灘本唯人

灘本唯人
Tadahito Nadamoto
本名 灘本整(ただし)
誕生日 1926年2月12日
死亡日 2016年7月19日
死亡年齢 90歳
出身地 兵庫県神戸市
国籍 日本
職業 イラストレーター
肩書 東京イラストレーターズ・ソサエティ初代会長
活動期間 1956年 - 2016年
代表的な実績 東京イラストレーターズ・クラブ結成/TIS初代会長


概要[編集]

灘本唯人(なだもと ただひと、1926年2月12日 - 2016年7月19日)は、日本のイラストレーター。本名は灘本整(ただし)。戦後日本のイラストレーション界を牽引した重鎮で、宇野亞喜良山口はるみ横尾忠則和田誠らと「東京イラストレーターズ・クラブ」を結成した一人。後年は業界団体TISの初代会長を務めるなど、若手の育成にも力を尽くした人である。

神戸から大阪へ[編集]

神戸市葺合区三宮の生まれで、生家は銭湯を経営。8人兄弟の末っ子だった。太平洋戦争末期には海軍飛行予科練習生として鹿児島の鹿屋航空基地で土を掘っていたという。戦後の1956年から山陽電鉄宣伝部に嘱託として勤務し、宣伝ポスターを描きながら兵庫県宣伝美術展や日本宣伝美術会の公募に応募を始めた。このころ、まだ無名だった横尾忠則の才能にいち早く注目し、神戸新聞社のデザイナーとして推薦・入社させたというのは、有名なエピソードである。後の巨匠を世に出した目利きでもあった。

東京イラストレーターズ・クラブ[編集]

1961年に大阪の早川良雄デザイン事務所に入る。すでに高島屋宣伝部への入社が内定していたのを、早川が責任者に直談判して「譲り受けた」という逸話が残る。1964年、宇野亞喜良山口はるみ横尾忠則和田誠らとともに東京イラストレーターズ・クラブを結成(1970年解散)。1967年に独立して上京し、第一線のイラストレーターとして活躍した。1988年には東京イラストレーターズ・ソサエティ(TIS)を結成し、翌1989年に初代会長へ就任。

余談[編集]

  • 1979年に講談社出版文化賞、1981年にニューヨーク・ジャパン・グラフィックデザイン大賞を受賞。1993年に紫綬褒章、2003年に勲四等旭日小綬章を受章している。
  • 2016年7月19日、心不全により90歳で死去した。

関連項目[編集]