| 画像 | ![]() 2025年7月、6年ぶりに3人そろってイベントに出演した安田大サーカス(出典:東京スポーツ) |
|---|---|
| 読み | やすだだいサーカス |
| 種別 | お笑いトリオ |
| 結成 | 2001年 |
| 事務所 | 松竹芸能 |
| メンバー | 団長安田(ツッコミ・リーダー・ネタ作り、中央) クロちゃん(大ボケ、右) HIRO(小ボケ、左) |
| 芸風 | ショートコント、短い漫才 |
| 名付け親 | ますだおかだ(岡田圭右・増田英彦) |
| 主な受賞 | 第22回今宮戎新人漫才コンクール 奨励賞・こども大賞(2001年) 第25回ABCお笑い新人グランプリ 審査員特別賞(2004年) 第41回上方漫才大賞 奨励賞(2006年) |
| 主な賞レース | M-1グランプリ 準決勝進出(2003年〜2005年) |
| 関連 | 豆柴の大群、水曜日のダウンタウン |
| 公式 | 松竹芸能 公式プロフィール |
概要[編集]
安田大サーカス(やすだだいサーカス)とは、松竹芸能に所属する日本のお笑いトリオである。2001年に元コンビ芸人の団長安田、アイドル志望だったクロちゃん、元大相撲力士のHIROの3人で結成。小柄なツッコミが巨漢のボケ2人を操る強烈なビジュアルと「ラッセーラー」の登場で2000年代半ばにブレイクし、現在はクロちゃんのドッキリ企画、団長の自転車・トライアスロン、HIROの和歌山ローカル活動と、三者三様の道で生き残っている。
詳細[編集]
「寄せ集め」から始まったトリオ[編集]
安田大サーカスは、もともと芸人同士が意気投合して組んだグループではない。前のコンビ「安田と竹内」を解散した団長安田が新しい相方を探していた際、事務所に「次は背が高くてイケメンな人を」とリクエストしたところ、マネージャーが連れてきたのが、松竹芸能のアイドル部門を目指していたクロちゃんと、話し方教室感覚で事務所に通っていた元力士のHIROだった。マネージャーいわく2人は「見ようによってはイケメン」だったという。
当時、クロちゃんは「アイドルユニットを組める」と言われて、HIROは「ハンバーグをごちそうする」と誘われて加入したと団長は振り返っている。2人ともお笑いの経験はまったくなく、団長がネタを書いてノートで暗記させ、本番では団長に背中を叩かれた順にセリフを言う、という方式でスタートした。トリオというより「団長と、団長に操縦される2人」という構図は、結成時の実情そのものだったわけである。
名前の由来[編集]
トリオ名は先輩のますだおかだによるもの。社内ライブで岡田圭右が「安田サーカス」と言い、増田英彦が「大サーカスや!」と「大」を足して現在の名前になった。元ネタは老舗の「木下大サーカス」とされる。クロちゃんの芸名も、結成前の「ジューシーハンバーグ」から増田が改名させたもので、ますだおかだはこのトリオにとって名付け親的な存在である。
「仲良くない」けど喋り続ける3人[編集]
団長は2021年のインタビューで、3人は幼なじみコンビのような共通の歴史がなく、もともと気の合う仲ではなかったと語っている。そのため結成当初から「仲良くしてくれ」と頼み、ネタがあろうがなかろうが週2回のミーティングを欠かさず、ギャラも3等分にするなど、リーダーとして関係づくりに腐心した。売れない時期には他の2人の家族から反対され、団長が直接親と話しに行ったこともあるという。
一方で、ブレイク後はそれぞれのピン仕事が増え、3人がそろう機会は年々減少。2020年代にはクロちゃんが自身のInstagramで「3カ月ぶり」の集合写真を上げるだけでニュースになるほどになった。2025年7月には東京都内のイベント「GGGP(ガンダムゲームグランプリ)」に6年ぶりに3人そろってイベント出演し、団長が「ガンダムは世代ドンピシャ」とコメントしたことが報じられている。
経歴[編集]
結成前夜(1990年代)[編集]
