宇野亞喜良

宇野亞喜良
Aquirax Uno
誕生日 1934年3月13日
年齢 92歳
出身地 愛知県名古屋市
国籍 日本
学歴 名古屋市立工芸高等学校図案科卒
職業 挿絵画家、グラフィックデザイナー
活動期間 1953年 -
代表的な実績 寺山修司「天井桟敷」の宣伝美術
受賞 紫綬褒章、旭日小綬章ほか


概要[編集]

宇野亞喜良(うの あきら、1934年3月13日 - )は、日本の挿絵画家・グラフィックデザイナー。耽美的で幻想的な美少女・美青年の線描で知られ、寺山修司の劇団「天井桟敷」の宣伝美術を手がけたことでアングラ文化の象徴的存在となった。「アキラックス(Aquirax)」の署名でも知られる。

横尾忠則和田誠らと同世代を代表するイラストレーターで、90歳を超えてなお現役という驚異的な仕事人でもある。ペン一本で官能と詩情を立ち上げる画風は「宇野亜喜良スタイル」として一時代を築いた。

生い立ち[編集]

名古屋市に生まれる。室内装飾業を営む父の影響で幼いころから絵を描き、画家の宮脇晴に師事した。名古屋市立工芸高校図案科を卒業後、1953年に第3回日宣美に入選してデビュー。1955年の興和新薬のデザインコンテストでは、のちの盟友和田誠同時に1等を獲得している。

カルピス食品工業の宣伝部を経て、1960年に亀倉雄策らが設立した日本デザインセンターに入社した。

イラストレーターの黎明[編集]

1964年、原田維夫・横尾忠則とデザイン事務所「スタジオ・イルフィル」を結成(翌年解散)。1965年には横尾忠則和田誠・山口はるみ・灘本唯人ら同世代のイラストレーターとともに「東京イラストレーターズ・クラブ」を設立した。「商業デザイナー」とは一線を画す表現者としての「イラストレーター」像を、この世代が日本に定着させていった。

天井桟敷とアングラ文化[編集]

宇野の名を決定づけたのが、寺山修司が主宰したアングラ演劇の拠点「天井桟敷」のポスター群である。横尾忠則とともに手がけた極彩色のポスターは、1960〜70年代のサブカルチャーを象徴するアイコンとなった。1970年代には眉を剃り落とすスタイルが「宇野亜喜良スタイル」と呼ばれ流行したという。

評価[編集]

1982年に講談社出版文化賞さしえ賞、1992年に赤い鳥さし絵賞を受賞。1999年に紫綬褒章、2010年に旭日小綬章を受章した。絵本・舞台美術・キュレーション・芸術監督など、活動の幅は広がり続けている。新宿梁山泊や結城座の舞台美術など、90歳を過ぎても新作に挑む姿勢が話題を呼んでいるらしい。

余談[編集]

盟友和田誠横尾忠則と並べて語られることが多いが、和田の軽妙、横尾の過剰に対し、宇野の世界はどこまでも甘美で退廃的だと評される。少女と薔薇、猫と仮面――その図像の数々は、いまも多くのファッションやデザインに引用され続けている。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]