| 山口はるみ Harumi Yamaguchi | |
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| ファイル:山口はるみ.jpg | |
| 出身地 | 島根県松江市 |
| 国籍 | 日本 |
| 学歴 | 東京芸術大学油画科 |
| 職業 | イラストレーター |
| 活動期間 | 1960年代 - |
| 代表的な実績 | パルコの広告イラスト、エアブラシによる「はるみギャルズ」 |
| あだ名 | はるみギャルズの生みの親 |
概要[編集]
山口はるみ(やまぐち はるみ)は、日本のイラストレーター。1970年代からエアブラシを駆使して描いた、つやめく欧米人風の女性像──通称「はるみギャルズ」で一世を風靡したらしい。
写真と見まごうほどリアルで、それでいてどこか夢の中のように官能的。1970〜80年代のパルコ広告を彩ったあのイメージは、まさに時代の空気そのものだった。日本でスーパーリアルイラストレーションを切り拓いた第一人者として、今も再評価が続いている。
松江から東京芸大へ[編集]
6人きょうだいの末っ子として島根県松江市に生まれる。父は島根大学で地学を教えていた学者だったという。上京して東京芸術大学の油画科を卒業し、西武百貨店の宣伝部に入社する。
ところが「正社員になって制服を着るとアイデアが全部飛んでしまう」と上司に談判し、嘱託として勤務したというのだから、最初から型にはまらない人だった。その後ヴィジュアル・コミュニケーション・センターを経て、1967年にフリーランスとなる。
東京イラストレーターズ・クラブ[編集]
1964年、山口は灘本唯人、宇野亞喜良、和田誠、横尾忠則らとともに「東京イラストレーターズ・クラブ」を結成した(1970年解散)。後に日本のイラストレーション/グラフィックを代表することになる才能たちが、若き日に肩を並べていたわけで、紅一点として渡り合った山口の存在感がうかがえる。
同時代のグラフィックデザイン界では亀倉雄策や粟津潔が大きな仕事を残しており、山口はそのイラストレーション版の旗手といえる立ち位置だった。
パルコと「はるみギャルズ」[編集]
山口の名を決定づけたのが、1969年の池袋パルコ1号店オープンと同時に始まったパルコ広告の仕事である(1997年まで担当)。コピーライターの小池一子、アートディレクターの石岡瑛子らと組み、「自立した、凜とした女性」のイメージを次々に打ち出した。
エアブラシで描かれた彼女の女性像は、誰かに見られるための女ではなく、自分の意志で世界を見据える女。広告でありながら時代の女性観そのものを更新していった、というのがすごいところ。1985年頃からはエアブラシ表現を離れ、20世紀を自由に生きた女性たちを毎回タッチを変えて描く「のように」シリーズへと展開していった。
余談[編集]
- 「制服を着るとアイデアが飛ぶ」という理由で嘱託勤務を選んだエピソードは、彼女の作風そのものを物語っているよう。
- 作品集『Harumi Gals』の監修を横尾忠則が手がけるなど、クラブ仲間との縁は長く続いた。