団長安田は兵庫県西宮市の甲子園口周辺で育ち、中学卒業後はサッカーのスポーツ推薦で鳥取県の高校へ進学、寮生活を送った。高校2年頃から芸人志望を口にし始め、卒業後は建築関係やイベントスタッフとして働く。1995年の阪神・淡路大震災で小学校時代の友人を亡くしたことが決定打となり、松竹芸能の養成所に入った。亡くなった同級生は生前「お笑い芸人になれよ」と言っていたといい、2004年にABCお笑い新人グランプリで審査員特別賞を取った際には、真っ先にその報告に行ったという。
養成所時代には幼稚園からの幼なじみと「安田と竹内」を結成。フジテレビの『三菱電機チャレンジワールド トロイの木馬』のオーディションに合格し、アラスカから南米の端まで飛行機以外で移動する「アメリカ大陸縦断早押しウルトラクイズ」に挑んだ。旅の途中ではボリビアで警察に拘束されたり、ラスベガスで強盗に銃を突きつけられたりと散々な目に遭ったが、帰国してもまったく話題にならず、アルバイト生活に逆戻り。その後コンビは解散し、ここから安田大サーカスの話につながっていく。
結成と下積み(2001年〜2003年)[編集]
2001年、団長27歳のときに安田大サーカスを結成。芸歴約10年の団長にとっては「最後のチャンス」という覚悟だったという。同年の今宮子供えびすマンザイ新人コンクールで新人漫才奨励賞・子供大賞を受賞し、幸先のいいスタートを切った。
ただし関西では仕事が少なく、むしろ東京の仕事が増えたため3人で上京。松竹が芸人用に借りていた築地のマンション、通称「松竹マンション」の一畳半ほどの部屋で約1年間の共同生活を送った。テレビ初出演は『BACK-UP!』で、そこでおすぎとピーコに推薦されたことがきっかけで『笑っていいとも!』への全国ネット初出演も果たしている。
ブレイク(2004年〜2006年)[編集]
団長によると、本格的なブレイクのきっかけは『松紳』で松本人志と島田紳助に褒められたこと、そして『うたばん』で石橋貴明に準レギュラー的に起用されたことだという。そこへ『エンタの神様』への出演(「安田特大サーカス」名義の回もある)が重なり、全国区の知名度を獲得した。
2004年には第25回ABCお笑い新人グランプリで審査員特別賞、2006年には第41回上方漫才大賞で奨励賞を受賞。M-1グランプリでも2003年から2005年まで3年連続で準決勝に進出しており、ビジュアル一発の色物と見られがちな一方、漫才師としての実績もきちんと残している。ブレイク当時、給料は月10万円のままだったが、団長が退社をほのめかすと翌月から30万円に上がったという生々しいエピソードもある。
停滞と模索(2000年代後半〜2010年代前半)[編集]
知名度が上がるにつれ、ネタの説明役である団長の出番は相対的に減り、本人は「ただそこにいるだけ」になったと感じて芸人を辞めたいと思った時期もあったという。転機となったのは、南麻布で偶然出会った中村勘三郎と笑福亭鶴瓶との食事。勘三郎から『アドレな!ガレッジ』で団長が池にはまった場面を褒められ、「手応えのない仕事でも見てくれる人はいる」と感じて続ける決意をした。
その後、団長は1人でお題だけ決めて1時間しゃべるイベントを2カ月に1度開くようになり、ピンでの話芸を鍛えた。同じ頃からロードバイクやフリーダイビングなど「体を張る」方面で独自の地位を築き始め、トリオとしては一歩引いた形で、各メンバーが個別に活動する時代へと移っていく。
個の時代(2017年〜現在)[編集]
2017年、トリオにとって大きな出来事が2つ重なる。1つはHIROの脳出血による入院、もう1つはクロちゃんの『水曜日のダウンタウン』でのブレイクである。クロちゃんは「嘘つき」「クズ」キャラで再ブレイクを果たし、一時は日本で最も知られた芸人の1人と言っていいほどの存在になった。HIROは療養を機に故郷の和歌山へ拠点を移し、団長は自転車とトライアスロンのアスリート芸人として講演やイベントに引っ張りだこに。こうして「3人そろうのはレア」という現在のスタイルができあがった。
メンバー[編集]
団長安田[編集]
- 本名:安田裕己
- 生年月日:1974年4月26日
