荒川修作

荒川 修作
Arakawa Shūsaku
ファイル:荒川修作.jpg
誕生日 1936年7月6日
死亡日 2010年5月19日
死亡年齢 73歳
出身地 愛知県名古屋市
国籍 日本
居住地 アメリカ・ニューヨーク
家族 マドリン・ギンズ(妻・協働者)
職業 美術家
活動期間 1957年 - 2010年
代表的な実績 養老天命反転地、三鷹天命反転住宅、《意味のメカニズム》


概要[編集]

荒川修作(あらかわ しゅうさく、1936年7月6日 - 2010年5月19日)は、愛知県名古屋市出身の美術家。「人は死なない」と本気で宣言し、天命反転——人間に定められた「死」という運命をひっくり返す——という途方もないテーマに生涯を捧げたぶっ飛んだアーティストである。岐阜の養老天命反転地や、実際に人が住める三鷹天命反転住宅など、「死なないための環境」を建築としてつくってしまったことで知られる。

ネオ・ダダから渡米へ[編集]

1957年(昭和32年)の読売アンデパンダン展でデビューし、赤瀬川原平らと前衛グループ「ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズ」に参加(ただし早々に脱退)。この頃の読売アンデパンダンは高松次郎中西夏之ら後の前衛作家が腕を競った戦場だった。1961年(昭和36年)、荒川は活動の場をニューヨークに移し、現代美術の聖地で勝負することを選ぶ。ダダの巨匠マルセル・デュシャンとも交流し、図式(ダイアグラム)を用いた絵画へと向かっていった。

意味のメカニズム[編集]

ニューヨークで出会った詩人マドリン・ギンズは、生涯の協働者にして伴侶となった。二人は1963年から、人間の知覚や「意味」が立ち上がる仕組みを徹底的に探る思考実験『意味のメカニズム』に取り組み、世界的な評価を確立する。絵画やドローイングの枠を超え、「身体」と「環境」が世界をどう構築するのかという哲学的な問いへ、作品はどんどん拡張していった。

天命反転[編集]

やがて二人は、傾いた床・ぐにゃぐにゃの地形・極彩色の空間といった「身体を揺さぶる環境」をつくることで、人間の感覚を覚醒させ、ひいては死をも乗り越えられると考えるようになる。1995年(平成7年)、岐阜県養老町に体験型の養老天命反転地がオープン。2005年(平成17年)には、東京都三鷹市に実際に居住できる集合住宅三鷹天命反転住宅 ~In Memory of Helen Keller~を完成させた。「死なない家」として今もファンが訪れる名所になっている。

余談[編集]

  • 「人は死なない」と公言していた荒川自身は2010年にニューヨークで死去したが、その思想は妻マドリン・ギンズや studies の研究者たちに受け継がれている。
  • 養老天命反転地は「歩くだけで方向感覚が狂う」と評判の、体験型アートのレジェンド的スポット。
  • 前衛美術から建築・哲学まで横断したスケールの大きさで、横尾忠則ら同時代の表現者とも響き合う存在だった。

関連項目[編集]