HIRO
HIRO
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カンテレ「マルコポロリ!」収録時の安田大サーカス。左からHIRO、団長安田、クロちゃん(2018年、出典:デイリースポーツ)
本名 廣瀬 康幸(ひろせ やすゆき)
誕生日 1977年4月20日
年齢 49歳
出身地 和歌山県和歌山市
国籍 日本
家族 両親、兄(母は2019年に死去したと本人が語っている)
体重 最大198kg(本人談)→2025年時点で約115kg
血液型 O型
職業 お笑いタレント、俳優、声優、ラジオパーソナリティ、YouTuber
肩書 安田大サーカスのボケ担当、和歌山市観光発信人
活動期間 2001年 -
代表的な実績 締めのギャグ「はーい!! どーん! どーん! どーん!」、約100kgの減量
受賞 上方漫才大賞 奨励賞(2006年、安田大サーカスとして)ほか
事務所 松竹芸能
関連活動 安田大サーカス
別名 廣瀬富士、和歌桜(力士時代の四股名)
あだ名 HIROくん、ひろくん
その他 元大相撲力士(中村部屋)


概要[編集]

HIRO(ひろ、1977年4月20日 - )とは、松竹芸能に所属する日本のお笑いタレントで、お笑いトリオ「安田大サーカス」のボケ担当である。元大相撲力士という異色の経歴を持ち、巨体を生かした「デブキャラ」でブレイクした。2017年以降は故郷の和歌山県を拠点に活動しており、約100kgの減量でも話題を集めた。

詳細[編集]

「しゃべるのが苦手」な元力士[編集]

本名は廣瀬康幸。和歌山県和歌山市の出身で、本人いわく幼い頃から人一倍食べる子どもだった。5歳で50kg、小学1年生で約60kg、小学6年生で約120kg、中学3年生では約198kgに達したと語っている。小学校では児童用の机と椅子に体が収まらず、先生の教卓を使っていたという。

中学卒業後の1993年、15歳で大相撲の中村部屋に入門。本名の「広瀬」で初土俵を踏み、のちに「廣瀬富士」「和歌桜」と四股名を変えたが、稽古で体調を崩すことが多く、同年9月場所を最後に半年ほどで廃業した。最高位は序二段とされる。

職を転々としたのち芸能界へ[編集]

角界を去った後は漁師や軽トラックの運転手などを経験した。大型自動車免許を持っており、のちに芸人になってからもロケバスのハンドルを任されることがあったという。

芸能界入りのきっかけは本人の野心ではなく、口下手な息子を心配した両親の勧めだった。「人前で堂々と話せるようになってほしい」という親心から、いわば「話し方教室」の感覚で松竹芸能に入ったとされる。本来は吉本のNSCを考えていたが願書の締め切りを過ぎていた、というエピソードも伝わっている。J-CASTニュースによれば松竹芸能入りは23歳のときである。

和歌山を拠点にした現在[編集]

2017年6月に体調を崩して緊急入院したことを機に、仕事を休んで和歌山の実家に戻り療養生活に入った。療養中は食事管理とウォーキングを続け、同年12月に仕事へ復帰。以降は東京に戻らず、地元・和歌山を拠点にローカル番組やイベント、ラジオ、YouTubeなどで活動している。2026年9月のテレビ出演では「来年で和歌山に戻って10年になります」と語り、移住生活が定着していることをうかがわせた。

経歴[編集]

安田大サーカス結成(2001年)[編集]

2001年、解散したコンビの相方を探していた団長安田、アイドル志望で事務所のオーディションを受けていたクロちゃん、そしてHIROの3人が、松竹芸能の社員によって引き合わされ「安田大サーカス」を結成した。グループ名は事務所の先輩であるますだおかだの命名で、「木下大サーカス」が下敷きになっている。

HIROとクロちゃんはもともと芸人志望ではなかったため、結成当初は団長が書いたネタを丸暗記し、団長に背中を叩かれたら順番にセリフを言うという独特の方式で舞台に立っていたという。この「強烈なキャラの両端を真ん中のツッコミが操る」スタイルは、のちに安田大サーカスの代名詞となった。

ブレイク期(2000年代半ば)[編集]

結成年に今宮子供えびすマンザイ新人コンクールで新人漫才奨励賞と子供大賞を受賞。2004年には第25回ABCお笑い新人グランプリで審査員特別賞、2006年には第41回上方漫才大賞で奨励賞を獲得した。M-1グランプリでは2003年から2005年まで3年連続で準決勝に進出している。