- 出身:大阪府岸和田市生まれ、兵庫県西宮市育ち
- 担当:ツッコミ、リーダー、ネタ作り(立ち位置は中央)
- 身長・体重:163cm・60kg(公式プロフィール)
トリオの頭脳にして「団長」。2006年6月頃までの芸名は単に「団長」だった。プライベートでは2009年9月に元フリーアナウンサーの安田さちと結婚し、2人の娘がいる。
最大の特徴は異常なまでの身体能力と我慢強さ。2006年には『Qさま!!』の企画でフリーダイビングのダイナミック・アプネア(フィンなし)に挑戦し、115mの公認日本記録(当時)を樹立した。日本赤十字社の水上安全法救助員の資格も持つ。
自転車との出会いは2006年、『関口宏の東京フレンドパークII』のダーツで当てたロードバイクだった。最初は乗り方すら分からず、自転車店でママチャリと交換してもらおうとして店員に乗り方を教わったという。そこから一気にのめり込み、2008年にはジャパンカップサイクルロードレースのオープンクラスに参加、2012年9月には栃木の実業団チーム「ブラウ・ブリッツェン」の入団試験に合格し、「芸人初の実業団選手」を名乗った。著書に『自転車芸人』(竹書房、2010年)、『自転車芸人・団長安田のヒルクライム入門』(エイ出版社、2012年)がある。
トライアスロンでは2013年8月のアイアンマン・ジャパン北海道(スイム3.8km・バイク180.2km・ラン42.2km)を完走。2015年7月の温海トライアスロン大会ではバイク中に落車して前頭部を強打し救急搬送され、脳に傷が見つかって運転を禁じられたが、2016年5月の南紀白浜トライアスロン大会で復帰を果たした。最終目標はハワイ・コナで行われるアイアンマン世界選手権への出場で、「死ぬまでにやりたいこと」として公言している。自宅は「自転車のために建てた家」で、トレーニングルームでZwiftを使って練習しているという。
『水曜日のダウンタウン』では「24時間自転車生活」を完遂して話題に。スタッフは5〜6時間で転ぶと予想していたが、時間が経つにつれスタッフが次々帰宅し、最後はロケ車すらいなくなった校庭を1人で周回し続けたという。VTRを見た松本人志からは「面白いことまったく言わない」とツッコまれた。2024年4月には同番組の相撲企画で肋骨を6本折っていたことが後に明かされている。2024年12月には防災士の資格を取得した。
クロちゃん[編集]
- 本名:黒川明人(くろかわ あきと)
- 生年月日:1976年12月10日
- 出身:広島県東広島市八本松
- 担当:大ボケ(立ち位置は右)
- 身長・体重:170cm・101kg(公式プロフィール)
スキンヘッドにいかつい体型、なのに口を開くと甲高いハイトーンボイス、というギャップで一世を風靡した。自己紹介ギャグ「クロちゃんです☆」でおなじみ。京都西山短期大学から花園大学に編入(のちに中退)し、少林寺拳法部に所属していた。もともとアイドル志望で松竹芸能のアイドル部門を受けたが、女性限定だったためお笑いコースに回ったという経緯がある。
2000年代のブレイク後は一発屋扱いされた時期もあったが、2017年に『水曜日のダウンタウン』のドッキリで病的な嘘つき癖が暴かれたことで「クズ芸人」として大ブレイク。以後「リアルクロちゃん」「MONSTER HOUSE」(2018年)、「MONSTER IDOL」(2019年)、「MONSTER LOVE」(2022年)など、番組の名物シリーズの主役を務めた。詳しくはクロちゃんの項目を参照。
2019年のMONSTER IDOLでは、アイドルグループ豆柴の大群のプロデューサーとしてメンバー選考・グループ名・デビュー曲の作詞を担当。しかしCDの売上投票で「解任&罰ver.」が最多となり、同年12月25日にプロデューサーを解任された。2020年2月にはMV再生数対決に勝利してアドバイザーとして復帰している。2020年からはアイドルフェス「クロフェス」を主催しており、2024年の5周年回は全47都道府県のアイドルを集めて4日間開催された。
