年、日本テレビ)- 庄太 役
  • 『暴れん坊将軍』(1995年)- 末吉 役
  • 『火曜サスペンス劇場』検事霧島三郎シリーズ(1996年~1999年、日本テレビ)
  • 『浅見光彦シリーズ 鐘』(2010年、フジテレビ)- 大原刑事 役
  • 『仮面ライダーオーズ/OOO』(2011年、テレビ朝日)- ブロンズ金融社長 役
  • 『警視庁捜査一課9係 season8』(2013年、テレビ朝日)- 脇谷武俊 役
  • 『嫌われ監察官 音無一六』(2016年、テレビ東京)- 水守義昭 役

バラエティ[編集]

  • 『スター誕生!』「欽ちゃんと遊ぼうコーナー」(日本テレビ)
  • 『欽ドン!良い子悪い子普通の子』(1981年~1983年、フジテレビ)- ワルオ
  • 『とんねるずの生でダラダラいかせて!!』(日本テレビ)
  • 『最強の男は誰だ!壮絶筋肉バトル!!スポーツマンNo.1決定戦』(1998年~2003年、TBS)
  • 『埼玉ドライブナビゲーション』(2004年~2007年、テレビ埼玉)
  • 『秘密のケンミンSHOW』(2007年、読売テレビ)
  • 『レディス4』(2010年、テレビ東京)- 妻・吉内里美と出演
  • 『クイズ!脳ベルSHOW』(BSフジ)- 週間チャンピオン
  • 『うたコン』(2026年、NHK総合)- イモ欽トリオとして出演

映画・舞台[編集]

  • 舞台『ほめんな ほれんな とめんな』(2014年)
  • 映画『We Love Television?』(2017年)
  • 映画『カスリコ』(2019年)
  • 舞台『九人の乙女~氷雪の門』(2022年頃、客演)
  • 舞台『更地にイモ欽Special』(2024年、神戸チキンジョージ)
  • 舞台『更地にイモ欽そして歌~更地23~』(2026年、下北沢 小劇場B1)
  • 舞台『シーボルト父子伝~外伝~ 緋髪の大和撫子』(2027年1月予定)- 大村益次郎 役

音楽[編集]

  • 「ハイスクールララバイ」(1981年、イモ欽トリオ)
  • 『ポテトボーイズNo.1』(1981年、イモ欽トリオ唯一のアルバム)
  • 『RUSH』(1985年、ソロアルバム)
  • 「生きてくって」「流れ星」(WARUO名義)
  • 『SNACK KYOKO』(2025年、イモ欽トリオ)

炎上とバズ[編集]

「イモ欽ドッグ」がバズる[編集]

2026年7月、札幌駅でハウンドドッグのメンバーと撮った写真に「イモ欽ドッグ」と名付けたInstagram投稿がスポーツ紙のネットニュースで記事化され、昭和世代を中心に話題になった。大きな炎上騒動は報じられておらず、どちらかといえば「近況がうれしいニュースになるタイプ」の人である。

「二度とやりたくない」発言[編集]

2025年の『週刊女性』のインタビューで、自身の出世作である『欽ドン!』を「二度とやりたくない番組ナンバーワン」と言い切ったことも反響を呼んだ。ただしこれは番組を否定したものではなく、毎週のプレッシャーと長時間収録の過酷さを笑い交じりに語ったもの。萩本への感謝は別の場面でも繰り返し口にしている。

余談[編集]

  • 高校時代にバドミントン部を一緒に立ち上げた同級生は、のちの政治家・長妻昭である。
  • 「ハイスクールララバイ」の振り付けは、レコーディングの待ち時間に西山と山口が遊んでいた動きがもとになったとされる。
  • 欽ドンの合格直後、まだ結果を知らない山口と握手して「一緒にやろう」という空気を出したのに、本人はまったく覚えていない。
  • 2022年の初の全国ツアーを言い出したのは西山。「こんなに来てくれるとは」と自分で驚いたという。
  • 小料理店ではホール担当。「人と話すことが自然な訓練になった」と、役者の仕事にもプラスになったと考えている。
  • ポッドキャストのタイトル「どこまでワルオなの!?」は、師匠の番組名をもじったものと見られ、欽ちゃんファミリーらしいネーミングである。

外部リンク[編集]

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