全国区での知名度を押し上げたのは、日本テレビ『エンタの神様』への「安田特大サーカス」名義での出演とされる。巨漢のHIRO、甲高い声のクロちゃん、ツッコミの団長という一目で分かるビジュアルが受け、『アメトーーク!』『爆笑レッドカーペット』『笑いの金メダル』などのネタ番組・バラエティに次々と出演した。

俳優・声優としての活動[編集]

ネタ以外では、ドラマ・映画・特撮の仕事も多い。NHK連続テレビ小説『ちりとてちん』、日本テレビ『ヤスコとケンジ』などのドラマに出演したほか、特撮では『トミカヒーロー レスキューフォース』で三幹部の一人「シーカ」、『仮面ライダードライブ』でロイミュード「クラッシュ」の声を担当した。

2018年3月にはNetflix配信の映画『アウトサイダー』(マーチン・サントフリート監督)にサトル役で出演し、ハリウッド作品デビューを果たした。2023年には『ウルトラマンデッカー最終章 旅立ちの彼方へ…』で昆虫型宇宙人「クカラッチ星人」の声も担当している。

入院と和歌山での療養(2017年)[編集]

2017年6月16日、体調を崩して救急搬送され、緊急入院した。団長とクロちゃんが見舞いに訪れ、メディアを通じて様子を報告した。

7月12日に退院した後は、医師の判断もあり故郷の和歌山で療養。目を覚ましたときに両親が泣いていた姿が強く心に残り、「家族を泣かせたくない」という思いからダイエットを本格化させたという。

復帰と激やせ(2017年〜2018年)[編集]

療養中は1日約1500kcalの食事とウォーキングを継続。入院時134kgだった体重は、2017年8月に114.4kg、同年10月にはついに100kgを切り、本人はブログで「小学3年生の頃の体重に戻った」と報告した。同年12月には団長安田が、HIROが団長のセーターを着られるほど痩せたことをInstagramで公開し、「別人」と驚きの声が相次いだ。

2018年8月にはカンテレ『マルコポロリ!』に3人で出演し、92kgまで落ちたことを報告。病気以前は1か月の食費が約40万円に上っていたことも明かした。巨漢キャラが封印されたことを団長は「由々しき事態」とイジっている。同年9月には船木誠勝のデビュー33周年記念大会「闘宝伝承2018」(エディオンアリーナ大阪)でプロレスに参戦すると発表し、船木のジムで練習する姿もSNSで伝えた。

和歌山ローカルでの活躍(2018年〜)[編集]

2018年4月からテレビ和歌山の情報番組『みんなで作る和歌山情報 わくわく編集部』に「編集部員」として出演。2021年4月からはWBS和歌山放送でラジオ番組『安田大サーカスHIROの男じゅく。』のパーソナリティを務めている。

和歌山市の「観光発信人」としても活動しており、2025年11月2日に和歌山県かつらぎ町の旧花園中学校で開かれた「バイクの文化祭 in 和歌山県かつらぎ町 2025」では、前年に続いて体育館ステージに登壇し、ツーリンググルメを紹介した。

安田大サーカスでの役割と持ちネタ[編集]

ポジション[編集]

トリオの立ち位置は、中央が団長安田(ツッコミ・ネタ作り)、向かって左がHIRO、右がクロちゃん。HIROはクロちゃんと並ぶボケ担当で、メンバー最年少かつ最も背が高い。結成当時は肥満体型で、場の空気を読まずにマイペースに食べる姿に共演者がツッコむ、というのが定番の流れだった。いわゆる「デブキャラ」「食いしん坊キャラ」としての役回りである。

定番の流れ[編集]

安田大サーカスのネタは「ラッセーラー」の掛け声で登場し、クロちゃんとHIROが土台になって3人で「タワー」を作るところから始まることが多い。ショートコントや短い漫才を重ね、最後は以下のような流れで締める。

場面 内容
登場 「ラッセーラー」の掛け声とともに3人タワー(土台はHIROとクロちゃん)
つかみ クロちゃんが強面からの甲高い声で自己紹介
締め1 HIROが満面の笑みで祭囃子の太鼓を口真似し「はーい!! どーん! どーん! どーん!」
締め2 HIROの「どどーん! どどーん!」に続いて団長が「ベタでーす!」
ノリツッコミ時 HIROの太鼓はそのままで、団長のセリフが「大成功!!」に変わる

この「どーん! どーん!」の太鼓の口真似がHIROの最大の持ちネタといえ、短いながらもネタの印象を決定づける役割を担っていた。

ソロでの活動[編集]

大食いの実力を買われ、TBSの大食い番組『フードバトルクラブ』にはメンバーの中でHIROのみが参戦した。また、フジテレビの『run for money 逃走中』にも複数回出演している。