MONSTER LOVEで出会ったタレントのリチと約2年間交際したが、2025年1月22日放送の『水曜日のダウンタウン』で163万4600円の婚約指輪を手にプロポーズするも断られ、その場で破局。2026年6月の『あちこちオードリー』では「今年の目標はリチとの復縁」と宣言し、今も2週間に1度ほど会っていると明かして若林正恭に「怪談だよ」と返された。
健康面では2018年に2型糖尿病と診断され、2019年1月には脳動脈瘤の処置を受けたことを公表している。SNSでは語尾に「しん」「だしん」を付ける独特の文体で知られ、これはアイドルグループCheeky Paradeのファンのコールに由来する。
HIRO[編集]
- 本名:廣瀬康幸(ひろせ やすゆき)
- 生年月日:1977年4月20日
- 出身:和歌山県和歌山市
- 担当:小ボケ(立ち位置は左)
- 身長・体重:177cm・120kg(公式プロフィール)
メンバー最年少で、最も背が高い元力士。幼少期から体が大きく、5歳で50kg、中学卒業時には190kgを超えていたという。1993年3月場所で中村部屋から初土俵を踏み、四股名は「広瀬」「廣瀬富士」「和歌桜」。最高位は序二段で、同年9月場所限りで廃業した。最大体重は198kg。
2017年6月16日、「左脳室内出血」で緊急入院。7月12日に退院し、麻痺などの後遺症は残らなかったとされる。療養を兼ねて故郷の和歌山に戻り、入院時から30kg以上の減量に成功して同年12月に仕事復帰した。その後も減量を続け、一時は90kg台まで落としたことが報じられている。2024年頃には120kg前後に戻ったが、本人はカロリー制限が必要ない状態になったと語っている。
現在は和歌山を拠点に、テレビ和歌山『わくわく編集部』、和歌山放送のラジオ『安田大サーカスHIROの男じゅく。』(2021年4月〜)などにレギュラー出演するご当地タレント的なポジション。2012年には和歌山市の観光発信人にも委嘱された。2014年からはYouTube「HIRO君ちゃんねる」も運営。小型船舶2級を持つ車・バイク好きで、2026年10月にはカスタムしたホンダ・クロスカブで地元の海沿いを走る様子をInstagramに投稿、9月には自宅の家庭菜園でサツマイモやパプリカを育てる様子も話題になった。俳優としてはハリウッド映画『アウトサイダー』にも出演している。
芸風・ネタ[編集]
基本スタイル[編集]
ネタはショートコントと短い漫才が中心。真ん中に立つ小柄な団長が、左右の巨漢ボケ2人を操りながらツッコむという構図そのものが最大の武器で、「真ん中のツッコミが両端のボケを操る漫才」の例えとして安田大サーカスが引き合いに出されることもあるほど。ネタはすべて団長が書いている。
お約束の流れ[編集]
- 「ラッセーラー」の掛け声で登場し、クロちゃんとHIROが土台になって3人タワーを組む。
- ネタの締めは、HIROの太鼓の口真似、団長の「ベタ」の合いの手、クロちゃんの紙吹雪で構成される。
- ノリツッコミ時の掛け声や、最後にふんどし姿で「安田大サーカスでした」と締めるパターンもある。
賞レース戦績[編集]
受賞歴[編集]
- 2001年:第22回今宮子供えびすマンザイ新人コンクール 新人漫才奨励賞・子供大賞
- 2004年:第25回ABCお笑い新人グランプリ 審査員特別賞
- 2006年:第41回上方漫才大賞 奨励賞
主な出演[編集]
テレビ(トリオ・メンバー出演含む)[編集]
- 『BACK-UP!』(テレビ初出演)
- 『笑っていいとも!』(フジテレビ)
- 『うたばん』(TBS)
- 『エンタの神様』(日本テレビ)
- 『アッコにおまかせ!』(TBS)
- 『アメトーーク!』(テレビ朝日)
- 『ロンドンハーツ』(テレビ朝日)
- 『メレンゲの気持ち』(日本テレビ)
- 『爆笑レッドカーペット』(フジテレビ)
- 『水曜日のダウンタウン』(TBS)
- 『あちこちオードリー』(テレビ東京)
声優・ドラマ・映画[編集]
- 『トミカヒーロー レスキューフォース』
