成田克彦

成田 克彦
Narita Katsuhiko
ファイル:成田克彦.jpg
誕生日 1944年
出身地 日本
国籍 日本
職業 現代美術家
活動期間 1960年代 - 1992年
代表的な実績 もの派の代表作《SUMI》


概要[編集]

成田克彦(なりた かつひこ、1944年 - 1992年)は、日本の現代美術家。1960年代末から70年代にかけて日本の前衛美術を席巻した「もの派」の中心メンバーのひとりである。

木を炭に焼いた作品《SUMI》で知られ、素材そのものの存在やその「変化」を静かに提示してみせた。多摩美術大学の斎藤義重の教室から巣立った世代の作家で、関根伸夫菅木志雄らと並ぶもの派の一翼を担った。

斎藤義重教室ともの派[編集]

多摩美術大学で斎藤義重に学んだ。絵画と彫刻の垣根を取り払う実験を続けた斎藤の「斎藤義重教室」からは、関根伸夫吉田克朗小清水漸菅木志雄ら、のちに「もの派」と呼ばれる作家たちが続々と現れた。成田もそのひとりである。

もの派とは、木・石・鉄・土・紙といった「もの」を、できるだけ手を加えずにそのまま空間に置くことで、ものと場所の関係そのものを作品にしようとした動きのこと。西洋的な「作る」彫刻への根本的な問い直しだった。

SUMI[編集]

成田の代表作が、1969年に発表された《SUMI》である。これは木材を炭になるまで焼いたもの。ここで問題にされたのは「炭をつくるための材料としての木」ではなく、木が炭へと質的に変化したことそのものだった。同じ素材が別のものへ移り変わるその瞬間を、静かに差し出してみせた作品である。

黒く炭化した木の塊が放つ独特の存在感は、もの派の思想を端的に体現するものとして高く評価された。

余談[編集]

  • 「SUMI」は文字どおり日本語の「炭」。素材の名前がそのまま作品名になっているところに、もの派の「ものをものとして見せる」姿勢がよく表れている。
  • もの派の作家たちの多くが長く活動を続けたのに対し、成田は比較的早くに世を去ったため、その作品はいまや希少なものとなっている。

関連項目[編集]