2018年以降、ネタをやりたい団長が「西宮安田大サーカス」として別メンバーとネタを披露することがあるが、HIROとクロちゃんは「ネタはあまりやりたくない」というスタンスとされ、ファンの間ではおなじみのネタになっている。

ダイエットと体重の変遷[編集]

HIROの体重は、彼の芸人人生そのものと切り離せないテーマである。本人が公表してきた数値を整理すると以下のとおり(媒体によって数値に差がある)。

時期 体重(本人談・報道) 備考
小学1年生 約60kg
小学4年生 約100kg 2016年のダイエットではこの数値を目標にした
小学6年生 約120kg
中学3年生〜相撲時代 約198kg(最大) 2026年のテレビ東京の番組では「最大180キロ」と紹介
成人後 約160kg前後
2016年1月 138kg ダイエット開始
2016年4月 118.2kg ウエストも1年で35cm減
2017年6月(入院時) 約134〜135kg 映画撮影などでリバウンドしていた
2017年10月 100kg未満
2018年8月 92kg 最も痩せた時期
2022年 約120kg 「痩せすぎ」との声を受け少し戻した
2025年 一時130kg → 約115kg 再びダイエット中

何度も挑んだダイエット企画[編集]

本人によれば、倒れる以前にもテレビのダイエット企画には4回ほど挑戦しており、そのたびにリバウンドを繰り返してきた。2016年には「今年1年で目標体重100キロ」とブログで宣言し、3か月弱で約20kgの減量に成功。ダイエット広告の「ビフォーアフター」を真似てぶかぶかのズボンを見せる写真も投稿している。しかし映画『アウトサイダー』の撮影現場でケータリングを食べ続けてしまい、元に戻ってしまったと笑いながら振り返っている。

伝説的な食生活[編集]

東京時代の食べっぷりはインタビューで何度も語られている。

  • スターバックスのフラペチーノを1日8杯(一説には12杯)飲んでいた
  • 豚の角煮を5kg単位で作って冷凍し、1食で1kgを丼飯2杯とともに食べていた
  • 回転寿司は50皿、調子が良ければ80皿(現在は10皿でちょうど良いという)
  • ブレイク当時は食べ放題の店に週6回通っていた

痩せることの葛藤[編集]

「デブキャラ」として売れた芸人にとって、痩せることは仕事が減ることも意味する。HIRO自身もその葛藤を語っているが、家族や団長を泣かせたくないという思いからダイエットを続けたという。一方で2022年の取材では、93kgまで痩せたときは自分の顔が好きになれなかったとも明かし、SNSで「痩せすぎ」と心配されたこともあって120kg前後に落ち着かせたと話している。

2025年の文春オンラインのインタビューでは、夜の食事が増えて130kgまで戻ったものの、「夜6時までに夕食を済ませる」ルールを決めて115kgまで再び落としたと語った。ダイエットがつらいのは「最初の1週間の空腹だけ」というのが本人の持論である。

人物[編集]

和歌山愛と田舎暮らし[編集]

人混みが苦手で「あんまり人と触れ合うのが好きじゃないタイプ」と自称し、東京にいた頃からずっと和歌山に帰りたかったという。和歌山での生活費は「10分の1とまでは言えへんけど」東京よりはるかに安く、「東京の敷金礼金だけで家が買える」感覚だと語っている。

散歩中に目を付けていた中古物件を値下がりのタイミングで購入し、ガレージとして使うためにDIYで改装。風呂をシャワールームにし、畳の部屋を床張りにするなど、ほぼ一人で手を入れたという。家庭菜園で大根・白菜・キャベツなどを育てる様子もInstagramで公開しており、2023年の松竹芸能のライブでは今年の目標を聞かれて「野菜の収穫を頑張ります」と答え、クロちゃんから「八百屋さんか」とツッコまれた。

バイク好き[編集]

移住後は車やバイクで移動するのが基本で、ホンダのスクーターで和歌山の名所を巡るツーリングの様子もSNSで発信している。2026年9月には愛車のスクーターで約230キロのツーリングを満喫したことが報じられた。和歌山でのバイクイベントにも出演しており、2025年のインタビューでは市の想定を大きく超える1000台以上が来場したイベントを例に、「和歌山はもっと盛り上げられる」とイベントの運営・企画から関わりたい意欲を語っている。

家族と相方[編集]

母親は2019年に亡くなり、その後は父親の生活を支えていることを本人が明かしている。2025年のインタビューでは兄との今後や老後への思いにも触れた。

相方のクロちゃんについては「人としては0点ですが、芸人としては100点」と評しており、数々の騒動を起こすクロちゃんを芸人として認めていることがうかがえる。入院中にクロちゃんが見舞いに来たものの、しきりに時計を気にしていたというエピソードも本人が笑い話として語っている。