- 『仮面ライダードライブ』
- 連続テレビ小説『マッサン』
- 映画『事故物件 恐い間取り』
- 映画『ウルトラマンデッカー最終章 旅立ちの彼方へ…』(2023年、3人そろって声の出演)
映像作品[編集]
- 『自転車野郎 大阪→東京 激走録 〜団長安田が挑んだ2Days550キロ〜』(ポニーキャニオン)
- 『汗かきベソかき大作戦!!』(エンターブレイン)
- 『ゴーゴーおとぼけパンチ!』(松竹)
- 『安田大サーカスの奥の細道』(ポニーキャニオン)
現在のメンバー別レギュラー(公式プロフィールより)[編集]
- 団長安田:『所さんの学校では教えてくれないそこんトコロ!』(テレビ東京、不定期)、『シナガワンラジオ』(FMしながわ)、雑誌『バイシクルクラブ』連載
- クロちゃん:『クロナダル』(テレビ朝日)、『レンタルクロちゃん』(中国放送)、『アッパレやってまーす!』(MBSラジオ)、『クロちゃんとクルーちゃん』(ABEMA)
- HIRO:『わくわく編集部』(テレビ和歌山)、『安田大サーカスHIROの男じゅく。』(和歌山放送)
2026年現在の活動[編集]
2026年で結成25年目に入ったが、トリオとしての定期的なテレビ出演はほとんどなく、3人がそろうのは主に地方営業やイベント。各自のピン活動がメインになっている。
2026年7月28日深夜放送の『あちこちオードリー』秘蔵トークSPでは、クロちゃんが「それぞれの仕事で予定が合わず、営業で顔を合わせるのは2カ月に1回ほど」「トリオを続けるべきか、解散すべきか迷っている」と率直に告白。営業は「しんどい」、団長は25年間昔ながらのいじりしかしてこない、ここ5年ほどで「老害」に見えるようになった、自分から辞めると世間体が悪いので団長から解散を言い出してほしい――と言いたい放題で、最後は「2カ月に1回殴られている」とオチをつけた。もっとも本人いわく、この話はすでに団長にも伝わっているとのことで、トリオ解散が正式に発表されたわけではない。同月にはクロちゃんがトリオ内での自分の担当を「カス担当」と自称する発言もネットニュースになっている。
団長はトライアスロンや自転車関連の講演・イベントを中心に活動し、HIROは和歌山でローカル番組やラジオ、SNS発信を続けている。クロちゃんは引き続き『水曜日のダウンタウン』をはじめとするバラエティやアイドル関連の仕事で露出が多い。
炎上とバズ[編集]
- クロちゃんの『水曜日のダウンタウン』企画は、そのたびにSNSで大きな賛否を巻き起こしてきた。とくにMONSTER HOUSEやMONSTER IDOL、MONSTER LOVEは放送のたびにトレンド入りし、2019年12月の豆柴の大群プロデューサー解任時には、視聴者投票で「罰」が選ばれるという前代未聞の展開になった。
- 2025年1月のリチへの公開プロポーズ失敗は、リチが交際中に「理想の彼女」を演じさせられていたと告白したこともあって大きな反響を呼び、ネットでは「リチの気持ちが分かる」という声が多数上がった。
- 2026年7月の「解散してほしい」「老害」発言は、そのストレートさから「クロちゃんらしい」「3人でまだ見たい」と賛否両方の反応を集めた。
余談[編集]
- トリオ名の名付け親であるますだおかだの増田英彦は、クロちゃんの芸名「クロちゃん」の名付け親でもある。
- 団長は2020年のインタビューで「いつか安田大サーカスで全国ツアーをやりたい」と語っており、候補地は桐生市、函館市、小倉など「少しマイナーな街」だという。
- ブレイク直後のギャラは3人で3等分していたが、のちにクロちゃんが自分の単独の仕事が増えそうなタイミングで3等分の廃止を提案したと団長が明かしている。
- 団長が自転車を始めたきっかけは『関口宏の東京フレンドパークII』の景品。番組の景品から実業団選手が生まれた珍しい例である。
- 団長のトライアスロン仲間には、アイアンマン世界選手権の最高齢完走記録を持つ稲田弘がいて、80歳前後の稲田と同じメニューで練習したことに感銘を受けたという。