主な出演[編集]

テレビ番組[編集]

  • 『オールスター後夜祭』(TBS、不定期)
  • 『水曜日のダウンタウン』(TBS、不定期)
  • 『アメトーーク!』(テレビ朝日、不定期)
  • 『Qさま!!』(テレビ朝日、不定期)
  • 『くりぃむナントカ』(テレビ朝日)
  • 『フィッシング倶楽部』(テレ玉ほか、2010年4月〜2020年9月)
  • 『みんなで作る和歌山情報 わくわく編集部』(テレビ和歌山、2018年4月〜)
  • 『天才てれびくんMAX』(NHK教育)
  • 『いきなり!黄金伝説。』(テレビ朝日)
  • 『ナゼそこ?+』(テレビ東京、2026年9月17日、企画ゲスト)

ドラマ[編集]

  • 『ちりとてちん』(NHK)
  • 『ヤスコとケンジ』(日本テレビ)
  • 『ボク、運命の人です。』(日本テレビ)
  • 『スペシャルドラマ 必殺仕事人』(テレビ朝日、越前屋役)

映画[編集]

  • 『劇場版BLEACH MEMORIES OF NOBODY』(2006年、本人役)
  • 『釣りバカ日誌18 ハマちゃんスーさん瀬戸の約束』(2007年)
  • 『アウトサイダー』(2018年、Netflix、サトル役)
  • 『ウルトラマンデッカー最終章 旅立ちの彼方へ…』(2023年、クカラッチ星人の声)

声の出演[編集]

  • 『トミカヒーロー レスキューフォース』(シーカ)
  • 『仮面ライダードライブ』(クラッシュ)

ラジオ・配信[編集]

  • 『安田大サーカスHIROの男じゅく。』(WBS和歌山放送、2021年4月〜)
  • YouTube「HIRO君ちゃんねる【安田大サーカスHIRO】」(2014年10月開設)

近年の活動(2025〜2026年)[編集]

2025年11月、文春オンラインで3回にわたるロングインタビューが掲載され、体重の再増加と再ダイエット、和歌山での暮らし、セカンドキャリアとしての「和歌山を盛り上げたい」という思いなどを語った。YouTube「HIRO君ちゃんねる」では、130kg台だった頃にラーメン店で何杯も食べる企画を行っていたことも明かしている。

2026年9月17日には、テレビ東京『ナゼそこ?+』の「波瀾万丈の人気芸能人SP」で密着を受け、和歌山での家庭菜園など移住生活の様子が放送された(MCはユースケ・サンタマリアと加藤綾子)。番組内では「来年で和歌山に戻って10年になります」と話し、母親の涙をきっかけに生活を改めた経緯が紹介された。放送後はTVerなどでも配信され、複数のニュースサイトで取り上げられた。同月下旬にはInstagramで、ホンダのスクーターによる約230キロのツーリングを報告している。

余談[編集]

  • 相撲の入門同期には、のちに関取となる須磨ノ富士や、プロレスラーの大鷲透がいたとされる。序ノ口時代には後の幕内力士・琴春日に勝ったこともあるという。
  • 漁師時代については、団長安田が「大きな魚を獲るつもりがシラスを獲っていた」とネタにしている。「シラスを食べ過ぎて漁師をクビになった」という話も出回ったが、本人は雑誌で否定している。
  • 軽トラック運転手時代の姿を、よゐこの濱口優は「前から見たらきかんしゃトーマスみたいだった」と表現。松本人志も山手通りでスクーターに乗る彼を目撃したことがあると語ったという。
  • 幼少期の肥満について、両親が共働きで一人で食事をすることが多く、適量が分からなかったことが原因だと振り返っている。小学校の頃は「ランドセルは2日で終わった」という。
  • 2017年12月、団長安田は痩せたHIROを見て「安田大サーカスのデブ担当はクロちゃんに変える」と冗談交じりに投稿した。
  • 和歌山では知人からマグロをもらったり、みかんが段ボールで届いたりするため「食べ物に困らない」と、田舎暮らしの特権を語っている。
  • 東京に行ったら寄りたい店として「すしざんまい」や六本木の「つるとんたん」を挙げ、上京の目的は「基本的にはご飯のため」と笑わせた。
  • 和歌山は冬でも暑いと感じるそうで、普段はTシャツ姿。ただし冬は「アホだと思われる」のを避けるためダウンを着るという。

外部リンク[編集]

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